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Act 1 大事な恋の壊し方(本編)

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 翌週の日曜日。
 事前の打ち合わせの通りに遊園地近くの最寄り駅で地下鉄を下車し、改札を出たところで、先に到着していたらしい智実と千華ちゃんと合流した。

真野まのくん! 今日はよろしくね」

 風に揺れる蒲公英たんぽぽみたいな柔らかな笑顔を千華ちゃんがくれる。
 ほんわかとした癒し系のイメージがある彼女だけれど、彼氏のためなのか、今日はなんだか色っぽい装いだ。
 花柄のワンピースを大きめのカーディガンがふんわりと包み込んでいて、小柄な千華ちゃんの可愛らしさが際立っている。
 
 すぐ傍にいる智実はいつも通りの美人っぷりだ。
 動きやすさを意識したのか白いニットにジーンズを合わせ、いつものブルーグレーの大判ストールを肩にかけている。寒がりだから防寒も意識したのかな。いいと思う、健康も大事にして欲しいから。スカートは絶対冷えるもの。

「あれ。千華ちゃんの彼氏はまだ?」
「あ、うん。もうそろそろ来ると思うんだけど……」

 和やかな空気に混ざる微かな緊張感。どんな男が来るんだろうか。
 周囲にそれらしい人がいないかと、それぞれが視線を走らせようとしたところに、背後から知らない男の声が届いた。

「千華」

 声がしたほうを振り返って、思わず瞬く。智実のほうも息を呑む気配があった。
 
「あー、お待たせ。……はじめまして?」

 現れた男前が、少しだけ困ったように微笑む。
 初っ端から想定外もいいところだ。頭の中がフリーズして、用意していた台詞もどこかへ飛んでしまう。
 彼のすらりとした高身長はそれだけで周囲の人目を惹いていた。
 キャップの下から現れた濡羽色の癖のある髪は軽く流されていて、何よりも神懸り的に整っているその顔立ちが眩しすぎた。高めの鼻梁が美しく、涼やかな目元がゆったりと視線を動かすたびにこちらまでドキドキしてしまう。男といえど、これだけの美形にはお目にかかったことがない。
 カジュアルなジャケットを着込んだ腕は長いし、当然のように足も長ければ、適度に鍛えられていることがわかる身体、それらを覆うファッションはシンプルだけど多分あれは全部ブランド物だ。オレなんかの安物とは生地の質感が全然違う。

 唖然とするオレや智実の隣で、いち早く彼の声に反応した千華ちゃんの笑顔は喜びで蕩けそうになっていた。
 千華ちゃん、理想が高すぎないか……?

 というか、映画のスクリーンから飛び出してきたようなこんな色っぽい絶世の男と、今日一日オレたちは連れ立って行動しなければいけないのだろうか。……不安になってきた。
 そもそも、だ。これほど大人っぽい雰囲気を醸し出している男が、遊園地なんて子供(と一部の大人)の楽園で一緒に遊びまわってくれるんだろうか。ねえ千華ちゃん、本当に……?

「こちら瀬川悠一郎せがわゆういちろうさん。あたしたちより一つ年上で、R大学の三年生だよ」

 顔には出さないがめちゃくちゃ狼狽えているオレたちの心中なんてよそに、千華ちゃんがにこにこと嬉しそうに彼を紹介してくれる。

「あ……真野まのりつです。よろしくお願いします」
「千華の友達の米田智実よねだともみです。今日はありがとうございます」
「真野君と、米田さんね。こちらこそよろしく」

 我に返ったオレたちが慌てて自己紹介をすると、瀬川さんは眩い美貌に穏やかな笑みを浮かべてくれた。
 とりあえず滑り出しは悪くない、はずだ。彼から向けられる敵意や嫌悪がないことに一先ず胸を撫で下ろした。
 
 大人な彼にじゃあ行こうかと促され、駅をあとにする。
 背も高く、どこか悠然とした雰囲気のある瀬川さんの後ろを歩くのは、ちょっと、引率される小学生みたいな気分にさせられた。オレだけかもしれないけど。
 千華ちゃんの弾む声と瀬川さんの落ち着いた相槌を耳にしながら、数歩後ろで智実に並ぶ。少しの緊張と微かな安堵に背中を押されてバス停へと向かっていった。
 ――しかしそれらが次第に戸惑いに塗り替えられるまで、さほど時間はかからなかった。

「ごめんね。俺、目立つらしくて」
 
 初対面でかつ年上の、絶世の色男に申し訳なさそうに謝罪されては強く出ることもできまい。
 気にしませんよ、と模範解答を返したオレだけれど、心の中ではちょっと半泣きである。
 歩き出してすぐに周囲の異変には気付いていた。どうやら今日は想定外が渋滞しているらしく。
 空は見事な秋晴れだというのに、彼の稀有な美貌によって嵐が到来するなどと……一体誰が予想できただろう。きっと気象予報士も真っ青だ。周囲の女性たちからの経験したことのない好奇の視線に、オレの心は早くも折れそうになっていた。
 
 下調べをしてくれていた智実の案内で迷うことなくバスに乗り、目的地へと運ばれていく。到着までは二十分ほどだ。
 足元から響くエンジンの音と車体の揺れに身を任せながら、オレは隣に立つ智実に身を寄せて、情けなくもそっと耳打ちをした。

「智実……オレ、正直もう帰りたい」
「え、なんでよ」
「いや、あんなイケメンの隣をずっと歩くとかキツいよ。ちょっと想定外」
「それは、私だってびっくりしたけど。大丈夫だよ、りっちゃんだって十分イケメンだもん。自信持って!」

 でたよ、智実の口癖の“大丈夫”。いつもは弱気なオレを励ましてくれる魔法の言葉なんだが、こんな時まで可愛さ全開でそれを囁いてみせる彼女のあざとさがうらめしい。
 察するに、「超級のイケメンを間近で拝めるなんてラッキー!」とでも思ってるな、これは。絶対思ってる。ああもうコンチクショウ、智実のその強心臓が羨ましいよ……。

 狭いバスの中にいても、瀬川さんがそこら中から注目を集めているのは明白で。
 あちらこちらから向けられる熱い視線はオレ自身に向けられたものではないとわかっているが、流れ弾だけで胃に穴が開きそうだ。
 長くなりそうな波乱の一日を予感して、オレはどんよりとした気分でバスのつり革を握り直したのだった。
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