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深夜のホットミルク

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「兄様、お帰りなさいませ」

 灯りを持ったメイドに先導され、廊下を渡ってテレンス兄様の部屋のドアを開けると、兄様はシャツのカフスを外しているところだった。
 本当に帰宅したばかりだったようだ。

 ふわりと蕩けるような柔らかい笑顔を浮かべた兄様は、「ただいま、お姫さま」と答える。

(だから!恥ずかしいって!)

「おいで。ホットミルクを淹れよう」
 私の背後に立っていたメイドが、お辞儀をして部屋を出て行った。

「王宮はどうだった?アンリエーレ殿下はお変わりなかったかい?」
「ええ、お加減もかなり良いご様子でした」
「それなら安心だね。最近はお強くなられたのに、こんなに長くお休みになられるのは久しぶりだから心配していたよ」
「そうですわね。…兄様は、今日はラブロイ商会にお出掛けされてたとか」
「あぁ」
「私、今日ハインリヒ殿下から伺ったお話を、テレンス兄様にご相談したくて参りましたの」
「ほう」

 ちょうど室内用のガウンを羽織った兄様がカウチに掛けたタイミングで、部屋に入って来たメイドがホットミルクをテーブルに置いてくれる。
 ついでに座る私の膝に乗せる為の膝掛けまで持って来てくれていた。王宮の使用人も凄いが、さすがリレディの使用人、負けず劣らず気がきく。

 メイドが退室し、ホットミルクをひと口飲んで気を落ち着けた私は、姿勢を正して頭を下げた。
「…テレンス兄様、ごめんなさい」
「どうしたんだい?」
 兄様が焦っている気配がする。頭をあげると、予想通り、目の前で眉を下げた美人がオロオロしていた。兄様は体を乗り出すように、小さなテーブルの上で私の手を握り込む。
「少し前に、兄様に酷い物言いをした件です」
「あの後、お前はすぐに謝ってくれたじゃないか。可愛いクラウディア。私は怒ってなどいないし、むしろ悩んでいるお前にしつこくしてしまったと、私も反省したんだよ」
 あんなおざなりな謝り方はないな、と思ってもう一度謝ったつもりなのだが、兄様は「自分が許してないと誤解しているんじゃないか」という風に受け取ってしまったようだ。

「…その、考えたい事があるとお伝えしていた内容なんですが」
 ウンウン、と細かく頷きながら私を見つめるテレンス兄様。相変わらず距離が近い。
「私、……魔女、の未来視?…というものをしたそうで……そう呼ばれる現象だというのは、今日知ったんですけど」
(これ、不思議ちゃんワード過ぎて、自分で口に出すのは何となく抵抗がある…)
「何通りもの未来を見た…ので、…今日、ハインリヒ殿下にも、アンリエーレ殿下にも、関係者に現れる幻視?があったと伺って」
「……」
「自分以外の方が、同じモノを見ている可能性…は考えた事がなかったので、私、驚いてしまって…」
「……」
「それで、あの…もしかして、…兄様も何か、ご覧になったのではないか、と…」
 堂々と言う程の確証もなく、俯いたままもじもじと話していると、私の手を握った兄様がカウチから立ち上がり、ゆっくりと私の前で跪いた。
 伏せた視界にテレンス兄様の顔が見えたと思ったら、大きくハグされた。
「?!に、兄様!?」
「愛しているよ、私の天使」
 ハグされたまま、額にキスされる。…いつものシスコン全開なテレンス式愛情表現だと理解して、私は驚きのあまりガチガチに強張った肩から力を抜いた。
「私がお前を守る。誰にも傷付けさせやしないよ」
「テレンス兄様…」
 回された腕が小刻みに震えているのに気付き、私も兄様の背中をさする。
「あんな未来など絶対に来ない。約束する」
(あぁ、やっぱり兄様も見ていたのか…)
 あんなものを見させられて心底困惑しただろうに、その直後に当の本人から拒絶全開の言葉をぶつけられたのだ。
 そんな状態で、あのメッセージカードを贈ってくれた兄様の妹愛は本当に海より深い。…深過ぎてちょっと怖いくらい。
「兄様、大好き」
「!あぁ、クラウディア!」
 謝っても戸惑われてしまうようなので、兄様を喜ばせる事でお詫びとすることにした。
 『大好き』発言の効果は凄まじく、兄様の震えはあっという間におさまり、代わりに頬ずりとキスの嵐が降ってくる。

(ちょ!ちょっと待って、大切な話終わってないから!)
「に、兄様っ…!あれらの未来は、どれも、あと約3ヶ月後の出来事なのですっ」
「…3ヶ月…」
 兄様の猛攻がピタリと止み、私はホッとして話を続ける。
「ハインリヒ殿下とアンリエーレ殿下も、対策に動いて下さっていると本日お聞きして来たのです。…私が見た…未来視…は25通りありました。テレンス兄様が深く関わるのは、そのうち4通りだったかと」

 兄様は辛そうに目を瞑る。

「そうだ。…あの悪夢は、4度繰り返された」

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