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2021年
ゴーストガール・ハロウィン・パニック
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その日は何もない日曜日のはずだった。十月の月末、世の中はハロウィンだなんだと色気づいてるけど、私には何ら関係のない話だった。
違和感で目覚める、その時までは。
「あれ、お姉ちゃん……おねしょしてる?」
「えっ……えっ?」
妹に指摘されて、はじめてその異様な湿気と臭いに気付く。
一瞬ほど、理解できなかった。布の張り付く感覚も、びしょびしょに濡れたマットレスも、十年以上経験していないはずの感覚で。
「うそ……」
突然の出来事に戸惑って。
「あ、お姉ちゃんおもらししてない?」
「ふぇ!?」
言われて気付いた。
どうして!? 尿意なんて一切なかったんだけど……。
ベッドのシーツがどんどん黄色く染まっていく様子を眺めながら、私はただ茫然として。
「こりゃ完全に憑かれてるね」
……へ?
唐突に聞こえた知らない声。
「へへ、ここだよ、ここ」
聞こえた方向に目を向けると、窓の前に声の主はいた。
黒いローブを着て、その小さめな身の丈よりもはるかに大きな鎌を持った、『死神』の格好をしたショートボブの女の子。
「ようやく気付いたね。視える?」
「お姉ちゃん、何もないところを見て、どうしたの?」
死神の子の問いかけと同時に、妹もまた心配そうに私の顔を覗き込む。
妹にはあの子が見えてない?
「……とりあえず、その小さい方の子は遠ざけておいてくれると助かるな」
私は少しだけ考え迷ってから、こくりと小さく頷いて。
「るか、ちょっとあっち行ってて。……片づけるから」
「あっ……うん、わかったー」
妹は素直にどこかへ行った。これでようやく落ち着いて聞ける。
「……で、単刀直入に聞くけど」
窓際に目を向けると、死神の格好をした女の子はサッシに腰掛けて微笑んでいて。
私はその女の子に聞く。
「あなたは、誰?」
「ボクは死神さ」
「は?」
理解できなかった。
死神? 私まだ十四歳で全然健康体なのに……なんで?
「ああ、誤解しないで。ボクは君の命を貰いに来たわけじゃないから」
「あ、ハロウィン」
「違うよ! いや、関係はあるけど……」
もじもじとする女の子。もしかして。
「……お菓子、いる?」
「いるっ!」
露骨に目をキラキラさせていた。やっぱりか……。
「わかった。着替えたりしてから持ってくるから、ちょっと待っててね」
そうして普段着に着替えたり濡れた服とかシーツとかを洗濯機に放り込んだりして、飴玉を数個ポケットに忍ばせつつ自室に戻ってきたのは少し後のこと。
「おいしい。ありがとう、お姉さん」
クールを装うには少々緩みすぎた顔で飴玉を舐める死神ちゃん。猫ちゃんみたいでかわいい。けど、それはそうとこの子に聞かなければならないことがある。
「……ねぇ、あなたは何者?」
「さっき言ったじゃないか。死神だよ。仮装じゃなくて、本物の」
「じゃあ、なんでここに来たの?」
「ああ、それはね――」
長かったので要約。
まず、ハロウィンの本来の意味は、簡単に言えばご先祖様の霊がこの世に戻ってくる日。つまり日本でいうお盆みたいなものらしい。
けれど、そのご先祖様の霊に混じって、ヤバい霊が混ざってくることも割とよくあるらしい。その悪霊を遠ざけるため自分も悪霊に擬態して憑りつかれたりしないようにするというのが、昨今のコスプレ祭りの始まりらしいというのはさておき。
人間たちがそういった対策をしたとしても、どうしようもなく悪霊はやってきてしまう。そこで、死神がその悪霊を見つけ次第あの世に送り返しているらしい。
「で、君に悪霊が憑りついてたから、どうにかして引っぺがしてあの世に強制送還しようとしていたってわけ」
「な、なるほど……」
いつもの私だったら「ふーん」で済まして、聞く耳も持たなかっただろう。
けど、今日はいろいろあり過ぎた。妹にはこの子は見えなかったらしいし、なにより……。
「おもらし……」
「そうだね。君の突然のおもらしやおねしょも、悪霊のせいだ」
私は頭を抱えて、目の前の死神ちゃんに懇願する。
「じゃあ早くそいつを私から引きはがして!」
「え、でもいまはおもらししてないじゃ」
「してるの! ずっと、止まんなくて……」
言い切ろうとして、また股間が濡れた。
スカートを抑えると、微かにかさっと音がする。
ああ、恥ずかしい。まさか、中学二年生にもなって――。
「……おむつ、してるのかい?」
顔を真っ赤にして、涙目になりながら、私は一つこくりと頷いた。
――中学二年生にもなって、妹のおねしょ用のおむつをはいているなんて、恥ずかしすぎて。
「なんか……ごめん」
死神ちゃんは顔を逸らしつつ俯いてしまって、私は慌てて目の前の頭を撫でた。
「い、いいの。悪いのは私に憑りついてるっていう幽霊、なんでしょ?」
「うん、そのはず。だから、そいつを引きはがせば……もう、恥ずかしい想いはしない、と思う」
言って、死神ちゃんは巨大な鎌の刃を私の首に当てる。
「ひっ」
「じゃあ、始めようか」
「なに、を?」
「除霊さ。すぐ終わる。痛いのは、ほんの一瞬だから」
飴玉を口の中で転がしながら顔を緩めていた少女はどこへやら。その死神の眼光は鋭く、引き締まった顔は冷徹で、氷のような印象を抱かせる。
漂う緊張感。死神ちゃんが口の中で唱えた何語かもわからない呪文が、私の身体をこわばらせ。
「――楽にしてあげよう」
祈りと共に、鎌は私の首をすり抜けた。
「ああっ――!?」
脳天から脊髄を貫く電流。痛み、呻き声とともに、なにかが私から出ていくような気がして――。
「終わったよ、お姉さん」
息を荒げる私をよそに、意外なほどにあっけなく、その儀式は終わった。
「これで、その悪霊は抜けたの……?」
「うん、そうだ。もう安心していい」
それを聞いて、深く息を吐いた。ようやく終わったんだ……このおもらし地獄から解放されたんだぁ……なんて思うと少し気が抜けて。
「……悪霊悪霊って……ひどい! エリーナ、悪霊じゃないもん!」
そんな声すら、一瞬ただの幻聴なんだと思った。
いや、ただの幻聴でしかないかもしれない。けれど、死神ちゃんの驚く顔が見えたとき、少なくとも「何かがおかしい」と直感が叫んだ。
――まだ出ている。尿意を感じない。
おもらしが、治っていない。
「せっかくハロウィンのお祭りを見に来たのに……気付いたらこの子の体に吸い寄せられちゃって……わけのわかんない言いがかりをつけられてぇ……。もう、サイアクなの!」
小学生、それも低学年くらいの女の子かな。そのくらいの小さい女の子が、正座していた私の膝の上にちょこんと座っていた。
「どういうことかな、死神ちゃん」
黒いローブを羽織った死神ちゃんを見ると、彼女は泣きそうな目で言った。
「……わかんない」
それから数分経って。
「ああ、なるほど。やっぱりエリーナちゃんのせいだね」
エリーナ、と名乗った小さい女の子は、それを聞いて「ぷんすか!」といった感じで怒る。
「なんでよ! エリーナなんにもしてないもん!」
「ああ、うん。たぶん君は悪くない」
「ええっと、どういうこと?」
私が聞いたら、死神ちゃんは「あくまでボクの推測だけどね」と前置きをして話し出した。
エリーナちゃんは何らかの理由で、まるで磁石のN極とS極がひかれあうように私に引き寄せられて、憑りついて離れられなくなってしまった。
さらに、あいにくにもエリーナちゃんは憑りついた人におもらしさせる能力を無自覚ながらも保有していたのである。
「証明する方法はないけれど……まだ、お姉さんからエリーナちゃんが離れ切っていないから、まだお姉さんはおもらしが止まっていないんじゃないかな」
私は嘆いた。
どうして離れてくれないの悪霊ちゃん! もといエリーナちゃん!
「エリーナだって、はやくハロウィンのお祭り見に行きたいもん……なんでどこにもいけないの……?」
女の子が漏らした言葉。自分で離れられないのはかわいそうだな、と考えて。
「……一緒にお出かけする?」
気が付くと、その提案が口をついて出てきていた。
「その心は?」
「エリーナちゃん、私から離れられないってことは、私と一緒なら動けるってことでしょ? たぶん」
「あ、確かに!」
「だからさ、一緒にお出かけすれば、エリーナちゃんも満足するかなって思ったんだけど、どう?」
満足すればあの世に帰ってくれるかもしれないしね。
死神ちゃんも、こくりとひとつ頷いた。
「せっかく一年ぶりの地上だし、楽しんでいきたいな……じゃなくて、楽しんできてもいいだろう」
死神ちゃんも遊びたいのかな?
「えーっと、一緒に行く?」
「し、仕事中だからっ」
「少しくらい遊んでもバレなきゃいいんじゃない?」
「うぅ……」
少しだけ悩む素振りをして、やがて彼女はこくりと頷いた。
そうして私たちは街に繰り出した。
出店がいくつか出てたり、お菓子を配ってたりして。
三人で――うち私以外の二人はほかの人には見えないようだったのでばれないように気を配りつつだけど――たくさん楽しんだ。
それで、気が付けば夜になっていた。
「今日は楽しかった」
エリーナちゃんが、急に私にむかって話かけてきた。
「どうしたの、いきなり」
「そろそろ帰る時間みたいで」
「……それって」
突然、エリーナちゃんの身体が光り出す。
「彼女やボクがここにいられるのは、ハロウィンの一日だけだ。故に……そろそろ、帰らねばならないらしい」
小さな女の子の体。光り出したそれは光の粒になって、崩れていって。
「エリーナちゃん……」
「今日は、とっても楽しかった。ありがと、絵里奈ちゃん」
「え、なんで私の名前を――」
その問いに答えることなく、エリーナちゃんは消えてしまって。
「きっと先祖について調べてみればわかるんじゃないかな」
死神ちゃんは意味深に笑った。
「じゃあね、お姉さん。また会える日を、楽しみにしているよ。
――後日調べてみると、私には欧米の血が流れていることが分かった。
明治時代に日本に移り住んだ、ヨーロッパの割とそこそこ大きめの家。
しかし、それよりさらに前の十七世紀後期ごろ、その家の一人の少女が、幼くして魔女と認定され、不当に処刑されたのだという。
いわゆる魔女狩りだった。
そして、その魔女とされた少女の名前は、エリーナ。
「そういうことだよ、絵里奈お姉ちゃん」
死神ちゃんが後ろから話しかけてきた。……あれ?
「なんでここにいるの?」
「ボクがハロウィンの日しかいられないとは言っていないよ」
「……え」
「実を言うと、ボクはあのハロウィンの日に日本に左遷されたんだ……」
ああそう……お疲れ様です。心の中でねぎらい、しかしハッとして聞いた。
「そういえば、エリーナちゃん……エリーナさんって呼んだ方がいいかな……がいなくなったのに、なんで私はおもらしが治ってないの?」
そう、私はあの日以来おもらしが治らなくなってしまったのだ。
毎日のようにおねしょして、尿意も感じずいつの間にかおもらししてる。
「なんで……」
泣き崩れた私を見て、死神ちゃんは笑った。
「あの日、ほぼ一日中おもらししてたから尿道がバカになっちゃったのかな。少なくとも悪霊とかそういう類のものじゃないよ」
「そんなぁ……」
またおむつが膨らんでいく感覚を味わいながら、私は少しだけ泣いた。
騒がしいトイレトレーニング(二回目)の日々はまだ始まったばかりだ。
そして、これ以降毎年のようにエリーナさんがやってきて同じ目にあってしまうことを、いまの私はまだ知らない――。
Fin.
*
初出:2021/10/31 小説家になろう・pixiv同時掲載
ノベルアッププラス「雑多掌編集」に転載済
違和感で目覚める、その時までは。
「あれ、お姉ちゃん……おねしょしてる?」
「えっ……えっ?」
妹に指摘されて、はじめてその異様な湿気と臭いに気付く。
一瞬ほど、理解できなかった。布の張り付く感覚も、びしょびしょに濡れたマットレスも、十年以上経験していないはずの感覚で。
「うそ……」
突然の出来事に戸惑って。
「あ、お姉ちゃんおもらししてない?」
「ふぇ!?」
言われて気付いた。
どうして!? 尿意なんて一切なかったんだけど……。
ベッドのシーツがどんどん黄色く染まっていく様子を眺めながら、私はただ茫然として。
「こりゃ完全に憑かれてるね」
……へ?
唐突に聞こえた知らない声。
「へへ、ここだよ、ここ」
聞こえた方向に目を向けると、窓の前に声の主はいた。
黒いローブを着て、その小さめな身の丈よりもはるかに大きな鎌を持った、『死神』の格好をしたショートボブの女の子。
「ようやく気付いたね。視える?」
「お姉ちゃん、何もないところを見て、どうしたの?」
死神の子の問いかけと同時に、妹もまた心配そうに私の顔を覗き込む。
妹にはあの子が見えてない?
「……とりあえず、その小さい方の子は遠ざけておいてくれると助かるな」
私は少しだけ考え迷ってから、こくりと小さく頷いて。
「るか、ちょっとあっち行ってて。……片づけるから」
「あっ……うん、わかったー」
妹は素直にどこかへ行った。これでようやく落ち着いて聞ける。
「……で、単刀直入に聞くけど」
窓際に目を向けると、死神の格好をした女の子はサッシに腰掛けて微笑んでいて。
私はその女の子に聞く。
「あなたは、誰?」
「ボクは死神さ」
「は?」
理解できなかった。
死神? 私まだ十四歳で全然健康体なのに……なんで?
「ああ、誤解しないで。ボクは君の命を貰いに来たわけじゃないから」
「あ、ハロウィン」
「違うよ! いや、関係はあるけど……」
もじもじとする女の子。もしかして。
「……お菓子、いる?」
「いるっ!」
露骨に目をキラキラさせていた。やっぱりか……。
「わかった。着替えたりしてから持ってくるから、ちょっと待っててね」
そうして普段着に着替えたり濡れた服とかシーツとかを洗濯機に放り込んだりして、飴玉を数個ポケットに忍ばせつつ自室に戻ってきたのは少し後のこと。
「おいしい。ありがとう、お姉さん」
クールを装うには少々緩みすぎた顔で飴玉を舐める死神ちゃん。猫ちゃんみたいでかわいい。けど、それはそうとこの子に聞かなければならないことがある。
「……ねぇ、あなたは何者?」
「さっき言ったじゃないか。死神だよ。仮装じゃなくて、本物の」
「じゃあ、なんでここに来たの?」
「ああ、それはね――」
長かったので要約。
まず、ハロウィンの本来の意味は、簡単に言えばご先祖様の霊がこの世に戻ってくる日。つまり日本でいうお盆みたいなものらしい。
けれど、そのご先祖様の霊に混じって、ヤバい霊が混ざってくることも割とよくあるらしい。その悪霊を遠ざけるため自分も悪霊に擬態して憑りつかれたりしないようにするというのが、昨今のコスプレ祭りの始まりらしいというのはさておき。
人間たちがそういった対策をしたとしても、どうしようもなく悪霊はやってきてしまう。そこで、死神がその悪霊を見つけ次第あの世に送り返しているらしい。
「で、君に悪霊が憑りついてたから、どうにかして引っぺがしてあの世に強制送還しようとしていたってわけ」
「な、なるほど……」
いつもの私だったら「ふーん」で済まして、聞く耳も持たなかっただろう。
けど、今日はいろいろあり過ぎた。妹にはこの子は見えなかったらしいし、なにより……。
「おもらし……」
「そうだね。君の突然のおもらしやおねしょも、悪霊のせいだ」
私は頭を抱えて、目の前の死神ちゃんに懇願する。
「じゃあ早くそいつを私から引きはがして!」
「え、でもいまはおもらししてないじゃ」
「してるの! ずっと、止まんなくて……」
言い切ろうとして、また股間が濡れた。
スカートを抑えると、微かにかさっと音がする。
ああ、恥ずかしい。まさか、中学二年生にもなって――。
「……おむつ、してるのかい?」
顔を真っ赤にして、涙目になりながら、私は一つこくりと頷いた。
――中学二年生にもなって、妹のおねしょ用のおむつをはいているなんて、恥ずかしすぎて。
「なんか……ごめん」
死神ちゃんは顔を逸らしつつ俯いてしまって、私は慌てて目の前の頭を撫でた。
「い、いいの。悪いのは私に憑りついてるっていう幽霊、なんでしょ?」
「うん、そのはず。だから、そいつを引きはがせば……もう、恥ずかしい想いはしない、と思う」
言って、死神ちゃんは巨大な鎌の刃を私の首に当てる。
「ひっ」
「じゃあ、始めようか」
「なに、を?」
「除霊さ。すぐ終わる。痛いのは、ほんの一瞬だから」
飴玉を口の中で転がしながら顔を緩めていた少女はどこへやら。その死神の眼光は鋭く、引き締まった顔は冷徹で、氷のような印象を抱かせる。
漂う緊張感。死神ちゃんが口の中で唱えた何語かもわからない呪文が、私の身体をこわばらせ。
「――楽にしてあげよう」
祈りと共に、鎌は私の首をすり抜けた。
「ああっ――!?」
脳天から脊髄を貫く電流。痛み、呻き声とともに、なにかが私から出ていくような気がして――。
「終わったよ、お姉さん」
息を荒げる私をよそに、意外なほどにあっけなく、その儀式は終わった。
「これで、その悪霊は抜けたの……?」
「うん、そうだ。もう安心していい」
それを聞いて、深く息を吐いた。ようやく終わったんだ……このおもらし地獄から解放されたんだぁ……なんて思うと少し気が抜けて。
「……悪霊悪霊って……ひどい! エリーナ、悪霊じゃないもん!」
そんな声すら、一瞬ただの幻聴なんだと思った。
いや、ただの幻聴でしかないかもしれない。けれど、死神ちゃんの驚く顔が見えたとき、少なくとも「何かがおかしい」と直感が叫んだ。
――まだ出ている。尿意を感じない。
おもらしが、治っていない。
「せっかくハロウィンのお祭りを見に来たのに……気付いたらこの子の体に吸い寄せられちゃって……わけのわかんない言いがかりをつけられてぇ……。もう、サイアクなの!」
小学生、それも低学年くらいの女の子かな。そのくらいの小さい女の子が、正座していた私の膝の上にちょこんと座っていた。
「どういうことかな、死神ちゃん」
黒いローブを羽織った死神ちゃんを見ると、彼女は泣きそうな目で言った。
「……わかんない」
それから数分経って。
「ああ、なるほど。やっぱりエリーナちゃんのせいだね」
エリーナ、と名乗った小さい女の子は、それを聞いて「ぷんすか!」といった感じで怒る。
「なんでよ! エリーナなんにもしてないもん!」
「ああ、うん。たぶん君は悪くない」
「ええっと、どういうこと?」
私が聞いたら、死神ちゃんは「あくまでボクの推測だけどね」と前置きをして話し出した。
エリーナちゃんは何らかの理由で、まるで磁石のN極とS極がひかれあうように私に引き寄せられて、憑りついて離れられなくなってしまった。
さらに、あいにくにもエリーナちゃんは憑りついた人におもらしさせる能力を無自覚ながらも保有していたのである。
「証明する方法はないけれど……まだ、お姉さんからエリーナちゃんが離れ切っていないから、まだお姉さんはおもらしが止まっていないんじゃないかな」
私は嘆いた。
どうして離れてくれないの悪霊ちゃん! もといエリーナちゃん!
「エリーナだって、はやくハロウィンのお祭り見に行きたいもん……なんでどこにもいけないの……?」
女の子が漏らした言葉。自分で離れられないのはかわいそうだな、と考えて。
「……一緒にお出かけする?」
気が付くと、その提案が口をついて出てきていた。
「その心は?」
「エリーナちゃん、私から離れられないってことは、私と一緒なら動けるってことでしょ? たぶん」
「あ、確かに!」
「だからさ、一緒にお出かけすれば、エリーナちゃんも満足するかなって思ったんだけど、どう?」
満足すればあの世に帰ってくれるかもしれないしね。
死神ちゃんも、こくりとひとつ頷いた。
「せっかく一年ぶりの地上だし、楽しんでいきたいな……じゃなくて、楽しんできてもいいだろう」
死神ちゃんも遊びたいのかな?
「えーっと、一緒に行く?」
「し、仕事中だからっ」
「少しくらい遊んでもバレなきゃいいんじゃない?」
「うぅ……」
少しだけ悩む素振りをして、やがて彼女はこくりと頷いた。
そうして私たちは街に繰り出した。
出店がいくつか出てたり、お菓子を配ってたりして。
三人で――うち私以外の二人はほかの人には見えないようだったのでばれないように気を配りつつだけど――たくさん楽しんだ。
それで、気が付けば夜になっていた。
「今日は楽しかった」
エリーナちゃんが、急に私にむかって話かけてきた。
「どうしたの、いきなり」
「そろそろ帰る時間みたいで」
「……それって」
突然、エリーナちゃんの身体が光り出す。
「彼女やボクがここにいられるのは、ハロウィンの一日だけだ。故に……そろそろ、帰らねばならないらしい」
小さな女の子の体。光り出したそれは光の粒になって、崩れていって。
「エリーナちゃん……」
「今日は、とっても楽しかった。ありがと、絵里奈ちゃん」
「え、なんで私の名前を――」
その問いに答えることなく、エリーナちゃんは消えてしまって。
「きっと先祖について調べてみればわかるんじゃないかな」
死神ちゃんは意味深に笑った。
「じゃあね、お姉さん。また会える日を、楽しみにしているよ。
――後日調べてみると、私には欧米の血が流れていることが分かった。
明治時代に日本に移り住んだ、ヨーロッパの割とそこそこ大きめの家。
しかし、それよりさらに前の十七世紀後期ごろ、その家の一人の少女が、幼くして魔女と認定され、不当に処刑されたのだという。
いわゆる魔女狩りだった。
そして、その魔女とされた少女の名前は、エリーナ。
「そういうことだよ、絵里奈お姉ちゃん」
死神ちゃんが後ろから話しかけてきた。……あれ?
「なんでここにいるの?」
「ボクがハロウィンの日しかいられないとは言っていないよ」
「……え」
「実を言うと、ボクはあのハロウィンの日に日本に左遷されたんだ……」
ああそう……お疲れ様です。心の中でねぎらい、しかしハッとして聞いた。
「そういえば、エリーナちゃん……エリーナさんって呼んだ方がいいかな……がいなくなったのに、なんで私はおもらしが治ってないの?」
そう、私はあの日以来おもらしが治らなくなってしまったのだ。
毎日のようにおねしょして、尿意も感じずいつの間にかおもらししてる。
「なんで……」
泣き崩れた私を見て、死神ちゃんは笑った。
「あの日、ほぼ一日中おもらししてたから尿道がバカになっちゃったのかな。少なくとも悪霊とかそういう類のものじゃないよ」
「そんなぁ……」
またおむつが膨らんでいく感覚を味わいながら、私は少しだけ泣いた。
騒がしいトイレトレーニング(二回目)の日々はまだ始まったばかりだ。
そして、これ以降毎年のようにエリーナさんがやってきて同じ目にあってしまうことを、いまの私はまだ知らない――。
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