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章まとめ

第二章まとめ

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8 魔女の森


 「……また知らない場所だ」

目に映る世界は、空を覆い尽くさんとばかりに生い茂ってた緑の陰。
背中はさわさわした感触。緑の絨毯だ。
そして僕達を執拗に追いかけて来た審判者や、松明に照らされた薄暗い壁や床は、まるで悪夢から覚めたように消失してた。

 「――そうだ!セイラさん!?」

慌てて振り返ると、隣でセイラさんが緑に沈んでました。

「セイラさん起きて下さい!」

僕は直ぐに彼女の下へ駆け寄り、意識の無い肩を必死に揺さぶった。

「うぅ、はぁ……はぁ……カ、ウル?……さん」

セイラさんはゆっくりと閉じた瞼を開け、ふらふらながらも体を起こしました。

「はい……あぁ、生きてる……良かった」

大きな怪我も無い。背負ってた決意が降り安堵した。

 ですがそれに代わり、現在の状況に対する純粋な疑問が浮かび上がった。

「僕達さっきまでダンジョンの中だったのに、今は森の中。セイラさん何か知ってますか?」
「森?……えぇ!もしかして此処は『魔女の森』!?」

辺りを見回したセイラさんは驚きと共に、古典的なファンタジー用語を口にしました。

「セイラさんこの場所を知って――」
 「※※※※※※※。※※※※※※※※!」
「え!誰!?」

突然奥から他者の声らしき音が耳に飛び込み、僕はびくっと体を向けた。
すると視線の先にそそり立つ木々の影から、声の主がゆらりと現した。

 まず注目したものは、先の折れたとんがり帽子でした。
また服装は遠目でも判る程に豊満な胸元を晒す黒紫のロングドレスに、畳んだカラスの羽をあしらった黒色のローブを羽織ってた。

(うわぁ、痴女!?じゃない、魔女かな?……)

そのような端的な第一印象を抱かせる彼女は、ぽよんふわんと、たわわな胸と腰まで伸びたくせ毛を揺らしながら、生い茂る森の中を慣れた足どりで近寄って来た。
前に悠然と立つ彼女を観察すると、熟れた女性特有の艶やかな体に反して、とんがり帽子に陰る顔立ちはすらっと整い、学者のような知的さを匂わせてました。
そして顔のパーツで一番目を引いたのは、外側へびよんと伸びた長い耳でした。

 「※※?※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※」

にやりと薄紅を引いた口元と黒縁眼鏡の奥の瞳を細めた彼女はそう言った。
いや、発音した。

「……えぇっと……」
(何を言ってるのかさっぱり分からない)

ゆったりと間延びした口調の言葉は、聞いたことがない未知の言語でした。

「カウルさん。彼女は私の知り合いだ」

既視感のあるポカン顔の僕を察し、セイラさんが助け舟を出してくれました。

「そうなのですか!ならやっぱり先ほど言ってた魔女ってあの方の事ですか?」
「そう、彼女はこの森に住む魔女『ラミ』対価のダンジョンの管理者だ」
「私は彼女と契約し、ダンジョンに挑戦する権利や当面の衣食住を提供してもらってる」
「※※※※※※※※※※」

セイラさんから紹介を受けた魔女の……ラミさんは、ニヤっと笑みを浮かべながら僕に向けひらひらと手を振ってた。

「うぅ~ん……」
(挨拶をしてるニュアンスは分かるけど……)
「セイラさん……僕あの方が何を言ってるのか全く聞き取れないです」

僕は直に白状した。

 「え!本当かい?」

僕の発言に何故だ?と困惑するセイラさん。するとラミさんが僕の元へ近寄ってきた。

「※※※※※※※※※※※※※」

そして何か言ったと思ったら、彼女はいきなり手を自身の胸元へずぼっと突っ込んだ。

「うわぁ、何してるの!?」

やっぱり痴女か!?と驚く僕を後目に、彼女はそこからある物を取り出し此方へ差し出した。
それは中央に赤色の輝く石が埋め込まれたペンダントでした。

「※※※※※」
「はぁ、何処に入れてるんだ。カウルさんラミは『受け取って』って言ってる」
「えぇ……は、はい……」

僕は恐る恐るそれを手に取った。

(ほんのり生暖かい)
 「……どうだい、私の言葉が聞き取れる?」
「えぇ!は、はい!分かります!」

驚きました!先ほどまでこの方が発してた異国の言葉がしっかり聞き取れた。

「どうして急に……もしかしてペンダントの力ですか?」
「そうさ。お互いの言語を翻訳する便利な魔道具だろ?」
「魔道具……魔法の力が宿ったアイテムとか……ですか?」
「そそ、理解が速くて助かるよ」
「お近づきの印。貰ってくれ」
「ありがとうございます」
 「あの、ラミさん。改めまして僕カウルって言います。よろしくお願いします」
「ふむ、カウル君……ね」

僕が名乗ると、ラミさんは少し首を傾げ納得したように頷いた。

「それ、君の本当の名じゃないね」
「えぇ!どうして分かったの?僕何故か本名が言えないのです」

唐突に偽名を看破したラミさんに、僕は勢いで質問した。

「ふ、ふ、ふ、それはねぇ~私が魔法使いだからだよ~」

ラミさんはにやぁ~と、いかにも悪役がするようなふざけた笑みを見せると、僕の中で後悔がひょっこり顔を出した。

「ふふ、冗談。そんな顔しなさんさ」
「言いかい、君の本名。『真名』はその存在や物事の本質を表す」
「特に君のような特殊な子は、知られると他者に支配されてしまう危険があるのさ」
「そ、そうなのですか……ならラミさんが僕の名前を確認したのは……」
「ふふ、安心しなさい。そんなつもりま~ったくないよ」

と怪しい魔女さんはにやけ顔でそう言った。

「だからね、信頼してる者以外に言ってはいけないよ」
「ちなみにこれ、魔法の基礎なんだ。ふふ、新たな学びを得たね」
 「そうだったんだ……ラミさん。聞きたい事があります」
「なんだい?」
「僕が真名を言うと変な発音になってしまうのですが何故か知ってますか?」

ラミさんは腕を組み、うんうんと再び頷いて答えました。

「それは君を護る為に制限が掛かってるからだね。ふふ、大事にされてる証拠さ」

それを聞いた僕はご主人の想いに触れた気がしてぽっと顔が暖かくなった。

「ふふ、かわいい顔をして」
 「私も聞いていいか?」

名前に関する疑問が解消された時、セイラさんがすっと前に出て彼女に疑問を投げました。

「どうぞセイラ君」
「何故同じ言語なのにカウルさんは私の言葉を理解出来たんだ?」
「え、ラミさんと同じ!本当ですか!?」

僕はセイラさんの言葉を聞いて心底驚いた。
出会ってから今まで当然のように会話が成り立ち、言語の違いについて気にも留めてなかった。

「それはセイラ君がカウル君の所有者であるという心の繋がり。『リンク』のおかげさ」
「それのお陰で二人の言語が違っても意思疎通が出来だのさ」
(リンク……心を通じて意思疎通。テレパシーのようなものかな)

本来なら胡散臭いと思いますが、これまで経験した超常現象もとい魔法を鑑みれば、そういうものなのかと納得してしまった。

「ちなみにリンクで互いの居場所もなんとなくわかるよ。迷子にならず安心だね」
「しかし大体の子は言語補正のスキルが与えられるはずなんだけど。元の持ち主は他国の言語に疎かったのかね……まぁ良いや」

なんかご主人バカにされた。

 「そうか……最後に質問だがラミ」
「私はダンジョンを攻略した事になるのか?」

セイラさんはずん、と重みのある言葉でラミさんに尋ねました。

「ふふ、それは君がダンジョンで何かを得て戻って来たのならそう言えるね」

対するラミさんは笑みを浮かべ飄々としながら言いった。

「では改めて、お帰りセイラ君。無事で良かったよ」

そしてラミさんはパチパチと拍手を送り、セイラさんの帰還を祝福した。


9 魔女の導き


 「さてと此処にいてもしょうがない。私の住処にいらっしゃいな」

そう言ってクイクイと手招きするラミさんは森の中へ歩き出した。

 「……出会ったばかりで失礼ですけど、あの人は信頼できるのですか?」

彼女を後目に僕はセイラさんにこそっと耳打ちした。

「まぁ、ラミはふざけるところはあるが、契約は守るし、面倒見はいい奴だよ」
「それに……今の私ではラミのような逸れ者しか頼る事が出来なかったし……」

そう呟くセイラさんの顔は哀愁を滲みませた辛そうな表情をしました。

 「何してんのーー早く来なって」

声が遠くからラミさんの掛け声が聞こえると、セイラさんは何時もの凛々しい顔に戻りました。

「ラミの言うとり此処に居てもしょうがない……行こうカウルさん」

そう言ってセイラさんはラミさんの後を追って行きました。

「セイラさんが言うなら……」

僕はセイラさんについて行く為歩幅を合わせた。


 ラミさんの後ろを行く最中、僕の中である疑問が浮かんだ。

「ラミさん聞きたい事があります」
「何だい?」
「僕、ラミさんに対価を渡してないけどこのままついて行って、お世話になっても良いのですか?」
「はは、おかしな事を言うね?」

僕の問にラミさんはくるっと僕達に向き後ろ歩きで、へらへらと笑いながら当然の事のように答えました。

「君はセイラ君の『所有物』だろ?」
「カウル君の世界じゃ主人の代わりに物が対価を支払うのかい?」
「おいラミ!その言いはなんだ!」

森中にセイラさんの怒号が響きました。

「彼女は物なんかじゃない!失礼な事を言うな!」
「おぉ、怖。でも君の事に関してはセイラ君がちゃんと責任を持ってもらうから、気にする事は無いよ」
「ね、セイラ君」

セイラさんの怒気にラミさんは掌を盾にしながらも、余裕の表情を崩しません。

「分かってる!すまないカウルさん余計な心配をさせてしまって」
「そんな……気にしないでください。よろしくお願いします……セイラさん」

ダンジョンでの発言が気がかりでしたが、セイラさんの事を思うとこれ以上話を広げる事は出来ませんでした。

 (それにしてもラミさん……人間の姿の僕を道具だとすぐ見抜くなんて。その洞察力と知識なら知ってるかも)
(ダンジョンに居た時に聞きそびれた、元の世界に戻る方法を……)
「おやおやカウル君。陰気が漂ってくるよ。悩み事でもあるのかい?例えば……」
「私なら元の世界に帰る方法を知ってるかもとか?」

考えこむ僕を前にラミさんはふふっと、口角を少しだけ上げながら言った。

「えぇ!?」
見透かされた様にラミさんは僕が思ってる事を言い当てました。

「ふふ、当たりかい。でもまぁ、そうだろうね」
「なんせ君は他人の身勝手な願いで此処に連れて来られた被害者だからね」
「なぁ、セイラ君」
「…………」

隣を歩くセイラさんが苦虫を噛み潰したような表情になると、僕はいても立ってもいられなくなった。

「僕は……この世界に来てセイラさんに出会えて良かったと思ってます」
「カウルさん……」
「ふふ、そんなに彼女が気に入ったのかい?」
「ならば彼女と一緒にこの世界で生活するって選択もありじゃない?」
「そ、それは……」

ラミさんの返しに僕は思わず言い淀んでしまい、まともに返答する事が出来ませんでした。

「…………」

そして横で聞いてたセイラさんも表情にすっと暗い影が落ちる様子を横目で見てしまった。

「何だいもう少しで着くのに、暗い感じになっちゃたねぇ」
(誰のせいですか!)
 「それじゃ別の話題にしようか」
「なぁ、セイラ君。君は気にならなかったのかい?」
「……いきなり何だ?」
「いやさぁ、カウル君はずっと自身の事を『僕』って呼んでるでしょ」
「でも本人は女の子でしょ。何でかなって思って、セイラ君どう思う?」
(そ、その話題は!?)

はっとしてる僕の横でセイラさんは首をかしげ少しの間考えた後言いました。

「ダンジョンにいた時はそんな些細な事気にする余裕なんて無かった」
「それに自身をどう呼ぶかは本人の自由だし、それもカウルさんの個性だろ」
「なるほどね」
「で、カウル君。真相はどうなんだい?」

答えを求めてきたラミさんに僕は胸をはって真実を答えました。

「それは昔ご主人が『君は僕っ子の方が似合ってる』って言ってたからです!」
「たから僕はずっと『僕』なんです」
 「ぶはは!何だいそれ」

ラミさんはお腹の底からゲラゲラ笑った。

「もうそれ『個性』と言うより『癖』って感じだね」

その言葉に僕の内側でぷっつん!と怒りの火花が弾けた。

「ラミさんこれは僕の大切な思い出なんです!」
「今の笑い方馬鹿にしてますね!」
「僕の事は良いけど、ご主人の事を悪く言うのは止めて下さい!」
「ごめん、ごめん、違うんだよ。でもまぁ……ふふ」
「また笑った!やっぱり馬鹿にしてる!」
「違うって、真名の時もそうだけど、君は元の持ち主に愛されてるなって思っただけさ」
「え!?……」
「だってそうでしょ、乗り物にわざわざ愛称を付けるなんて、前の持ち主は君に相当の愛着を持ってるはずさ」
「ま、まぁ……愛されてるのは本当ですけど……でもラミさん嫌な感じです」
「は、は、は!」
「また笑った!」
「おいよせラミ!」
「おっと、ごめんよカウル君。しかし君は本当に素直で良い子みたいだね」
「そうだ良い事を考えた!」

ラミさんはぽんっと手を叩き閃いたって顔で言いました。

「セイラ君から乗り換えて私の物になってよ。そして君の純真で捻くれたこのお心を癒しておくれ」
「お断りします!」「それは許さん!」
「おやおや二人同時にそれかい。は、は、は、残念だ」

そう言ってラミさんは再びゲラゲラと笑いました。

 「……おっとほら見えたぞ私の根城が!」

ラミさんの示す先。
其処には巨木と一体化してる絶妙な形をしたツリーハウスがありました。

「すごい……空想世界の建物みたいだ」
「そうだろうすごいだろう。さぁ、入って。自分の家だと思ってゆっくりするといい」

ラミさんはそう言って僕達を家へ招き入れました。


10 魔女の家


 戸が開くと薄暗い室内から流れてくる、木と花のほのかな香りが鼻孔をくすぐった。

「今光を入れるよ」

ラミさんがカーテンを開けると、木の壁で覆われた壁と見たことない家具が外光に照らさた。

壁棚には様々な色の液体が入ったビーカーが、理路整然と並び、別の棚には古い書物や、何に使うか分からない道具が置かれてた。
そして部屋の中央には大木をスライス加工したテーブルが置かれ、その周りを座板が細木で編まれた椅子が囲む。

(ご主人の話だと魔女の住処って怖いイメージだったけど、ラミさん部屋はなんだかお洒落だ)
 「お茶を入れてくるから好きにくつろいで」

そう言いラミさんは奥の部屋へ行った。

「僕此処に居ても良いのかな?」
「大丈夫だよ君も今日から同居の友だ」

またも不安そうな顔をしてしまったのか、セイラさんは僕に柔らかな笑顔と言葉を返してくれました。

「セイラ君の言う通りさ、階段を上がれば寝室もある。自由に使って」

ティーポットとカップをお盆に乗せ戻ってきたラミさんは、それらを机に並べカップに注いだ。
すると部屋中に甘い花の蜜の香りがほわっと広がった。

「良い香り……それにお茶に花びらが浮いてる。可愛い」
「森に咲く花で作ったフラワーティーさ」
「精神に作用して心のもやもやが消えてポヤポヤ~って持ち良くなれるよ。ひ、ひ、ひ」

ラミさんの余りにも無邪気な顔に僕はちょっと引いた。

「……これ本当に飲んでも大丈夫なんですか?」
「おいラミ冗談でも不安を煽る言い方はやめろ」
「これは私も飲んでる安心してくれ」
「セイラさんがそう言ってくれるなら」
「おやおや、冗談が通じないね」

僕は出されたフラワーティーをすっと口に運んだ。

(わぁ、美味しい)

花の香りが鼻を抜け、柔らかな甘味が口に広がる。
後に残る口当たりもとても良く、喉を通たお茶はするり体に沁み込んだ。

「あぁ、もう飲んじゃった……」
「気に入ったかね?ほらおかわりもどうだい?」
「はい。頂きます」

再び注がれたフラワーティーを今度はゆっくりと味わいながら飲んだ。

「はぁ……気持ち良い……」
(体の力抜ける……はぁ、やっぱり気を張ってたのかな)

二人が何やら話してる様子がぼやけ、現実と空想を混ぜる様に首がこっくりこっくりと揺れる。

(僕が居なくなってご主人どうしるだろう?……寂しいって思ってるかな?……)
(僕は……寂ご主人と会えなくて……寂しいよ)
(あぁ、だめだ……周りが潤んで見えない……)
 「……カウルさん大丈夫かい?」

セイラさんの声が聞こえたと思い、重たいくなった瞼をうっすらと開いた。
其処には心配そうな表情で此方を覗き込むセイラさんの顔があった。

「……あ、はい、えっとごめんなさい……話を聞いてなくて」

熱く充血した眼をこしこし拭きながら、僕は二人に答えました。

「いや、良いんだ……カウルさんにはいろいろ負担をかけてしまったから」
「そうだね。今日はもう休んだほうが良い」

そう言いながら、片付けを始めるラミさん。

「元の世界に戻る方法については別の日にするかね」

しかしぽろっとこぼしたその言葉に、僕の意識が一気に覚醒し、体がバン!と前へ跳ね起きた。

「聞きたい!聞かせて下さい!!」
「あらあら随分元気……いや健気じゃないか。そんなに知りたいなら今から話そうか」

ラミさんはティーポットを持って奥へ行くと、中身を入れ直して再び机に置きました。

 そして僕が一番知りたがってる事を話してくれた。

「元の世界に帰る方法だけどね」
「結論を言うと君をこの世界に呼んだセイラ君の願いが叶えれば帰れるよ」
「何故ならそれがこの世界に呼ばれた理由がだからね」
「それってセイラさんが言ってた……王女様を救う事ですか?」
「うむ。モデラ王国第三王女『リフル』」
「彼女の魂は自身の奥深くに封印され、今は別人に乗っ取られてる」
「君に例えるなら知らない人間に、好き勝手乗り回されてるって所かな」
「そんな!酷すぎる」

ラミさんの言葉を想像するだけで頭に血が上り、怒りでぐつぐつと煮えたぎる。

(絶対に許せない……でもどうすれば王女リフル様を救えるの?)
(そもそも原付の僕に一体何が出来るの?)

うぅ~ん……頭から湯気が出そうな勢いで考えるが、良さそうなアイディアは出てこない。

 「ラミさんもっと情報が欲しいです」
「リフル様や体を乗っ取ってる悪者の事を教えて下さい」
「ふふ、良い心がけだ。ではまず王女は……」
「待てラミ」

ラミさんの言葉をセイラさんはびっと遮りました。

「リフル様の事は私が話す」

セイラさんは痛い程ぐっと拳を握り締めてました。

「そうかい……ならよろしく」

どうぞと手を振りラミさんは会話のバトンをセイラさんに渡した。


11 セイラの聖王女


 私はリフル様について語る中、遠い過去の日々が奥から沸き上がってた。

 王族警護が主な任務の護衛騎士。
その家系に生まれた当時九歳の私は、国王専属の護衛騎士を務める父と共に王室の謁見の間に呼ばれた。
それは将来護衛騎士として仕える私と未来の主君である王女との顔合わせの為であった。
その場に居るモデラ王国の王女達。
第一王女サハキ様。
第二王女カスイ様。
そして眩しい純白のドレスを優雅に靡かせる当時七歳の第三王女リフル様と私は初めてお会いした。
リフル様は艶のある柔らかな赤髪をなびかせ、緑の宝石を思わせる瞳で此方を見つめていた。
するとリフル様はすっと席を立ち駆けだした。
たったったと年相応の無邪気な音を奏で私と同じ目線へ下り、暖かな日の光を感じさせる笑顔で言った。

「私の力は救われるべき者に手を差し伸べる為にあるのです」
「どうか貴方も心を共に」

王女の差し伸べられた手を取り、私は己の使命がこの瞬間定められたと感じた。

 その後リフル様の願いでお傍に置いて下さる機会を得た私は、彼女の行く末を近くで見続けた。
リフル様は魔法の中でも特に回復系魔法に長け神童と呼ばれた。
更にリフル様は己の才能にかまけず、厳しい修行の末十二歳の若さで『聖回復魔法』を修め聖女の称号を得た。

 私は彼女をこの世界から決して失ってはならないと、必死に武技や魔法の研鑽に励んた。
そして十四歳の私は最年少で正式なリフル様直属の護衛騎士となり彼女から誓いの聖剣を賜った。

 「セイラ。貴方の折れる事の無い鋼の心で、私だけでなく多くの者をお守り下さい」

私達は主従の関係ならが時に姉妹の様に寄り添い、信頼し支え合いながら、困難へ立ち向かう強い絆で結ばれた。

 四年後、十六歳になられたリフル様は王族の儀礼『王族奉仕』を行った。
王族奉仕は王族が民の為に行う奉仕業務である。
それによってより多くの民に貢献し信望を得た者は、次期国王選出に大きな影響を与える大事な儀礼であった。

 リフル様は自身の力を生かし、貧者救済組織『リフルスミカ』を組織した。
彼女は『歩みの聖王女』として国の医療機関と連携し、内外問わず医療を受けられない貧者達の救済活動を行った。
そのおかげで国内における貧困による病死、死傷率は大きく減少し、また外交にも大きな影響を与えた。
無論私もリフル様と同行し、彼女だけでなく組織の信者や訪れる患者を悪鬼から守り続け、それから三年の月日が流れた。


 「リフル様……高潔で素敵な方なんですね」
「でも、まぁ……聖女のやる事は大体似たり寄ったりだけどね」
「……だがある日。私達の活動拠点である聖殿に……奴が現れた」


 聖殿の入口広間に立つ奴を見た者は皆驚き恐れ嫌悪した。
何故ならぼろ布から見える奴の肌は緑かかった焦げ茶色に変色し、今にも朽ち果てそうな体からは明確な死を連想させる腐臭を漂わせていたからだ。
周りの者達は奴のおどろおどろしい姿に近づく事すら躊躇させた。
だかリフル様は迷わず走り出し、ゆらりと枯れ木が折れたように倒れる奴を小さな体で抱きかかえた。

「よくここまで……貴方を見つける事が出来なくて……ごめんなさい」

 リフル様は涙を流しながら直ぐに治療室へ連れて行き、回復魔法による治療を行った。
しかし奴が患った病は深刻を極めていた。
リフル様は付きっ切りで看病したが病の進行を抑える事しか出来なかった。
このような事例は初めてだった。
時間だけが過ぎ、傍から見てもリフル様の苦悩が見て取れた。
それでもあの方は諦める事なく、奴の為に研究まで行い付きっ切りになった。


 「だが奴は満身創痍のリフル様や、あの体ではまともに身動き一つとれないだろうと思い込んでいた私の隙をついた」
「……あの時の慢心、後悔……悲鳴は今でも私の心身に残り続けてる……」


 「きゃあああぁぁぁ!!!」
「リフル様!?」

リフル様の悲鳴が建物中に響き、私はすくに彼女の元へ行った。

「……遅かったな愚か者達よ」

聖殿の最奥。リフル様が信者の心を癒す為に説く礼拝堂に着いた時には……手遅れだっだ。
どのような手段を使ったか、奴はリフル様の肉体を乗っ取り完全に支配してた。

「さぁ私の屍よ、これが最後の命令だ!楔を解き存分に肉を食らえ!」

更に奴は禁止魔法である『死霊魔法』を使い、潜ませてたアンデットを聖殿へけしかけた。
リフル様の治療を待つ者がアンデッドに殺され、その者がアンデッド化し他者を襲う。
聖殿の内外は正に地獄の光景だった。
私を含む騎士達や兵士は人々を。
私は皆を救う為闘い続けた。
長丁場の末、私は視界に入る全てのアンデッドを殲滅した。
しかしその闘いで生き残ったのは、私唯一人だけだった。

 その間に奴はリフル様の肉体を使い、王族と事前に選定された者しか入る事を許されない特殊な結界魔法を発動させた。
それによって殆ど者は容易に聖殿内に立ち入る事が出来なくなった。
増援を見込めない中、私は一人奴と対峙した。

 「どうするセイラ。いまだ納める気の無いその聖剣で我を貫くつもりか?」
「くぅ……」

私の意思がそうさせるのか邪気を纏うリフル様を前に、聖剣がまるで地面と鎖で繋がれたように全く動かなかった。

「頑固な奴よ……ならこれならどうだ?」

奴は短剣を抜くと、自身の体でもあるリフル様の首に突き立てようとした。

「や、やめろ!それだけはやめてくれ!」
「そんなに大事かこの娘が?」
「貴様!」
「ふむ聞こえるぞ。この体の主の叫び……いや懇願が」
「リフル様!」
「……ふん、愚者よこの体の主に免じて、聖剣を納めこの場から消えれば短剣を納めてやろう」
「それとも一部の望みにかけて我と交えるか?」
「さぁ、どうする愚かな愚かな護衛騎士よ?」
「リフル様……私は……」

リフル様を救う術を見出す事が出来ず、私は苦渋の逃走を余儀なくされた。

 国に帰還しあらましを報告した私は、リフル様や信者を救出来なかった罪を問われた。
世論は責務を果たせなかった私に対し、罪も止む無しという情勢であった。
しかし普段から親密なつながりのあった第二王女カスイ様や、高位の有識者の温情を受け最悪の事態は免れた。

 肌に張り付く湿気と異臭の漂う地下の一室で私はカスイ王女の側近から王族特令を受領した。

「賜った聖剣に誓い第三王女リフルを救出せよ」

単独でのリフル様救出の続行命令。
それは同時に国外追放の処分であった。


 「私はリフル様を救う方法を求め各地を放浪した」
「そして対価を払い試練を完遂すれば、願いを叶えるダンジョンの管理者」
「魔女ラミの下へ辿りついた」
「そして最奥の祭壇で聖剣を捧げ願いを伝えた」
「その後は……カウルさんも知っての通りだ」

私はやり場の無い悔しさと悲しみを必死に抑えながら話終えた。

 日が落ち辺りが薄暗く中、彼女達を襲った余りに壮絶な悲劇を聞いた僕は絶句した。

(セイラさんは王女様を救えなかった自身の無力と後悔にずっと苛まれてる)
(もしも僕がセイラさんの立場だったら……うぅ、くぅ!……)

考えるだけで心身に過積載を優に超える重圧が伸し掛かかる。

(こんな思い……二度として欲しくない)

僕は話を終えたセイラさんの元へ駆け寄った。

 窓からの夕影に照らされた彼女の表情はぐったりと沈み、頬に無念さを物語る涙の後がくっきり残ってました。

「僕が何故選ばれたのか分からないけど……頑張る」

僕は彼女の手を包むと、優しくそして願うように握った。

「カウルさん……暖かいな」

セイラさんも僕に応えるように、きゅっと握り返してくれました。

「対価のダンジョンに間違いなんて無いよ」

ラミさんは僕達の前で自信たっぷりに言った。

「答えを出せないのはまだ自身の役割を自覚してないだけさ。なるようにして今があるのだから」
(そう言われても……)

ラミさんは僕の頭をなでながら、他人事の様にひょうひょうとしてる。

 「さてとりあえず話も終わったし、良い時間だ」
「二人共今日は色々あってさすがに疲れたろ?今夜は我が城でゆっくりと休むと良い」
「そうだな……カウルさん長丁場の話に付き合ってくれて……ありがとう」

ラミさんの提案にセイラさんはゆっくりと頷きました。

「いえ、そんな……僕お二人の事を知る事が出来て嬉しいです」
「ふふ、では今から皆で食卓を囲もうじゃないか!」

そう言ってラミさんは軽い足取りで、台所へ向かった。


12 魔女の晩餐


 ほどなくしてラミさんは、サラダが盛られたプレートと鍋を乗せた台車を押しながら戻ってきた。

「ふふ、実を言うと夕食は既に用意しておいたのさ」
「ラミさん僕も手伝います」
「ありがとうカウル君。それじゃテーブルにプレートとスプーン、フォークを並べてくれ」

僕は台からプレートを取ると、てきぱきと皆の席に並べた。

「そ、し、て、今宵のメインディッシュ」
「魔女特製、ジビエと森の野菜の煮込みスープだよ」

ラミさんが蓋を開くと、ふわぁーと湯気と共に香りが部屋に広がった。
辛味の胡椒とハーブの清涼感が混ざった香りは、嗅ぐだけで、早く、早く食べたい!とお腹をぐぅ~と鳴らした。
お皿に盛られたスープは、火の通った野菜や大きな肉がゴロゴロ転がり、見てるだけで口からダラリと涎が垂れそうになる。

「さぁ二人共。存分に召し上がれ」
 「頂きます!」

僕はホクホク顔で、湯気の立つ肉と野菜をフーフーしながら、ぱくっと口に入れた。

(んー!肉も野菜もスープのうま味エキスをしっかりと吸ってる)
(噛む度にじゅわ~と美味しい!が口一杯に広がる)
「はふ、はふ、あぁ……これ、すごく、すごいです!体に染み渡る!」

モグモグ、ムシャムシャ、ハムハム。
合わせのパンとサラダと一緒に、僕は夢中で食べた。

「ふふ、よいよい。いっぱいお食べ」

美味しい、幸せ!僕間違ってた。ラミさんの事変に疑ってごめんなさい。
僕はニコニコ顔のラミさんにがっちり胃袋を掴まれてた。
 
「ラミさん本当にお料理が上手なんですね」
「まぁね、料理って突き詰めると薬品の調合と同じようなものだからね」
「だが……ふふ、ほんと良いよカウル君、もっと、もっと褒めたたえても!」

えっへん!と腰に手やるラミさんをよそに、僕の手はスープのお替りを要求してた。

(はぁ、気持ち良い。体の芯から温まる……それと、何だろう、人肌恋しさを埋めてくれるこの思いは?)
「これって……母の愛?」
「……」

一瞬ラミさんの表情が固まったような気がした。

「ラミさん?……」

直後、彼女はニヤリと口を歪ませ笑った。

「は、は、は!カウル君は何時から甘えん坊になったのかい?」
「え、ち、違います!でも料理は作り手の心が籠るってご主人が前に言ってたから……」
「ふふ、まぁ料理も、他者を惑わす魔女の嗜みってね」

やっぱりラミさんは何処か上機嫌だ。

「聖王女の救出にはまず体力、気力を回復させなきゃね」
「さぁ、もっと、もっと食べて元気になれぇ~」

その後も僕は和気藹々と異世界の夕食を堪能した。


13 お風呂の時間


 「ふぅ……」

食事を終えた僕は満腹感に蕩け、だらりと椅子に沈んでた。

「お腹も膨れてリラックス出来たかい?」
「はい。気持ちがほっこりして、楽になりました」
「ふふ、それは良かった。じゃ次は……」
 「人間が生み出した偉大な発明!この世の天国というものを体験してもらおうか!」

食器を片付けたラミさんは、くるんと居間へ舞い戻ると、興奮ぎみにまくし立てた。

「へぇ、天国ですか……それなら既に体験済み……ってうぁ、ちょっと!?」

ラミさんはひょいっと僕を立たせると、ニコニコしながら手を引っ張った。

「何処へ連れてくつもりですか?」
「さっき言ったでしょ。人の体を得た君にぜひ体験してほしい。いや絶対にすべきだ!さぁ此方だよ!」

ラミさんに言われるまま、僕は上へと続く階段を上って行った。
 寝室の更に上の階。其処は棚と籠が置かれた部屋でした。

「着いたよ脱衣所だ」
「え!だ、脱衣所!?ってまさか!?」

その名前を聞いた途端、僕の警戒心がびくっと震えた。
何故ならこの先に待ち構えてるであろうものを、昔ご主人から聞いた事があったからです。

 「ほらカウル君見てごらん!我が城の最大の自慢を!」
にっこりと笑みを浮かべるラミさんは奥の引き戸をがらりと開け放った。
するとムワァ~と、奥から濃い湿気を伴った湯気が此方へ流れ込んできた。

「どうだいカウル君!コネで貰ってる極上湧水の湯に、特性入浴剤を混ぜたこの露天風呂を!」
「露天……風呂……」

闇夜の天井の下、大人三人が入れるであろう広さの風呂窯が、ババーン!と溢れ出る湯気を垂れ流しながら待ち構えた。

 「な、なぁ……」
「ふふ、驚きで声も――」
「なんて所に連れてくるのですか!!」
「えぇ!?」

僕は悲鳴混じりの声でラミさんに抗議した。あわわわ……脳裏に刻まれてる恐怖が、今まさに目の前に実体化してる……。

「何を考えてるのですか!機械の僕にとって湿気はトラブルの大敵です!」
「それがお風呂に入る……いや」
「水没なんてありえない!」

温泉について僕はご主人から何度も聞かされてました。
ご主人曰く其処は『極楽』の一言に尽きるとの事でした。
ですが話の内容を聞いてた僕にとって其処は想像を絶する『地獄』の一言につきます。
バイクの僕にとって全身をお湯につけるなんて自殺に等しい行為です。
僕は雨の日だって難なく走れます。
しかし体は完全防水というわけではありません。
空気を取り込む為の給気口や、排気ガスを出す為の排気口。
体内に水が入る隙間はいくらでもあります。
侵入する水分と酸素によって引き起こす錆。それを起点に起こる数々のトラブル。
配管、電子部品、オイルタンクにガソリンタンクそしてエンジン内に水が入るなんて……考えただけでぞっとします。

 「原付の僕にお風呂は無理です!」
「いや今の君は人間の体でしょ!大丈夫だって」
「人間の体でも無理なものは無理です!」
「えぇ……せっかく喜んでもらえると思ったのに……」
「でもカウル君。汚れたままだけど良いの?」
「大丈夫です!ご主人は洗車と一緒にワックスもしっかり掛けてくれてます」
「水を当てながら柔らかい布で汚れを落とした後、拭き上げるだけでピカピカです」
「それはバイクの場合でしょ」
「今は体の人間。だから平気だってほらほら」

聞く耳持たぬラミさんは腕をぐいぐいと引っ張ってきた。

「いやです、やめぇ!いやだぁ、水没怖いぃ!」
「子供みたい駄々をこねて……以外と面倒な所があるね君は……あ、そ~だ!」

何を思いついたのか、ラミさんはささっと僕の後ろに回りこむと、ぎゅっと抱きしめた。

 「カ、ウ、ル君~なら、足湯はどうだい?」
(ひぐぅ!くすぐった!?)

せ、背筋が、ぞわっとした。
生温かい息と粘度の高い囁きを、どろり~と耳の穴を通して脳裏に注がれてるような気がした。

「君だって水たまり程度の深さなら問題ないでしょ?」
(湯気で蒸し暑い、は、離して欲しい……はずなのに……)
「か……体の一部を不用意に……お、お湯に入れるなんて……嫌です」
「大丈夫、大丈夫。ホイールのスポーク手前、いやタイヤの先っぽからでいいからさ」

ラミさんはむき出しの太ももをつ~っと、指先と平手で流すように撫でながら、耳元でしっとりと言葉を紡ぎ続ける。

(あ、足が、頭が、胸が、変な、感じがする……)
「でもぉ……」
「せっかくの体なんだから色々とチャレンジしてみないと」
「ほら君の柔軟なサスペンションで『お風呂』、感じてみよ」
「いだ、あぁ、せ、いらさん……」
「おいラミ……何をしてる?」

後から来たセイラさんは僕達の様子を見るや、額に青筋を立て、背中から気が立ち上ってました。

「あ、セイラ君……」
「セイラさん!」

僕は緩んだ拘束を払い、さっとセイラさんの元へ駆け寄ると事情を話ました。

 「そうか……お風呂が苦手か」
「人それぞれだ。強制は良くないぞ」
「でも気持ち良いのに……我が家の自慢なのぃ……」

セイラさんに嗜められ、しょんぼりしてるラミさん。
本当にこれが自慢だったのかと思うと……何だか不憫です。

「……分かりました。足湯なら頑張れるかもしれません……」
「ほんと!?ほんとうカウル君!」
「大丈夫なのかい?」
「ほんのちょっとだけなら……」
「やったぁ!さっすがカウル君!」

ラミさんの表情は一転してぱっと花開き、此方へぐいぐいと詰め寄って来た。

「そうと決まればさっそく入ろう!ほら脱いで脱いで」
ラミさんにせかされ僕は一旦脱衣所に戻りました。

 「服は洗濯籠に入れといて」
「それとカウル君は体を洗ったらバスローブ着替えてね」

僕にバスローブを渡したラミさんは、自身の着替えが置いてある棚の所へ戻り服を脱ぎ始めました。

(なんだか緊張する。ご主人以外に中身を見られるなんて製造されたの時以来だ……)

僕はキョロキョロと視線を泳がせ、身をちじこませコソコソと服を脱いだ。

「…………」

一糸まとわぬ僕の視界には、足の先までしっかりと見下ろせる平坦な、それはそれはおしとやかで大人しい世界が広がってた。

「……はぁ」

分かってた。それでも出てしまうため息。
 そこへポンと僕の肩に手が置かれた。

「ふふ、気にしない気にしない。まだまだ成長の余地ありだよ」

そう告げるラミさんの裸体は、程よく肉のついた熟れた大人の色香を漂わせてた。
そして一般人のそれとは比較にならない程、たわわに実った胸が動く度にボヨン、ボヨンと揺れてた。

「…………」

ぐぎぎと顔が引きつるのが分かった。嫌だけと分かってしまった。

「おんやぁ~どうしたんだいカウル君?そんなにじっと私の体を見て……」
「い、いえ、あの、ごめんなさい。なんでもないです」

心の奥から顔を出した女の部分が、バサバサと白旗を振ってる。
僕はその事実から目を晒すように、いそいそと視線を別の方向に向けました。

 「あ……」

視線の先には衣類を脱いだセイラさんの裸体がありました。
彼女の体を一言で表すなら曲線美。
首から肩、胸、腰、お尻、太ももから伸びる足。
それらのバランスが絶妙な形でしなやかなに繋がった無駄のない肉体は、まるで展示されてる芸術品のようでした。

「くう、うぅ……胸が……痛いです……」
「どうしたカウルさん大丈夫?」
「平気ですぅ……」
「いや入る前から顔真っ赤だよ!?」
「……僕は平気だもん……」

僕の反応に怪訝な顔を浮かべるセイラさん。
そして敗北感と羞恥心が頂点に達した心情を察してるラミさんは、は、は、は、と隣で笑ってた。

「もう~本当に可愛いね君は」
「さて皆真っ裸になった事だし、極楽をしっかりと堪能しようではないか」

ラミさんに肩をがっしり掴まれながら、僕は再び露天風呂へ足を踏み入れた。

 「まず此処で体を綺麗にしてね。洗剤は右からシャンプー、リンス、洗顔料、ボディーソープだからね」

皆でお風呂の脇にある洗い場に腰を掛けると、左右の二人は慣れた手つきで体を洗い始めた。

「えっと……桶にお湯を入れて体に流して……洗剤は……あれ?上手く泡立たない」

僕もきょろきょろと二人をまねながら体を洗ってみた。
しかし自身の体を洗う事に慣れてない僕はどうしても動作が遅くなってう。

 「手こずってるのかいカウル君?」
「えっと……自分で体を洗った事がないから……ちょっと……」
「ふふ、金持ちのボンボンみたいな事を言って、どれ私が手伝ってあげよう」
「いえ自分でやりますから」
「そう遠慮しないでさ、ほら目と口を閉じて耳を塞いで……良いかい?」
「は、はい」
「それじゃ流すよ」

そう言ってラミさんは桶に入れたお湯を、頭の上からゆっくりと流してくれた。
次にシャンプーを出すと、手の中でモコモコと泡立てる。
それを髪にふわっと乗せ、クシュクシュと頭皮をマッサージしながら洗ってくれた。

「ふわぁ……頭が気持ち良いです」
「ふふ、かゆい所はありませんかお客様?」

一通り髪を洗った後最後にザバァっと洗剤を流す。
更に髪の毛を撫でるように優しくリンスを馴染ませる。

「少し時間を置いて髪に浸透させてから流して……髪の毛はおしまい」
「ありがとうございますラミさん」
 「まだまだ次は体の方だよ!」

そう言ってラミさんは目をぎらつかせながら、泡立ったボディタオルで僕の体を洗い始めた。

「やだ、くすぐったいです、体は僕がやりますから……」
「だめ、だめ。ほらこっちは洗いにくいでしょ?じっとして」

背中等の手の届きにくい箇所もラミさんはしっかりと洗ってくれた。……でも。

「も、もう平気ですから……」

妙に艶めかしい手つきに違和感を覚え、流石に止めて欲しかった僕は逃げるように体をよじった。

「ほら逃げないで。ふ、ふ、ふ、メインディッシュがまだ残ってるから」
「え?あぁ!……だでめですぅ……そこは自分で洗うから」

嫌がってもラミさんの手は止まりません。

「恥ずかしがって普段からご主人に隅々まで洗ってもらってるだろ?」
「観念して洗われなさい」
「ひぃ!……」

入念に文字道理隅々まで這いよる手が、僕の触れられざる『場所』へ一歩、一歩と迫る。

(あぁ、やだそこに触れて良いのは大事な人だけなのに……でも、何この気持ちは?……だめ口にできない)

僕の思いとは裏腹に体はピクンと否応し、そのたびに内なる不可侵領域の壁が崩れるようだった。

「やぁ!……もう、いやぁ、お願い、やめ、てぇ……くだ、さい」
「ぐふふ、良い声で啼くじゃないかカウル君」「ほらほらその先を行けば君も立派な――」
「いぁ、助けて……セイラさん」
 「おいラミ」
「ひぃ!」

その声に答えいつの間にかラミさんの背後をとってたセイラさん。

「あ、セイラ……君」

セイラの全身から湯気とは違う、今度は明確な怒りのオーラが沸き上がってました。

「またカウルさんを困らせて……」
「やりすぎだ!このエロ魔女!!」
「きゃぁ!やぁ、だめセイラ君あぁやめ!ああぁぁ!」

セイラさんはラミさんをがっしりと掴み天へ掲げると、そのまま風呂へ放り投げた。

「ぎああゃぁぁ!!あぶぅ!!」

ザバァン!と悲鳴と共にラミさんは豪快に着水すると、まるで間欠泉のように勢い良くお湯が吹き上がった。

「ふん、少しは反省しろ」
 「ありがとうセイ、ラさ……はくしょん!うぅ……」
「体が冷えちゃったか。そこに座って待ってて」

そう言ってセイラさんは桶でお湯をすくって来ると冷えた僕の体を温める為、肩からお湯をかけてくれました。

「温かいです……ありがとうございますセイラさん」
「気にしなしでくれ私も……くしゅん!」
「私も早く入るか。待ってるよカウルさん」

その後何度か体にお湯を流し体を温めた僕は、一度脱衣所に戻った。

 そして体を拭きバスローブを羽織ると、再びお風呂場へ戻ってきた。

「おぉ、来たね。こっちは準備できてるよ。さぁ入った入った」

大きな胸を水面に浮かしながらゆったりしてるラミさんと、監視の目を光らせるセイラさんが湯舟に浸かってました。

「……お邪魔します」

僕は風呂窯に腰掛けると足の先端を湯舟に入れました。
風呂の底に台が沈めてあった為、其処に足を置く事で必要以上にお湯に浸かる事はありませんでした。

「あぁ……温かい」

足から熱が上ってるくる心地よさを強く感じとれます。

「ふふ、どうだい?風呂は良いだろカウル君」
「はい。何だか心がほっこりして落ち着きます」
「今度は全身で浸かれると良いね」
「それは……まだ怖いです」
「そうかい。まぁ、頑張り次第でその内入れるようになるさ」
「それとほらカウル君。上を見たまえ」

僕はラミさんに言われるまま顔を上げた。

「うぁ……すごい……」

見上げた夜空のキャンパスには森に浮かぶ星々の海が広がってた。

「良いだろ……これが露天風呂の醍醐味さ」
「はい……とても綺麗です」

数えきれない程の星が燦然と輝き、その美しい景色に僕は思わず息を飲んだ。

(あぁ……ご主人もこんな素敵な思いをしてたのかな?)
(出来るならご主人と一緒に……)
「…………」

僕達は揺蕩う癒しの時を思い思いに堪能した。


14 おやすみの時間


 お風呂の後パジャマに着替えた僕達は、二階の寝室へ来た。

「これじゃ……僕達寝れないよ」

しかし室内には大人用のシングルベットが一つしかありませんでした。

「仕方ないだろ。宿って訳じゃないんだら」
「でもまぁ、カウル君小さいから二人でもなんとか寝れると思うよ」

困惑する僕達にラミさんはニヤけ顔で言った。

「待てラミ、流石に今日会った者とベットを共にするのは心苦しいだろ」
「此処はカウルさんが使ってくれ」
「そんな、僕は床で寝ますからセイラさんがベットを使って下さい」
「遠慮しなくても良い。いきなりこの世界に来てまだ初日。私よりずっと心身の疲労が溜まってるはずだ」
「だから貴方が使うべきだ」
「でもセイラさんだって……」
「ちょっと二人共、何互いに謙遜してるの?二人で寝れば良いじゃん」
「それじゃ心身が休まらないって言ってるだろ」
「だめですよ。セイラさんこそしっかり休まなきゃ」
「あぁんもう!二人共変に強情なんだから!」
「私は下の居間で寝かせてもらう」

呆れてるラミさんの横をセイラさんはさっとり抜け、下に降りる強硬手段に出ました。

 「おっとストップ。居間は駄目だよセイラ君」

それをラミさんは手を広げ静止した。

「止めるなラミ。なら何処で寝れば良いんだ?」
「君は私が使ってる下の寝室を使って」
「私はこの後深夜まで掛かりそうな仕事があるからそのままソファーで寝るよ」
「え!まだお仕事があったのですか?それなのに僕達のお世話までしてくれて……」

声を上げた僕に対し、セイラさんの横からひょいっとへらへら顔が飛び出した。

「良いんだよ。私も君達と素敵な時間が取れてハッピーさ」
「だからねセイラ君。今日は私のベットは空いてるよ」
「それで良いのかラミ?」
「勿論」

少し悩む素振りを見せたセイラさんは、己を納得させるようにこくりと頷きました。

「分かった。言葉に甘えさせてもらう」

 そしてセイラさんは改めて僕の方へ体を向けました。

「カウルさん……今更だが事に巻き込んでしまい……本当に申し訳ない」

そう言いながらセイラさんは深く頭を下げました。

「セ、セイラさん!それはもう止めて下さい」
「そうだよ。流石に引きずりすぎだよ君は」
「しかし……」
「良いかい。何度も言うけど今起こってる出来事は必然なんだよ」
「だからセイラ君は自身の願いを叶える為に全力を尽くせば良い」
「それがカウル君の願いにもつながる」
「ラミさんの言う通りです。セイラさん一緒に王女様を救いましょう」
「カウルさん……ありがとう」

顔を上げたセイラさんは柔らかな笑顔を見せてくれました。

 「カウルさん、ラミ。おやすみ」
「おやすみなさいセイラさん」
「おやすみセイラ君」
セイラさんは寝室がある地下へ降りて行き、僕はベットに敷かれた布団へ入りました

(今日はいきなり異世界に来てセイラさん達に出会って……色々な事を経験して……本当に……ふぁ……疲れた……)

一日を振り替えようにも、太陽の日差しをいっぱい溜め込んだポカポカ布団に僕の意識が吸い込まれる。

「ちゃんと寝れそうかい?」

ベットの横に置いてある椅子に座り、僕の顔を覗き込むラミさん。
彼女の長い髪から甘えたくなるようなシャンプーの良い香りが流れてくる。

「ふあぁい……とっても……きも、ちぃ……で、す」
「それは良かった。眠れないなら子守唄でも歌って上げようと思ったけど、その必要はないか」
「はい……おき、ずかい……あり、がとう……」
「……すぅ……すぅ……」

強い眠気が押し寄せ、気づく間も無く僕の意識は夢へ誘われた。


 「ふふ、寝顔も可愛いね君は」
「お休み……私達の希望」
カウル君の優しい寝顔にそっと触れ、私は用事を済ます為静かな足取りで部屋を出た。


15 品定め


 星々が燦然と輝く神秘の夜。
時折遠くから木々が囁く寝静まったの森。
其処にキシ、キシとツリーハウスの階段をゆっくり上る足音が響いた。
そして足音が玄関の前で鳴り止むと、硬く閉ざされてるはずの扉がぎぃ……と静かに開いた。

 「待ってたよ。さぁ中に入って」

家の主である魔女は深夜の訪問者を笑顔で迎え入れた。

「抜かりはないな」

本来は暖かな優しさに満ちていただろう者の声は、尊大で聞く者の心を凍らせる冷気を纏ってた。

「えぇ、あの子は今頃夢の中さ」
「でも今夜は軽い顔合わせ……」
「いや、品定めって所だから大事にはしないでおくれよ」

 二人は二階に上がり、魔女は客室の扉を静かに開いた。
中には愛する者との再会を夢見る少女が、すやすやと寝息を立ててた。

「これがそうなのか?」
「そう、真面目で優しい良い子だよ」
「だから……余計に心苦しいよ」
「そんな事等どうでも良い。全てはこれの能力次第だ」
「そっちの判断はこれから確認するよ。だから今は大人しく待っててね」
「『リディア』君」

 魔女から名を呼ばれた者の姿が、窓から差し込む星明かりによって浮かび上がる。
それは邪悪な魂に体を奪われた哀れな聖王女の姿であった。


第二章 完


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