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Act 1 大事な恋の壊し方(本編)

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 理由も言えずに思い悩むオレに対して、可憐な女神は相変わらず優しかった。それはもう、申し訳ないほどに。
 ちょいちょいとオレに手招きをして、智実は本棚の下から二段目のある箇所を指し示した。

「ほら、ここにNicholas Sparksの作品が並んでる。良かった、課題の本もまだ何冊か残ってるよ」

 智実は『The Notebook』と綴られた背表紙を二冊取り出すと、一冊をオレに渡してくれた。
 邦題はたしか『きみに読む物語』。ある講義の次回の課題本とされたその本を、オレたちはこれからしっかりと予習しておかなくてはならない。
 あの担当講師は口調は優しいけれど、講義内容は甘くないのだ。オレも智実も英語は好きだし得意の部類には入るのだけど、この講義の予習にはいつもある程度時間を割いていた。

 手渡された洋書を持ち会計に向かったオレを、またも不運が待っていた。

 ――ないのだ、学生証が。
 これを提示すると、学内での書籍の買い物が少しだけお安くなるという貧乏学生にはありがたい措置があるのだが、見つからない。財布のどこをどう見ても見当たらない。
 あまりレジを待たせてもいけないので、仕方なしに、泣く泣く定価を支払って次の人に場所を譲った。

 そそくさと購買を出て、外のベンチで鞄の中身を漁る。慌てふためくオレの手元を、少し遅れて店を出てきた智実が意外そうな顔で覗き込んできた。

「珍しいね、りっちゃんが失くしものなんて。……見つかりそう?」
「いや、ないな。嘘だろ。財布から出した記憶なんてないんだけど」

 財布や鞄を隅々まで探し尽くし、ついには両手で頭を抱えた間抜けなオレを、智実は笑うでも呆れるでもなく、心配するように寄り添ってくれている。
 ……ほんと女神。いや天使か、優しすぎて泣いてしまいそう。

「アパートも探してみたら? もし見つからなくても、学生証は再発行ができるみたいだから大丈夫よ」
「うん……そうか、そうだね。取り乱してごめん、これから帰って探してみるよ。まだバイトまで時間もあるし」
「気を付けてね? きっと見つかるから、落ち着いて探してね」

 智実の優しさが詰まった言葉が傷だらけの心を包み込むようだった。
 ……ああ、なのに、言えなくてごめん。こんなオレでごめん。男として汚れちゃってごめん。こんなことになって本当にごめん、智実。
 言えない謝罪を、心の中でオレは何度も呟いた。

 名残惜しく思ったが、まだ講義が残っているという智実とはそのまま別れ、駅までの道を足早に進んだ。

 アパートに戻るなり部屋の中を手当たり次第に探してみたものの、やはり学生証は見つからなくて。
 捜索を一旦諦めて、本日のバイトへと向かう準備をしていたところへ、スマートフォンの呼び出し音が響いた。

 知らない番号だった。
 しかし、無視しても鳴りやまず、一度鳴り止んだかと思うと、今度はメッセージアプリのほうの通知音が鳴る。

「……?」

 誰かと思って画面を覗けば、見たくもない名前があった。
 もう二度と関わりたくなくて、やっぱり無視を決め込んでいると、しばらくしてメッセージが送られてくる。

『今日これからうちに来ない?』

 相変わらず自己中な誘いだが、うっかりしていたせいで既読をつけてしまった。
 迷ったものの、無視をし続けるのも怖いので返信する。

『バイトあるんで、無理です』

 こちらから送った文字に対してのレスポンスは早かった。

『そういえば』
『律、うちに忘れ物していったでしょ』
『取りに来ないの? 学生証』

 瀬川さんから連投された文字列にオレは固まった。
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