初恋はおさななじみと

香夜みなと

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辰巳に渡されたハンカチで涙を拭いながら帰り道を歩いた。結果的に辰巳の思いに答えることはできなかった。それでも最後まで優しくしてくれる辰巳には感謝の気持ちしかなかった。

「すみません、家まで送ってもらっちゃって……」

「全然。むしろこれが最初で最後だから」

「はい……。あ、ハンカチ洗って返します」

 家の前まで来ると明里はぺこりと頭を下げて礼を言った。最初で最後と言われて、きっとこうして気軽に誘ってくれることもなくなるのだろうなと思うと少しさみしい気はしたけれど二度と会えなくなる訳ではない。それこそ辰巳の思いに答えられなかったのだから、それ以上望むのはお門違いだ。

「目、ちょっと腫れちゃったね。ちゃんと冷やしてね」

 そう言って辰巳が明里の目元を優しく触った。

「それじゃあ、また……」

「明里っ!」

 そう言って辰巳が去ろうとしたとき、大きな声が聞こえてきた。え、と思う間もなく勢いよく灯が隣の家から駆け寄ってきた。

「明里に何したんだよ!」

「えっ……」

 突然、ぎゅっと肩を抱き寄せられて明里は呆然とする。それは辰巳も同じだったようでめがねの奥の瞳がぱっと見開いて驚きの表情を浮かべていた。しかし、隣にいる灯はとても興奮しているようで怒りが伝わってきた。

「明里に何したんだって聞いてるんだけど。こんなに目を腫らして、やっぱり……」

「ちょ、ちょっと待って灯……!」

 抱きしめられる腕にさらに力が入り明里は灯を止めようとした。しかし、目の前にいる辰巳が少し楽しそうに笑ったような気がした。

「何をしたか、だって? ただの幼なじみの君にそんなこと言う必要あるかな?」

「お、前っ……!」

「灯っ!」

 今にも殴りかかりそうになった灯を必死で明里は止めた。その声に灯も冷静になったのか、握った拳をゆっくりと開く。

「はぁ。そんなに好きなら、二度と手を離すなよ。ガキ」

「っ……!」

「と、灯、誤解だから! 落ち着いて!」

「それじゃあまたね、明里ちゃん」

「せ、先輩もっ!」

 すっきりした、とばかりに爽快な笑顔を浮かべて辰巳は去っていった。思ってもいなかた辰巳の言動に明里もぽかんとしてしまった。普段からあんな挑発的な態度を取る辰巳は見たことがなくて一瞬誰かと思ってしまったぐらいだ。

 でも辰巳が言っていたことがよくわからない。

そんなに好きなら二度と手を離すなという言葉。

明里に向けられた言葉ならまだしも、それを灯に向けて言った意図がわからなかった。灯には、もう他に好きな女の子がいるのになんでそんなことを言ったのだろう。そう思っていると急に手を引かれた。

「何なの、あの人……」

「え、灯っ……」

 悔しそうに顔を歪めている灯を見て明里はとくんと胸が音を立てるのがわかった。今までこんな表情をしている姿を見たことはなかった。もしかしたら、もしかして妬いてくれているの、なんて的外れなことを考えてしまう。

「灯、あの……」

「ちょっと待ってて。何か用意してくるから」

 連れてこられたのは灯の部屋だった。やっと解放された腕を見ると少しだけ赤くなっている。でもそれすら今の明里にとっては嬉しいものだった。さすりながら部屋の中を見渡した。この間毛布を取りに来た時には感じなかたけれど、腰を下ろすとあの頃を雰囲気が変わってないことがわかる。

 少しだけ変わったのは高校の時の制服ではなく、私服が掛けられていたり参考書が増えていることだろうか。

「飲み物、紅茶で良かった? あとこれ……」

 部屋に戻ってきた灯の手にあったのは暖かい紅茶と保冷剤だった。渡された保冷剤を目に当てるとひんやりとして気持ちが良かった。そんなに泣いた訳ではないのに、まだ熱を持っているのは気持ちが溢れでたせいなのだろうか。

「ありがと。いただきます」

 紅茶が好きだと言っていた明里のために、遊びにくるといつも紅茶を入れてくれた。灯はそれをまだ覚えていてくれたのだと思うとそれだけでも嬉しかった。カップに口をつけると暖かい紅茶が体の中に染み渡っていくようで体の力が抜けていくのがわかった。

「落ち着いた?」

「うん。ひんやりして気持ちいい」

 目に保冷剤を当てているせいで灯の表情はよくわからなかったけれど、灯も落ち着きを取り戻していることはわかった。灯があんなに激昂したのは初めて見た。多分幼なじみとして心配してくれていたのだろう。それ以外に理由なんてない。

「それで、あいつに何かされたの?」

 神妙な声色で聞かれて、明里はくすりと笑ってしまう。そんな風に心配されたら勘違いしちゃうのになぁと思いながら話し始めた。

「辰巳先輩の告白ね、断ったの。でも辰巳先輩、ずっと優しいから、申し訳なくて、涙が出てきちゃって……」

 できるだけ笑みを浮かべる。すべて本当のことだ。辰巳にキスをされそうになって泣いたのは辰巳が悪いわけじゃない。自分自身の気持ちにちゃんと向き合えなかったからだ。

「本当に?」

「ほ、本当だよ」

「嘘、ついてる」

 ぱっと腕をつかまれて保冷剤がごとんと音を立てて床に落ちた。目の前にいる灯はとても悔しそうな表情を浮かべていた。

「そうやって嘘をつくときに笑う癖、ずっと変わってない」

「と、もる……」

 辰巳とは違った意味で灯には嘘がつけない。ずっと近くで一緒に育ってきたから、挙動一つ一つが自分のことのようにわかってしまう。今更もう隠すことなどできなくて、明里は深呼吸をすると本当のことを話した。

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