20 / 54
第二章 春休み(夢子の場合)
10
しおりを挟む
気になって仕方なかった。妹として見られていないのだとすれば、それは喜んでいいのか、それともただ私に無関心なのか。
こういう時にポジティブに考えられればいいのに。どうして私はいつも悪い方へ考えてしまうのだろう。お兄ちゃんが私なんて眼中にないのだと考えると、胸の奥が苦しくなる。
二人が眠った後、私は独りで考えていた。
思えば、この恋は初めから歪だったのだ。
どうして、信じられる男の人が欲しいなどと願ってしまったのだろう。
結論から言えば、私はお母さんが羨ましかったのだ。
生涯を誓った男に振られて諦めて、私たち二人で生きていこうと誓ったはずなのに、私以外に生き甲斐を見つけた事が心の底から羨ましくて。信じることの美しさを目の当たりにして、そして嫉妬した。
その気持ちに気がついた時、私はこう思ってしまった。
私の生き方は、あれほどまで嫌ったあの男の姿なのだと。
……心の底から、私は私を拒絶してしまいそう。相手を自分に繋ぎとめておく術を、縋ることしか知らない自分が、嫌で嫌で。
嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で、仕方がなかった。
だから、嫉妬から目を背けた。それも、手っ取り早く、最も身近な場所にいた人を想うことで。
あの時お兄ちゃんに感じた予感。「好きになる」という思いは、あの男と同じように相手の優しさに依存して縋ってしまうという自分への警鐘だったのだのかもしれない。
わかっていたはずなのに。だから彼を、お兄ちゃんと呼んだのに。
縋っても離れて行ってしまう。彼は、私を見ていない。
それなら、なにも思われず埋もれていくのなら、私は妹でいい。だから。お願い。
私を、一人にしないで。
× × ×
この二人がいてくれて、本当に良かったと思う。目が覚めた時、真琴と理子は私に抱き着いて寝ていた。この状況は私を安心させてくれる。求められる事が嬉しいというのは、きっと女の本能なのだろう。
程なくして二人が目を覚ます。挨拶をして歯磨きをして、ご飯を食べる。
今日は二人とも予定があるのだそうで、そうと分かればここに長く留まることはできない。家に帰ろう。
「泣いちゃダメだよ」
真琴が言う。……ひょっとして、私は寝てる間にまた泣いたのだろうか。だとしたらここ最近の私は心が不安定すぎる。気を付けなければならない。
「うん。ありがとう」
「それじゃあ、またね」
途中まで送ってきてくれた理子に手を振り、私たちはそれぞれの道を往く。帰りに買い物をして帰った方がいいだろうか。……いや、料理をする気にはなれない。今日は適当でいいだろう。
家に戻っても、お兄ちゃんはいなかった。洗濯を済ませて掃除機をかけて、そしてお兄ちゃんの部屋でぼーっと過ごした。
何もない。ベッドと机とノートパソコンだけ。引き戸のクローゼットの中には、いくつかの蔵書や洋服がしまってあるのだろう。
いつでもここからいなくなってしまえそうな、そんな生活感のない寂しい部屋。
お兄ちゃんは、いつもここで何を考えているのだろう。まるで、空っぽな心をそのまま表しているみたいなこの部屋で。
……会いたい。会って、話がしたい。
外は既に夕焼け。私はスマホを手に取り、お兄ちゃんに『何時に戻るの?』と送った。すぐに返信があった。そう時間はかからないらしい。
私はリビングへ移動してソファに座ると、ただお兄ちゃんを待った。何か言うべきことを考えておこうと思っていたのに、頭はちっとも働かない。そんなことを思ううちに、玄関の方で物音が聞こえた。
「ただいま」
別に無視した訳じゃない。ただ言葉が詰まってしまったのだ。
なんか緊張する。いつもどうやって話していたっけ?
「どうした。何かあったのか?」
色々あったんだよ。別にお兄ちゃんのせいじゃないけど、でもお兄ちゃんに関わる事。
……私の事。
事の発端はどこにあっただろうか。それを探ると、一つの言葉を思い出した。
「お兄ちゃんが自分のこと、優しくないとかいうからあんなことになったの」
酷い言いがかりだ。私は銃を作った人間に、戦争を起こしたのはあなただと言っているようなものだ。
「あぁ、悪かったな、あれは」
「それそれ!それだよっ!そうやってすぐ謝るんだから!」
情緒が安定していない。もう私はダメだ。
「ちゃんと怒ってよ!お兄ちゃん全然悪くないでしょ!」
「こ……こらっ!」
「ふざけないで!」
ふざけているのむしろ私だ。何を言っているのか、もう自分でもわからない。
理由に理子のお姉さんを使って、私の本心を隠した言葉を吐いた。……気になっているだけだ。高校生の浅知恵。気づかれているに決まっている。
あぁ、何もかも諦めてしまおう。きっとこれ以上お兄ちゃんの事を考えていたら、本当に私は壊れてしまう。
だから、これで。
「お兄ちゃんがお兄ちゃんだって思わせてくれないと、嫌だ」
いいんだって、そう思う。
……。
…。
「そう言ってくれてありがとう。俺は夢子の事、大好きだよ」
……えっ?
今なんて言ったの?だって、お兄ちゃんは私のことなんて。
「はわわ……」
本当、お兄ちゃんは最低だ。
こういう時にポジティブに考えられればいいのに。どうして私はいつも悪い方へ考えてしまうのだろう。お兄ちゃんが私なんて眼中にないのだと考えると、胸の奥が苦しくなる。
二人が眠った後、私は独りで考えていた。
思えば、この恋は初めから歪だったのだ。
どうして、信じられる男の人が欲しいなどと願ってしまったのだろう。
結論から言えば、私はお母さんが羨ましかったのだ。
生涯を誓った男に振られて諦めて、私たち二人で生きていこうと誓ったはずなのに、私以外に生き甲斐を見つけた事が心の底から羨ましくて。信じることの美しさを目の当たりにして、そして嫉妬した。
その気持ちに気がついた時、私はこう思ってしまった。
私の生き方は、あれほどまで嫌ったあの男の姿なのだと。
……心の底から、私は私を拒絶してしまいそう。相手を自分に繋ぎとめておく術を、縋ることしか知らない自分が、嫌で嫌で。
嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で、仕方がなかった。
だから、嫉妬から目を背けた。それも、手っ取り早く、最も身近な場所にいた人を想うことで。
あの時お兄ちゃんに感じた予感。「好きになる」という思いは、あの男と同じように相手の優しさに依存して縋ってしまうという自分への警鐘だったのだのかもしれない。
わかっていたはずなのに。だから彼を、お兄ちゃんと呼んだのに。
縋っても離れて行ってしまう。彼は、私を見ていない。
それなら、なにも思われず埋もれていくのなら、私は妹でいい。だから。お願い。
私を、一人にしないで。
× × ×
この二人がいてくれて、本当に良かったと思う。目が覚めた時、真琴と理子は私に抱き着いて寝ていた。この状況は私を安心させてくれる。求められる事が嬉しいというのは、きっと女の本能なのだろう。
程なくして二人が目を覚ます。挨拶をして歯磨きをして、ご飯を食べる。
今日は二人とも予定があるのだそうで、そうと分かればここに長く留まることはできない。家に帰ろう。
「泣いちゃダメだよ」
真琴が言う。……ひょっとして、私は寝てる間にまた泣いたのだろうか。だとしたらここ最近の私は心が不安定すぎる。気を付けなければならない。
「うん。ありがとう」
「それじゃあ、またね」
途中まで送ってきてくれた理子に手を振り、私たちはそれぞれの道を往く。帰りに買い物をして帰った方がいいだろうか。……いや、料理をする気にはなれない。今日は適当でいいだろう。
家に戻っても、お兄ちゃんはいなかった。洗濯を済ませて掃除機をかけて、そしてお兄ちゃんの部屋でぼーっと過ごした。
何もない。ベッドと机とノートパソコンだけ。引き戸のクローゼットの中には、いくつかの蔵書や洋服がしまってあるのだろう。
いつでもここからいなくなってしまえそうな、そんな生活感のない寂しい部屋。
お兄ちゃんは、いつもここで何を考えているのだろう。まるで、空っぽな心をそのまま表しているみたいなこの部屋で。
……会いたい。会って、話がしたい。
外は既に夕焼け。私はスマホを手に取り、お兄ちゃんに『何時に戻るの?』と送った。すぐに返信があった。そう時間はかからないらしい。
私はリビングへ移動してソファに座ると、ただお兄ちゃんを待った。何か言うべきことを考えておこうと思っていたのに、頭はちっとも働かない。そんなことを思ううちに、玄関の方で物音が聞こえた。
「ただいま」
別に無視した訳じゃない。ただ言葉が詰まってしまったのだ。
なんか緊張する。いつもどうやって話していたっけ?
「どうした。何かあったのか?」
色々あったんだよ。別にお兄ちゃんのせいじゃないけど、でもお兄ちゃんに関わる事。
……私の事。
事の発端はどこにあっただろうか。それを探ると、一つの言葉を思い出した。
「お兄ちゃんが自分のこと、優しくないとかいうからあんなことになったの」
酷い言いがかりだ。私は銃を作った人間に、戦争を起こしたのはあなただと言っているようなものだ。
「あぁ、悪かったな、あれは」
「それそれ!それだよっ!そうやってすぐ謝るんだから!」
情緒が安定していない。もう私はダメだ。
「ちゃんと怒ってよ!お兄ちゃん全然悪くないでしょ!」
「こ……こらっ!」
「ふざけないで!」
ふざけているのむしろ私だ。何を言っているのか、もう自分でもわからない。
理由に理子のお姉さんを使って、私の本心を隠した言葉を吐いた。……気になっているだけだ。高校生の浅知恵。気づかれているに決まっている。
あぁ、何もかも諦めてしまおう。きっとこれ以上お兄ちゃんの事を考えていたら、本当に私は壊れてしまう。
だから、これで。
「お兄ちゃんがお兄ちゃんだって思わせてくれないと、嫌だ」
いいんだって、そう思う。
……。
…。
「そう言ってくれてありがとう。俺は夢子の事、大好きだよ」
……えっ?
今なんて言ったの?だって、お兄ちゃんは私のことなんて。
「はわわ……」
本当、お兄ちゃんは最低だ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~
真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
隠れ御曹司の愛に絡めとられて
海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた――
彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。
古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。
仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!?
チャラい男はお断り!
けれども彼の作る料理はどれも絶品で……
超大手商社 秘書課勤務
野村 亜矢(のむら あや)
29歳
特技:迷子
×
飲食店勤務(ホスト?)
名も知らぬ男
24歳
特技:家事?
「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて
もう逃げられない――
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
嘘を吐く貴方にさよならを
桜桃-サクランボ-
ライト文芸
花鳥街に住む人達は皆、手から”個性の花”を出す事が出来る
花はその人自身を表すものとなるため、様々な種類が存在する。まったく同じ花を出す人も存在した。
だが、一つだけ。この世に一つだけの花が存在した。
それは、薔薇。
赤、白、黒。三色の薔薇だけは、この世に三人しかいない。そして、その薔薇には言い伝えがあった。
赤い薔薇を持つ蝶赤一華は、校舎の裏側にある花壇の整備をしていると、学校で一匹狼と呼ばれ、敬遠されている三年生、黒華優輝に告白される。
最初は断っていた一華だったが、優輝の素直な言葉や行動に徐々に惹かれていく。
共に学校生活を送っていると、白薔薇王子と呼ばれ、高根の花扱いされている一年生、白野曄途と出会った。
曄途の悩みを聞き、一華の友人である糸桐真理を含めた四人で解決しようとする。だが、途中で優輝が何の前触れもなく三人の前から姿を消してしまい――………
個性の花によって人生を狂わされた”彼”を助けるべく、優しい嘘をつき続ける”彼”とはさよならするため。
花鳥街全体を敵に回そうとも、自分の気持ちに従い、一華は薔薇の言い伝えで聞いたある場所へと走った。
※ノベマ・エブリスタでも公開中!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる