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魔法の練習
しおりを挟む子供が誘拐された問題深夜に始まり、午後に終わる。
誘拐史において一位二位を競う早期解決に至ったのかも知れない。
そんな事件があったにも関わらず、
翌日のお昼時からガッシュとスザンヌの宿は開き運営されていた。
せっせと厨房で食材を切り、焼き、調味料を加えさらに並べていく。
それをスザンヌが流れるような手捌きてテーブルに運ぶ。
アイーシャももちろん手伝いをしている。
「グスタ~ス!スープを早く!」
ガッシュがグスタスと呼ぶ男に大声を上げる。
グスタスとはダイン、「大腕」のことだ。
自分の記憶を思い出し、本名も思い出した。
ユーグスタスという本名を3人に伝えれば、忙しい際には呼ぶには長すぎる。
アイーシャ、ガッシュ、スザンヌのは「グスタス」と愛称として彼を呼んでいた。
その場で食事をとっている冒険者や旅人達は、
厨房を見ながら「相変わらず厨房には場違いの体格だな」っと世間話をしている。
「しっかりとしてくれよ。まだ昼時は始まったばかりなんだからよ。」
「わかってる。」
昨日昼時は閉まっていたからか、翌日は普段よりも割増のように感じられる。
そのため、グスタフの人手はとても助かっていた。
そう。
グスタスはこの村に住み、この宿で働き続けることにした。
理由は単純だ。居心地が良かったから。
これまで殺伐とした世界を経験してきたために、
宿で働き、普通に毎日を過ごすことに喜びを見出していた。
村でも「優しい巨人」と顔が知れており、裏の顔を知らない村人は良い印象を抱いている。
そして、宿で正式に働いている今は給料ももらえる。
それはワーカーとして活動していたものと比べれば、雀の涙程度でしかない。
しかし、グスタフは既に普通に生きていく上では十分な資金を隠し持っている。
彼に不満はなかった。
唯一あった懸念も、今ではどこなのやら。
グスタフは働きながら思う。
(まさか、俺にこんな人生が送れる時がくるとはな。廻り合わせに感謝しねぇと。)
◇
数日後。
4人の子供達は村の外れで賑やかに話していた。
「ワクワクするね!」
「今日!今日やっと魔法を使えるんだぜ!ちょ~楽しみ!」
「すごいよね!私まだ6歳だけど、本当にいいのかな?」
「大丈夫だって!5歳から魔法を学ぶ子供もいるって俺のとおちゃんが行ってたし。」
見たことのある子供たちが、魔法について盛り上がっている。
それぞれ、一番若い6歳のアイーシャ。
2歳年上のかく隠れんぼが得意なオリバー。
7歳の男の子アラン。
そして同じく7歳の女の子エリシア
いつもよく遊ぶ4人のメンバーだ。
「みんなはどの魔法がいい?私はやっぱり水かな!あれば便利だもんね。」
「俺は火がいいなぁ。飛ばしたりするのかっこいいし。」
「火もいいけど、俺は地も捨てられないかな。植物を早く育てれたら凄い。」
「うーん。何がいいのかな?アルが火を使ってたから、かっこいいかも。」
それぞれが自分の伸ばしたい魔法の属性について語っている。
エリシア、アラン、オリバーの三人は既に決まっているようだが、
アイーシャは魔法を使えたら凄いという程度。
どれを伸ばしたいのかは決まっていない様子。
印象に強かったのは地面に絵を書く前。
アルが使用した火の魔法が印象的だったので、使えればかっこいいと思っていた。
「アイーシャめ。照れるわ。」
それを巨大な一本松:聖樹の上から9つの尻尾をゆらゆらと動かしながら監視をする獣人が一人。
何もない時間をリラックスし、楽しむアルがいた。
興奮する子供たちの会話を盗み聞いて、面白そうに眺める。
(ガッシュもスザンヌもかなり心配であったからの。自分を守る術の一つや二つは確かに持っておくべきじゃな。)
グラス村のしきたり通りであれば、10歳を迎えたと同時に教えるものだ。
しかし、アイーシャは未だ6歳。随分と早いように思える。
理由はそんなに難しくない。
アイーシャが森で行方不明になった後に誘拐までされた。
ガッシュとスザンヌの二人は、次第に娘にいざという時の自衛を覚えて欲しいと思うよになったからだ。
アルは街の中での会話は全て盗み聞いているので、知っていた。
「はいはーい。みんな興奮するのは理解できるけど、よく聞いてもらわないと大怪我するかもだからね。」
子供たちと一緒にいるのは大人の女性。
ガッシュの依頼に対し、冒険者ギルドが用意した人員だ。
(ふむ。格好を見るに、特に戦闘が得意という訳ではなさそうじゃが。)
アルの見る女性の格好は、普段書類整理や受付をしている人が着用しているそれ。
(これまで吾に挑戦しおったワーカーなる者に比べても、魔力は随分と少ないようであるが。)
実際魔力量から見ても、彼女の質はそんなに高くない。
だが、それは普通のことだった。
別に子供たちに戦闘のための魔法を覚えさせようというつもりはない。
生活をより豊にするために必要なレベルの魔力を操る技術と魔法を伝授する。
それが今回の目的であるため、必ずしも手練れが必要なわけではない。
「私の名前はエミリー。今日は早速魔力の操り方、そして魔法の発動の仕方を教えていきたいと思いま~す。」
「「「「はい!」」」」
元気よく子供達が返事する。
「まずは、魔力が何かを知っている人!」
「はい!魔力は人間が持ってる力!」
「う~ん。それじゃあ間違いではないけど、不十分かな。」
アランが元気よく答えた。
エミリーは優しくその答えを受け入れつつ否定する。
そんなアランを笑う子供はここにいない。
全員が純粋に目をキラキラさせて聞いている。
「魔力は2種類あります。自然にあるものと人間や生物の体にある物。自然っていうのはこの地面やこの空気、本当に世界のどこにでも魔力はあるモノなんだ。残念ながら自然の魔力は僕には見ることも感じることが出来ないけど。」
「どうやって見えなくて感じれないのに、あるってわかるの?」
「いい質問だね。《魔力視》っていう魔法や、特別な目を持っている人、そして魔法を極めている人たちには感じることができる人もいるらしいよ。」
「「へ~!」」「「おお~。」」
(クックック。面白い奴らめ。)
アルは一言一言に盛り上がる子供たちの姿を見て笑う。
自分に取って魔法とは体の一部。
自我がある時から使えた普通のことなので、
そんなものに大喜びしている子供の反応は新鮮で笑えた。
「あとは【龍脈】って呼ばれる魔力が豊富に流れている場所が世界にはあるんだ。その場所では魔力が無くなった人:つまり【枯渇状態】にある人は魔力を早く回復できるって情報もある。見えなくても魔力の回復が早ければ、きっと魔力が多くあるんだなって事がわかるよね。龍脈は物凄く珍しいけど、この村に近い【ダルズ森林】にも通っているから、君たちには意外と身近な物かもしれないね。」
「私知ってる!アルと龍華花を取りに行った時に龍脈に行ってきた!」
「よく知ってるね~。確かに龍華花は龍脈の近くに生息する花であってるよ。でも、ダルズ森林には龍華花は無いって聞いてるから、たまたま見つけたんだね。今王国全体で龍華花は不足しているからラッキーだったね。」
「え?でも私が見たときはいっぱいあったよ?」
「そんな筈はないよ。あの森には冒険者が魔物の数を減らすために常に出入りしているし、今の今までそんな報告も無いからね。」
「アイーシャ。今はお花の話はいいでしょ。魔法の授業なんだから。」
アイーシャは龍脈という言葉に反応して話出した。
しかしエミリーはギルドで働き、情報に触れ精通している人。
子供の発言を信用するわけもない。
友達のエリシアに花の話を止められ、アイーシャは仕方なく口をつぐんだ。
「まぁ、とにかく。そして二つ目の人間の体の中にある魔力。これは自然の魔力とちょっと種類が違うんだ。僕たちの体は自然界の魔力を溜めて、僕たちが操作できる魔力に変換する力を持っている。具体的に何が違うのかはわからないんだけど。今日はこの僕たちの体の中にある魔力を操作する力を身に着けよう。それができればこんな風に指先から火を出したり、水を作ったりすることもできるってわけ。」
「「「「はい!」」」」
指先から小さく炎をだし、反対の手からは水を出すエミリー。
子供たちは親もそれぐらいは普段からしていることなので、そこまで驚くことはない。
基本的には全員ができるようになる簡単なものだ。
「じゃあ、まず質問だけど。自分の体の中の魔力を感じ取ってる人は今どれぐらいいるかな?」
そこでアイーシャ以外の三人が手をあげた。
「そっか、予想通りだね。アイーシャちゃんはまだ6歳だもんね。本当はもう一年程待てば自然と体の中に感じるようになると思うけど、今日は感じれるようになるところまでいければ上出来かな。」
魔力を持つ生物は自然と魔力を感じ、魔力の扱い方を覚えていく。
人間の場合は教育というプロセスが必要ではあるが、
早い段階では4歳、遅くても7歳になれば体内にあるその力を感じ取れるようになる。
「じゃあ早速教えていくよ。それぞれ片手を出してくれる?」
そう言われ、子供たちは片手を出した。
その手を二つつづ両手で持てば、エミリーは自分の体にある魔力を動かした。
そして四人の子供の表面を自分の純粋な魔力で包みこむ。
子供たちはそれぞれが魔力というものを感じている 。
「何かが肌の上を動いてる~。」
「気持ち悪いかも。」
「そう?私はポカポカしてて気持ちいいと思う。」
「うわぁ~。すご~い。」
そしてエミリーは魔力を動かすのをやめる。
同時に子供達を覆っていた魔力も無くなった。
「今のが魔力を動かしている感じだよ。今やった感覚を自分の体の中にある魔力でできるようになれれば、魔力を操作している初歩の段階に入るね。じゃあ、みんなもやってみて。アイーシャちゃんはまず自分の体の中の魔力を感じれる所から始めようか。」
魔法の講師である女性にそう言われ、
体内の魔力を知覚しているエリシア、アラン、オリバーの三人は魔力を動かそうとする。
それぞれ唸ってみたり、目を瞑って静かにしていたり、飛び跳ねながら魔力が動かないか試行錯誤している。
そんな中アイーシャは先生の魔力は感じ取れたものの、自分自身の魔力を感じ取る段階から始める。
「じゃあ、アイーシャちゃん。まずは感覚の話をするけどね、魔力は別に一箇所にあるわけじゃないんだ。全身に溜まっている感じだよ。」
こうして子供達の魔法の練習は始まった。
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