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Act 1 大事な恋の壊し方(本編)

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 グッズ売り場の近くで智実たちは待っていた。
 オレたちに気付くと、彼女たちのほうから駆け寄ってきてくれる。
 唇を固く引き結んだまま顔を上げられないオレの背中を瀬川さんは堂々と抱き寄せ、平然と二人に言い放った。

「待たせてごめんね。律の具合が悪いみたいだから、俺たちは先に帰るよ。律は俺が送っていくから」
「え……?! あ、待ってください、具合が悪いなら私が……!」

 智実が慌てて申し出てくれたようだった。
 そっと腕に触れてくる彼女の指先が今は恐ろしくて堪らない。オレの身体はこれ以上なく強張った。
 だらしなく上気しているだろう下品な顔を、智実だけには絶対に見られたくはなかった。
 背中を丸めてできるだけ深くまで首を垂れる。何度も声を漏らしそうになる口許は掌で塞いでいた。オレの身体に起きていることを彼女たちに悟らせるわけにはいかなかった。

「いや、いいかな。君には千華を頼みたいし。――千華。さっきも言った通り、俺たちはもうこれで最後にしよう」
「そんな……! やだ……やだよ、悠一郎さんっ」

 千華ちゃんの声には悲愴感が溢れていた。
 こんな公衆の面前で別れを告げるなんてあんまりだ。千華ちゃんが哀れで、だけど瀬川さんらしいと言えばそれまでだった。
 彼は極上の美貌を被った悪魔だ。――最低最悪の非道な男。
 マトモな人間らしさというものを彼があと少しでも持ち合わせていてくれたなら、きっとオレも、千華ちゃんだって、こんな地獄をみるような思いはしていなかったに違いない。

 オレはくらくらする頭の端で彼女を案じた。
 口を挟むどころか、正気を保つだけでオレは精一杯だった。けれども状況が良くない方向に向かっていることに焦りはあった。

「これでも千華には感謝してるよ? お陰で思わぬ幸運もあったし。まぁ次は、もっとマシな男を選ぶことをお勧めはしておくよ」
「そんなっ、私は……!」
「……ちょっと待ってください。どういうこと? 私が言うのもおかしいけど、そんな一方的な言い方ってないんじゃないですか?!」

 もしかしたら智実は、千華ちゃんと瀬川さんの本当の関係を聞いていないのかもしれなかった。
 智実がオレから離れて、瀬川さんに食ってかかる。
 瀬川さんは肩を竦めるような気配があって、まったく悪びれた様子がない。
 千華ちゃんはついに床に蹲って泣き出してしまっていて。
 
 ――猛烈に非難するような周囲の視線がざくざくと突き刺さる。
 
 静寂に満たされているはずの館内で、オレたちは間違いなく注目の的だった。
 薄氷の上にあった穏やかな雰囲気は砕け散って、まるで悪夢のように、現実というやつがぐちゃぐちゃになっていく。
 悔しいことに、オレは突っ立ったまま嫌な汗を握ることしかできない。
 
「ああ、米田さんにも礼を言おう。恋人を手放す気になってくれたことは感謝してるよ。次の男でも紹介しようか? その代わり、二度と律には関わらないでくれるかな」
「あなた、なに言ってるの……!?」
「わからない? 律をもう解放して欲しいと言ったんだ。……君も噂を聞いているんだろう。律の気持ちがまだ君にあるとでも思ってる? 我儘で自分勝手な女にはとっくに愛想が尽きたと律は言ってたよ」

 言ってなんか、ない。これっぽっちも。
 だけど紳士の皮を脱ぎ捨てた美貌の悪魔は、紙屑をしわくちゃに丸めるみたいに事もなげに真実を歪めていく。
 ……それに、噂。
 結局友人たちから聞きそびれていた気懸かりなワードをこの場で再び耳にして、おおよそを理解した。
 智実は最近ずっと悩んでいるようだった。彼女の心を煩わせていたのは、千華ちゃんのことだけではなかったということだろう。その噂とやらを仕組んだのも恐らくは……。

「律を信じられないくせに利用ばかりしてる君に、恋人たる資格があるのかな? 本当に律を大事に想ってる? 今日だって彼はこんなに具合が悪いのに……君は少しも気付きやしないじゃないか」

 朗々と語り、わざとらしく瀬川さんはオレの背中を撫でさすった。肩がひくりと跳ねてしまう。
 オレを調に陥れた張本人のくせして、どの口で言うのか。
 堂々と言い返せないことが腹立たしく、もどかしい。
 ――だけど、まずはどうにかしなくては。
 望まぬ疼きに支配された身体をそっと抱きしめる。
 彼女たちをこれ以上、好奇の視線に晒しておくことはできなかった。
 せめて場所を変えさせないと。瀬川さんはともかく、無理やり舞台上に引き上げられた彼女たちにはこんな状況は酷すぎる。

 現状を打破しようとオレが少しだけ顔を上げたその時、乱れた前髪の隙間を縫って、困惑しきった智実の視線がオレに絡んだ。
 友人のために憤慨していた強気な彼女の眸が泣きそうに揺れて、助けを求めていた。

 ――あぁ、違うのだと瞬時に悟った。
 彼女が欲しいもの、求めているコトバは。好奇の視線から彼女たちを遠ざけてやることなんかじゃなくて。


「智実……オレは、」


 
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