上 下
5 / 28
Act 1 大事な恋の壊し方(本編)

しおりを挟む
  
 
 遊園地でのダブルデートから数日後。
 思いがけず、瀬川さんからのメッセージを受信してしまったスマートフォンにオレは困惑していた。
 連絡する、と言っていた彼の言葉は嘘ではなかったらしい。

『今日か明日、飲みにいかない?』

 簡潔で急なお誘いだ。今日も明日も、運良くバイトの予定が入っている。
 オレは丁重にお断りする旨のメッセージを送信した。



 その二日後。
 またしても瀬川さんからのメッセージを受信してしまった我がスマートフォンが、オレを呼ぶ。
 友人と遊びに行くための準備をしていた手を仕方なく止めて、画面を覗く。

『女の子と飲む予定なんだけど、明日来れる?』

 ……これは合コンのお誘いということなのか?
 千華ちゃんという彼女がいながら、瀬川さんはやや誠実さに欠けていらっしゃる。まあ、予感させる言動はあったし、あれだけモテていれば仕方ないのかもしれないが。
 ただ、オレまで巻き込んでくるのは勘弁して欲しいものだ。知らぬ間に合コンの補欠要員にされていたことにも驚きだった。
 瀬川さんには、今回も丁重に、お断りする旨のメッセージを送信した。



 一週間後。
 またしてもオレのスマートフォンへと飛んできたのは、瀬川さん発のメッセージ。
 千華ちゃんのために仲良くしたい、という線は薄いだろう。……思い返せばあの二人、千華ちゃんばかりがメロメロで熱を上げている印象だったし。
 じゃあ何故そんなにオレと飲みたいんだ? また飲みのお誘いだよな?
 首を傾げる。瀬川さん、案外友人が少ないんだろうか。
 仕方なくオレはメッセージを開けてみた。

『飲みに行こう。いつなら行ける?』

 予想通りの内容だが、瀬川さん、誘い文句を微妙に変えてきている。これは断りづらい。さて、どうしよう。
 オレはとりあえず、近いうちにバイト先のシフトを確認する旨を送信し、彼のお誘いを一旦保留にさせていただいた。


 ――瀬川さんとは、そんな感じでやりとり自体はあったので。
 浮かない顔で智実が口にした友人の近況に、どう反応したらいいものかと戸惑った。

「……え?」
「だから、千華たち最近あまりうまくいってないんだって。何回も言わせないでよ」
「あ、ごめん。いやだって、一緒に遊び行ったの先々週だよ?」
「あの後なかなか連絡もつかないんだって。瀬川さん、バイトが忙しいとかで」

 大学の食堂の端で、無料サービスの緑茶を飲みながら、オレたちはテーブルを挟んで向かい合っていた。
 智実が今フォークでつついている小さなショートケーキは、オレが先程、寂しい財布の中からおごらされたやつだ。彼女の我儘に弱い自覚は十分ある。
 それにしてもバイトって。瀬川さん、女遊びが忙しいの間違いではないのかなとオレはちょっと勘ぐった。
 ぶっちゃけ想定内の展開ではあるのだけど、……ちょっと早過ぎない?

「りっちゃん、瀬川さんと連絡先交換してたよね? なにか聞いてない?」

 落ち込んでいるらしい千華ちゃんが心配なのだろう。縋るような眼差しで智実は訊ねてくる。
 そうは言われても、オレだって理由らしい理由は知らないわけで。

「し、知らないかな」
「……嘘よね。その顔は何か知ってるって顔だもん、言いなさい!」

 ついつい視線を泳がせた馬鹿正直なオレを、勘の良い智実が見逃してくれるはずがなかった。
 迷った末に、瀬川さんから何度か誘いがあったことをまず白状する。憶測でどうこう言うのが良くないっていう認識くらいはあるわけで、だけども下手に隠し事をすればこちらにまで飛び火しそうで、頭を抱えたくなってしまう。
 
「飲みの誘い? バイトが忙しいんじゃないの?」
「そこまではオレにもわかんないよ。でも、バイトだけでもないような」
「どういうこと?」
 
 少なくとも、誘ってきた以上はオレとの予定を入れられるだけの時間の余白を彼は持っていたはずなのだ。それを千華ちゃんに充てないとなると。
 これ以上の勝手な推論は口にするのも悪い気がして、言葉に窮した。すると躊躇するオレに、智実が優しく微笑みかけてくる。目が笑っていない。

「りっちゃん。いいから。知ってること全部教えて」
「…………この前遊んだ時も、瀬川さん、実は二人がいないところでナンパされてたんだよ」
「え!? そういうことは早く教えてよ! モテるだろうとは思ってたけど、ナンパされてたなんて知らない!」
「ご、ごめん、言いにくくて」
「それで!?」
「あー、うん。だいぶ断り慣れてる感じだったから、多分だけど、日常的にナンパとかあるんだろうなって。……出会いの多い人なんだろうとは感じたんだ」

 だから、まあ多分女の影なのでは? ということを暗に匂わせる。
 あくまでオレの勝手な予想だということを強調はしてみたものの、同じ男としての勘が、それで間違いないと伝えてくる。
 あれだけ途方もなくモテる人なのだ。遊び人としての一面があったとしても、それはある意味で仕方のないことのようにも思うわけで。
 そもそもが、千華ちゃんとの出会いだってナンパだと言っていたわけだし。
 
 軽い男というものに特に偏見や苦手意識があるわけでもないオレは、例え瀬川さんがどういう男であっても、特に感じることはない。自分とは違うな、というだけだ。
 しかし千華ちゃんと仲が良くて、女性で、しかも友人想いである智実はきっとそうは思わない。
 オレは恐る恐る、智実のほうを窺ってみた。

 ――ああ、そうだよね。瀬川さんオレ、やっぱりあなたの肩は持てないや。

 テーブルの反対側に腰を降ろす彼女の、女神のように美しく可愛い顔が珍しく怒りに染まっている。すぐにでも神罰を与えに行きそうだ。
 智実の黒い感情に薪をくべてしまった自覚のあるオレは、そっと床に視線を落とした。
 とげとげしい感情の矛先が自分じゃないとわかっていても、彼女の今の雰囲気はものすごく怖かった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

処理中です...