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裏舞台

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「はい。今日はここまで。今日は家に帰って十分な休息をとってね。今度は三日後だから、それまでは疲れすぎない程度に自分で今日教えた事を練習するといいよ。」

「「「「...はい。」」」」


エミリーが今日の講義の終わりを告げる。

約一刻の間続いた魔法の授業。

魔力で全身に纏う練習はコツを掴んだといえ、難しい。

循環させて、凝縮させる練習はさらに難易度が高かった。

最終的には、体に魔力を纏う段階までしか習得出来ずに終わってしまった。

子供達には元気がない。


「疲れた。」

「私も。」

「私も。」

「もう、ベッドで寝たい。」


とても疲れた様子。

彼らは【魔力枯渇】状態に近い。

魔力枯渇状態に入ると生物は体は倦怠感を感じ、体を動かすのも嫌になる。

体がこれ以上の魔力を使用しないためのシステムのようなものだ。

今夜はぐっすり眠れそうな顔だ。


「じゃあね。」

「うん。バイバイ。」

「また明々後日に。」

「は~い。」


ギルド職員のエミリーに町まで見送られ、

そこからは体を引きずるようにそれぞれの家へと帰って行った。







「ステータスオープン」


謎の言葉を吐き出すホブゴブリン。

彼は今仕留めた獲物の首筋から剣を抜き、

何もない正面を見ながら何かを読んでいた。


「ようやくレベル50か。」


トラックに引かれてこの世界に転生した元人間のゴブリンだった。

彼はこの世界に転移してから長くない。

最初の二週間は地獄のような生活を送らされた。


彼女もおらず、特色のない学生生活を過ごし、

スマホゲームや小説を読んで友達と放課後を楽しむ。

サバイバルの知識を一切持っていない俺。

コンビニの帰りの道に前方不注意のトラックに弾きとばされ

気づけばこんな姿で森に。

よりによって魔物の中でも最弱と言っていいゴブリンに転生していた。


例に習ってステータスを確認したものの、

数値の位がおかしい事もなければ、最強スキルも持っていない。

魔法の適性さえない。

ただの、なんの変哲もない、普通の醜いゴブリンに転生していた。


(自分のような魔物がいる森で一人...死んだ。)


大いに混乱はしたものの、

自分が魔物であり森にいる状況は、「死」を連想すると冷静に考え始めることができた。

知識も力もない俺がそう長いこと生きていける訳が無い。

そう思った。


実際何度も死にそうになった。

一人で行動していれば狼の群れに襲われ、

食料を探していれば猿の縄張りに入ったのか殺されかけ、

やっとのことで見つけた友好的なゴブリン達は、冒険者の見た目の人間に殺された。

特に人間に襲われた時は本当に殺される所だった。

なぜゴブリンは実力が上だと見ればわかるのに突っ込んでいくのか。

これでまた他のゴブリンを探すはめとなった。


俺は逃げた。逃げて、逃げて逃げ惑った。

ゴブリンは基本的にゴブリンには友好的。弱者故に群れないといけないのだろう。

俺は他の群れに混ざり、ゴブリンとしての生き方を学ぼうとした。

幸いゴブリンの言葉はなぜか理解できた。


(俺はゴブリンに憑依したからなのだろうか?それなら記憶もあっておかしくはないはずだが。)


集団で自分の体格より大きい豚を仕留めたり、猿を仕留めたり。

その日暮しは危険の連続だった。


そしてそんな時、俺は会ってしまった。

単独行動をしながら、食える木の実を集めている時。

背後に気配を感じ、振り返れば着物を着込んだ獣人がいた。

初めて見た獣人。そこに喜びなどなく、恐怖の方が強かった。

なぜか?


(な!?一体どこから!?周囲の気配には気をつけていたぞ!?)


この森の経験上。

自分の察知能力を超越した存在というだけで、不気味な存在でしかなかった。

俺はすぐにその場を離れた。

幸いこの体は気持ち悪いかもしれないが、小さい体のわりには力強く身軽い。

人間だった頃の体では考えられない速さで移動した。


「これ、逃げるでない。」


死神の宣告のだった。

今の一瞬で10メートルは移動した。

だが、気づけば首根っこを掴まれ身動きが取れなくなっている。

理解不能だ。

不気味な文様が浮かんだ目で顔を覗かれ体が固まった。

そして覚悟した...。あ、これは死んだ、と。



だが、どう言った風の吹き回しなのか。

殺すと思われた獣人、いや神様から加護を賜った。

体に満ち溢れる力。明らかにこれまでとは一線を画した力が体内に渦巻いた。

ステータスオープンと唱えると、加護の一覧が。


【イルクル・アルダザイム・ジエルクファ・アルティアーの加護】
内容 - 陽神の加護、豊穣神の加護、武神の加護、死神の加護、獣神の加護、

詳細:
【陽神の加護】- 火属性魔法適性並び耐性(小)、

【豊穣神の加護】- 地属性魔法適性並び耐性(小)、結界魔法適性並び耐性(小)

【武神の加護】- 筋力上昇(小)、第六感(小)、思考加速(小)

【死神の加護】- 回復力上昇(小)、即死耐性(小)

【獣神の加護】- 筋力上昇 (小) 、聴力強化(小) 、


めちゃくちゃな量の恩恵がついていた。

これまでゴブリンとして魔法の適性がなかった俺が、突然魔法を使えるように。

筋力が上昇し、考えるスピードまで加速。

第六感の影響なのか戦闘センスが大幅に上昇し、耳が良くなった為に奇襲も受けにくくなった。

そして疲労し傷がついたとしても、これまでとは比にならないほどの回復速度を得た。


ステータス上の表示は全てが(小)なのかもしれないが、

それを体感している俺の体の中は、今までにないほどの力を得た。

縄張り争いを繰り返していたはずの猿や狼は、

傷が着くのを恐れずに1対集団で勝利することができる。

このスキルを得てからは俺の認めたゴブリン達のリーダーとして君臨した。

破竹の勢いでゴブリンにおける自分たちの勢力を伸ばし、殺し、殺して殺し回った。

あまりの変容に、俺はあの獣神に感謝を捧げるようになっていた。


そして突如始まった神の試練。

突然光景が変わったかと思えば神様が馬車と一緒におり、俺たちの目の前には冒険者の見た目の人間。

俺の【第六感】が告げていた。この人間は危ない。絶対に逃げろと。


しかし神様は拘束力のある言葉で俺たちを無理やり戦わせた。

今まで絶対的な効力を発揮した回復力も第六感も思考加速も、

この人間の前には露ほども届かない。

一撃で何度も何度も何度も何度も殺された。

しかし神の《蘇生》の魔法により俺は行き帰り、ゾンビアタックをけしかけさせられた。

自分と仲間の血が飛散する阿鼻叫喚とした光景。

夢と現実と差が分からなくなりかけるほど、俺は猛突進し続けた。


そして打ち勝った。俺たちは神の用意した試練に打ち勝ったのだ。

手に入れたのは《進化》という新たなる力と、人間の持っていた装備品。

そして仲間達も加護を与えてもらった。

もしかすると、俺のチートは神自身なのかもしれない。



その結果どうか?

今地面にはこれまで手も足も出なかった、

見つかれば逃げることしかできなかった人間が無様に横たわっている。

俺たちを殺そうと何度も何度も攻撃を仕掛けてきた人間。


(まさかホブゴブリンに反撃を受けるとは思ってもいなかっただろうな。)


魔法が直撃した時は焦ったが、当たったのは炎の魔法。

高性能の耐性がついていたおかげでほとんど無効化された。

そして人間は驚いただろう。

ゴブリンメイジでもないホブゴブリンが、魔法を使用したことに。


(やれる。確実に強くなっている。)


強大な敵を殺せば殺すほど大きな経験値がもらえる。

そして人間は特に様々な装備を揃えている。

人間ほど格好の標的はいない。


「ギィ~。ギィッ、ギィギィ!」


仲間のホブゴブリンが新たな装備を手に入れて、喜んでいる。

だが、俺にはこの神様の試練で人間を殺した剣がある。

転生ゴブリンは剣を天に抱えながら思う。


(俺はこの森の支配者となる。なってやる!)







夜の裏路地にて。


「おい。やめておけ。」

「お前は、大腕。」


大剣を背中に抱えた巨人がDランク二人のワーカーの前に姿を表す。

表でも裏でもそれぞれの世界に置いてBランクは有名だ。

そしてそのBランクが、なぜか自分たちに敵対するような発言をしている。


「お前には関係のない話だろう。」

「関係があるからお前らに言っている。」

「なに?...。お前、どこに雇われてんだ。」

「雇われてねぇ。そしてお前達には関係ねぇ。例のモノを狙うなら、俺はお前達を殺すしかねぇ。」


そう言って大腕は背にある大剣の持ち手を掴む。

そして殺気を飛ばす。


「わ、わかったよ。今日は引き返す。」


Dランクはそれを見て当たり前のように引き返す。

流石にBランクとやりあうつもりはないのだろう。


「今晩はこんな所か。随分と楽な仕事なことだ。」


大腕は呟く。

仕事とは、聖樹を狙うモノを追い返す役割。

言ってしまえばグスタスは聖樹の守護者となったのだ。

だが、相手をするのは自分でも追い返せる相手のみ。

Bランクまでの曲者は確実に追い返す役目を持ってしまった。


「まさか、引退してからこの領域に入る日がくるとはな。」


グスタフは自分の腕を確認する。

自分の体の中を渦巻く力。

それは神から貰った加護の力が齎す、自分でも理不尽だと思うものだった。

全力で《身体強化》を行い、ようやく地盤を叩き割るほどの暴力。

それがこの加護を得てからは平常時で出せる。


(これがAランクの化物の領域か。)


と改めて認識させられる。

確かにこれではBランクとAランクの間には隔絶された実力があるわけだ。

以前の全力が、今ではなんの気ない攻撃だぞ?


「ふん。この程度の仕事でこれだけの見返りがあるのであれば、いくらでもやってやるさ。」


彼は自分の働く宿に戻ろうと歩き出す。

グスタフは次第にグラス村の治安を暗に守る男となっていく。
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