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09.
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絶体絶命――。
そう思っていたところで休憩室のドアが開いた。そこにいたのは僅かに息が上がっている、颯太だった。
「颯太、くん……」
「優花さんから離れてくださいよ。外商担当のエリートさんなんだから、そんな怖い顔してちゃいけないと思いますけど」
颯太は二人の元へ歩いてくると、優花の顎を掴んでいた相田の手を引き剥がした。優花は解放されてほっと息を吐く。掴まれていた分、顎の辺りがピリピリと痛い。
「お前……」
相田は颯太の顔を見るなり、優花と一緒にいた人物だとすぐに分かったのかにらみ付けていた。けれど颯太はその敵意をものともせず平然を装っていて、優花は颯太が助けにきてくれたことに安堵した。すると颯太は相田と優花の相田に割って入り、相田を見下ろした。
「優花さんに今後指一本でも触れたら、許さない」
颯太から聞こえてきたのは優花も聞いたことのない声色だった。優花に背中を向けているため、颯太がどんな表情をしていたかまではわからないが、その言葉を聞いた相田は後ずさり顔色が真っ青になった。
「勝手にやってろ!」
いつもの丁寧口調はどこかへ消え、そう悪態をついてタオルを投げつけると相田は休憩室を出て行った。
「優花さん、大丈夫だった?」
二人きりになると颯太が振り返った。さっきまでの雰囲気は消え、いつもの颯太に優花は身体の力が抜けた。
「ちょ、優花さん!」
「ご、ごめんね……。ちょっと、力抜けちゃった……」
腰が抜けてそのまま床に座り込みそうになったところで颯太が身体を支えてくれた。近くにあった椅子に座ると颯太は優花の手をぎゅっと握る。
「間に合って良かった……」
そういった颯太の手は僅かに震えていた。さっき相田と対峙したときの颯太はよほど気を張っていてくれたのだと、頼もしく思える。
「そういえば、颯太くん打ち合わせがあったんじゃ」
「うん。打ち合わせが終わって優花さんに会おうと思ってフロアにいったら、今お昼だって聞いて。そしたら沢村さんが心配してて……。慌てて追いかけてきた」
自分の浅はかさを思い知ると同時に美加の心配が当たってしまったことが申し訳なく思う。そして颯太が来てくれなかったらどうなっただろうかと思うと今更ながら身体が震えてくる。
「優花さん……? 大丈夫だよ」
「ご、ごめんね。颯太くんが来てくれて安心したのと、今更だけど、こ、怖かったって思ったら急に……」
「僕がいるから、大丈夫。大丈夫だよ」
優しい声色で颯太が語りかけてくる。肩をだきよせられるとその温かさに思わず涙が零れてきてしまった。颯太にならこんな風に抱き締めてもらうと安心出来るのに、相田が至近距離に迫ってきたときはとても気持ち悪くて、怖かった。
「優花さんの優しいところは好きだけど、今回はちょっと不用心すぎるよ」
「うん、私もそう思った。颯太くん以外の人にあんな風に迫られて、怖かった」
背中を優しくさする大きな手に安心する。身体を預けると颯太の心臓の音が聞こえてきて、優花は求めていたのはこの体温と鼓動なのだと再確認した。
「あ、そうだ、打ち合わせはいいの……?」
「ん。今日はコンセプトの打ち合わせだったから、ラフ何点か出して終わり」
見上げた颯太の表情にはくまが見えて、どこか疲れているようにも見えた。たしか正式にオファーを出したのは三日前と聞いていたから、それからラフを何点も作っていたのかと思うと颯太が疲れているのも分かる。
「はぁ。優花さん抱き締めてると安心する……」
私も、と返事をしようとすると颯太の顔が首元にうずめられる。くせ毛が頬をかすめて、まるで犬が甘えて来ているような感覚になりくすぐったい。颯太の背中に手を回して今度は優花がぽんぽんと叩いた。
「最近引き合いが多くて、頭のなか色んなデザインでパンクしそうだけど、優花さんの匂いが一番落ち着く」
「そんなに忙しかったんだ……」
「ようやく一段落したけどね」
それなら部屋に呼ばれても抱き締められているうちに寝息を立てるのも今は納得する。むしろ身体の関係がないと悩んでいた自分が恥ずかしくなった。颯太のことを考えてあげられなかったことが情けない。
ぎゅっと颯太を抱き締めると、その思いに答えるように颯太も優花を抱き締め返してきた。
「ねぇ、優花さん。僕、頑張ったから御褒美欲しいな」
「えっ……」
そう言うや否や、颯太は優花の首筋に唇を這わせた。温かく柔らかなその感触に肌が敏感になったようにそこに神経が集中する。耳たぶを唇で食むその感触がぞくぞくと背中に電流を走らせる。
「そうた、くん……」
名前を呼んで抵抗しようと腕に力を入れる。首元にチリっとした痛みが走り、それ以上は声にならなかった。颯太の手が布越しに胸に触れると優花ははっとする。
「ここではダメ、だよ……休憩室だし」
「休憩室じゃなかったらいいの?」
「そ、それにまだランチタイムだから!」
「じゃあ今がダメなら、ランチタイム以外も恋人になろう?」
このままここで行為に及ぶことは出来ない。誰が来るかも分からないし、颯太に抱かれたあとに店に戻り接客なんて出来るわけがない。颯太を見上げると名案とばかりに楽しそうな表情を浮かべていた。
そう思っていたところで休憩室のドアが開いた。そこにいたのは僅かに息が上がっている、颯太だった。
「颯太、くん……」
「優花さんから離れてくださいよ。外商担当のエリートさんなんだから、そんな怖い顔してちゃいけないと思いますけど」
颯太は二人の元へ歩いてくると、優花の顎を掴んでいた相田の手を引き剥がした。優花は解放されてほっと息を吐く。掴まれていた分、顎の辺りがピリピリと痛い。
「お前……」
相田は颯太の顔を見るなり、優花と一緒にいた人物だとすぐに分かったのかにらみ付けていた。けれど颯太はその敵意をものともせず平然を装っていて、優花は颯太が助けにきてくれたことに安堵した。すると颯太は相田と優花の相田に割って入り、相田を見下ろした。
「優花さんに今後指一本でも触れたら、許さない」
颯太から聞こえてきたのは優花も聞いたことのない声色だった。優花に背中を向けているため、颯太がどんな表情をしていたかまではわからないが、その言葉を聞いた相田は後ずさり顔色が真っ青になった。
「勝手にやってろ!」
いつもの丁寧口調はどこかへ消え、そう悪態をついてタオルを投げつけると相田は休憩室を出て行った。
「優花さん、大丈夫だった?」
二人きりになると颯太が振り返った。さっきまでの雰囲気は消え、いつもの颯太に優花は身体の力が抜けた。
「ちょ、優花さん!」
「ご、ごめんね……。ちょっと、力抜けちゃった……」
腰が抜けてそのまま床に座り込みそうになったところで颯太が身体を支えてくれた。近くにあった椅子に座ると颯太は優花の手をぎゅっと握る。
「間に合って良かった……」
そういった颯太の手は僅かに震えていた。さっき相田と対峙したときの颯太はよほど気を張っていてくれたのだと、頼もしく思える。
「そういえば、颯太くん打ち合わせがあったんじゃ」
「うん。打ち合わせが終わって優花さんに会おうと思ってフロアにいったら、今お昼だって聞いて。そしたら沢村さんが心配してて……。慌てて追いかけてきた」
自分の浅はかさを思い知ると同時に美加の心配が当たってしまったことが申し訳なく思う。そして颯太が来てくれなかったらどうなっただろうかと思うと今更ながら身体が震えてくる。
「優花さん……? 大丈夫だよ」
「ご、ごめんね。颯太くんが来てくれて安心したのと、今更だけど、こ、怖かったって思ったら急に……」
「僕がいるから、大丈夫。大丈夫だよ」
優しい声色で颯太が語りかけてくる。肩をだきよせられるとその温かさに思わず涙が零れてきてしまった。颯太にならこんな風に抱き締めてもらうと安心出来るのに、相田が至近距離に迫ってきたときはとても気持ち悪くて、怖かった。
「優花さんの優しいところは好きだけど、今回はちょっと不用心すぎるよ」
「うん、私もそう思った。颯太くん以外の人にあんな風に迫られて、怖かった」
背中を優しくさする大きな手に安心する。身体を預けると颯太の心臓の音が聞こえてきて、優花は求めていたのはこの体温と鼓動なのだと再確認した。
「あ、そうだ、打ち合わせはいいの……?」
「ん。今日はコンセプトの打ち合わせだったから、ラフ何点か出して終わり」
見上げた颯太の表情にはくまが見えて、どこか疲れているようにも見えた。たしか正式にオファーを出したのは三日前と聞いていたから、それからラフを何点も作っていたのかと思うと颯太が疲れているのも分かる。
「はぁ。優花さん抱き締めてると安心する……」
私も、と返事をしようとすると颯太の顔が首元にうずめられる。くせ毛が頬をかすめて、まるで犬が甘えて来ているような感覚になりくすぐったい。颯太の背中に手を回して今度は優花がぽんぽんと叩いた。
「最近引き合いが多くて、頭のなか色んなデザインでパンクしそうだけど、優花さんの匂いが一番落ち着く」
「そんなに忙しかったんだ……」
「ようやく一段落したけどね」
それなら部屋に呼ばれても抱き締められているうちに寝息を立てるのも今は納得する。むしろ身体の関係がないと悩んでいた自分が恥ずかしくなった。颯太のことを考えてあげられなかったことが情けない。
ぎゅっと颯太を抱き締めると、その思いに答えるように颯太も優花を抱き締め返してきた。
「ねぇ、優花さん。僕、頑張ったから御褒美欲しいな」
「えっ……」
そう言うや否や、颯太は優花の首筋に唇を這わせた。温かく柔らかなその感触に肌が敏感になったようにそこに神経が集中する。耳たぶを唇で食むその感触がぞくぞくと背中に電流を走らせる。
「そうた、くん……」
名前を呼んで抵抗しようと腕に力を入れる。首元にチリっとした痛みが走り、それ以上は声にならなかった。颯太の手が布越しに胸に触れると優花ははっとする。
「ここではダメ、だよ……休憩室だし」
「休憩室じゃなかったらいいの?」
「そ、それにまだランチタイムだから!」
「じゃあ今がダメなら、ランチタイム以外も恋人になろう?」
このままここで行為に及ぶことは出来ない。誰が来るかも分からないし、颯太に抱かれたあとに店に戻り接客なんて出来るわけがない。颯太を見上げると名案とばかりに楽しそうな表情を浮かべていた。
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