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第35話*
しおりを挟む(――欲しい。欲しい。熱い。……欲しい!)
(苦しい。欲しい。この人に……アルファの精液を腹の奥に注いで欲しい!)
狂おしいほどの発情。身体が煮えたぎるような発作は久しぶりだった。
頭の中でオメガの獣がぐわんぐわんと喚き散らしている。
制御できない身体を掻き抱く。……怖くはないが、やはり苦しい。
凄まじい衝動を押し殺していると、愛しい男が頬に触れてきて。圭人は顔を上げた。
――荒々しく喰らい尽くされるようなキスをされる。
「ンッ……ふ、ぁ……、んん……っ」
アルファの男の熱い舌が、圭人の口内を我が物顔で蹂躙する。強く舌を吸われ、歯列を撫でられ、口蓋や頬の裏まで舌先が伸びてきた。
角度を変えようとすれば歯と歯がぶつかるほど深く喰い付かれ、じゅるりと音を立てて唾液を啜られて。
……彼も一緒に獣になってくれるのなら心強いと、ふわふわとした意識の中でそう思った。
唇が離れると同時に圭人は香倉に抱き上げられて、軽々とベッドへと運ばれた。
真っ先にパーカーを剥ぎ取られた。インナーも脱がされて、サンダルは放り投げられる。
露わになった圭人の肌に、堪えかねたように香倉が軽く噛みついてくる。
「……っ、いた……」
彼にも一応、一握りの理性は残っているらしい。
圭人が小さく悲鳴をあげると、そこからの愛撫はもどかしいほど優しくなった。
丹念に圭人の項を舐め、強く吸っては跡をつけている。
時折、じゃれるように甘噛みされて。愛撫というよりマーキングに近かった。
オメガの首筋に熱心な執着をみせる男に圭人はゾクゾクした。
彼の吐息が肌に触れるたび、本能的な期待に胸が打ち震えてしまう。
(ああ、でも……足りない。もっと欲しいっ、――もっと奥深くに!)
男の肩に置いた指先に力が入った。
圭人の疼きを察したのか、鎖骨に舌を滑らせていた香倉が、今度は薄い胸板を舐め上げてくる。
むずむずとした刺激に身を捩らせた圭人をベッドに押し付け、性感帯を覚えさせようとするかのように、胸の突起に舌先を持ってきては執拗に捏ね回した。
「はぁ、は……んっ、史仁さ、それ、やめて……!」
「気持ちが良いってことかな。いいよ、もっとあげる」
薄茶の瞳には劣情と意地悪な色が見え隠れしている。
いつのまにか冷静さを取り戻したようで、明らかに彼は圭人の反応を楽しんでいた。
これまでは互いに異性愛者だったのだとしても、経験の差は歴然としていた。
オメガであることを抜きにしても、目の前の男は初めてづくしの圭人が太刀打ちできる相手ではなかった。
胸の尖りを摘まれ、舌で遊ばれて、圭人の背中は弧を描くように何度もしなった。
「これは違う」と物足りないものの正体を確信していても、ただでさえ発情して敏感になっている身体は、あっけないほど容易く男の手練手管に翻弄される。
「は……あ、ン……っ。嘘だ、こんな……っ」
――気持ちがいい。気持ちが良すぎて、わけが分からない。たまらない。
もう何も考えられなくなっていた。
知らないうちにベルトを緩められ、ボトムスも脱がされていた。
圭人が身に着けているのは黒いボクサーパンツ一枚のみで、その中心はそそり立ち、中身は先走りで酷いことになっていた。
圭人の身体にはアルファの男の所有印がすでに際限なく散っている。
身体のあちこちを舐められ、噛まれ、時々ふうっと息を吹きかけられて。
弱い場所を見抜かれては愛でられて、嫌だと言っても、もどかしい刺激を延々と与えられた。
苦しく思うほど感度を高められてしまった身体は、限界がすぐにきた。
下着越しにやんわりとペニスを揉まれただけでもう耐えきれず、香倉の手によって、圭人の欲はあっけなく弾けてしまった。……でも。
――やっぱり物足りない。満たされない。
怖いほどの快楽の渦に突き落とされながらも満たされない飢えを埋めて欲しくて、圭人は香倉の首に腕を伸ばした。
「史仁さん……俺、中に欲しいよ」
恥ずかしさを飲みこんで、耳元で囁く。
男が動きを止めた。
「なあ、お願い」
囁いて、今度はキスで誘う。
視線を絡めたまま、一度唇に触れ、目をつむってから深く唇をあわせた。
今ならフェロモンも出ているだろうか。
アルファを欲しがるオメガの本能のままに、どうにかこうにかこの男を惑わせたかった。
――もっと彼が欲しいのだ。
もっと近くで、全身で、この身体をつくる細胞の一つ一つまで、このアルファを感じたい。
それこそがこの身の至上の幸福なのだと、オメガの身体が訴えてくる。
ぐ、と奥歯を噛みしめ、鋭い目つきで香倉が唸った。
「……圭人、煽らないでくれ。優しくしたいし、きみは初めてなんだから丁寧にしないと……きみの身体を傷つけたくない」
「俺がいいって言っても?」
「番になるのだから、きみの身体はおれのものだよ。おれの大事なものを傷付けることは許さない」
諭すように、彼が言うので。
噛むのはいいのかな、とふと思ったが圭人は口にはしなかった。
……そういえば香倉も強い抑制剤を服用したと言っていたか。
簡単には誘惑に落ちてくれない男に、歯噛みしたい気分だった。
こちらの不満を察したらしい香倉が苦く笑う。涼しげな美貌が今だけは憎らしい。
……これが経験の差というものなのかと圭人は思った。
過去に香倉の相手をした女性たちは、どんなふうに彼を誘い、誘われたのだろう。
想像するだけで、胸の底をチクチクと針でつつかれるような痛みがはしる。
ぼうっとしていると、恋人のとびきり甘い声が「圭人」と囁いた。
「圭人。……おれだって早く欲しい。そんなにおれを煽って、あとで後悔しても知らないよ?」
「……後悔なんてしないって」
「そうか。物足りないなら、まだあげるよ。だからもう少し我慢して」
そう言うと、香倉は圭人の汚れたボクサーパンツに手をかけて取り去った。
スーツ姿のまま太腿のあいだに割り入ってきて、ついさっき絶頂を迎えたばかりの場所に鼻先を近づける。
「ちょ、史仁さん……っ。恥ずかしいって……!」
「あんなに誘ってくれたのに、隠さないでよ。――ねえ、圭人のここ、おれが綺麗にしてもいい?」
「は? ちょ……! え!?」
圭人の手を払い、萎んだものの先端にキスをすると、躊躇する素振りもなく香倉はそこに熱く湿った舌を滑らせた。
(あ、気持ちいい……)
焦る気持ちと正直な気持ちがぐちゃぐちゃになって、快楽に負けた。
圭人のペニスを頬張る香倉が好戦的な表情で下から圭人を射抜いてくる。
(――こんなの、我慢できっこない)
丁寧に竿を舐められ、熱い口内で弱いところを舌先で擽られ、軽く吸われて。
圭人の萎えたものはすぐに芯を取り戻した。
香倉の口に含まれたまま、ゆるゆると刺激を与えられる。……ああ、気持ちがいい。
ペニスへの刺激に気を取られているうちに、いつのまにか後孔にも彼の長い指が挿入られていた。
はしたないオメガの窄まりにはとっくに愛液が溢れていて、香倉の指の動きにあわせて、中のほうまでヒクヒクと淫らに蠢いている。
(恥ずかしい。……でも、気持ちいい)
指の数を増やしてからは、香倉は無言のまま圭人のそこを食い入るように見つめていた。
漂うフェロモンに酔ってめまいがする。
彼の匂いに反応してか、圭人の後孔は更に涎を垂らして空腹を訴えていた。
香倉が指を出し入れするたびに、グチュグチュと音が響いて。……気持ちがいい。
圭人は無意識のうちに、刺激を求めて自ら腰を揺らしていた。
(気持ちいい。気持ちいい)
(気持ちいいけど、でも、もっと欲しい。――もっと奥に!)
圭人が閉じていた瞼をあけると、香倉は顔を赤らめ、息を乱していた。
いつのまに、こんなに煽られてくれたのだろう。……フェロモンだろうか?
額に汗を滲ませているアルファの男に、圭人はほろりと微笑みかけた。
「史仁さ……も、いいよ。大丈夫だから、挿れて……」
「圭人。これ以上煽らないでくれ」
「オメガだし……わかんないけど、きっと平気。それより早く」
「……圭人」
香倉の表情に、迷いが見えた。
――これはチャンスだ、とオメガの本能が囁いてきたので。
圭人は精一杯、懇願した。
「助けて。アルファが欲しいんだ……欲しくて、苦しい」
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