37 / 43
事件
しおりを挟む違和感は、学院の帰り道で起きた。
馬車に乗り込む際にはテレンス兄様がやって来て「私も乗ろう」と笑顔になったし、乗り込んだ後にもなかなか動き出さないので御者に声を掛けようとしたらテレンス兄様に笑顔で止められたし、…何かおかしいとは思っていた。
(テレンス兄様の笑顔は美しいけど、何だか胡散臭いのよね)
学院を出て暫く走った所に、貴族街と下町との境界線を沿う森がある。
そこで、突然馬車が止まったのだ。
「?…何かしら」
この国の馬車は、防犯や安全面を考慮し嵌め殺しの小窓があるだけで、客観的に見ると「おしゃれな内側全面クッション布張りの宝石箱」みたいな構造をしている。 私は外を覗こうとして、小窓に顔を寄せた。
ドン、という僅かの振動。
直後に、キンと高い金属音。
「え?」
「大丈夫。もうしばらくここにおいで」
聞き覚えのない音に身を竦ませる私を、兄様が後ろから抱きしめてくる。
お腹に回された腕に手を添えながら、平和に慣れて忘れかけていた「嫌な記憶」がじわじわと蘇ってきた。
学院からの帰り道。
矢に射たれた御者から滴る血。
乱暴に蹴破られた馬車の扉。
腕を掴まれ、引き摺り出された私。
深い森。
木の根元に同化したような小屋。
「お前のせいだ」と繰り返す巨体の男。
のしかかる、重い体。
「…あ、あ」
「大丈夫。大丈夫だよクラウディア。私がいる」
あやす様にゆったり左右に揺れる、背中の温もり。
「にぃ、さま」
「こっちを見て、可愛いクラウディア」
言われるままに視線を向けると、にっこり微笑むテレンス兄様に額と額を当てられる。
「泣かないで、お姫様」
「…泣いて、はいません」
「そう?」
「私は大丈夫です、テレンス兄様」
「うん」
「ありがとうございます」
「お礼より『大好き』がいいな」
「……兄様、大好き」
「あぁ!クラウディア!!」
少し棒読みになったが満足してもらえたらしい。ぎゅむっと抱きしめられていると、突然馬車の扉が開け放たれた。
そこに立っていたのは。
「え、エルネスト?!」
キョトンとした顔で私とテレンス兄様を眺めている、赤毛の長身。
「…開ける前にノックしろ」
地を這うような声の兄様に怒られ、エルネストは「は!申し訳ありません」と姿勢を正す。
「報告します!討伐完了いたしました!」
「そうか」
兄様が私の頬を撫で、身体を離した。
(え?え??)
状況についていけず、かといって説明する気もなさそうなテレンス兄様から視線をエルネストに移すと、エルネストはにっこり笑って胸を叩いた。
「クラウディア、もう大丈夫だからね!」
(ちがう!説明して!)
「エルネスト、それは、血?」
学院の制服である白いジャケットの袖に、点々と赤い汚れが付いている。
「あ」
うっかり、という顔をするエルネストに、テレンス兄様がしっしっと犬を追い払う仕草をした。
…それによく見れば、エルネストは帯剣している。学院は帯剣禁止のはずだ。
「……テレンス兄様。エルネスト。ご説明いただけますわね?」
「クラウディア、お前の耳が穢れてしまうよ」
「私は説明を求めます」
「クラウディア」
宥めるように髪を撫でる兄様をジロリと睨むと、兄様は困ったような笑顔を浮かべ、「とりあえず屋敷へ戻ろう」と言った。
何故か、エルネストが「かしこまりました!」と敬礼して丁寧に馬車の扉を閉める。
ぎし、と車体が一瞬傾いで、すぐに馬車が動き出した。
「……兄様。もしかして、この馬車を操っているの、エルネストではございませんこと?」
「騎士を目指すのだから、馬くらい自由に操れないとね」
(…御者と騎馬は、違うと思う)
というか、一応伯爵家子息としての自覚を持ちなさい、エルネスト・ロッシェン!
10
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説
金の騎士の蕩ける花嫁教育 - ティアの冒険は束縛求愛つき -
藤谷藍
恋愛
ソフィラティア・シアンは幼い頃亡命した元貴族の姫。祖国の戦火は収まらず、目立たないよう海を越えた王国の小さな村で元側近の二人と元気に暮らしている。水の精霊の加護持ちのティアは森での狩の日々に、すっかり板についた村娘の暮らし、が、ある日突然、騎士の案内人に、と頼まれた。最初の出会いが最悪で、失礼な奴だと思っていた男、レイを渋々魔の森に案内する事になったティア。彼はどうやら王国の騎士らしく、魔の森に万能薬草ルナドロップを取りに来たらしい。案内人が必要なレイを、ティアが案内する事になったのだけど、旅を続けるうちにレイの態度が変わってきて・・・・
ティアの恋と冒険の恋愛ファンタジーです。
悪役令嬢らしく嫌がらせをしているのですが、王太子殿下にリカバリーされてる件
さーちゃん
恋愛
5歳の誕生日を迎えたある日。
私、ユフィリア・ラピス・ハルディオンは気付いた。
この世界が前世ではまっていた乙女ゲーム『スピリチュアル・シンフォニー~宝珠の神子は真実の愛を知る~』に酷似した世界であることに。
え?まさかこれって、ゲームとかでもテンプレな異世界転生とかいうやつですか?しかも婚約者に執着した挙げ句、ヒロインに犯罪紛いなアレコレや、殺害未遂までやらかして攻略者達に断罪される悪役令嬢への転生ですか?
……………………………よし、ならその運命に殉じようじゃないか。
前世では親からの虐待、学校でのイジメの果てに交通事故で死んだ私。
いつもひとりぼっちだった私はゲームだけが唯一の心の支えだった。
この乙女ゲームは特にお気に入りで、繰り返しプレイしては、魅力溢れる攻略者達に癒されたものだ。
今生でも、親に録な扱いをされていないし(前世だけでなく今世でも虐待ありきな生活だしなぁ)。人前にはほぼ出なかったために、病弱で儚げなイメージが社交界でついてるし。しかも実の両親(生みの母はもういないけど)は公爵家という身分をかさに着て悪事に手を染めまくってる犯罪者だし、失うものなど何もないはず!
我が癒しの攻略者達に是非ともヒロインとのハッピーエンドを迎えて欲しい。
そう思って数々の嫌がらせを計画し、実行しているというのに、なぜだか攻略対象の一人でユフィリアの婚約者でもある王太子殿下を筆頭に攻略対象達によって破滅フラグを悉く折られまくっているような……?
というか、ゲームのシナリオと違う展開がちらほらある……………どういうこと!?
これは前世から家族の愛情に恵まれなかった少女が、王太子殿下をはじめとする攻略対象達に愛されるお話です。
素人作品なので、文章に拙い部分、進行状況などにご意見があるかと思いますが、温かい目で読んで頂けると有り難いです。
※近況ボードにも載せましたが、一部改稿しました。読んだことのある小話なども部分的に改稿したあと、新しく載せています。
※7月30日をもって完結しました。
今作品についてお知らせがありますので、近況ボードをご覧ください。
近況ボード、更新しました。(3/20付)
※文庫化決定のお知らせ。詳しくは近況ボードをご覧ください。(5/6付)
※話の所々に、エロいというか、それっぽい表現が入ります。苦手な方はご注意ください。
氷結の毒華は王弟公爵に囲われる
カザハナ
恋愛
冷たい眼差しと高飛車毒舌で知られ“氷結の毒華”と陰口を叩かれる侯爵令嬢リラ=エヴァンスは、未婚、金持ち、名家の娘と三拍子揃うも周りに対する態度と毒舌により、求婚する相手も現れず、売れ残りの独身者として過ごす覚悟をしていたのだが、ある夜会で難攻不落と噂される王弟公爵が何故かリラをダンスに誘い……?
本心と出てくる言葉が逆であればモテたであろう毒舌令嬢(裏表のギャップあり)と、他人に興味を持てなかった超絶美貌な王弟公爵の攻防戦。
※不定期更新です。
※一話が1000字前後にしてます。
※エドワルド(王弟公爵)が暴走してきた為、R18に引き上げて、短編から長編に切り替えます~(〃ω〃)♪
性描写もあるので苦手な方はご注意をΣ( ̄ロ ̄lll)!!ただし、本番はまだまだ先になる予定です♪
感想コメントに、ちょっとした裏話等含む返答を面白おかしく?真面目に楽しく書いていますので、そちらも楽しめると思います(笑)
どうぞ覗いて見て下さいな(〃ω〃)✨
※皆様のお陰で8/8にホットで8位、恋愛で9位になりました~( 〃▽〃)有難うございますO(≧∇≦)O
※現在9/26で恋愛7位にランクイン~( 〃▽〃)皆様有難う御座います~ε=ε=(ノ≧∇≦)ノ
※本編は2/26で完結しました。次は後日談に入ります~(≧▽≦)♪
※恋愛小説大賞で5位を獲得致しました~Σ(・ω・ノ)ノ!皆様のお陰です~(〃▽〃)✨沢山の投票有難う御座いました~(((o(≧▽≦)o)))🎵
どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。
夏目
恋愛
婚約者であるギスランは、他の男と喋っていただけで「閉じ込めたい」という怖い男。こんな男と結婚したくないと思っていたが、ある時、命を狙われてしまった。そこから、ギスランの行動はどんどんと常軌を逸脱し、エスカレートしていく。
自己中悪役系お姫様カルディアとヤンデレ尽くし系貴族ギスランが喧嘩っぷるしながらメリバへ突き進む話。
(1章まではなろう様に同じものがあります。また現在3章までをムーンノベルズ様で投稿しています。年末頃まで更新をお休みさせていただきます。よろしくお願いします)
不眠症公爵様を気絶(寝か)させたら婚約者に選ばれました
荷居人(にいと)
恋愛
若くして優秀、若くして公爵家当主、王家にも信頼され、何をしても完璧な男ルーベルト・ラヴィン公爵。
難点は不眠症故に消えぬクマで眠いのに寝付けないと普段から目付きが悪いこと。顔が整っているからこそ迫力は半端なく、眠れないせいか頭痛のために口数が少ないのも災いし、女の影がない。
心配した彼の友人にして国の第一王子を筆頭に、王家は優秀な遺伝子をなくさないため、彼の婚約者探しを目的とした婚活パーティーを開いた。
「うたた寝でもいい!どんな手を使っても彼を眠りにつかせられた者に我が友人にして公爵家ルーベルト・ラヴィンの婚約者とする!」
不眠症と婚約者、両方が得られれば彼にとっても王家にとっても、よい成果となる。しかし、彼を寝かせた令嬢は現れたものの寝かせたそれは予想外の寝かせ方だった。
とはいえ、長く悩んだ不眠症故に、長時間眠る術をくれた別の悩みを持ったネムリン・トワーニ伯爵令嬢を、ただひとりの眠りをもたらしてくれる女神として、過保護に溺愛するようになるルーベルト。
「頭痛がない、眠くない、頭がスッキリとしている。今の俺は女神ネムリン嬢のためならなんでもできる」
「君がそこまで明るく義務報告以外で二言以上喋るところを初めて見たよ。幸せそうで何よりだ。ネムリン嬢に会いたいならとりあえず仕事を進めてほしいんだが」
「終わった」
「は?」
「ネムリン嬢を愛でてくる」
「いや、ちょ………」
不眠症から解き放たれたルーベルトの変わりようは周囲を驚かせる。互いを知るための王家に指示された婚約期間さえ押し退けて早くネムリンを妻にしたい願望が宿るルーベルトだが、ネムリンはそうではないようで………。
出会う前からの個人の悩み、互いに惹かれ合えば合うほどにすれ違う悩み、そしてその悩みに対する想いの先は?
「君が他に想う人がいても、もう離してやれそうにない。君の本当の幸せを願えない俺は最低だな」
「こんな私があの優しく完璧なお方の妻に相応しいはずがない。せめて婚約の期間だけでも貴方の傍にいたい」
基本コメディになってしまったラブコメによる二人が結婚するまでの話。3章でようやくラブ突入………?
貴族知識に疎いながらに書いている作品なため、是非おかしい部分あれば申していただけるとありがたいです。。
指摘に感謝感謝!公開したまま修正して申し訳ないですがご勘弁を。
恋愛大賞51位でした。更新滞ってしまったのがよくなかったですね。ですが、皆様ありがとうございました。
掌中の珠のように
花影
恋愛
母親と慎ましく生活していた沙耶は、ある日何者かに攫われそうになる。母親の機転でその場を逃れた彼女を助けてくれたのは、国内屈指の富豪、大倉義総だった。他に頼る術のない彼女は、囚われたままの母を助ける見返りに彼の愛玩となる事を承諾してしまう。義総だけでなく彼の異母弟、幸嗣も加わり、沙耶の甘く淫らな生活が始まった。
ムーンライトノベルズで完結済みの作品の転載です。毎日0時と12時に更新予定。
【R18】紅薔薇の棘に口づけ
環名
恋愛
エルディースの第二王女・アンネローゼは憤慨していた。どうして、アンネローゼの可愛い妹(ロージィちゃん)が、人でなしのフレンティア国王になど嫁がされなければならないのか。ロージィちゃんはロージィちゃんを愛して大切にしてくれるひとと結婚すべき…、え?なら貴女が嫁ぎなさい?魔女め、そっちがその気ならいいだろう、フレンティア国王に嫁いでやろうではないか!
アンネローゼは、まだ知らない。その政略結婚には、裏があることを…。
※ムーンライトノベルズでも公開しています。
※R18は終盤で、*印をつけさせていただきます。
※シリアスとコメディの落差にご注意を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる