記憶の中に眠る愛

吉華(きっか)

文字の大きさ
上 下
2 / 24
第一章

出会いと再会①

しおりを挟む
 ゆらり、ふわり。私は、温かいお湯の中に浮かんでいるかのような、そんな心地よい浮遊感の中にいた。
 くるりと周りを見渡せば、そこは一面の白だった。真っ白なソメイヨシノの花びらが、どこからともなく吹いてきた風に飛ばされて舞っている。足元に積もっている花びらまで舞い上げているので、風の威力はかなりのものだ。
 花びらから守るために腕で顔を覆ってじっとしていると、勢いのよかった桜吹雪がふっと止んだ。そして、はらはらと美しく落ちてゆく花びらの中に、それまでは見えていなかったとある影が浮かび上がる。
 影は、青年のようだった。少し外に跳ねた茶色がかった黒髪を持ち、夜空のような深い色の瞳でこちらを見つめている、私よりも年上に見える青年。
 その青年と目が合った。その瞬間、彼から柔らかな微笑みを向けられる。そんな眼差しに鼓動が跳ねて、きゅんと胸がときめいた。そして、青年から一切眼が離せなくなってしまう。
 もっと貴方の事が知りたい。貴方の声を聞いてみたい。貴方と色々話して仲良くなって、私の事も知ってほしい。
 今までにないくらいの胸の高まりが、私を後押しした。勇気を出して、彼に話しかけようと試みる。
 でも、それと同時に再びソメイヨシノが舞いだした。一瞬で視界が真っ白になって、彼の姿が見えなくなっていく。
「……待って!」
 私の叫びも空しく、彼の姿は白にかき消された。

  ***

 はっと目が覚めると、そこにはいつもの天井があった。右の手の甲も一緒に映っているのは、夢の中でも腕を伸ばしていたからだろうか。
「……また、この夢」
 ぽつりとそう一人ごちた。夢の余韻か、まだ胸の動きが早い。
「いつからだったっけな。確か……中学の時?」
 まだぼんやりしている頭を起こそうと思って、口に出して確認しながら記憶を辿っていく。
 最初にこの夢を見たのは、中学校に上がってしばらく経ってからの事だった。そして、その半年後、三ヶ月後、一カ月後、二週間後……といった感じで、再び同じ夢を繰り返し見ている。最近では、多ければ一週間の内に二度は見ているのではなかろうか。
「何かを暗示している、とか? まさかね……」
 偶然にしては、やたらと頻度が多い気はするけれども。毎回同じ桜吹雪が舞っていて、毎回その中にあの青年がいるけども。でも、予知夢とか、そういう非現実的な事が私に起こるとはとても思えないし。
 枕元の目覚まし時計を見ると、既に七時前だった。今日からは課外がないから早く起きる必要はないのだけれど、もう目が覚めてしまったしと思ってベッドから抜け出す。顔を洗ったり着替えたりした後、長い髪を結ぶために鏡の前に立った。
「……あの人は、髪の長い女子好きかな」
 三年以上夢に現れていて、毎回優しく微笑まれて、それでもその人が気にならない……なんて人はいないだろう。だから、どんな人なのだろうかと思って想いを馳せたり、彼の姿を思い出してため息をついたり、なんて事は……きっと、とても自然な事。

 一之宮春妃、高校一年生、十五歳。初恋相手は、夢の中の人でした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さよなら、真夏のメランコリー

河野美姫
青春
傷だらけだった夏に、さよならしよう。 水泳選手として将来を期待されていた牧野美波は、不慮の事故で選手生命を絶たれてしまう。 夢も生きる希望もなくした美波が退部届を出した日に出会ったのは、同じく陸上選手としての選手生命を絶たれた先輩・夏川輝だった。 同じ傷を抱えるふたりは、互いの心の傷を癒すように一緒に過ごすようになって――? 傷だらけの青春と再生の物語。 *アルファポリス* 2023/4/29~2023/5/25 ※こちらの作品は、他サイト様でも公開しています。

強引な初彼と10年ぶりの再会

矢簑芽衣
恋愛
葛城ほのかは、高校生の時に初めて付き合った彼氏・高坂玲からキスをされて逃げ出した過去がある。高坂とはそれっきりになってしまい、以来誰とも付き合うことなくほのかは26歳になっていた。そんなある日、ほのかの職場に高坂がやって来る。10年ぶりに再会する2人。高坂はほのかを翻弄していく……。

絆の序曲

Guidepost
BL
これからもっと、君の音楽を聴かせて―― 片倉 灯(かたくら あかり)には夢があった。 それは音楽に携わる仕事に就くこと。 だが母子家庭であり小さな妹もいる。 だから夢は諦め安定した仕事につきたいと思っていた。 そんな灯の友人である永尾 柊(ながお ひいらぎ)とその兄である永尾 梓(ながお あずさ)の存在によって灯の人生は大きく変わることになる。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

処理中です...