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(う~ん、今日の仕事定時で終わるかな……週末、締日……)
目の前の画面とにらめっこをしながら携帯に届いたメッセージを横目で見る。突然の夜のお誘いに自然と動作が速くなってしまい、書類を落としそうになったのを慌てて拾った。
「戻りました」
午後五時十五分。あと十五分で定時だというころに疲弊しているオフィス内とは反対に、元気ある声とともに帰社してきたのは同じ部の営業、葉山和希だ。私、笹村彩乃が働いている会社はオフィス家具の販売、リース、レンタルをやっている会社で、彼は関東圏の営業を担当している。関東だけじゃなくて、担当している会社の他の支部にも自ら出向いていて、こうやってよく出張に行っているのだった。
「葉山さん、今日は仙台に行ってたんですよね」
「はい。定番のお土産ですけど、良かったらどうぞ」
彼の明るい声と土産という言葉に女子社員は喜びの声を上げ、ほかの男性社員も息抜きとばかりにお菓子に手を伸ばした。
「笹村さんもどうぞ」
「ありがとう。もってきてもらってごめんね」
いつまでたってもお菓子を取りに来ない私に若い女子社員がわざわざ持ってきてくれた。いつもだったら自分で取りにいくのだけれど、今日だけはどうしても定時に上がらなければいけない用があるため、今はただ席から離れたくなかった。
「いつもなら真っ先に取りに来るのに珍しいな」
その声に顔をあげるとデスクに座りっぱなしの私のところまで来た葉山さんがいた。
「お疲れさまです。どうしても今日は定時に上がらなきゃいけないんです」
「ふぅん。仕事熱心なことだな」
「そうでもないですけど……」
興味なさげにそうつぶやくと葉山さんは、若い女の子たちのところへ向かっていった。時折浮かべている笑顔を見て、そりゃ若い子のほうが好きですよね、なんてお門違いな悪態を心の中でつく。社会人は二年目だけれど、派遣や高卒で入って来た私より若い子もたくさんいる。数字を入力していく指が自然とテンキーを強く叩いていた。
「来週は大阪出張なので、センスないですが何か買ってきますよ」
遠くから葉山さんの声が聞こえてきた。来週は大阪かぁ、やっぱりたこやきかなぁなんて名物に思いを馳せてしまうのは食いしん坊だからではない。
そんなことを思いながら最後の数字を入力して保存ボタンを押した。これで今日の業務は終わりだ。定時まであと五分。ふと机の上においてあるお菓子が視界に入り、手を伸ばして包みをはがした。お月さまをイメージした、丸くてふわっとしたフォルムがたまらない。
「いただきまーす……」
みんなには見えないようにデスクの仕切りの陰に隠れて口に運ぶ。ふわりとした食感と中のカスタードクリームがびっくりするほどおいしい。
「おいし~。やっぱり仙台って言ったらコレだよね」
画面とにらめっこしていた分、糖分が直接身体に染み渡っていく。定時後のことを考えてもここで一息つけるのはありがたかった。今日の夜は長い。
「おい。笹村」
突然呼ばれて思わず変な声が出てしまった。手元にあったお菓子は無事だ。
「はひっ」
「って、もう食ってんのか。んじゃこれもやる。新幹線で食おうと思って駅の売店で買ったんだけど。結局寝てて食わなかったから」
口を膨らませていた私をみて葉山さんは何かを投げてきた。受け取ると、それは今食べていたお菓子のチョコレートバージョンのようだ。
「あ、ありがとうございます!」
「おう。じゃな」
こうやって葉山さんは時々お菓子をくれる。なんだか餌付けされているような気がしなくもないけれど、何かを要求されることもないしこれはありがたく受け取っておく。
モニターに映し出される時刻を見るとちょうど十七時半。パソコンの電源を落としてバッグを肩に掛けるとコートを持って出入り口へ急ぐ。
「お先に失礼します!」
後ろから「お疲れさまー」という声を聞きながら、足早に目的地へと急ぐのだった。
目の前の画面とにらめっこをしながら携帯に届いたメッセージを横目で見る。突然の夜のお誘いに自然と動作が速くなってしまい、書類を落としそうになったのを慌てて拾った。
「戻りました」
午後五時十五分。あと十五分で定時だというころに疲弊しているオフィス内とは反対に、元気ある声とともに帰社してきたのは同じ部の営業、葉山和希だ。私、笹村彩乃が働いている会社はオフィス家具の販売、リース、レンタルをやっている会社で、彼は関東圏の営業を担当している。関東だけじゃなくて、担当している会社の他の支部にも自ら出向いていて、こうやってよく出張に行っているのだった。
「葉山さん、今日は仙台に行ってたんですよね」
「はい。定番のお土産ですけど、良かったらどうぞ」
彼の明るい声と土産という言葉に女子社員は喜びの声を上げ、ほかの男性社員も息抜きとばかりにお菓子に手を伸ばした。
「笹村さんもどうぞ」
「ありがとう。もってきてもらってごめんね」
いつまでたってもお菓子を取りに来ない私に若い女子社員がわざわざ持ってきてくれた。いつもだったら自分で取りにいくのだけれど、今日だけはどうしても定時に上がらなければいけない用があるため、今はただ席から離れたくなかった。
「いつもなら真っ先に取りに来るのに珍しいな」
その声に顔をあげるとデスクに座りっぱなしの私のところまで来た葉山さんがいた。
「お疲れさまです。どうしても今日は定時に上がらなきゃいけないんです」
「ふぅん。仕事熱心なことだな」
「そうでもないですけど……」
興味なさげにそうつぶやくと葉山さんは、若い女の子たちのところへ向かっていった。時折浮かべている笑顔を見て、そりゃ若い子のほうが好きですよね、なんてお門違いな悪態を心の中でつく。社会人は二年目だけれど、派遣や高卒で入って来た私より若い子もたくさんいる。数字を入力していく指が自然とテンキーを強く叩いていた。
「来週は大阪出張なので、センスないですが何か買ってきますよ」
遠くから葉山さんの声が聞こえてきた。来週は大阪かぁ、やっぱりたこやきかなぁなんて名物に思いを馳せてしまうのは食いしん坊だからではない。
そんなことを思いながら最後の数字を入力して保存ボタンを押した。これで今日の業務は終わりだ。定時まであと五分。ふと机の上においてあるお菓子が視界に入り、手を伸ばして包みをはがした。お月さまをイメージした、丸くてふわっとしたフォルムがたまらない。
「いただきまーす……」
みんなには見えないようにデスクの仕切りの陰に隠れて口に運ぶ。ふわりとした食感と中のカスタードクリームがびっくりするほどおいしい。
「おいし~。やっぱり仙台って言ったらコレだよね」
画面とにらめっこしていた分、糖分が直接身体に染み渡っていく。定時後のことを考えてもここで一息つけるのはありがたかった。今日の夜は長い。
「おい。笹村」
突然呼ばれて思わず変な声が出てしまった。手元にあったお菓子は無事だ。
「はひっ」
「って、もう食ってんのか。んじゃこれもやる。新幹線で食おうと思って駅の売店で買ったんだけど。結局寝てて食わなかったから」
口を膨らませていた私をみて葉山さんは何かを投げてきた。受け取ると、それは今食べていたお菓子のチョコレートバージョンのようだ。
「あ、ありがとうございます!」
「おう。じゃな」
こうやって葉山さんは時々お菓子をくれる。なんだか餌付けされているような気がしなくもないけれど、何かを要求されることもないしこれはありがたく受け取っておく。
モニターに映し出される時刻を見るとちょうど十七時半。パソコンの電源を落としてバッグを肩に掛けるとコートを持って出入り口へ急ぐ。
「お先に失礼します!」
後ろから「お疲れさまー」という声を聞きながら、足早に目的地へと急ぐのだった。
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