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2021年

ユウウツタンテイモドキ

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 僕は言わば誰かの二番煎じである。
 ほかの人間は知らない。けれども、僕自身は誰かのフェイクだ。
 誰かの上っ面を真似たに過ぎない。
 そんな僕がまさか探偵モドキをやるなんて思ってもみなかった。
「あなた、探偵してください!」
「残念ながら僕は頭はよろしくないのですが」
 東京某所のコメダ喫茶店。対面でテーブルに頭をぶつける変人としか思えない女子高生らしき年代の少女の頼みごとに、僕は脳内で頭を抱えた。
 なんだ、探偵(動詞)とは。いや、形容詞か。あいにくそこら辺の造詣に深いわけではないのだが。
 というか、だからこそ探偵というのは僕には似合っていないと考える。
「ああもうなんか死にたい」
「なんでです」
 女の言葉に僕まで驚いた。どうやら脳内の思考が口から漏れていたらしい。
 僕はため息を吐いた。
「……僕に探偵はできない」
「なんでですかというかなんなんですか」
「君がなんなんですか」
 半眼で目の前のJKを睨むと、半ばキレたように言った。
「だから、探偵をしてくださいと言ってるんです」
「だから、なんで探偵が必要なんですか?」
「探偵が必要だからです」
 小○進○郎か。
 というかなんなのださっきから。まったく会話が成り立たないではないか。
 ひとまずため息を吐きつつ(というか僕は何度ため息を吐けば気が済むのだろう)、女子高生に対して告げたのだった。
「双方ともに頭を冷やしましょうか」
「誰が言うか」

「で」
「いまの『で』、探偵っぽくてよかったですよ」
「どうでもええわ」
 僕はツッコミしながら頭を抱えて、それからコホンと咳払いをして聞いた。
「どうして僕に探偵なんかしてほしいんですか?」
「探偵をしてほしいからです」
「だからなんでですか」
「なんでもなにも、なんで理由があると思ってるんですか」
「理由があるもなにも、なければわざわざこんな頼みしてこないと思ったまでです」
 残念ながら、僕はそこまでお人好しというわけでもない。
「理由と報酬がないとやる気が出ないのですが」
「ファッキントッシュ」
「マッキントッシュみたいに言うな」
 一秒して、しまったと後悔する。初対面の人にため口はまずい。
 しかし、彼女は僕を見据えて告げる。
「……里野さとの 山形やまがた蔵王温泉ざおうおんせん太郎たろう左衛門ざえもん。男性。280歳。独身。合ってますね?」
「男性と独身しか合ってないです」
「男性と独身は合ってたんですか。あの探偵も捨てたもんじゃないですね」
「見ればわかるだろ。その探偵の目は節穴か」
 というか、事前に別の探偵を雇ってまで自分を探偵にしたがるとか、ますます一体何者なんだ。
「ちなみに私は山田川やまだがわ 妙典みょうでんです」
「なんだそのいかにも適当な駅名二つを組み合わせましたーみたいな名前は」
「ちなみのちなみに、母は山田川 行徳ぎょうとく、父は山田川 原木中山ばらきなかやまですがほとんど関係ありません」
「東西線か。ツッコミどころしかないが、早く本題を聞かせてくれ山田川」
「わかりました山形さん」
 もうこの女に敬語を使うのが馬鹿馬鹿しくなってきていた。というか自然とタメ語になっていた。
 ……僕は遅れてツッコむ。
「なんで山形なの?」
「里野 山形蔵王温泉太郎左衛門さんを略して山形さんです」
「そこを取るんだ……」
 もはや、名前が間違っていることまでツッコみ切れなかった。僕の名前はこのまま里野山形うんちゃらかんちゃらで行くらしい。正気か。
「それはそうと、山形さんは町で起こっている怪事件を知ってますか?」
「知るかそんなの。他を当たってくれないか」
「その事件をですね、あなたに解決してほしいのですよ」
「他を当たってくれ」
「なんでも、子供たちが誘拐されてるらしいのですよ」
「話聞けや」
 というか、それは警察に相談すべき案件じゃないのか。少なくとも、僕のような何の能力もない一個人の手に負える話では確実にない。
「だいたい、それが何だというんだ」
「あなたは探偵じゃないですか。なのでこれを解決していただきたいのです」
「ちょっと待て僕がいつ探偵をやると言った」
「言いませんでした?」
「きっと幻聴だな。病院行ってこい。頭の」
「ひどいですー」
 むっと頬を膨らます山田川を僕は一瞥して。
「で、その犯人ってどんなのだと思いますか?」
 山田川の問いに、僕は即答した。
「わかるわけないじゃないか」
「当然ですよね」
「ならなんで聞いた」
 次々出てくる僕の問いを華麗にスルーして、この女は問を押し付ける。
「何も推理しろと言ってるんじゃありません。ええ、ただその誘拐犯がどんなものだったら嬉しいのかを言ってくれればそれでいいのです」
 わけがわからなかった。が、やることは一応分かった。
「どんなもの、ということは人間でなくてもいいのか?」
「順応性高いですね。というか人外フェチですか?」
「いや、ロリコンだ」
 まあいい。僕は目の前の女に対して馬鹿な質問で問い詰めた。
「それで山田川。その誘拐犯というのは、子供ばかりを狙って誘拐してるんだよな?」
「ええ。不思議なことに、いまのところ子供しか被害にあっていません」
「そうか。趣味が合いそうだな」
「最低ですね」
「なんとでも言え」
 もう会わない予定の人間からの好感度などいくら下がっても構わなかった。
「それで、目撃証言とかはないのか?」
「ないですね」
「なるほどな」
 やれと言われたのは、推理ではない。いわば、その誘拐犯とやらがどんな人物であるのかという予想。
「というか、これ適当なホラでもいいんだよな?」
「お、なんか思い浮かびましたか」
「おう。聞かせてやる」
 適当な作り話でも聞かせてやればどうにか放してくれるだろうという甘い予想である。

「犯人は――いたずら上手だけどシャイな、本当はお友達が欲しい少女だ!」

「いかにもロリコンの性癖に素直そうな『推理』ですが、その根拠をお聞かせいただいても?」
 山田川が笑いながら、僕の濁った眼を見据えた。
 僕も、まるで酔っぱらったように気持ちよく笑いながら、その推理というにはとても馬鹿馬鹿しいものを語り聞かせた。

 ――曰く、その犯人は幼い少女である。
 なにも、そう難しい話ではない。ただ、親もいない部屋で一人で暮らしていた少女が、寂しさに耐えかねて一緒に過ごす友達を欲したというだけの話だ。
 しかし、方法がよくなかった。
 公園で遊んでいるところをこっそりと連れ去ったり、親が目を離した一瞬のすきに連れ去ったり、小学校への通学時にこっそりと連れ去ったり。
 そうして、彼女は家に自分と年齢の近い子供たちを運び込み、寂しさを紛らわしていたのだった。
 そこまでしても本当に欲しいものは手に入ることはないと、彼女は知ることはない。埋まることない心の穴を埋めるためのいけにえを、今日も探し続けている――。

「ってのはどうだ?」
「ほう、面白いですね。ガッバガバで穴だらけですが」
「そこまで考えられるほどの頭なんてねぇよ!」
 僕は頭がよくない。故に(聡明な読者様方と違って)この話に含まれた推理の穴すらも自分では気づくことはないのである。
「でも、これでいいんだろ?」
「ええ。少なくとも『それの正体』を作り出すことはできましたから」
 山田川はまた笑う。今度は不気味に、ニタニタと。
「正体を、作り出す?」
 理解不能だった。正体は作り出すものでない場合が圧倒的過半数、否、九十九割の確率で正体とは最初からあるものであるからだ。
 しかし、困惑する僕を見て、山田川は「面白いものを見た」と言わんばかりに気持ち悪く笑って。
「ええ。いま、あなたはその誘拐犯の正体を作ったのです」
「……詳しい説明を頼む」
「ずいぶんと冷静ですね」
「んなわけがあるか。そう……そう振舞っているだけだ」
 心の中は困惑でいっぱいだった。それを見透かしたように、山田川は趣味の悪い笑みで続ける。
「山形さん。『怪異カイイ』ってご存じでしょうか?」
「ああ。知ってるさ。昔からの伝承によく出てくるようなやつだろ?」
「ええ、その怪異です。古くは妖怪変化、百鬼夜行などの昔話で、最近ではネットの掲示板などでたびたび生まれる不気味な噂話。そういったものです」
「そんな信憑性もないただの言い伝えが、これにどう関係するんだ」
「信憑性のないただの噂話であれば、どれだけいいのでしょうか。その怪異というのは、確実に実在するのです」
 僕は目の前の狂信者に鋭い視線を向けた、が彼女は「そんな人殺しそうな目で睨まないでくださいって」なんて言葉でいなして説明を続けた。
「怪異というものは不定形です。無作為に行動を起こして、消えていく。……例えば、勝手に食器が落ちたり、誰もいない部屋から物音がしたり、隣の家が爆発したりということはありませんか?」
「最後のはともかく、前の二つはたまに聞く話だな」
「そういうのはだいたい名もなき怪異のせいです」
 きっと名前のついている現象だというのは黙っておこう。その名前を僕は知る由もないのだが。
「けれど、中には消えずに形を作り残り続けるものがあります」
「なんだそれ」
「物語が作られ語られた、いわゆる伝承に伝わるような怪異です。現象として起こったことに正体が後付けされて、それが今日において『怪異』と呼ばれているのです」
 理解するのに三秒ほどかかった。
「つまり、起こったことに理屈をつけて怪異ってことにしたってことかい?」
「理解が早くて助かります」
「三秒は早いのだろうか」
「十分早いです。別の人に話したら一笑に付されたうえに一年以上も理解されなかったんですもの」
 きっとその別の人のほうが一般的な感性を持っているのだろうと思った。
「何はともあれ、そのことがさっきの話に何の」
 関係があるのだと言おうとした。けれど、その途中で察する。
「……わかってしまいましたか」
「なるほど、子供が消えるという不思議な『現象』を、僕の話したでたらめな話が『怪異』にした。そういうことか」
「ご名答。あなたは、無事にその事件を怪異にしてくれたのです」
 にこにこと笑って手を叩く山田川。僕はコーヒーをすすって聞く。
「なんでそんなことをさせた?」
「簡単。その怪異と化した事件を解決するためです」
「どうやってだ」
「これもまた簡単な話です」
 そう言いながら山田川はぱんと一つ手を叩いた。
「意思のない現象とは違って、怪異には交渉ができます。なぜなら形があって、意思があって、話ができるのですから。あなたはあの現象を怪異にしました。嬉しいことに人格まで作ってくれました。話せるようにしてくれました」
「……まさか」
「ちなみに私は知っている怪異を呼び出して具現化する能力を持っています。しかしあいにく想像力とコミュニケーション能力が欠如しています。あとは、わかりますね?」
 僕は無言で頭を抱えた。
「頑張ってください(笑)」
 やめてくれ山田川。俺もコミュニケーションがうまいわけではないんだ。
 頭を抱えたうえで肘をテーブルにつけたら、着ていたパーカーの袖を引かれた。
 ここまでさんざん前振りされたんだ。今更出てくるものはわかっていた。
 そこにいたのは、幼い少女だった。思い描いていた通りの、暗い雰囲気の少女だった。
「ぱぱ。……わたしをつくってくれて、ありがとう」
 父親、か。性癖的にはいまいちそそらないが、よくよく考えてみればこの少女に少女という形を与えたと思えばその表現もあながち間違ってはいない。
「どういたしまして」
 なんて言って、俺は単刀直入に言った。
「だから、父親として命じるよ。君がさらってきた子たちを返してきなさい」
「やだ」
「なんでだ」
「ぎゃくになんでかえさなきゃだめなの?」
 うーん、クソマセガキ。もとい、ずいぶん頭のよさそうなことを言う子だ。
 わずかに考えて、切り出した。
「あのね、君がさらってきた子たちのことを大事に思う人たちはいっぱいいてだね」
「そんなのよりわたしのしあわせのがだいじだもん」
 チッ、自己中かよ。いや、子供ってのは大体そんなもんか。
「きらいきらい! これだからおとなってだいっきらい!」
 少女は怒ったように叫び、僕を睨みつけた。
「みんなみんなうわっつらばっかり! ぜんぜんわたしをみようとしない!」
「ああもう、じゃあどうすればいいんだよ!」
 叫んで、はっとして俺は口をふさぐ。ああ、そうか。この子は――。
「わかんない」
 やはりだ。この子につけた生い立ち、そして経緯の中で、彼女自身の感情は曖昧にしか決めていなかった。
 彼女はまだ怪異として生まれ落ちたばかり。僕の即興で作った簡単な話の内容しか盛り込まれていない。
 ここで僕は閃いたのである。
 ――あれ、これってもしかして、いまからでも設定を付与しちゃったりできるの?
 山田川は僕の様子を見て欠伸を一つこいて。
「怪異はその形を簡単に変えられますよ。受動的に、どんな形でも、つじつまが合うならば、変える余地のある限り」
「よしこれ勝ったわ」
「どういうこと!?」
 怪異の幼女が戸惑う。そんな彼女に、僕はにたりと口角を上げて、告げた。
「そうだ、君は愛されたかったんだ」
「……へ?」
 素っ頓狂な声を上げて、キョトンとした顔で、怪異は僕の顔を見上げた。
「――君は幼いころに親から見捨てられた。ずっとずっと、一人で寂しく暮らしていた。故に、愛された経験がなかった」
 山田川は「面白いものが始まった」と言わんばかりに、にたりと不気味に口角を上げる。
「君はそれを『一人きり故の寂しさ』と錯覚していた。ある種、間違いではなかった。しかし、君の心の穴の正体とは、違っていた」
 僕は不敵に笑い、怪異の目を射抜いた。
「埋まることのない心の穴の正体は、『親からの愛』だ」
「それがわかって、どうするんですか。探偵さん」
 山田川は猫のように妖艶な瞳を僕に向けて、問う。
 ふふ、決まってるじゃないか。山田川からの視線を怪異に向け、僕は宣言した。
「もし君が捕まえた子供たちを解放すると約束するならば、君に名前と住む場所、そして親を与えてやろう。……パパからのプレゼントだ」
 少女はしばし、もじもじと葛藤して――やがて、控えめに、しかしはっきり、こくりと首を縦に振った。
 僕は一度山田川に目配せして。

「――君の名前は七尾ななお。『 七尾』だ」
「え」

「そこのお姉さんの家に住むといい。たくさんかわいがってもらえ」
「え、ちょ、待ってください」
 さっきまでのシリアスそうな雰囲気はどこへやら。山田川は困惑した面持ちで僕に目を向ける。
「すまんが俺は子供は苦手なもんで」
「さっきロリコンって言ったじゃないですか」
「だからこそだ。……娘に手を出す親父って最低じゃん」
「その発想に至ること自体最低ですよ」
 それもそうか確かにだ。
「まあ、それは冗談で」
「冗談ですかクソが」
 女の子があんまりクソとか言うもんじゃないよ山田川。あきれながらも、僕はもっと単純な本当の理由を明かした。
「……君の出した依頼だろう」
「要するに面倒ごと押し付けたかっただけですか」
 すっごーい、君は言外の意図を当てるスキルが高いフレンズなんだねー。
 僕はまたまたため息を吐いて、膝の上に七尾ちゃんを座らせた。
「七尾はなにがいい? 一杯だけ奢ってあげよう」
「じゃあ……これ」
「ほう、アイスココアか……。いいのに目を付けるじゃないか。さすがは僕の娘だ、お目が高い。そしてお財布が痛い」
「じゃあ私はですねー」
「おい、大きい方の山田川まで頼むんじゃねえ。破産しちゃうからやめろ」
「切実ですね」
 そんなこんなで、なんだかんだ騒がしい時間を過ごした後、僕は自宅のアパートに帰る。
「またね、ぱぱ」
「おう、もう会うことはないだろうが、せいぜい山田川の家で幸せに過ごせよー」
「また会いますからねきっと」
 なんだかものすごい伏線臭いセリフをぶっかけられたが、きっと回収されることはないだろう。この第一話で最終回の予定だし。
 独り暮らしは気楽でいい。シコティッシュを隠さなくて済むし、オカズ(意味深)も見られなくて済む。そんなことを考えながら、今日見かけた幼女のことを思い出して――少しだけ感傷的な気分になった。
 ……二十代独身童貞ロリコンなのに娘を持つって、人生何が起こるかわからないものだ。七尾ちゃん……うっ…………ふぅ。

「――探偵さん――山形さん、起きてください」
「へや、くさい……」
 少女と幼女の声。なんだここは天国か――そう思ったのも一瞬。
 シコってそのまま寝た昨晩、女子の声。というか片方は昨日の晩御飯(意味深)。
 地獄やんけ。
 というかなんでこいつらここにいるの?
「あ、前に雇った探偵さんがあなたの家の合鍵まで作ってくれてたんですよ」
「その探偵なんなの? 目が節穴なのになんでそこはカンペキなの?」
 言われてもないのにこたえる山田川 妙典。それに僕はツッコミを入れ、間髪入れずに。
「うわ、ロリエロ本じゃないですか」
「漁るな」
「臭いティッシュもいっぱいです」
「漁るな」
「流石、独身ロリコンキモオタクの部屋ですね。キモいです」
「話聞けや。というかディスるな。片づけるから出てけ」
 そんなやり取り。もうやだこのせかい。
 ひとまず山田川を放り出して、七尾ちゃんを玄関前に出してやって、僕は頭を抱えた。

 カムバック僕の平穏な日常。

 憂鬱な探偵モドキの騒がしい日々はまだ始まったばかりだということを、いまの僕は知る由もなかった。

   *

 初出:2021/10/17 小説家になろう・pixiv・ノベルアッププラス「雑多掌編集」同時掲載
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