5 / 6
救いの手を伸ばしたのは
しおりを挟む
『しゃんとしなさい。後妻の娘と、所詮商家の娘と侮られてはなりません』
『貴女の方が優秀なのは、誰の目から見ても明らかです。期待されているのは貴女の方なのよ』
『よくやりました。けれど、まだまだ向上の余地はあります。努力なさい……あんな女の娘に負けてはなりません』
小さい頃から、そんな言葉をずっと母親に言い聞かされてきた。前妻である姉の母が亡くなった後で、後妻としてこの家に嫁いできて……事あるごとに、貴族の令嬢の手本と言われていた彼女と比較されて。裕福な商家の一人娘として甘やかされ大事にされてきた母にとって、自分よりも優れていた存在と常に比べられてしまうのはストレスだったのだろう。
『近寄らないで頂戴! 私の子供はシャルロットとサイラスだけよ!』
前妻を目の敵にしていた母にとっては、その娘である姉も敵だった。当時の姉だってまだ十に満たなかったのだ。血は繋がってなくとも母ではあるのだ。きっと、寂しい時や悲しい時は甘えたかっただろうに。
『……シャルロット、シャルロット』
『お母さまが探していたわ。行ってあげて』
同母の弟であるサイラスとかくれんぼをしていた時に声をかけられたのが、初めて姉と会話した瞬間だった。こちらに向けられている二つのサファイアブルーが、先日初めて見た海みたいできれいだと思ったのを覚えている。
『シャルロットはとても頑張っていると思うわよ。この前のテストも満点だったのでしょう? 十回も連続で満点なんて、なかなか出来る事ではないもの』
『私の事そう呼んでくれるの? そんな、嫌な訳ないじゃない……嬉しいに決まっているわ!』
初めて話したのが庭にある薔薇園の中だったから、姉とは何となくそこで会話するようになった。その内サイラスも加わるようになって、三人一緒に過ごす事が増えたけれど。こっそりとお菓子やお茶を持ち込んでの秘密のティータイムは、毎日必死だった私の心を満たして慰めてくれた。
『何をしているの!? この女には近づくなと、あれ程言ったじゃない!』
けれど、幸せな時間は長く続かなかった。あの母の事だから、きっと私やサイラスが姉と一緒にいたら怒るだろうと思って、細心の注意を払っていたのに。初めて自分の意見を元に仕立ててもらったドレスが嬉しくて、姉に見てほしくて、屋敷内の廊下を歩いていた姉に声をかけてしまったのだ。一瞬だけ姉は戸惑っていたけれど、すぐにいつもの優しい笑顔になって、素敵なドレスだ、よく似合っていると褒めてくれて頭を撫でてくれた。そんな瞬間を、見つけられたのだ。
『貴女が私の娘を誑かしたのね! この子に近寄るんじゃないわよ!』
目の前で、母の平手が姉を襲った。ばしん、ばしんと嫌な音が響いて、ごめんなさい、ごめんなさいと必死に謝る姉の悲痛な叫び声がこだまする。姉の頬が腫れ上がっても止めないで、このままでは姉が死んでしまうと思って恐ろしくて、必死に母の腕に縋って止めようとした。
『やめて、ちがうの。私から話しかけたの、姉さまは何も悪くないの』
『あっ……姉と呼ばせるなんて、烏滸がましいにも程がある! 貴族の母親を持つからって調子に乗らないで!』
『おかあさま、やめて、やめて……!!』
それ以来、薔薇園には行かなくなった。私のせいで無実の姉が罰を受けるなんて理不尽があってはならない、姉をまたあんな暴力に晒すくらいならば、私の方から離れればいい……それしか、姉を守る方法が浮かばなかった。
(……そう考えると、私はあの時から成長していないのね)
そんな考えが脳裏に浮かんだ瞬間、一気に意識が浮上した。どうやら、泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。相変わらず代わり映えしない天井を見つめながら、よいしょっと体を起こす。ドアの前にはまだ食事がなかったので、まだ起きるには早い時間だったらしい。
とは言え、二度寝するには遅い時間だろう。持ち込む事を許された本が数冊あるので、それらの本たちを読み返すか……そう考えて、机に座って本を手に取った、その瞬間。
「シャルロット!? どこにいるの!?」
ここにいる筈のない人の声が、私の名前を呼んだ。手から滑り落ちていった本が、ごとんと音を立てる。
「お待ち下さい! 許可もなく勝手に入ってはなりません!」
「勝手なのはそちらの方でしょう!? あの王子の発言だけで、物理的証拠もないのに実行犯と断じて、こんな場所にあの子を閉じ込めるなんて!」
「貴女には何の関係もないでしょう! これ以上勝手な事をすると貴女も罪に問われますよ!」
「罪で脅して言う事を聞かせようなんて、法治国家にあるまじき言動だわ! そもそも、関係なら大ありよ! 私は、あの子の姉なんだから!」
恋しかった声が、近づいてくる。足音が前よりも軽やかなのは、重いドレスに慣れたからだろうか。以前は、豪奢なドレスに慣れていなくてよく躓いていたのに。
「シャルロット!」
ずっと閉ざされていたドアが、勢いよく開いた。凛として真っすぐなサファイアブルーが私に向けられて、ココアブラウンの髪が揺れている。
数か月ぶりに見た姉の姿は、後光が差しているかのように美しかった。
『貴女の方が優秀なのは、誰の目から見ても明らかです。期待されているのは貴女の方なのよ』
『よくやりました。けれど、まだまだ向上の余地はあります。努力なさい……あんな女の娘に負けてはなりません』
小さい頃から、そんな言葉をずっと母親に言い聞かされてきた。前妻である姉の母が亡くなった後で、後妻としてこの家に嫁いできて……事あるごとに、貴族の令嬢の手本と言われていた彼女と比較されて。裕福な商家の一人娘として甘やかされ大事にされてきた母にとって、自分よりも優れていた存在と常に比べられてしまうのはストレスだったのだろう。
『近寄らないで頂戴! 私の子供はシャルロットとサイラスだけよ!』
前妻を目の敵にしていた母にとっては、その娘である姉も敵だった。当時の姉だってまだ十に満たなかったのだ。血は繋がってなくとも母ではあるのだ。きっと、寂しい時や悲しい時は甘えたかっただろうに。
『……シャルロット、シャルロット』
『お母さまが探していたわ。行ってあげて』
同母の弟であるサイラスとかくれんぼをしていた時に声をかけられたのが、初めて姉と会話した瞬間だった。こちらに向けられている二つのサファイアブルーが、先日初めて見た海みたいできれいだと思ったのを覚えている。
『シャルロットはとても頑張っていると思うわよ。この前のテストも満点だったのでしょう? 十回も連続で満点なんて、なかなか出来る事ではないもの』
『私の事そう呼んでくれるの? そんな、嫌な訳ないじゃない……嬉しいに決まっているわ!』
初めて話したのが庭にある薔薇園の中だったから、姉とは何となくそこで会話するようになった。その内サイラスも加わるようになって、三人一緒に過ごす事が増えたけれど。こっそりとお菓子やお茶を持ち込んでの秘密のティータイムは、毎日必死だった私の心を満たして慰めてくれた。
『何をしているの!? この女には近づくなと、あれ程言ったじゃない!』
けれど、幸せな時間は長く続かなかった。あの母の事だから、きっと私やサイラスが姉と一緒にいたら怒るだろうと思って、細心の注意を払っていたのに。初めて自分の意見を元に仕立ててもらったドレスが嬉しくて、姉に見てほしくて、屋敷内の廊下を歩いていた姉に声をかけてしまったのだ。一瞬だけ姉は戸惑っていたけれど、すぐにいつもの優しい笑顔になって、素敵なドレスだ、よく似合っていると褒めてくれて頭を撫でてくれた。そんな瞬間を、見つけられたのだ。
『貴女が私の娘を誑かしたのね! この子に近寄るんじゃないわよ!』
目の前で、母の平手が姉を襲った。ばしん、ばしんと嫌な音が響いて、ごめんなさい、ごめんなさいと必死に謝る姉の悲痛な叫び声がこだまする。姉の頬が腫れ上がっても止めないで、このままでは姉が死んでしまうと思って恐ろしくて、必死に母の腕に縋って止めようとした。
『やめて、ちがうの。私から話しかけたの、姉さまは何も悪くないの』
『あっ……姉と呼ばせるなんて、烏滸がましいにも程がある! 貴族の母親を持つからって調子に乗らないで!』
『おかあさま、やめて、やめて……!!』
それ以来、薔薇園には行かなくなった。私のせいで無実の姉が罰を受けるなんて理不尽があってはならない、姉をまたあんな暴力に晒すくらいならば、私の方から離れればいい……それしか、姉を守る方法が浮かばなかった。
(……そう考えると、私はあの時から成長していないのね)
そんな考えが脳裏に浮かんだ瞬間、一気に意識が浮上した。どうやら、泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。相変わらず代わり映えしない天井を見つめながら、よいしょっと体を起こす。ドアの前にはまだ食事がなかったので、まだ起きるには早い時間だったらしい。
とは言え、二度寝するには遅い時間だろう。持ち込む事を許された本が数冊あるので、それらの本たちを読み返すか……そう考えて、机に座って本を手に取った、その瞬間。
「シャルロット!? どこにいるの!?」
ここにいる筈のない人の声が、私の名前を呼んだ。手から滑り落ちていった本が、ごとんと音を立てる。
「お待ち下さい! 許可もなく勝手に入ってはなりません!」
「勝手なのはそちらの方でしょう!? あの王子の発言だけで、物理的証拠もないのに実行犯と断じて、こんな場所にあの子を閉じ込めるなんて!」
「貴女には何の関係もないでしょう! これ以上勝手な事をすると貴女も罪に問われますよ!」
「罪で脅して言う事を聞かせようなんて、法治国家にあるまじき言動だわ! そもそも、関係なら大ありよ! 私は、あの子の姉なんだから!」
恋しかった声が、近づいてくる。足音が前よりも軽やかなのは、重いドレスに慣れたからだろうか。以前は、豪奢なドレスに慣れていなくてよく躓いていたのに。
「シャルロット!」
ずっと閉ざされていたドアが、勢いよく開いた。凛として真っすぐなサファイアブルーが私に向けられて、ココアブラウンの髪が揺れている。
数か月ぶりに見た姉の姿は、後光が差しているかのように美しかった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる