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転生者?

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「おいおい。どうしたよグスタフ。心ここにあらずって感じだなぁ。」

「あぁ、ちょっと寝不足で。」


悩む様子の『大腕』ユーグスタス改めグスタフ。

お昼に向けての仕込みをしながら、厨房であまりに真剣な顔をしていたので、

見かねたガッシュが声をかけた。


「寝不足ぅ?しっかりしてくれよぉコノヤロ~。お前がここで働き始めてから助かりすぎて、もう一人で厨房やんのには戻れねぇんだから。」

「すまない。今後は体調管理に気をつける。」

「おいおい、お前本当に大丈夫か?なんか悩み事でもあんのか?」


ガッシュが場を明るめようとふざけ半分の口調で話しかけるが、

グスタフはなんの面白みもなく真剣に答えた。


流石にこれまでと雰囲気が違うことに気づき、

寄り添う姿勢を見せるガッシュ。


グスタフはしばらく黙った後...。


「いや、特になんでもない。」

「そうか。まぁ、言えるようになったらでいい。人に話すってのは、意外とスッキリするもんだぞ。」


彼の申し入れを断った。


大の大人が助けは要らないと断ったのだ。

ガッシュはそれ以上は干渉しようとせずに、昼ご飯の時間帯に必要な仕込みに戻る。


ここ数日はまともに夜も眠れない状態が続いている。

グスタフは悩んでいた。

賞金首目当てのワーカーの暗殺。

日を空けてではあるが、確実にグスタフを狙った者たちが集まってきている。


そういった輩が来ない日は、

恩人である家族に迷惑がかかるかもしれない心苦しさで、寝付けなかった。


(多分、辞めるべきなんだよな。俺がここを離れるのが一番良いんだよな。)


グスタフは迷う。この宿で働くようになってしばらくだ。

ワーカー時代の殺伐とした時代と違い、この場所は暖かくて居心地がいい。

ガッシュはいい奴だ。スザンヌも優しい。アイーシャは気さくで可愛らしい。


色々と汚い仕事をしてきた奴の引退後としては、

これ以上ない幸せな環境で働かせてもらっている。


愛があるとでも表現すればいいのか。

ここで働けば家族の一員になったような繋がりが、愛がある。

ワーカーの時には無かった温もりにグスタフは囚われてしまった。

この場所を離れたくなかった。


だが同時に、グスタフにはここを離れることができない理由もあった。


「俺は聖樹の守り人。」


あの日、あの夜。

グスタフは超常の存在と出会った。

愚かにも戦いを挑み、敗北した。俺はあの日死ぬはずだった。


しかし、どのような風の吹き回しか俺は生き残った。

そしてアイツは言った。


(御主にどのような訳合いがあるかは知らぬがな、彼奴らを思う心は気に入った。)

(もしその情が誠のものであるならば、守ってみせよ。)

(その時は不条理に抗う力を呉れてやろう。)


グスタフは一介のBランクワーカーの時代とは比較できない力を手に入れた。

殺そうとしていた神の加護を手に入れた。

今も心臓があると思われる場所に、その力は存在感を放っている


(ついでである。聖樹の守り人も賜っておくと良い。)


聖樹の守り人は、恩人の家族を守るついでに任された仕事だった。


いずれにせよ『摘み食い』が言っていたように自分に賞金首になったのであれば、

この場所から離れようが、家族は人質などの危険に晒される。

守ろうとこの場所に留まり続ければ、この村で戦闘の被害が発生する。


どうすればいいのか、何がより良い選択肢なのか。

自分の中では決断できそうに無かった。


ただワーカーとしての生き方の代償が、これほど息苦しいものだったと。

グスタフは改めて理解した。


「!?」


突如体の中に何かが入り、覗き込むような感覚を覚える。

これまでワーカーとして色々と経験してきたが、感じたことのない感覚。

すると胸の中心で居座っている神の力が荒ぶり、その感覚を弾けるように払拭させた。


パッと厨房からダイニングに視線を向ける。

そこには貴族の子息、ユーバッハと二人の護衛。


「どうされましたか?」

「な、なんでもないよ。」


女性の付き人がユーバッハに話しかけている。

しかし、その子供の視線はグスタフと交差している。


「グスタフさん、夜ご飯も期待してます!」

「おう。任せとけ!」


ユーバッハらしい礼儀正しい感じで声をかけてきた。

グスタフも、彼が宿泊客であるため愛想良く返事を返した。

ユーバッハ御一行はそのまま宿を後にした。


(今のは、一体なんだったんだ。)








(今のは、一体なんだったんだ?)


ユーバッハも全く同じ疑問を抱いていた。


(今までこんなことなんか無かったぞ?)


《鑑定》を行使したはずが、逆に弾かれたような感覚を受けた手を見る。

手に後遺症はない。問題なく動く。

...何が起こったのか分からない。


(まさか、《鑑定》が防がれたのか?)


物理的に受けた弾けるような衝撃に驚き、気がつかなかった。

しかし、《鑑定》したはずのグスタフさんのステータスを読み取れていない事に気がつくと、

能力スキルに抵抗され、失敗したのだと悟った。


(厨房で料理しているだけにしては体の筋肉の付きが良すぎるし、)

(グスタフさんは実は実力のある冒険者で魔術師だったのかな?)


魔法で相手を攻撃すれば、結界魔法を使い防ぐことができる。

魔法で《魔力感知》があれば、それを免れる術がある。

基本的に魔法は魔法で対抗し得る。


《鑑定》に関しても、何かしら免れる方法があるのかもしれない。


(いや、でも。だったら、グレイランス領にいた実力のある魔術師の人たちは?)

(実力のある魔術師と呼ばれる人を何人か見たことあるけど、抵抗されたことなんか...。)

(魔法とスキルは違うと思っていたが、同じなのか?)


しかし、スキルを抵抗されてはこれまでの認識が歪んでしまう。

魔法は魔法で対抗できるが、スキルは抵抗されたことがない。

スキルと魔法は別の何かだと思っていた。


(もしかして僕が貴族家の麒麟児って言われてるから、みんな敢えて抵抗してなかったのか?)

(あまりに突然すぎて、何がなんだか。)


「坊っちゃま。どうかされましたか?随分とお悩みのご様子で。」


ユーバッハの様子がおかしいのか、ウィルフォードが声をかける。


「いや、何もな...くもないよウィルフォード。ちょっと聞きたいことがあるんだ。ウィルフォードは、今何か感じたりしてるかい?」

「今...ですか?どう言ったもののことでしょうか?」


ユーバッハの質問に、

意図を汲みきれないウィルフォードが質問を質問で返す。


「う~ん。例えば体に違和感とか、寒気がするとか。もしかしたら、誰かに何かされてるみたいな...」

「いえ、私は特に。坊っちゃまの体調が優れないということで?それとも、何かを感じ取られましたか?」


ユーバッハの言葉を聞いて、

スグハとウィルフォードが周囲に警戒を向ける。


襲われる、敵に何か干渉されていると勘違いされかねない言い方。

しまった、と勘違いを正す。


「いや!違うよ!全然違う。僕は大丈夫だし、周りも何もないよ。ただ聞きたかっただけ。」

「そうですか?もし何かありましたら、直ぐに言って下さるよう」

「うん、分かってる。ありがとう。」


少々勘違いができたが、ユーバッハは今のでおおよそ確認は取れた。


(この中で《魔力感知》で最も秀でてるウィルフォードが何も感じないんだ。)

(《鑑定》はAランクの実力を持っている人でも覗かれていることを気づけない。)

(つまり、グスタフさんは何かのスキル持ちの可能性が高い。)


魔法が魔法を防ぐのだ。スキルはスキルを防ぐのだろう。

ユーバッハのしり得る限り、スキルを持っている人はいなかった。


(そして現地人はスキルを持っていない。であれば、僕と同じ転生者の可能性が高い。)


一つの結論に行き着いた。グスタフさんは転生者。

それを知ったところで、今のユーバッハにはどうすれば良いのか。

ただ転生者が他にもいる可能性は、この世界にきた時から考えていたことではある。

自分の中で他の転移者がいると立証された。

今はただ、それだけだ。


「ユーバッハ様、ここが鍛冶屋です。」

「掘り出し物があればいいですが、そう簡単に出てくるものではないと思いますよ。坊っちゃま。」

「僕もそこまで期待してるわけじゃないから。ただ、どんな物が置いてるのかなって。」


ここは剣と魔法の世界。

せっかく屋敷以外の外の世界にやってこれたのだ。

《鑑定》を駆使し、何か自分の目を引くものを自分で見つけられないかと。

ユーバッハは他の転生者の存在を頭の隅で考えながら、鍛冶屋に入った。
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