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第33話「ホワイトラビット工房」

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 数日後、シンフォニルス ホワイトラビット商会 ――

 リオネーレ号と別れて数日後、ホワイトラビット号は本拠地であるシンフォニルスに入港していた。入港の手続きはヴァル爺に任せて、シャルルはいつものように商館の会長室に来ている。眼前に座っている副会長のアイナは、シャルルが仕入れてきたスルティア諸島の特産品の目録を確認していた。

「アイナさん、エクスディアス号って、今どこに居るかわかる?」
「エクスディアス号ですか? ハルヴァー様からは時々お嬢様の近況確認が来てますが、確か最後は数日前に届いた手紙はルブルムからでしたね」
「近況確認って……パパったら、そんなことしてるの? でもルブルムか、それなら今度の仕入れと一緒に行けるかな。大海賊会議があるらしいから、今から行っても合流できるかは微妙だけど」

 ルブルムはヴィーシャス共和国の西部にあり、ローニャ公国と国境を面している港街である。手紙が届く日数を考えれば、すでにルブルムから発っている可能性が高い。

「問い合わせと言えば、レイモンド商会のアントニオ様からも……」
「あー……そっちは適当に流しておいて。でも今回の件でレーチェルさんにはお世話になったから、お礼の品を送っておいてくれる? 内容はアイナさんに任せるから」
「わかりました。それでは手配しておきます」

 レーチェルへのお礼を手配してひと安心したシャルルは、ついでにライオネルから聞いた情報をアイナに確認してみることにした。

「そう言えば狐堂って聞いたことある?」
「狐堂ですか? 商会長の集まりで何度か噂を耳にしたことがありますね。商会うちとは直接取引はありませんけど」
「へぇ、どんな噂なの?」

 シャルルが尋ねると、アイナは今まで聞いた狐堂の噂を色々と話してくれた。何度事業に失敗して破産寸前に追い込まれながらも、いつの間にか這い上がってくる恐ろしい商人だという話だった。その無茶苦茶な内容にシャルルは呆れて首を横に振る。

「まるでギャンブラーみたいな商売しているね」
「なので堅実な商人からは、あまり関わらないようにした方がいいと忠告されることがありますね」
「今はどこで活動しているかわかる?」
「すみません、詳しくは……ですがローニャ公国とヴィーシャス共和国を行き来しているなら、それこそルブルムを拠点にしているかもしれませんね」

 またルブルムかと思いながらシャルルは小さく頷く。頭の中で海図を思い浮かべ、ルブルムを経由してローニャ公国へ入る航路を考え始める。いつもの航路では少し手前の港町を経由しているので、ルブルムを経由するなら食料などを余分に積み込めば航路的には問題ないはずだ。

「今度はルブルムを経由してイタリスまで行ってくるから、白兎印で良さそうな物を用意してくれる?」
「お嬢様、そのことで少しご相談がありまして……こちらをご覧ください」

 アイナはテーブルの上にいくつかのデザイン画を広げて見せてきた。シャルルは小首を傾げると、それを一枚一枚確認していく。

「新しいデザインよね? う~ん、悪くないけど、以前のデザインの焼回しって感じかな?」
「はい、デザイナーたちが少し行き詰まっているようでして、新しい空気を入れようと新人を入れたりしているのですが……宜しければ工房のほうへ顔を出していただけませんか? お嬢様が顔を見せるだけで刺激になると思いますから」
「わかったわ、このあと寄ってみるよ。あの子もそっちに行ってるみたいだしね」

 その後も少し今後の話を進め、工房の労働状況の問題点などを聞いたシャルルは、工房に向かうことにしたのだった。

◇◇◆◇◇

 ホワイトラビット工房 ――

 ホワイトラビット商会には併設された工房がある。この工房には商会付きの服飾職人や細工職人などが詰めており、その職人たちの食事を作るために工房内に食堂と厨房が用意されていた。

 その厨房を借りるためにカイルがこちらに来ているらしく、アイナからの依頼もあってシャルルは久しぶりに工房に顔を出すことにした。彼女が廊下を歩いていると若い女性の声で呼び止められる。

「シャルル会長!?」
「えっと……誰だっけ?」

 その声に振り返ったシャルルだったが、立っている少女に見覚えがなく小首を傾げる。おそらく人族で身長はシャルルより少し低い、歳は然程変わらないと思うが身長と顔立ちのせいでやや幼く見える。着ている服にはホワイトラビット工房のマークが付いているので、社員だとは思うがシャルルにはまったく記憶がなかった。

「あっ、申し訳ありません。先日アイナさんに雇っていただきました、見習いのシャーリーですっ! シャルル会長に憧れて、この世界に飛び込みました。よろしくお願いしますっ!」
「あはは、よろしくね」

 あまりの勢いに押されて、シャルルは苦笑いを浮かべながら差し出された手を握り返す。アイナの人を見る目は信用しているので然程心配してなかったが、シャーリーは握手を交わした手をジーっと見つめてボソリと呟く。

「こ……この手、もう洗いません!」
「ちょ!? ちょっと冗談でもやめてね?」
「はっ!? も、もちろんです。ちゃんと洗いますっ!」

 シャルルが疑いの目で見つめると、シャーリーはボーっと顔を赤くして見つめ返してきた。

「ふぁぁぁぁぁ、遠くからお見かけしただけでも女神様のようでしたが、近くで見るとさらに可愛い! もうインスピレーションを受けまくりですっ! シャルル様に着ていただきたい服のアイデアが次々に思い浮かびます!」
「こ……この子、本当に大丈夫なの?」

 あまりのテンションにシャルルが少したじろんでいると、興奮したシャーリーは何か思いついたのかポンっと手を叩く。そして目を輝かせながら懇願してくる。

「シャルル様、よろしければ仕事場に来ていただけませんか? 見ていただきたいデザイン画がたくさんあるんですっ!」
「デザイン画というと……あなた、デザイン部門なの?」
「はいっ!」

 ホワイトラビット工房はいくつかの部門に別れており、その一つがデザイン部門である。主な仕事は文字通り服や服飾品のデザインで、経験豊富な者は貴族や富裕層向けの完全オリジナルの衣装を作り、若手は一般市民向けの既製品のデザインを手がけている。工房内でも花形と呼ばれる部門だった。

 彼女はどうみても若手なので、おそらく一般向けのデザインを担当しているのだろう。先程アイナに見せて貰ったデザイン画を思い出しながらシャルルは頷いた。

「そうだね、ちょっと見せて貰おうかな?」
「本当ですか!? ありがとうございますっ! こっちです」

 シャーリーはパァと明るい顔になると、シャルルを連れて部屋に入っていく。部屋の中はいくつかの机に斜頚台が乗せてあり、そこで制服を着た女性が悩みながらデザイン画を描いていた。奥にはマネキンに着せたドレスや、様々なデザイン画が貼られている。

 今までシャルルは職人たちの仕事を尊重して、殆ど口も出さず仕事場にも顔を出さなかった。その方がスムーズに仕事が進むと思っていたからだ。だが改めて仕事場に入り、思ったより雰囲気がピリピリしているのに気が付く。

「センパーイ、凄い人を連れてきましたよ~!」
「シャーリー! 遊んでないで、仕事を……って、会長!?」

 シャーリーに先輩と呼ばれた女性は、シャルルの顔を見て急いで立ちあがると駆け寄ってきた。顔が青褪めているのはシャルルが来たからなのか、それとも疲れているのかは不明である。

「会長、どうしてこちらに?」
「この子に誘われて……ごめんね、邪魔するつもりはなかったんだけど」
「い、いいえ、邪魔なんて、そんな……。すみません、この子、ちょっと変わってまして」

 シャーリーをシャルルから引き剥がしながら頭を下げる先輩職人。シャルルは苦笑いを浮かべながら首を横に振る。

「気にしないで、アイナさんにも頼まれて丁度寄ろうと思ってたところだったから。さっそくだけどデザイン画を見せて貰える?」

 急いで大きなテーブルが片付けられ、そこに職人たちのデザイン画が広げられていく。シャルルは興味深そうに確認を始めたが、職人たちは緊張した顔でそれを待っている。

「う~ん、可愛いとは思うけど、真新しさはないかな? あ、でもこれは斬新だね」

 シャルルはそう言うと一枚のデザイン画を拾い上げた。そのデザイン画は他の物に比べて奇抜な衣装が描かれており、そのままで売れるか? と問われれば売れないと答えざる負えない。それでも斬新な上に、目に止まる何か光るものがあった。

「あっ、それ! 私のデザイン画ですっ!」

 そう言って手を上げたのは、新人デザイナーのシャーリーだったのだ。
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