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2019年

愛がほしくてやりました

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 何故、こんなことをしたんだろう。
 牢獄の中でつぶやく。
 僕は何も悪いことはしていないはずなのに。
 いや、この世界で愛を求めること自体が罪だったのか。なんと、この世界の理不尽なことよ。
 僕は何をするでもなく、ただただ独り言をもらし続けていた。
「オイ、うるさいぞ、囚人」
 看守ロボに怒られた。仕方がないので、最後に、こう締めくくる。
「お母さん、会いたいよ……」
 記憶が、あふれ出す――。

**********

 2026年。東京。
 ここは、時代の最先端を行くまち。鋼鉄とコンクリートでできた、どこか無機質なまち。
 そこで、僕の本当の母は警察に殺された。
 理由は、内閣の意見に歯向かったから。
 新しい法律に異議を申し立てて、その結果、粛清されてしまったのだ。
 今の内閣は、ほとんど独裁政治みたいになっている。国会も裁判所もまるで機能していない。
 歯向かうものは粛清。片っ端から、(物理的に)首を切っていく。大声ではいえないが、正直頭が狂っていると思う。
 僕の母は、優しくて、泣き虫だった僕の背中をさすってくれていた。泣いて、泣き止んで、涙を拭くまで。
 当時、僕は14歳。まだ自立できる年齢ではなかった。そのため、継母のところに行くことになった。

 それから二年の間、僕は必死に生きてきた。
 死ぬ気で働いて、少しばかりの金をもらい生きた。
 今、この国にはカップルなど存在しない。国が決めた相手としか結婚できないからだ。
 それによって、この国から結婚できない人間はいなくなった。その代わりに、自由恋愛がなくなった。
 こんな法律ばかりを政府は量産している。まるで、世界から愛をなくそうとしているかのように。批判はあれど、逆らえば殺される。だから、黙るしかない。そんな社会だ。

 事が起きたのは、一ヶ月ほど前。2028年の6月ごろ。僕は16歳。義母と一緒に買い物に行った。
「あそこにあるもの、取ってきて」
「はい」
 無機質な会話をする。いつもこんな風だ。心を開くことは、できない。そうすれば殺される。
 その帰り道のことだった。
「ねえ、いい加減、その敬語やめてくれない?」
「はい、すみません」
「だから、その堅苦しい口調をやめて?」
「その理由を聞いてもよろしいですか?」
「ちょっと、これじゃあ少し話しにくいでしょう」
「何故です? あなたは他人でしょう。話す必要など――」
「あなたの事が、知りたくなったの。話して」
「……駄目です。話したら、ころ、され……」
 僕は、何故だか涙が出てきて、話せなくなった。
 義母は、僕を優しく背中をさすった。
 泣いて、泣いて、泣き止んで、涙を拭くまで、ずっとさすってくれていた。
 それはまるで、本当のお母さんのように――。
 僕は、ただ一言だけ、口にした。

「お母さん、大好き」

 その瞬間だ。首輪から警報音が鳴ったのは。
 二年前に定められた、「愛情禁止法」と呼ばれる法律により、全日本人に強制的につけられた首輪である。
 これは、特定の言葉ワードを検知すると、警報音とともに自動で警察に通報されるというもの。
 他人はもちろん、友人や家族にも「大好き」「愛してる」などの言葉を発すれば、即逮捕という代物である。
 おかげで、事実上の言論統制となり、民衆から大規模なクーデターが起こった。しかし、それすらも全員逮捕・死刑となっている。そもそも、反乱を画策しようとしたところで首輪から警報音が出るため、絶対そういうことは起こらない。
 子供の基礎学力などは多少上がったらしいが、夢や希望が失われた。
 これこそ、母が必死で止めようとして、止められなかった法律だ。

 そして、僕は逮捕されて今に至る。
 僕は、母が死刑囚で、しかも重罪人であったことから、死刑となった。
 明日は僕の死刑執行日。僕の命日だ。
 最期の言葉を考える。しかし、何も思いつかない。
 そういうものなのだろう。死ぬということは。
 正直、死ぬのは怖い。しかし、それ以上にやるせない気持ちでいっぱいになった。
 毎日のように、100人単位で流れ作業のようにギロチンの刃が落とされていく。政府の人間は殺人鬼なのでは、とよく思う。
 人の命をよくこんなに安く捨てられるものだ。人間は使い捨てなのだろうか。
 そのギロチンの刃のさびの一つになるだけの人生だった。それが、とてもやるせない。

 世界は、何も変わらない。

 そんなのは、いやだった。

 せめて、10年前でも、平行世界でも、どこだっていい。僕の気持ちが届いてくれれば、きっと、世界は変えられるのかな。
 ……変わるといいな。
 そう思って、誰にも届かないはずの手紙――遺書を書く。

<どこかにいる君へ>

 僕は、明日殺されます。政府という名の、偽りの神によって――。

**********

 翌日。
 看守ロボに「出ろ」と言われた。
 温かみをすべて排除した機械看守。脱走を一切許すことはない。
 そこには当然ながら感情はない。
「第一死刑室」
 そう名づけられている、ギロチンの置かれた白い部屋。
 例に漏れず、無機質で何もない。
 僕は看守ロボによってその穴に首を押し込まれた。
 そこに情けなんてものはない。
 遺言を聞く制度も、数年前に「合理的でないから」という理由でなくなった。
「お母さん……会いたい――」
「うるさい」
 看守ロボ――死刑執行も担当するらしい――が言う。そして、さらに首に電流が走る。
 ああ、死ぬ間際にさえも愛を求められないのか。
 神様、もしいるのなら、僕の願いを聞いてくださいよ。 ねぇ……。助けて……。
「なんで愛を求めちゃいけないの?」
「愛など社会に不要」
「何故?」
「不要」
 ロボットはそれしかいえない。せめて聞いたのが人間なら――いや、人間もいまやもう機械のようなものだ。聞いたところでどうにもなりやしない。
 僕は涙を流した。

 なんで? 悪いことって、なに?
 合理的でないこと?
 ……そうだったね。この世界は。
 合理的でないことは、悪だったね。

 こんな世界、もういやだよ。

 ロボットがボタンを押した。
 首に冷たいものが当たる。

「おかあさ――」大好きといえる世界にしてほしかった。

 最期の言葉も言えずに、政府という殺人鬼によって、僕は消えた。

   *

 初出:2019/02/11 小説家になろう
 カクヨム・ノベルアッププラス・pixivに転載済
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