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Act 1 大事な恋の壊し方(本編)
26※
しおりを挟む気力を振り絞って口を開こうとしたとき、異変が起きた。
オレの下半身に深く埋め込まれたままの物体が――突如、命を吹き込まれた生き物のように力強く振動をはじめたのだ。
「~~~~……ッ!」
咄嗟に顔を伏せて口を覆った。
辛うじて悲鳴を噛み殺す。腹の深部で蠢く低い機械音が彼女たちの耳に届かないようにと、切に願った。
膝から崩れ落ちそうになった身体は伸びてきた逞しい腕に支えられ、床との衝突は免れる。
だが尋常じゃない快感が体内で渦を巻いた。地獄が目の前にあった。堕ちてしまったらどうなるか。――考えることすらおぞましい。
涙でぼやけていく床を睨み付けて苦悶し、押し当てた掌の下で必死に悲鳴を押し殺して。傍にいる男に寄り掛かったまま、身を固くして攻防を繰り返した。
だけど身体の奥が否応なしに蕩けてゆく。……場違いな快感が膨らんでいくのを止められなくて。
……ついに、オレの理性は白旗を上げた。
歯を食いしばったまま、どうにか無言を守ったまま、強張った身体の隅々までを再び強烈な快感が突き抜けていって。
――こんな場所で、なんてことを。
智実の目の前で仕出かした失態は、我に返るや否や、オレの中の何かを悉く砕いてしまった。
「りっちゃん……?」
オレに向けられた天使の声が戸惑いに揺れていた。ざわざわと囁きあう人の気配が耳に戻ってくる。
肩で息をしながら床に崩れ落ちた。
ゆるゆると力なく首だけを振るオレに、それでも智実が寄り添ってくれようとしたのがわかって。
しかし、それを阻むように男の腕がオレの上体に巻き付いた。
瀬川さんに抱き抱えられるオレの姿に、智実も千華ちゃんも言葉を失くしたようだった。……当然だ。だって見せつけるかのようなこの距離感。
不審感と心配の入り雑じった清らかな眸が、困惑気味にオレたちを映していた。
――あぁごめん、智実。どうかすべてには気付かないで。許してほしい。
オレをどうか、ちゃんとした男のまま過去にして欲しい。
傷つけてごめん、巻き込んでごめん、今でもずっと愛してるのに。
失意の底で祈りながら目を伏せたオレの耳元で、美貌の悪魔が低く囁く。「何回イッたのか、あとで教えてよ」だなんて、この男は本当に人の心がない屑野郎だ。
思わず眉根を寄せたオレの眉間を、形の良い唇が軽く掠めていく。
目の前の二人が息を呑む気配があった。
――こんな残酷な恋の終わりを誰が想像しただろう?
「わかっただろう? 今後も俺たちの隠れ蓑でいたいなら、構わないけど」
「そんな馬鹿なこと……! りっちゃん、あなたの口で説明して。否定してよ! 私との時間は何だったの……!?」
「残念、律は俺を選んだんだよ」
乱れたオレの髪に男が頬ずりをするような感触があった。狼狽える智実を嘲笑い、あからさまな優越感を隠そうともしない瀬川さんの弾む声が周囲に響く。
ああ、恋が壊れていく。本当になんて悪夢なんだろう。
オレが智実以外を選ぶわけがない。智実はオレにとって女神そのもので、理想の彼女で、その想いはずっと変わらない。
なのに捻じ曲げられて、踏み潰されて。ぐちゃぐちゃの頭と心でオレのほうが泣きたかった。
――だけどもう、身体はくたくたで。残酷すぎる甘い刺激に深く蝕まれた情けない身体で、もう、こんな修羅場を耐え続ける余力もなかったのだ。
腹の奥で蠢く物体はまだ小さく息をしていて、オレの発言次第では再び噛み付こうと窺う気配があった。
……きっと意地を貫いたところで、待っているのは地獄だけ。
コートの下に隠れてはいるものの、下着を濡らしたはずのものだってそのうち染み出してくるはずで。
そんな酷い有様でどうして智実の隣に立てるだろうか。
弁明する余裕なんてどこにもない。何も知らない智実にとって、否定できないことは即ち肯定になるのだろう。
……それはわかっていた。だけど。
「……瀬川さん。帰りたいよ」
オレは消え入りそうな声量で悪魔に縋った。
悪夢に満ちたこの場で頼れる相手なんて、この場を仕組んだ彼以外にはいなかった。男は嬉しそうに美しい笑みを綻ばせた。
「残念、もういいの? ……ああ、限界なんだね。歩ける? タクシーを呼んであるからそこまで行こうか」
身体ごと掬い上げようとする男をオレは制止する。最後の矜持だった。
やけに優しさを見せつける瀬川さんの腕に支えられ、オレはふらつきながらも智実たちに背を向ける。――この修羅場に幕を引くため。
「りっちゃん!」
愛おしい声が広いホール内に響いた。思わず足が止まる。
だけど混乱し、取り乱しているだろう智実の姿をこの目に映すことはできなかった。
オレが智実を傷つけたのだ。彼女を地獄に突き落とした報いは、一生背負っていく。――ごめんね、智実。
どう足掻いたとしても、オレたちはもう二度と元の通りには戻れないから。
(気付かなければ、まだ傍に居られたのかな……)
痛みや自嘲は胸の底に押し隠して、一度止めた足を再びゆっくりと踏み出した。
自動扉が開いて、外の空気が頬に触れる。
背後からは非難の声と、女の子たちの悲痛な声が響いていた。
タクシーに揺られ、連れてこられたのは通い慣れた瀬川さんのマンションだった。
ここへ来るまでの間にもう何度果てたか、わからなかった。
玄関のドアが閉まると同時に、瀬川さんの両手がオレの衣服を剝いでいく。コートを奪われ、ぐっちゃぐちゃになったオレのボトムスは下着ごと強引に抜き取られた。
大理石の床に汚れたそれらが躊躇なく放り出され、後孔を塞いでいたモノも呆気なく引き抜かれる。
途端に腹をすかせて蠢くその穴に、性急な様子で長大な熱い楔が押し当てられた。
「あ、ああああ……ッ! んっ、ふっ、…ああ、あう!」
凶悪な肉棒に一気に貫かれてオレは天国をみた。
残酷すぎる甘い責め苦に嬲られ続けた身体は、もうとっくに限界を超えていた。欲を滾らせた熱い肉棒に翻弄されて、何度も何度も絶頂を繰り返す。
心は粉々に砕け散っているというのに、身体は沸騰して熱く溶けていく。
気持ちとは真逆に喜び狂う身体をオレはどこか遠くから眺めていた。
「ひ…うっ……ン、んぁ、……あ、もう、無理だって……」
「愛してるよ、律。――この時をどれほど待ちわびたことか!」
「ン、んあ! ……あぁ…、せがわ、さ……」
散々に抱かれて力尽き、床に這いつくばって彼を受けとめるオレに瀬川さんは飽きることなく愛を囁いた。
砂糖水のような言葉たちがオレの心を塞いでいく。
何度も射精された彼の欲が尻から溢れ、激しく突かれるたびに、ばちゅばちゅと淫猥な音が部屋に響いていた。
……悪魔に巡り合ってしまったのがオレの運の尽きだった。
ゆらゆらと揺らされ続けるこの身体はもうすべてが彼のものだった。もう指一本だって反抗する気力も気概も残っていない。
「もう誰にも譲る気はないし、譲歩もしない。お前はこれからずっと俺のものだよ……?」
芸術品のような絶世の男が淡褐色の眸を暗く燃やしながら、オレを見下ろしている。
彼の唇に歪に宿っているのは幸福だろうか。
こんな一方的な情欲が愛だなんて誰が認めるだろう。そう思ったけど言わない。言えない。この男の前で常識なんてごみ屑以下だ。
ああ、この世に神なんていない。愛も正義も踏みつぶして瀬川さんこそが笑うのだろう。
強いものが生き残り、弱いものは淘汰される。そんな理不尽が蔓延る世界にオレたちは生きている。
――オレたちの清く正しい愛は、悪魔のようなこの男に呆気なく負けたのだ。
end
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最後までお読みくださり、ありがとうございました!
気が向いたら続編を書くかもしれません。よろしければまたお付き合い下さいませ。
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