初恋はおさななじみと

香夜みなと

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07.

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持ってきた毛布とそっと灯にかけると少しだけ身じろいだ。閉じられていた瞳がゆっくりと開く。

「あ、ごめんね、起こしちゃった? 大変かもしれないけどちゃんと寝た方がいいよ」

「ん……」

 ぼんやりとした瞳で灯は現状を理解していないようにも見えた。そういえばあんまり寝起きも良くなかったっけと思い出すと、明里は苦笑した。

「明里、もう帰るの……?」

「うん……」

 ぎゅっと腕をつかまれて明里の心臓がドクドクと音を立てる。話すことも久しぶりだったのにその上触れられるなんて思ってもいなかった。突然の出来事にどうしていいかわからずに灯を見つめた。

「また、来てくれる?」

「えっ……」

「また明里と話したい……」

 眠い目をこすりながら灯が言葉少なにそう語ったのを聞いて自分の耳を疑った。あの日、「ごめん」と謝られてから距離が離れていったのに、なんで今更と思う気持ちよりも嬉しさの方がこみ上げていることに気づいた。

「また、ご飯持ってくるから」

「うん。ありがとう。今度明里の話、聞かせて」

「私も、灯の話、聞きたいな」

 そう言うと灯はふっと微笑んでくれた。柔らかい猫っ毛の髪が揺れ、ふわりと微笑んでくれるその表情は明里が好きな灯のままだ。二年半たっても変わらないその表情に明里の顔が熱くなっていく。

 やっぱり灯が好き――。

 小さな頃から近くにいて、ずっと一緒にいると思っていた。けれどあの日を境に二人の距離は開いてしまった。それでも灯への思いを消すことなんてできなかった。お互いなんとなく連絡を取らなくなってしまったけど、それが灯への思いをまた強くさせていたことに気づく。

「それじゃあ、何かあったら連絡してね」

 忙しいのに二週間も一人じゃ何かと大変なこともあるかもしれない。そう思って明里は灯に告げたつもりだった。

 家に帰るとスマホが灯からのメッセージの着信を知らせていた。

『今日はありがとう。忙しかったから本当に助かった』

『一人で倒れたら大変だから、無理だと思ったらちゃんと連絡してね』

 昔に戻ったような気分になり、明里は可愛いスタンプと一緒にメッセージを送った。灯からも返事のスタンプが送られてきて、心の中が暖かくなっていくのがわかった。

 それから二日に一度、灯の家に行くようになった。日によってはご飯を置きに行くだけの日もあったけれど、気がつくと量が多く入っていることもあって、母親が気を利かせて二人分の食べ物を詰めていてくれたこともある。

「それでね、山田さんの送別会があって、プレゼント渡したんだけど、すっごく喜んでもらえたんだ」

「それってこのあいだ、辰巳って人と一緒に買い物にいったときの?」

「あ、うん。辰巳さん、送別会の幹事だったんだ」

「そっか」

 ご飯を食べながら他愛ない話をする。二年半のブランクを感じさせない雰囲気に明里はついつい饒舌になってしまった。灯が話を聞いてくれたことが、嬉しかったのかもしれない。

「明里さ、その辰巳ってひとに弄ばれてるんじゃないの?」

 ご飯を食べる手は止めないまま灯が冷たく言い放った。

「そ、んなことないよ。そんなことする人に見えないし……」

「でも明里みたいなちんちくりん、相手にしてくれるなんて何か裏があるとしか思えないじゃん」

 失礼な言い方に明里はむっとする。灯に辰巳の何がわかるというのか。それにそんなことを灯に言われる覚えはない。

「裏って……」

「例えば明里の体目当てとか」

「なっ……!」

 お行儀が悪いと思いながらも明里はお箸をテーブルの上に音を立てて置いた。それを灯が言うのか。二年半前にあったことを明里はまだ覚えている。

「灯が……灯がそれを言うのっ……?」

 その言葉に思わず激昂しそうになる。あの日途中までしながら、謝ってやめたのはどこのどいつだ。

 嬉しかったのに、灯に触られたところが熱くて、嬉しくてやめないで欲しいと思ったのに。そんなことを平然と言われて怒りと悲しみで涙が出てきそうになる。

「ごめん……」

「っ……!」

 その言葉を聞きたくなかった。明里は立ち上がるとコートを持って玄関へ向かう。

「明里、その……ごめん」

 追いかけてきた灯の声が背中にぶつかる。その声色が二年半前のあのときを思い出させて明里はとても惨めな気分になった。

 あの日も今も、謝ることで拒絶されたような気がした。近づいた距離が開いて近づいて、また開いていくのがわかる。

「謝るくらいなら、何もしないで」

 そう灯に言い放つと明里はドアを開けて灯の家を後にしたのだった。

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