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04.

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ふかふかとした感触に温かな体温が伝わってきて身じろいだ。その温もりにすりよると、心地よくてこのまま眠っていたいとまどろんでいると。
「いつまで寝てるんだ、ねぼすけ」
「ひゃっ」
 鼻をきゅっとつままれて目を覚ました。鼻を押さえながら瞼を開くと目の前には葉山さんの顔があり目を大きく見開いた。
「す、すみません!」
 がばっと上半身を起こすと大きなTシャツが着せられていて、それが葉山さんのものだと分かり恥ずかしくなってシーツを胸元まで引っ張った。
「目、覚めたなら朝飯できてるから食え。あーっと、服はその辺にまとめておいたが皺になってるからとりあえず俺の服でもいいなら……」
「だ、大丈夫です! 支度してすぐに行きます!」
 ベッドサイドのテーブルには昨日来ていた服が畳まれていた。下着をつけて服を着替えると鏡を確認する。着替えている間、下半身が違和感でいっぱいだった。何しろ、こんなことをするのは葉山さんが初めてだったのだ。二十四にもなって何もなかったのかと問われれば恥ずかしながらない。そんなことよりもただ生きていくことで必死だった。
(だ、大丈夫。深呼吸して)
 すーはーと息を整えると覚悟を決めて寝室を出た。
「お待たせしました」
「おう。パンでいいか?」
「は、はい。いただきます」
 リビングに出ると葉山さんは何もなかったかのように挨拶をしてきた。
昨日見たダイニングテーブルには丁寧にもランチョンマットが敷いてあり、目玉焼きとベーコン、焼きたてのトーストにコーヒーのいい香りがする。カレンダーを見て今日が土曜日で良かったなんて思いながら葉山さんの向かいの席に座った。
「ジャムの方が良かったか? 苺とママレードならあるが」
「あ、じゃあママレードをお願いします」
「ん」
 冷蔵庫から出してきたママレードジャムとスプーンを受け取ってトーストに薄くぬる。一口かじると口の中に程よいすっぱさと甘さが広がって幸せな気分になった。
「……お前は甘い物食べてる時はほんと良い顔するよな」
「えっ、だらしない顔してましたか?」
「いや、いいんじゃないか?」
 よく見ると葉山さんはうっすらと笑っていて、こんな風に笑うこともできるんだとなんだかほっとした。
「あの、昨日のことなんですけど……」
 新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた葉山さんは私の言葉にチラリと視線だけを向けた。話は聞いてくれるらしい。
「副業……って言われたらそうかもしれないんですけど、色々理由があって」
「給料が足りないのか? お前の能力は正当に評価されてるし、給与も十分なはずだが」
「いえ、お金の問題……もなくはないんですけど、そうではなくて」
 これを話すとなると学生時代まで遡る。葉山さんに話したところでそれを信じてくれるのか理解してくれるのか、私はまだそこまで話せそうにはなかった。
「わかった」
 コトンとコーヒーの入ったマグカップをテーブルに置く音が聞こえて顔を上げた。新聞を閉じた葉山さんは腕をくみ、身を乗り出してはどこか楽しそうな表情を浮かべていた。
「じゃあ副業を黙ってるかわりにしばらくは俺のいうことを何でも聞くこと」
「葉山さんのいうことって……」
 深掘りされなかったことに安堵しながら、それにはどんな内容が含まれるのか、昨晩のことを思い出して思わず顔が赤くなった。
「笹村が何を考えているかあててやろうか?」
「だ、大丈夫です!」
「ははは、まぁそういうこともあるかもしれないけど、断言しない方が面白そうだな」
「……葉山さんってもしかして意地悪ですか?」
 楽しそうに笑う葉山さんを見てふと気付く。会社では出来る営業マン、時々お菓子を暮れる人、としか思ってなかったのにここに来て知らなかった一面を見た気がする。
「どうだかな。まぁ会社で見せてる俺が全てじゃない、とだけは言っておこうか?」
 もしかしてとんでもない人に目をつけられてしまったのではないかとこの先を考えると苦労が目に見えるようだ。でもその楽しそうな笑顔を見て、どこかときめいてしまったのも事実で心の中がいろんな感情でいっぱいになる。
「手始めに朝飯食ったら出掛けるから、さっさと食えよ」
 気が付くと葉山さんのお皿は空っぽになっていて慌ててトーストを口の中に入れた。カリカリにやまれたベーコンもおいしくて、葉山さんの自炊力には驚かされる。もしかしたらこのまま餌付けされてしまうかもなんて思いながら慌ただしい朝食を済ませたのだった。

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