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第63話「再び狐堂」

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 アルフレットが語ったキャプテンアルバートの壮絶な散り際に、他の頭領たちも暗い顔で押し黙っている。今後の活躍を期待していたアルバートを失ったこともあるが、その彼が率いた大海賊団と渡りえるグラン王国の脅威を、改めて確認できたこともその要因だろう。

 そんな中ハルヴァーが長めに息を吐くと、目の前の杯を手に取って掲げた。

「偉大な海賊に!」

 これが海賊流の弔い方だと言わんばかりに、一気に飲み干して杯を空にする。他の頭領たちもそれに倣って、一言ずつ弔いの言葉を述べてから杯を空にしていった。

 全員の言葉が終わると、帽子を脱いだアルフレットが一同に頭を下げた。偉大な海賊たちが父に見せた敬意に感謝を示すためである。

 バッカスが鋭い眼光で一同を睨み付けると、押し殺したような声で尋ねる。

「それで……どうする?」
「当然、ぶっ殺す! 海賊は舐められたら終りだろっ!」

 真っ先に声を上げたのは、グレートスカル大海賊団のキャプテンオルガだった。大海賊団の中で最も若く血気盛んな頭領である。しかし水を差すように、キャプテンレイラが呆れた様子で首を横に振る。

「坊や、ぶっ殺すと言っても具体的にはどうするのよ? 相手は国家……海戦に勝てば終わりってわけじゃないのよ」
「全部ぶっ殺せばいいじゃねぇか!」

 そう反論するオルガに、レイラは話にならないと鼻で笑う。それに対してキャプテンハルヴァーが豪快に笑いだした。

「がっははは、小僧のそういうところ嫌いじゃねぇぜ。海賊ならぶっ殺すのが手っ取り早いよなぁ」
「おぉ、話がわかるじゃねぇか、爺! 義父パパって呼んでやってもいいぜ?」
「調子に乗るんじゃねぇよ、小僧! だが、そこの小娘の言うことも尤もだ。やるからにゃ、何を持って勝利かを決めなきゃいけねぇ」
「そりゃ、どういう意味だ?」

 ハルヴァーの言葉の意味が理解できなかったのか、オルガは首を傾げている。

「制海権の奪取、造船所の破壊、海軍への資金源を潰すあたりは必要だろうな」

 そう低い声で答えたのは、ゼロン=ゴルダ大海賊団のキャプテンゼルスだった。オルガとは対象的に理知的な性格のようで、何をしなければいけないのか明確に理解していた。

「はぁ? 何を言ってんだ?」
「少しは頭を使え、馬鹿が! まずはグラン王国の船を沈めまくって、船の行き来を出来なくするんだ。そうすれば陸の連中もやせ細っていく、そうすりゃ国王の野郎も困るだろ?」

 ハルヴァーが噛み砕いて説明するが、オルガはまだ理解できていないようだった。その話にライオネルとバッカスが割って入ってくる。

「だが魔導艦はどうする? アルバートは一流で、ピラァツリッター号だって良い船だったぜ」
「問題はそれだ! 最低でも魔導帆船じゃなきゃ一方的にやられちまうだろ」

 魔導帆船は、魔導艦ほどではないが魔導動力炉を搭載した船である。一時的だが風に逆らった航行が可能だし魔導防殻も備えている。

 しかし魔導動力炉の大型化の技術は失われて久しく、大海賊団の旗艦でもグレートスカル大海賊団のグレートスカル号と、ハルヴァー大海賊団のエクスディアス号しか存在していなかった。だが中型船までなら、それぞれの海賊団でもいくつか所有している。

「魔導艦が何だってんだ!? 俺様のグレートスカル号なら問題ねぇぜ!」
「俺も親父が遺してくれた新しい船がある! 親父の仇は俺が討ってやるっ!」

 オルガとアルフレットがそれぞれ声を荒げる。しかし老獪なベテラン海賊たちは、静かに目を細めるだけだった。

「粋がるんじゃねぇよ、小僧ども……大海賊の一人がやられたんだ。もうリッターリックだけの話じゃねぇ。まずはグラン王国の船は潰していく。そして造船所の場所を探って潰す……わかったな?」
「くっ……」

 膨れ上がったハルヴァーの殺気に気圧される若手の頭領たち。それを取り繕うようにバッカスが間を取り持った。

「まぁ待てよ、若い連中のやる気を殺ぐもんでもねぇ。いずれ決戦になるだろうが、その時はお前らが先鋒になりゃいい。出来るよな?」
「あぁ、もちろんだ! 舐めんじゃねぇぞ、爺ども」

 再び粋がり始めるオルガに、バッカスはニヤリと笑うと机にドンッと腕を置いて身を乗り出す。

「それじゃ、具体的な話を詰めこうじゃねぇか」

 こうして大海賊会議は進んでいった。会議に使った部屋を守っていた海賊の談では、いつもは笑い声が響き渡る会議も、この日ばかりは重苦しい雰囲気に包まれていたという。

◇◇◆◇◇

 それから数日後 ――

 ホワイトラビット号は、公都イタリスの港に寄港していた。ヴァル爺が運んできた商品を降ろし補給を行うためだ。アナスタジアに見つかると面倒なので、早々に出港しようと作業を急いでいる。

 そんな中、ホワイトラビット号に狐堂のファムが訪ねて来た。手を揉みながらスリ寄ってくるファムに、シャルルは怪訝そうな表情を浮かべている。

「会長は~ん、お待ちしてましたわ~」
「なに? 笑顔が胡散臭いんだけど……」
「ひっどいわ~、このウチのプリティスマイルをそないなこと言いはって~」
「はいはい、それで何か用なの? 今回は補給に寄っただけだから、貴女に売るような物はないよ?」

 ファムは耳をピクッと動かすと首を横に振った。

「ちゃいますわ~、約束してた情報を小耳に挟んださかい伝えに来たんや」
「へぇ、あれからそんなに経ってないのに何か掴んだの?」
「蛇の道は蛇って言うてな、ウチほどの商人になると自然と耳に入ってくるんや」

 ファムはドヤ顔で薄い胸を自慢げに張って見せた。シャルルも感心した様子で頷いている。

「まぁ大した情報やないんやけど、アルニオス帝国のアーゴンレットって街を知っとるやろか?」
「アーゴンレット? 確か造船で有名な街だったかな? 魔導船から帆船まで幅広く造ってるって聞いた気がする」
「そうや、そのアーゴンレットや! その街では一年に一度、各造船所対抗レースをやっとるんやけど、今年の賞品は何と遺跡から発掘された『魔剣』やって話や」

 魔剣というキーワードにシャルルの眉が少し動く。

「この前見せて貰うた金属、アレって剣のガードやろ? その魔剣は、あの金属と同じく真っ黒で剣身だけだったそうや。ひょっとしたら何か関係があるのかもしれんと思うてな~」
「ふむ……ガードの無い黒い剣ね……」

 その話を聞いてシャルルは少し考え込む。その魔剣がシーロードの秘宝に繋がるかは正直不明だったが、何か惹かれるものがある。そして何か迷うことがあれば、彼女は自分の勘に従うタイプだった。

 シャルルは腰に括り付けてある革袋を外すと、ニッコリと微笑みながらファムに差し出した。それを受け取ったファムは尻尾をバッサバッサと振る。

「ありがとう、興味深い情報だったわ。それでレースはいつなの?」
「おおきに~……確か三ヵ月後ぐらいやったかな? 国外からの飛び入り参加も問題ないらしいで~」
「三ヵ月後か、それなら海都に寄っても十分間に合うな」

 次の目的地が決まり、シャルルは満足そうに頷いている。ファムもニコニコと笑っているが、ススッとシャルルにすり寄る。

「会長は~ん、アーゴンレットに行くなら、ウチにも一枚噛ませてくれへん?」
「アーゴンレットに行きたいの?」
「会長はんに譲って貰うたインゴットを転がした銭で、アルニオス帝国で仕入れようと思うてますんや」
「へぇもう売り捌いたんだ、凄いね。でも……わたしたち、これから海都に向かうつもりなの。だからアーゴンレットへは、結構時間がかかっちゃうと思うけど?」

 公都イタリスからアルニオス帝国までは、普通の商船や連絡船なら一月掛からないほどである。しかし海都を経由するとなると、その倍は軽くかかる計算だった。それに対してファムは尻尾を振りながら答える。

「もちろん海都でも、商売させて貰うつもりやから問題あらへん。それに連絡船だと高いんや……」

 最後のほうは聞こえないようにボソッと言ったつもりのファムだったが、シャルルの特別な耳は聞き逃していなかった。しかし、むしろファムらしいと思ったシャルルは敢えて追及しない。

「まぁ乗っていきたいなら別に構わないわ。食費は出して貰うけど、運賃は負けといてあげる」
「ホンマか!? いや~さすが会長はんや~、今日も美しいでんな~」

 シャルルの提案に、ファムは目を輝かせながら尻尾をバッサバッサと振りまくり、取って付けたようなお世辞を並べ立てる。その様子にシャルルは苦笑いを浮かべるのだった。
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