巨大生物現出災害事案

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テロとunknown

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「え!今日ボルシチ?」

正午を回った百里基地の隊員食堂。配食待ちの列に並んでいた空士がおもむろに声をあげる。月間の献立表には記載がなかったためであった。本来であれば今日の昼食はチキン南蛮。最近魚介系のメインが続いていた事から、隊員の間では密かな楽しみとなっていた。しかし、急遽変更された今日のメニュー。食堂に入りボルシチを目にした途端、目を疑う隊員が少なからず見受けられた。


「仕方ないだろう。ロシア軍に対する親善メニューだ。昨日の夜決まったらしい。」


司令部付きの空曹が、不満を募らせる空士をなだめるように口を開く。確かに、食堂の席の奥側。土壇場でセッティングされたと思しき仕切りの向こうでは、流暢なロシア語が飛び交っていた。


恐らく仕切りの向こうではロシア軍兵士と、百里基地司令、そして司令部の幕僚と通訳が談笑していることが予測できた。それを裏付けるように、仕切りに沿って、制服姿の警務隊員が等間隔で直立している。普段見ない異様な光景。その様子に食堂で昼食をとっていた隊員達は息を呑んでいた。


「幹部食堂でやればいいものを・・・」


定年を翌年に控えた熟年の空曹が、その光景に愚痴を吐く。


「警務隊の指示でここになったんだとさ。」


その空曹の後ろにいた一尉が口を開いた。

「ただでさえ、災派の後処理で人員を多くとられてるんだ。必要最小限度で留めたいのは仕方ない事さ。」


その一尉は続けるように言う。その返答に熟年空曹は口を噤んだ。その時、彼の目の前を陸自の制服に身を包んだ人物が通り過ぎる。思わず二度見をした。その人物は配食用のお盆も持たずに、仕切りがある方向に無心で歩いて行く。それを見、その場は一気に騒めき始めた。







「ここから先は、許可された人員しか通すことが出来ません。お引き取り下さい。」


制服姿に、腰には白い弾帯と警棒をさした警務隊員。飯山は仕切りのすぐ傍で制止された。

警察から受けた不当な身柄拘束。それを中村らに助けて貰い、ようやく彼は基地の司令とロシア軍兵士らに直談判出来る機会に辿りつけたのだった。


「警備責任者は?」


冷静な口調で飯山は問い掛ける。二曹の階級章を両襟に付けた警務隊員は少し考えた後、


「分かりました。少しお待ちください。」


そう短く言い、無線機に対して状況を伝え始める。それから三分程して、二佐の階級章を付けた作業服姿の中年男性が小走りで駆け寄ってきた。


「警務本部の宮川です。どうなさいました?」


市ヶ谷からの出向。それを知り、飯山は自然と姿勢を正す。


「統合作戦司令部の飯山です。お忙しい所、申し訳ありません。」


最初にそう頭を下げ、続けるようにして、


「現在、私は例の生物調査。その責任者として業務にあたっていまして、その調査を依頼している大学教授の一人が、ロシア軍機から直接生物を見たいと言っておりまして、ご迷惑なのは重々承知の上なのですが、直談判に来ました。」


淡々と事情を説明する。


「直談判・・・ですか。」


飯山の事情を聴いた二佐は、返答に詰まった。


「アポなしだったので、ここでNOが出れば引き上げます。」


彼の渋った表情を見、一歩引き下がる。


「いや・・・。一応とりあってみます。」


少しの間、その二佐は考えた後、口を開き仕切りの中に入って行く。飯山は小さく返事を返し、その背中に視線をおくった。それから十分弱、仕切りから彼が姿を見せた。


「基地司令より許可が出ました。先ほど食事を終え、今は和菓子で彼らをもてなしているので交渉するにはいいタイミングだと思いますよ。」


二佐は、飯山に近付き耳打ちする。それを聞き、深く頭を下げて見せた。


「では、私はこれで失礼します。健闘を祈ります。」


飯山の肩を軽く叩き、二佐はその場を後にした。彼が食堂から退出した時には喫食している隊員らの姿は皆無であり、時計に目を移すとあと数分で一時になる所であった。課業開始のラッパが食堂内に響く中、飯山は十度の敬礼で見送った。その後、仕切りに体を向ける。それを見、警備の空曹が仕切りを移動させた。飯山は空曹に礼を言い、仕切りの中に足を踏み入れた。









 必要以上の警備だな。百里基地の警備業務に従事している尾崎三等空曹は、定時の巡回任務でそう感じていた。空曹に昇任してまだ三ヶ月余り。部隊では新人同様の扱いを受けていた。巡回は、空自仕様の軽装甲機動車にて行われ、尾崎は運転手として基地内を走っている。助手席にはベテランの片山一曹が座っており、基地内の制限速度に留意しつつアクセルを踏み込んでいた。そして、気が付くと正門の警衛所から、エプロンが見える場所まで車を進めていた。そこに目を移すとF4戦闘機やT4練習機が横一列に並び、パイロットと整備員らが打ち合わせを行っていた。いい加減見飽きた風景、三曹に昇任して良かったのだろうか。それを眺めつつ、溜息をつく。しかし、その直後あまり目にすることのない機体が尾崎の目に飛び込んできた。


「片山さん。あれですか?ロシア機って。」


自衛隊機が並ぶ一帯から少し離れた場所。そこにポツリと一機。ビジネス機タイプの機体が駐機されていた。それを見、思わず問い掛ける。


「あぁ、そうだったな。」


腕組をし、俯いていた片山は、その声にぬっくりと背筋を伸ばし、口を開いた。


「はい。二日連続で非番だったので、見るのは初めてです。」


尾崎は興味津々な口調で返す。今朝の朝礼で、警備をする際の最重要事項として触れられていた。しかし当該機の警備、管轄は空幕にあり、自分達はあくまでも百里の治安を維持することにある。当直幹部の言葉が頭をよぎった。つまりは知っておいて欲しいが関わるな。そういうことであった。事実、そのロシア機の周りには、空自から依頼を受けた陸自隊員らが展開していた。鉄帽に防弾チョッキ。そして顔にはドーランとサングラス。その光景は尾崎にとって異常とも取れた。近くにはWAPC(96式装輪装甲車)やMCV(16式機動戦闘車)が配置され、その警備はハリネズミの如く堅くされていた。


「構うな。俺達は通常業務をこなせばそれでいいんだ。」


非日常の中の非日常。その光景に目を奪われていた尾崎に片山が注意を促した。尾崎はハッと我に返る。気付くとアクセルから足が離れていた。慌てて周囲を確認し、再びアクセルに足をのせた。


その直後、突然の衝撃波と共に激しい爆風が彼らを襲った。







「滑走路に攻撃!繰り返す!滑走路に攻撃有り!」


突然の爆発。滑走路が黒煙をあげる。それを背にパイロットや整備員がエプロン周囲から避難し始めた。それを見、尾崎はギアをPに入れ無線に怒鳴る。と、いうのも彼らの位置は滑走路から距離があり、尚且つ装甲車の中だったため無傷で済んでいた。片山は爆発を確認後直ちに下車。周囲の安全確認をしている。滑走路に目を凝らすと、爆炎が二つ確認出来た。しかし、使用された武器は分からず、そのため対策の取りようがなかった。ロシア機を警備していた陸自部隊は、爆風で死傷者が出ているようだった。何人かが地面に倒れ、数人掛かりでWAPC内に引きずりこんでいる。


(司・・部・・り各・・・走路・・・復・・・)


険しい表情で見つめる中、無線機から雑音混じりで声が聞こえてきた。しかし、その詳細は聞き取れず、尾崎は舌打ちする。


「尾崎。弾倉装填。弾こめろ。」


無線機が使えないことを悟った片山が運転席側の窓ガラスを叩き、そう指示を出してきた。それを聞き、無線機を座席に投げ捨て、下車。片膝をつき、64式小銃に実弾の入った弾倉を装填し、槓桿を一気に引き離した。鈍い音と同時に実弾が薬室内に入る。それを確認し、指示を仰ぐため片山の方を見た。すると、片山は既に鉄帽の上につけていたゴーグルを目にあて、ローレディの姿勢で周囲を警戒していた。尾崎は低姿勢で通りを警戒。片山の後ろについた。


「ハクだな。」


険しい表情で片山が口を開く。ハク。迫撃砲を指していた。


「外からの攻撃・・・?」


片山の推測に、尾崎は動揺を隠せていなかった。


「だろうな。撃ち込んできやがった。」


尾崎の問い掛けにそう返し、前進を促した。一糸乱れぬ動きで歩を進める。直後、近くの施設から空自隊員らが飛び出してきた。尾崎はすかさず現状を聞くため走って向かう。


「基地機能を復旧しなきゃならん!お前らも突っ立ってないで早く動け!」


50代の曹長は二人にそう叱咤し、数人の隊員と走り去っていった。呆気に取られていると、滑走路から再び激しい音が聞こえ始めた。振り返ると、基地の施設部隊の姿があった。滑走路を直ちに復旧するためクレーンやショベルカーが奮闘。隊員らも土木機材を用いて滑走路に出来た穴を埋め始めていた。


「尾崎!彼らを掩護だ!」


それを見、片山が短く指示を下す。二人が走り出した時には、基地にいる警備隊員が現場に展開しつつあった。片山の背中を追い、エプロンの前に着き、あと少し。尾崎がそう思った時だった。再度、爆風が彼らを襲った。








滑走路への攻撃。爆発に伴う衝撃波は隊員食堂にも伝わった。飯山が生物の情報について基地司令やロシア軍兵士から問い掛けられていた中、それが起こり全員が身構えた。


同席していた基地の幕僚らは立ち上がり、接待の係になっていた隊員に、状況を把握するよう指示を飛ばす。

一礼し、指示を受けた隊員らは仕切りを移動させ外に飛び出していった。そして、その隊員らと入れ替わるように警務隊員らが仕切りの中に突入してきた。


少し遅れて基地警備隊の面々も到着、司令部隊舎に基地司令を移送すべく動く。しかし、ロシア軍兵士らはそれを許さなかった。今まで談笑していたロシア軍幹部5名は、付近にいた警備要員を蹴り倒した。日本人の体格とは比にならない彼らの身体。格闘戦で勝てる相手ではなかった。警棒で取り押さえようと警務隊員が振りかぶる。しかし、それより早くロシア軍兵士の拳は顔面を捉えていた。バットのフルスイングを真面に受けたような、それ以上の激痛を受けた警務隊員はその場に倒れ込んだ。


「こいつら・・・!」


目の前で倒れる隊員を見、飯山は奥歯を噛みしめた。佐官クラスである彼は、基地司令や幕僚らと共に大勢の自衛官に防護されていた。そして少しずつ、食堂の出口に移動させられていた。外を見ると軽装甲機動車が待機しており、その手際の良さに安堵した。基地司令と幕僚を乗せて、その後武器を取り戦おう。普通科出身の飯山はそう意気込んだ。だが、


「奴ら逃げたぞ!」


ガラスの割れる音と同時に、その声が響き渡る。


「逃がすな!追え!」


軽装甲機動車に基地司令と幕僚を乗車させている中、フル装備の基地警備隊員らが飯山の前を駆け抜けて行く。その姿を見、飯山は一人の空自隊員に声を掛けた。右腕に三本線。空士長の階級章を付けた二十代の青年。彼を呼び止め、飯山は右脚に装着していた九ミリ拳銃を貸して欲しいと願い出た。それを聞き、驚いた表情を見せる。


「この状況だ!頼む。」


早口で言い、頭を下げた。


「百里業務隊の河内です。必ず返してください。」


周囲を気にしつつ、河内と名乗った空士長は拳銃の脱落防止を外し、本体を飯山に手渡した。


「河内君だな。分かった。必ず返す。」


両手で受け取り、礼を述べた。そして手早く銃点検を行う。


「では、自分はこれで。」


それまで見届けた士長はそう言い残し、走って行った。


「三佐殿も車内に!」


直後、MPの腕章を付けた隊員が飯山を呼んだ。その声を聞き、数人の隊員が飯山に近寄ってきた。


「いや!俺は大丈夫だ!司令を早く移動させろ!」


ロシア人はまだ企みを持っている。その確信から飯山は動いていた。奴らの狙いが何なのかは分からなかったが、まだ大きな何かを隠し、そしてまだ完遂出来ていないことは確かだった。そして、それは今回の生物災害と深く結びついている。何であれ、今から起こそうとしていることは阻止しなければならない。そう強く思い、飯山は走り出した。警備隊員らが走って行った方向、彼らを追うように駆ける。それと同時に飯山は胸ポケットから携帯を取り出した。右手に拳銃を持ち、左手で携帯を操作する。画面を見ると中村から何件も不在着信がきていた。


それを見、急いで掛け直す。呼び出し音が三回鳴った所で、中村に通じた。


(飯山さん!無事でしたか!)


中村の叫びにも近いような声が電話越しに届く。余りの大声に飯山は顔をしかめた。


「あぁ、大丈夫だ。それよりも、どうなってる!」


一時、物陰に隠れ問い掛けた。


(今、茨城空港、百里の向かい側にいて、三十一連隊の臨時本部にいます。正直な所、こちらでも現状はよくわかっていないんですよ。)


「今、分かっている事だけでいい。三十一連隊の動きを。」


中村の渋った声に、飯山は話を続けるよう促す。


(はい。迫撃砲の弾が滑走路に撃ち込まれました。よって、その直後から発射位置の測定が始まり、区域が絞り込めたため、警察と一緒に一部の部隊が出て行きました。)


さっきの衝撃はそれか。中村の説明にようやく頭が追いついた。


「分かった。こっちにも部隊を派遣してくれないか?ロシア軍人らが暴れ出した。」


左手から右手に電話を持ち替え、要請を出すよう頼んだ。しかし、

(その心配はありません。既に特戦群が百里に入りました。)


中村は淡々と話をしたが、飯山は耳を疑った。要請を受けて宇都宮駐屯地から、準備をしてこの短時間で来れるはずがない。一瞬腕時計に目線を移し、そう感じた。


「バカな。なぜ特戦が。」


思わずそう叱咤する。


(分かりませんが、各部隊の動きを見た時、ある程度は統幕も予測していた。と考えるしかないんじゃないんですかね。)


用意周到。さすが自衛隊だ。飯山は心の中でそう思った。確かに、総監が地方の駐屯地に視察に行く。その連絡を受けたものなら、その駐屯地は蜂の巣をつついたような忙しさを見せる。総監が来るまでまだ何日も前だというのに、ドアのレールから小便器まで。絶対に総監は見ないという所まで徹底して磨き上げる。そういう組織だから当然だろうな。飯山は軽い笑みを浮かべた。


「分かった。特戦と合流して奴らを叩く。中村はそこで待機だ。いつでも連絡は取れるようにしとけよ。」


(了解。ご武運を。)


中村の短い返答。それを聞き飯山は電話を切った。そして自身も前線に合流すべく再び走り出した。








 「バーバチカ。こちらヴォールグ。作戦を最終段階に移行せよ。作戦空域はクリア。」


激しい銃撃が加えられている中、今回の指揮官イワン少佐は冷静な口調で無線機に言い放った。今、彼ら十三人は管制塔の一角に籠城していた。当初、幹部は食堂で懇親会。その他の要員は基地の各所で工作活動を行っていた。無論、警備隊員の目を盗んでのことだった。そして、彼らはその次に、通信設備の施設から、各航空基地の座標データを収集。その情報を工作員にリークさせた。そして決行。同時多発的に示された座標に弾を飛ばす。結果として各航空基地は機能不全となった。


その後滑走路に撃ち込まれた事を確認した面々は集結し、今に至っている。


「隊長。ここが落ちるのも時間の問題です。」


無線機を捜査している中、ミーシャ曹長がAK47を片手に口を開いた。イワンはそれを聞き舌打ちする。そしてその苛立ちをぶつけるように、


「ヨハン中尉!バーバチカに無線は届いているのか!」


そう叱咤する。その言葉にヨハンはチャンネルを微調整しながら、


「届いている筈です!先程、空域に侵入。羽根を拡げると声と、こちらの機器に暗号として届きました!」


ロシアから持ち込んだモバイル式の通信機。暗号通信も出来る装置を指差し、ヨハンはそう返答した。


「よし。我等の仕事は終わった。我等は祖国に大いなる貢献をした。我等の偉業は後世に引き継がれていくであろう。」


ヨハンの言葉を聞き、イワンは笑みを浮かべた。そして唐突に、場にそぐわない内容を口にし始めた。その言葉に、十二人全員が射撃を止めイワンを見つめる。


「祖国に栄光あれ。」


どこか寂しげな表情を浮かべ、イワンはポケットにあるスイッチを押した。直後、激しい熱と、鉄のような堅い風が彼らを呑みこんだ。








 「管制塔が!」


飯山の隣にいた空曹が声をあげた。飯山が目をやると、そこには爆発で崩れ落ちる管制塔の姿があった。


「自爆テロじゃねぇか・・・」


複数人でたむろしていた空士らが次々に口を開く。崩れ落ちていく間、人はただ見ている事しか出来なかった。飯山も例外ではなく、その光景を呆然と見ていた。


「おい!そこ!止まれ!」


不意に聞こえる怒鳴り声。最初は声だけだったが警笛も鳴り出し、辺りは一気に騒々しくなった。飯山が目を向けると、滑走路内をひたすら走って逃げる航空自衛官の姿があった。

ウイングスーツを身に纏った男は、時折追いかけてくる警務隊員らに拳銃を向け、威嚇していた。


その光景に飯山はすかさず前に出た。ギャラリーが出てきている中、その人だかりを掻き分け、自らも確保に乗り出した。そして河本士長から借りた九ミリ拳銃を即時射撃位置に保持した。


引き金に手を掛けるも、状況を見定めるため一度照準を外す。しかし、捕まりそうになかった。警務隊員らは警棒しか所持しておらず、少し遅れて合流した基地警備隊員らも小銃は持っているものの、撃つことを躊躇していた。


それを見、飯山は自分が撃たなければならないと自答した。三ヵ月前の射撃検定は一級。徽章も持っていた。しかし初めての危害射撃。心臓の鼓動は予想よりも早まっていた。こんな心理状態で射撃して大丈夫だろうか、不安はあった。しかしやるしかない。その気持ちが彼に引き金を引かせた。


銃声。


射撃場以外で実弾を撃った。その瞬間だった。射撃の音に遅れてきな臭い火薬の臭いが辺りを包む。ターゲットを凝視すると、見事右脚に着弾していた。呻き声をあげ、その男は堅いコンクリートの上に転がり込んだ。それを見、基地警備隊員は警備犬を放した。二匹がほぼ同時に隊員の元から離れ、男性に勢いよく噛みついた。飯山はその光景に息を呑みつつ前進。男性の元に駆け寄った。着いた頃には既に警務隊員らに取り押さえられ、手錠を掛けられていた。


「統幕の飯山です。彼は?」


少し息を切らしながら飯山は警務隊員に問い掛けた。


「撃ったのは貴方ですよね。助かりました。」


曹長の階級章をつけた五十代の警務官は、まず礼をし、続けるようにして、


「彼は、この騒ぎの中、基地から出ようとしたんですよ。外出理由も明らかにしないし、何より多量の汗をかいて目を泳がせていました。誰でも分かる程でしたよ。あの様相は。」


淡々と事情を説明する。


「空自内に、ロシアとの内通者がいるんではないかと睨んでいましたが、此奴では?」


三曹の警務官が吐き捨てた。それを聞き、周囲は手錠を掛けられ俯いている男性。彼に厳しい視線を向けた。


「所属と階級は?その服、盗みもんだろ?」


五十代前半の風貌をして三尉の階級章をつけていた。ウイングマーク取得者ならこの年齢では有り得ないことであり、まずそこから疑った。


「警戒隊の星崎二曹です・・・。」


いかつい隊員らに取り囲まれ、男は観念したのか口を開いた。


「警戒隊?この基地の所属ではないな?」


警務官が問い質す。


「はい。根室のサイトです。」


「根室だと?」


飯山はオウム返しをした。


「女に騙されました。根室のバーで、旅行に来たと言っていたロシア人女性に・・・。」


何も聞いていない中、星崎と名乗った男は自供を始めた。


「最初は・・・、女遊びが出来るなと。それしか思っていませんでした。五日間も根室に泊まるっていうんで毎日会っていました。そしたらある日、隊員証を取られ、コピーされていました。そこからです。脅されるようになったのは。」


女か。理由を聞き、その場にいた全員が呆れ返っていた。


「で?お前は百里で何してたんだ?」


警務官が話に割って入り、問い掛ける。


「・・・。はい。攪乱と情報提供でした。基地内にて一時通信障害が起こったのは私の仕業です。」


その言葉を聞き、一人の警務官が殴り掛かった。通信障害の影響で基地にいる同期と連絡が取れず、結果として殉職してしまったからだった。怒鳴り、拳を振り上げるが飯山がそれを制した。


「奴等の目的は知らないのか?」


拳を抑えつつ、飯山は冷静な口調で問い掛けた。周囲に緊張が走る。


「俺みたいなカスに言う訳ない・・・。」


ボソボソと小さい声で星崎は応えた。


「何でもいい。お前も自衛官だろ!」


飯山が一人を制している中、今度は中年の警務官が星崎の胸倉に掴み掛る。それを見、数人が止めに入った。


「俺は本当に何も知らない!唯一聞いたのは、空で蝶が羽根を拡げる。変な事はそれぐらいしか聞いていない!」


星崎は殴り掛かられる恐怖に耐え兼ね、そう叫んだ。空で蝶が羽根を拡げる。その言葉に沈黙が広がった。


「どういう意味だ・・・?」


警務官らの表情が一気に曇った。飯山は頭をフル回転させ、記憶を探った。点と線で結び付く筈だ。空、蝶、羽根。何を指しているのか。少し考えた後、あることが引っ掛かった。


「ロシア軍の本隊はいつ着く予定だったんだ?」


飯山は険しい表情で近くにいた隊員に問い掛けた。


「はい。今日の予定です。しかし、この現状ですから作戦自体中止になった筈です。」


何も予測できていない隊員は、淡々と答えた。しかし飯山にとっては重要極まりない内容だった。


「奴等・・・。放射線廃棄物を積んだ輸送機を使ってテロを起こす気だ・・・!」


蝶が空で羽根を拡げる。それはつまり、上空で輸送機を爆破させるか、何かを投下するかの二択であった。それを導き出し、飯山は舌打ちした。そして一人ごち、急いで中村に電話を掛けた。






「各航空基地の滑走路に攻撃!現在情報を集約中!」


その報告が、横田基地の航空総隊司令部に届いた。周囲の人間はその内容に硬直した。一瞬、意味が分からなかったのだ。


「基地は?どこが攻撃を受けた?」


報告をあげた尉官に、空将補が問い掛ける。


「未確認情報ですが、百里、入間、小松、浜松、松島。以上が、同時多発的な攻撃を受けたと。」


同時多発テロ。そのワードが、周囲にいた人間の頭をよぎった。数人から声が漏れる。


「続報!百里管制塔が破壊!繰り返します!破壊!」


報告をあげた佐官の視点は定まっていなかった。一体何が起こっているんだ。ある一つの報告から航空総隊司令部は混乱の度を極めていた。


「落ち着け。各都道府県の警察、陸自に初動対処を要請。基地機能の復旧に全力をあげさせろ。」


司令官席に腰を降ろしていた上松空将は、全容を把握した上で指示を下した。


「あと、被害を受けていない築城と三沢。ここから直ちに飛行隊をあげ、中空と関東エリアの防空体制を確保させろ。」


日本の空を守ること。そのために今自分はここにいる。心臓の鼓動が早まっている中、上松は冷静を装いながら、的確に指示を与える。受け取った隊員らは顔が強張りながらも、業務に専念し始めた。


「対馬のサイトより緊急!アンノウン視認!輸送機クラスとのことで、このまま行けば関東上空を蹂躙することになります!」


一旦落ち着きを取り戻しつつあった室内で、その報告が響き渡る。その声に、全員が息を呑んだ。






 「横田ベース。こちらスコール01。ターゲットを肉眼で確認。インターセプトします。」


雲海の上を飛行する大型の輸送機。ゆっくりと飛行するその姿は威圧感をパイロットに与えていた。まるで自国の空を飛んでいるような、そのような余裕感すら感じられた。その中、築城基地から飛び立ったF2戦闘機。そのパイロットである梅井二等空佐は冷や汗をかきつつ、酸素マスク越しに報告を入れた。


(スコール01。こちら横田ベース。了解。スコール02と共に直ちに警告を実施。領空外に脅威を排除せよ。)


いつもと変わらない隊領空侵犯措置の対応。しかし今回は無理がある。梅井はそう感じた。同時多発的な、テロを装った空自基地への攻撃。その延長線上にこの輸送機がいることは明らかだった。何をするか分からない。撃墜させるのが得策だと梅井は心の中で叫んだ。が、実際は警告。酸素マスクの中で奥歯を噛みしめながらも、命令を行動に移した。大きく旋回し、該当機の両脇についた。そして、国際緊急無線にて警告を開始した。

英語、中国語、ロシア語、朝鮮語、日本語。丸暗記させられた定型文を淡々と読み上げる。しかし動きは何一つ変わらなかった。


「横田ベース。ターゲットに変化なし。関東方面に向かって依然進行中。」


口で言って聞くならば、領空を侵犯したりなどしない。梅井はそう感じながらも無線に報告を入れた。


(了解。警告を続けろ。)


その返答に思わず溜息をついてしまった。しかし命令違反をする訳には行かず、冷静な口調で返し、再び警告を開始した。








 「スコール01・02。ターゲットにインターセプトしました。警告を実施中。」


横田の航空総隊司令部。その一角で管制官の一尉が報告をあげた。司令部の指揮通信区画内が一気に騒々しくなった。数時間前までは、空自基地への攻撃、その対処で右往左往していたが、今は関東上空に迫っている輸送機に全員が注目していた。


「東京上空に差し迫った場合、撃墜も視野に入れないといけないな。」


総隊司令官の上松空将は、その報告を聞き司令官席でそう1人ごちた。


「官邸に連絡はいれてあります。総理が決断なされば、撃墜も可能でしょう。」


副司令官が耳打ちをしてきた。それに対し上松は静かに頷く。


「司令!百里から緊急!輸送機の狙いは関東圏、首都圏上空での自爆。よって撃墜を意見具申するとのとです。尚、情報の手所としてスパイ行為を行っていた空自隊員から聞き出したとの事!」


外来担当の空曹が、受話器を片手に報告をあげてきた。その場にいた全員の表情が険しくなった。


「なに!確かなのか!」


上松も例外ではなく問い質していた。


「スパイからの情報ですので、間違いはないかと。」


受話器の話し口を手で押さえながら、空曹はそう答えた。上松は唸った。今の情報が本当であれば直ちに撃墜しなければいけないと直感したからだ。しかし、領空侵犯機を撃墜出来る条件は三つ。一つは正当防衛、もう一つは爆弾を投下させるハッチの開放が認められた時、そして最後は、不審な急降下を突然行った場合。以上であった。これ以外の行為は何をしても撃ち落とされない訳であり、撃ち落としてはいけなかった。


法に縛られている現実。上松は苦虫を噛み潰したような表情になっていた。


「官邸に、撃墜許可を求めろ。」


モニターに映る輸送機。それを睨みつけつつ、上松はそう決断し口を開いた。




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