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いちにちめ ~すべてのはじまり~

朝起きたら……

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 ふわふわとした感覚。頭がぼうっとして、無重力。
 ああ、気持ちいい。
 なにも考えず、白い虚空を揺らめいて……。

 瞼を開くと光が飛び込む。見慣れた天井に、なにかが股に貼り付く感覚を覚え。
「ん!?」
 妙な不快感。これは、まさか――いや、高校生にもなってそんなことは。
 恐る恐る手を布団のなかに入れて確認。
 そのまさかであった。
 すなわち、「おねしょ」である。
 高校二年生、来年には参政権も得るような大人に近い状態に、あってはならない事態。
 とにかくどうにかしなくては。戸惑いつつも俺は、重くなった布団を捲って、ベッドの上からぴょんっと飛び下り……あれ?
 本来、ベッドは飛び下りるほどの高さはない。
 ……振り返ると、本来膝ほどの高さだったはずのベッドが腰の下程度の高さになっているではないか。
 ベッドの高さが変わったか……と思案したが、すぐにそれが違うことを悟った。
 周りを見渡すと、何もかもが少し大きくなっていたのだ。
 いや、周りの物体が大きくなったのではない。つまり……自分の視点が低くなっているということだ。
 どういうことだ。
 いや、今はそれどころじゃない。まずはこの濡れたズボンを脱いでしまわなくては。
 そう思った途端に、その布はぼとりと床に落ちた。
 俺――日向ひなた そうは確信した。

 体が、小さくなっている。

 意識した途端に、ようやく自分の体が気になってしまう。
 見慣れたものより小さい手でさらさらとした髪を撫でると、それが肩を通り越して胸のほうまで伸びていることに気付く。しっかりと切り揃えていたぼさぼさの髪が、だ。
 何度か創作物で見かけた光景。しかし、現実で起こりうるとは考えなかったこと。
 ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。
 嫌な予感を拭うようにして股間を触った。

 そこにあるはずだった突起物は一切なく、かわりにつるつるとした一本の筋があるだけだった。

「……ない」
 発された声はあまりに高い。まさしく「鈴のなるような」と例えられるような、可憐な声。
 絶望的な心境のなか、ふと目に入った姿見。
 そこに映ったのは、とても可愛らしい顔を涙に歪ませへたりこむ、小さな体には似合わない大きな男性用のジャージを身にまとった、青みがかった黒髪を胸の辺りまで伸ばした小さな女の子だった。
 股から温かい液体が流れ出る。臭いが部屋に充満する。
「お、れ……女の……子、に……」
 涙が溢れ出た。
 男子高校生だった俺が幼い少女になってしまった、なにもないある日のことであった。

 小水にまみれながら泣きじゃくる幼女が妹の瑠璃るりによって発見されたのは、それから十数分後のことであった。
 中学生の妹に抱かれて、頭を撫でられる。
「よしよし。全く……あのド変態ロリコンクソ兄貴。あの野郎ついに……」
「おっ……おれが……その、ド変態……ロリコン……クソ兄貴……だよぉ……」
「……は?」
 それからさらに時間が経過して。
「なるほど……朝起きたらおねしょしてた上にこういう姿になっていたと」
 こくり。俺は瑠璃の黒いショートボブの髪を見ながら、涙目で顔を真っ赤にしながら首肯。
「……まじ?」
 こくこく。また首を縦に振る。
「あのクソ兄貴が誘拐してきたとかじゃなくて?」
 こくこくこく。俺がそんなことをするようなやつだと思ったか。
 そのとき、瑠璃はぶっと吹き出した。
「何をする!」
「ひゃっははははは……だって、あの兄貴がおねしょだよ? マジウケルー」
「ちょっ……やめろよ恥ずかしい」
「しかもあたしの子供の頃の服がちょうどいいとかwww かわいいよwww」
「やかましいっ!」
 わざわざ煽るような言い方をするな。wとかあんまり使うな。腹が立つ。
 しかし、あんまり言い返せない。
 なにしろ、悔しいことに本当に似合っているのだ。
 パステルカラーで彩られ、フリルやリボンなどで「カワイイ」装飾を施された、いわゆる子供服。というか女児服。小学校低学年の少女が好んで着るような少女趣味全開の洋服。
 サイズの合う服がこういうのしかないと言いくるめられて半ば無理矢理着せられたそれは、幼女になった俺の可愛らしさをさらに引き立ててしまっているのである。
「なんか妹が出来たみたいでちょっと嬉しい」
「やめて……俺一応お兄ちゃん……」
「妹のお下がりを着せられてよく言えるね」
「っ……!」
 本当に恥ずかしい。やめてくれ。好きでこういう服を着ている訳じゃ……着心地はいいし正直可愛い柄にときめいたりとかはしたような気はしなくもなかったのだが、決してこういう服を着たかった訳ではないのだ。
 瑠璃から目をそらす。しかし、ここで予期せぬ出来事。
「んっ……」
「なにー? どうしたー?」
「おしっこ……」
 圧倒的、尿意。
 数秒前まで全然なかったはずのそれが、俺の小さな体を襲う。
「ちょっ……トイレ行きな」
「わかってるけど……動けないっ……もれちゃう……っ!」
 明らかにおかしい。数秒ほどで限界寸前まで追い込まれるなんて。幼女の膀胱括約筋つまりおしっこがまんの筋肉はそんなに弱いものなのか。
 さっき姿見に映った姿は大体身長百十センチに満たない程度、大体五歳から六歳ほど。幼稚園の年長さんかあるいはもう小学一年生かもしれない程度。
 つまり、わたしはしょーがくせーのおねーちゃん! だからおもらしなんてしないもん!
 って俺は何を考えていたんだ!! まさか思考が体に引き寄せられて……いや今はそんなことを考えている余裕はないッ!!! すぐに、トイレに――。
 俺はゆっくりと立ち上がり、歩き出そうとする――だが、しかし。
「あっ……らめぇ……」
 出た。出てしまった。
 熱い液体が足を伝い、床に新たな水溜まりを形作る。
 溢れ出るそれは明らかな失敗の証。高校生――いや、この体の推定年齢でも冒すはずのない失敗の。
 長い長い数十秒が経過して――やがて放出が終了し、一度身震い。
 足元から漂う臭い。可愛い洋服が汚れてしまった……汚してしまった罪悪感。今度は目から雫が溢れ出る。
「うう……」
「ほらほら、泣かない泣かない。お兄ちゃんなんでしょ? 一緒に掃除しよう?」
「ぐすっ……うん」
 落ち込みつつ涙を拭って、瑠璃の持ってきた雑巾で床を拭いたのであった。
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