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救いの手を伸ばしたのは

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『しゃんとしなさい。後妻の娘と、所詮商家の娘と侮られてはなりません』
『貴女の方が優秀なのは、誰の目から見ても明らかです。期待されているのは貴女の方なのよ』
『よくやりました。けれど、まだまだ向上の余地はあります。努力なさい……あんな女の娘に負けてはなりません』
 小さい頃から、そんな言葉をずっと母親に言い聞かされてきた。前妻である姉の母が亡くなった後で、後妻としてこの家に嫁いできて……事あるごとに、貴族の令嬢の手本と言われていた彼女と比較されて。裕福な商家の一人娘として甘やかされ大事にされてきた母にとって、自分よりも優れていた存在と常に比べられてしまうのはストレスだったのだろう。
『近寄らないで頂戴! 私の子供はシャルロットとサイラスだけよ!』
 前妻を目の敵にしていた母にとっては、その娘である姉も敵だった。当時の姉だってまだ十に満たなかったのだ。血は繋がってなくとも母ではあるのだ。きっと、寂しい時や悲しい時は甘えたかっただろうに。
『……シャルロット、シャルロット』
『お母さまが探していたわ。行ってあげて』
 同母の弟であるサイラスとかくれんぼをしていた時に声をかけられたのが、初めて姉と会話した瞬間だった。こちらに向けられている二つのサファイアブルーが、先日初めて見た海みたいできれいだと思ったのを覚えている。
『シャルロットはとても頑張っていると思うわよ。この前のテストも満点だったのでしょう? 十回も連続で満点なんて、なかなか出来る事ではないもの』
『私の事そう呼んでくれるの? そんな、嫌な訳ないじゃない……嬉しいに決まっているわ!』
 初めて話したのが庭にある薔薇園の中だったから、姉とは何となくそこで会話するようになった。その内サイラスも加わるようになって、三人一緒に過ごす事が増えたけれど。こっそりとお菓子やお茶を持ち込んでの秘密のティータイムは、毎日必死だった私の心を満たして慰めてくれた。
『何をしているの!? この女には近づくなと、あれ程言ったじゃない!』
 けれど、幸せな時間は長く続かなかった。あの母の事だから、きっと私やサイラスが姉と一緒にいたら怒るだろうと思って、細心の注意を払っていたのに。初めて自分の意見を元に仕立ててもらったドレスが嬉しくて、姉に見てほしくて、屋敷内の廊下を歩いていた姉に声をかけてしまったのだ。一瞬だけ姉は戸惑っていたけれど、すぐにいつもの優しい笑顔になって、素敵なドレスだ、よく似合っていると褒めてくれて頭を撫でてくれた。そんな瞬間を、見つけられたのだ。
『貴女が私の娘を誑かしたのね! この子に近寄るんじゃないわよ!』
 目の前で、母の平手が姉を襲った。ばしん、ばしんと嫌な音が響いて、ごめんなさい、ごめんなさいと必死に謝る姉の悲痛な叫び声がこだまする。姉の頬が腫れ上がっても止めないで、このままでは姉が死んでしまうと思って恐ろしくて、必死に母の腕に縋って止めようとした。
『やめて、ちがうの。私から話しかけたの、姉さまは何も悪くないの』
『あっ……姉と呼ばせるなんて、烏滸がましいにも程がある! 貴族の母親を持つからって調子に乗らないで!』
『おかあさま、やめて、やめて……!!』
 それ以来、薔薇園には行かなくなった。私のせいで無実の姉が罰を受けるなんて理不尽があってはならない、姉をまたあんな暴力に晒すくらいならば、私の方から離れればいい……それしか、姉を守る方法が浮かばなかった。
(……そう考えると、私はあの時から成長していないのね)
 そんな考えが脳裏に浮かんだ瞬間、一気に意識が浮上した。どうやら、泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。相変わらず代わり映えしない天井を見つめながら、よいしょっと体を起こす。ドアの前にはまだ食事がなかったので、まだ起きるには早い時間だったらしい。
 とは言え、二度寝するには遅い時間だろう。持ち込む事を許された本が数冊あるので、それらの本たちを読み返すか……そう考えて、机に座って本を手に取った、その瞬間。
「シャルロット!? どこにいるの!?」
 ここにいる筈のない人の声が、私の名前を呼んだ。手から滑り落ちていった本が、ごとんと音を立てる。
「お待ち下さい! 許可もなく勝手に入ってはなりません!」
「勝手なのはそちらの方でしょう!? あの王子の発言だけで、物理的証拠もないのに実行犯と断じて、こんな場所にあの子を閉じ込めるなんて!」
「貴女には何の関係もないでしょう! これ以上勝手な事をすると貴女も罪に問われますよ!」
「罪で脅して言う事を聞かせようなんて、法治国家にあるまじき言動だわ! そもそも、関係なら大ありよ! 私は、あの子の姉なんだから!」
 恋しかった声が、近づいてくる。足音が前よりも軽やかなのは、重いドレスに慣れたからだろうか。以前は、豪奢なドレスに慣れていなくてよく躓いていたのに。
「シャルロット!」
 ずっと閉ざされていたドアが、勢いよく開いた。凛として真っすぐなサファイアブルーが私に向けられて、ココアブラウンの髪が揺れている。

 数か月ぶりに見た姉の姿は、後光が差しているかのように美しかった。

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