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Act 1 大事な恋の壊し方(本編)

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 非常階段へと飛び込んで勢いのまま駆け降りる。
 転がるように下へ、下へ。
 後ろから追ってくる気配があった。振り切りたいのに、引き離せない。
 焦燥に追われるがまま立ち入り禁止の札を飛び越えて、薄暗い廊下を少し走ったところで、館内の深部に迷い込んでしまったことにやっと気付く。

 ……まずい。マズすぎるだろ!

 必死に館内の構造を脳裏に描くが、こんな場所を知るはずがない。戻ろうにも追手がいる。
 オレは意を決して手近なドアを押し開いた。
 人が居るなら、それでいいのだ。――多少お叱りを受けようと、そのほうがずっとマシだろう。
 だけどそこには小作りな空間だけがあって、扉が二枚並んでいた。部屋に身体を滑り込ませ、躊躇いながらも右の扉を開けてみて。
 
 オレは凍り付いた。

「律。追いかけっこは楽しかった?」
「あ……せ、がわさん」

 心臓が警報のようにドクドクと鼓動を刻んでいた。
 しどろもどろになりつつも消え入りそうな声でやっと返したオレに、扉の向こう側にいた長身の男が優美な笑みをほころばせた。
 まるで、オレがそこから現れるとわかっていたかのように落ち着き払った態度だ。
 ぎこちないオレをエスコートでもするような自然な流れで、ドアノブを握っていた手を絡めとられて。後退ろうとした腰を抱かれ、身体ごと男に引き寄せられる。

「此処さ、たまにだけど展示室や作業室として使用される部屋なんだって。律は来たことない?」
「な、い。そう……なんだ」
「昔ね、この美術館で働いてる女に案内してもらったことがあるんだ。そのまま館内でヤってやったら、その女はクビになったらしいけどね。まぁ、勝手にこんなところに入ってはいけないよ。もしもの時は俺も一緒に怒られてあげるけど」

 ひどく動揺していた。頭の中は真っ白で。何かを考えることもできない。
 薄暗い部屋から連れ出され、瀬川さんと密着したまま廊下をどこかに向かって歩かされる。
 
 日中だというのに、人の気配がまったくしない場所だった。
 誰に見咎められることもないまま、奥まった場所にある狭い男性用トイレに足を踏み入れて。
 個室の鍵がかけられて――退路が断たれてしまった。

「……ねえ、律。なんで逃げたの? 電話もメッセージアプリも通じないし」

 低くも穏やかな声が空間に響く。おずおずと顔を上げれば、にこやかな美貌がオレを見下ろしている。
 その静けさが逆に不気味で、オレは全身から血の気が引いていくのを感じた。
 個室なんてただでさえ狭いのに、男は吐息が触れあうほど近くにいた。
 逃げようとしたオレの背中は壁に押し返される。

「心配したよ? 逃げないでって頼んだ傍から逃げるなんて、律も酷いよね。……こんなに顔色を悪くして、本当にお前は可愛らしい。俺の気持ちが重かった? それとも千華に同情したの?」

 逃げたくても、もう逃げようがない。
 淡褐色の眸がオレの心に絡みついては諭すのだ。逃げることは許さないと。不可能だと。
 顔を反らせばぐいと顎先を掴まれて、火傷しそうなほど熱い視線を注がれた。
 ゆっくりと距離を失い、唇を重ねられる。優しく触れ合い、甘ったるく叱るように唇を啄まれた。
 抵抗しなくちゃと思うのに、身体が金縛りにあったみたいに動かない。
 ぬるりとした舌の要請を断り切れずに口内への侵入を許してしまう。ひとしきり貪られて、腰が砕けてずり落ちそうになった身体を瀬川さんに抱き留められた。
 荒々しく抱擁されたかと思えば、すぐに首筋に痛みが走る。噛まれた、らしい。

「……ッ、やめ」
「律。……律の気持ちを尊重したいのは山々だけど、俺から逃げようとするならお前の自由は奪うしかないね。律が俺以外をに選ぼうというんなら、俺は俺以外を認めない」

 絡んだ視線の奥にあの日と同じ狂気が揺れていた。
 無遠慮な手が服の中に入り込み、直接肌に触れては性感帯を刺激する。瀬川さんの手を抑え込もうにも、胸の先端を摘ままれて、場違いな喘ぎ声が響いてしまった。
 我に返って慌てて唇を噛みしめるが、どんどんと力が抜けてしまう。
 だって、何度も寝た相手なのだ。オレの弱点を的確に狙った愛撫に耐えられるはずがない。
 理性をどんどんと突き崩されて、抵抗する気力さえも削られていく。……身体が疼いて仕方がなかった。快感を覚えさせられた身体が、瀬川さんの愛撫に喜んでるみたいに彼に従い、オレを裏切る。

 とっくに兆してしまっていることには気付いていた。この男に触れてほしいと本能は叫ぶのだ。熱を溜め込む身体を必死に宥めるも上手くいかなくて。
 そんな葛藤さえも男の掌がなぎ払う。ベルトを緩められ、大きな掌がオレの陰茎を包み込んで、ゆるゆると扱かれて呆気なく理性が散っていく。

「ぁ……ン、く……、あぁ……」
「くす、律を誰よりも気持ちよくさせられるのは俺だろう? こんな敏感な身体でお前は、この先も女と満足のいくセックスなんてできるのかな? どう思う?」
「ん、だめ、……これ以上は、瀬川さ……!」
 
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