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第60話「合流」

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 ゴーラ海賊団との一戦に勝利したホワイトラビット号は、予定通りロービンの町の港に入港していた。シャルルたちザクーディ砦攻略組も到着しており、ヴァル爺たちとも無事に合流できた。

 久しぶりの母船の甲板に立ったシャルルは思いっきり背を伸ばす。

「ん~……やっぱり船の上はいいねぇ」
「どうやら陸も大変だったようですな」
「陸もって、そっちでも何かあったの?」

 シャルルが不思議そうに首を傾げると、ヴァル爺はゴーラ海賊団との一戦について報告した。自分が居ない間の襲撃については驚きはしたが、ヴァル爺と黒猫たちなら何があっても問題ないと信じていたので、それほど心配はしていなかった。

「それで見慣れない物が甲板に置いてあったのか……」

 シャルルが辺りを見渡すと甲板には樽がいくつか転がっており、そこから槍などが飛び出していた。これは通常のホワイトラビット号には積んでないものだった。それらを見つめながらシャルルは少し憂いのある表情を浮かべる。

「でも、あの時の海賊なら、ちょっと悪いことしちゃったかな」
「海の上であれば連中も覚悟の上でしょう。そもそも襲ってきたのは奴らですじゃ」

 元々はホワイトラビット号がルブルムの港で割り込んだことが原因なので、シャルルは少し負い目を感じているようだった。しかし思いに耽っている彼女を妨害するように、黒猫たちの声が聞こえてくる。

「降ろすにゃ~」
「ニャーは悪くないニャー!」

 ヴァル爺がその声が聞こえた方を見上げると、メインマストに黒猫が二匹ロープに巻かれて吊るされていた。

「あの二匹は何をしたのですかな?」
「ん~? お宝を雑に扱った罪でお仕置き中よ」

 彼らはザクーディ砦で手に入れた女神像を運搬していた黒猫たちである。あの後、落としたことは早々にバレて、お仕置きされることになったのだ。

「お宝というと、今回手に入れたものですかな?」
「うん、元々は女神の石像だったんだけど……」

 シャルルがそう言いながら近くに置いてあった木箱の蓋を開けると、中には見事に砕け散った女神像が入っていた。その惨状にヴァル爺もさすがに顔を顰める。

「これは酷いですな」
「うん、まぁそのおかげで本当のお宝も見つかったんだけどね」

 シャルルはポケットに手を入れると、そこから黒い宝石のような石を取り出して見せた。

「これが女神像に入ってたのよ。マギが言うには、これこそが精霊核コア……シーロードの秘宝の一部なんじゃないかって」
「ほぅ……確かに不思議な輝きですな」

 ヴァル爺も黒い輝きを放つ宝石を興味深そうに見つめている。その二人のやり取りに黒猫たちが再び喚きだす。

「ニャーたちのお陰で見つかったニャ~」
「そうだにゃ~、減刑を要求するにゃ~」
「うるさいっ! お宝や商品は大事に扱えって、いつも言ってるでしょ! 文句があるなら舷側に吊るすよっ!?」

 シャルルが甲板を踏み鳴らしながら叱りつけると、黒猫たちは口を噤んでユラユラと揺れている。ちなみに舷側に吊るすとは、船縁に逆さ吊りにする海賊流の拷問方法である。波の満ち引きや船の揺れを利用することで、顔が海面に沈んだり浮かんだりするのだ。

「それで次の目的地はどうしますか、お嬢?」
「アイナさんにイタリス行きの積荷を頼まれてるでしょ? とりあえずイタリスに寄ってから、パパに会いに行こうと思ってるんだけど」
「頭領にですか、そうなると海都ですかな?」
「そうだね、タイミング的には海都に行けば会えるんじゃないかな?」

 海都 ―― 大海賊の本拠地を示す言葉である。ハルヴァー大海賊団においては、ヴィーシャス共和国とアルニオス帝国の中間地点にあるアンガー諸島がそれに当たる。

「よし、それじゃ出港しようか。お前たち、出航準備だよ!」
「にゃ~!」

 黒猫たちが出航準備に取り掛かると、吊るされたままの黒猫が焦った様子で叫び声をあげる。

「そろそろ降ろしてにゃ~!」

◇◇◆◇◇

 ホワイトラビット号がロービンの町を出航しようとしていた頃、ハルヴァーたちは大海賊会議に参加するためにバッカーラ大海賊団の旗艦シーサーペント号に乗り込んでいた。

 このシーサーペント号が今回の会場であり、この船を中心に大海賊たちの旗艦が揃い踏みしている姿は、まさに世界最強の海賊船団といった雰囲気である。

 ハルヴァーが扉を開けて中に入ると、初老の海賊が出迎えてくれた。

「おぅ、ハルヴァー! 来たかっ!」
「おぅよ、まだくたばってなかったか、バッカス!」

 このバッカスと呼ばれた男が、バッカーラ大海賊団の頭領バッカス・ワードである。虎髭の大男で今回の大海賊会議のホストだった。ハルヴァーとバッカスはガシッと抱き合うと、お互いにガスガスとレバーブローを叩き込みあっている。

「ちっ……爺のくせに良いボディしてやがるぜ」
「がっははは、おめぇもたいして変わらんだろうがぁ」

 そんな二人のやり取りを見て、若い褐色の海賊が呆れた様子で声を掛けてきた。

「おい、爺ども! 暑っ苦しいぜ、さっさと引退したらどうだぁ?」
「よぅ、ハーロードの小僧じゃねぇか? おねしょは治ったか?」
「寝小便なんぞするかよ、いよいよボケたんじゃねぇか?」

 ハルヴァーが鼻で笑いながら挑発すると、ハーロードと呼ばれた若者は舌打ちする。この若者がグレートスカル大海賊団を率いる若き頭領オルガ・ハーロードである。大海賊団の頭領の中ではかなり若く、まだ二十代前半だった。

「それで今日は俺様のかわい子ちゃんは来てねぇのか?」
「あぁ? 誰がテメェのかわい子ちゃんだ、殺すぞ」

 彼が言うかわい子ちゃんとはシャルルのことで、前回エクスディアス号で開催した時にシャルルと出会い、一目惚れした彼は彼女を口説いたのだ。結果としては股間を蹴り上げられて終わったのだが、それでも諦めてなかったようだ。

「おいおい、あの娘は俺が先約だぜ?」

 そう言いながらオルガの後ろ襟を掴んで軽々と持ち上げたのは、ビーティス大海賊団の頭領ライオネル・バルドバである。

「放せ、この獣野郎!」
「がっははは、若いのは活きがいいな」
「うわっ!?」

 まるで紙屑でも投げるように放り投げられたオルガは、まるで猫のようにくるっと回転して着地した。

「まったく馬鹿どもはうるさくてかなわないよ。そう思うだろ、ゼルス?」
「ふん、どうでもい」

 ハルヴァー、バッカス、オルガ、ライオネルの四人の様子を眺めながら、ワインを呷っているのがレイラ・グルーク。ビクス大海賊団の頭領で、七つある大海賊団の中で唯一の女頭領である。

 そして興味なさそうに答えたのが、ゼロン=ゴルダ大海賊団の頭領ゼルス・オットーゼンだった。やり手の紳士といった風貌で、海賊というよりはどこかの貴族のように見える。

 今にも喧嘩を始めそうな雰囲気の頭領たちに割って入るバッカス。

「まぁ待て、てめぇら! とりあえず座って話そうや、爺には立ち話は辛いんだ」
「お前と一緒にするなよ、バッカス。俺はまだ若けぇ……ん? そういえば、アルバートの奴はどうした?」

 アルバートとは七大海賊の最後一人で、グラン王国の海域を支配するリッターリック大海賊団の頭領である。歳は四十代だがハルヴァーやバッカス、そしてライオネルのような古くからの海賊も一目置く男だった。

 彼の名を聞いて、バッカスは目を丸くして驚いた。

「なんだ、おめぇ? まだ聞いてないのか?」
「あ?」

 何の話だと言いたげに首を傾げるハルヴァーに、バッカスは少し残念そうな顔で肩を落とした。

「奴は死んだよ」
「あぁ!? アルバートが? おいおい、冗談にしちゃ笑えねぇぜ」

 ハルヴァーが周りを見回しても、知っている奴と知らない奴で半数ぐらいだった。

「あぁ一月ほど前の話らしい……俺も知ったのはつい先日だがな」
「あの野郎は四十そこそこだっただろ? 病気か? それとも誰かに殺されたのか?」

 ハルヴァーがバッカスに詰め寄ると、扉がドンっと大きな音を立てて一人の若者が部屋の中に入ってきた。それは痛々しい包帯姿の青年で、深紅の船長服を肩から掛けている。

「それは俺から話すぜ」

 六人の大海賊たちは、その青年をジッと見つめる。彼を知っている者も覚えのない者もいたが、誰もが肩から掛けている深紅の船長服には見覚えがあった。突然の来訪者に不機嫌そうな顔を浮かべるオルガ。

「おいおい、ここは頭領しか参加できねぇんだぜ?」
「知っているさ、キャプテンオルガ」

 青年はそう言ってツカツカと進むと、アルバートのために用意されていた椅子に座る。オルガは品確めするように成年を睨み付けた。

「つまり、お前がリッターリックの頭領ってことか、小僧? 確かアルバートの倅だったな? 名前は……」
「俺の名はアルフレット・リッターだ。キャプテンハルヴァー」

 それまで立っていた頭領たちも、それぞれの席に着く。

「それでお前が話してくれるんだったな? アルバートはどうして死んだ?」
「俺の親父は、グラン王国海軍に殺されたんだ」

 沈んだ顔のアルフレットは淡々と、その時の状況を語り始める。
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