悠久の機甲歩兵

竹氏

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激動の今を生きる

第288話 街道侵攻

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 美しく抜ける青空を矢の雨が駆け、続いて怒号と鐘の音が木霊する。
 斬り飛ばされた槍の穂先が乾いた地面に突き立ち、しかしそれはすぐに奥へ進まんとする人の波に蹴飛ばされ、輝く刃も間もなく土埃に覆われた。
 ロックピラーからアルキエルモまで伸びる広い街道、その途中。日常的に様々な往来が見込めるこの場所に、通行税の徴収と道の警備を同時に行うための関所を帝国が築かぬはずもない。
 ただ、それら小さな拠点施設にとって、この襲撃は最悪の出来事だっただろうが。

「くそっ! こいつら、ユライアの本隊かよ!?」

「シャーデンソン閣下が敗れたっていう噂は、本当だったんだ!」

「怯むな! 我々には陛下より預かったイソ・マンがある! 頭数ばかり揃えた農夫程度、軽く蹴散らしてくれるわ! 獣使い、やれぇ!」

 小さな防御拠点に詰めているのは、多くとも百卒隊が2つ3つ程度。とても反帝国連合軍の主力と対峙できる戦力ではない。
 それでも帝国兵達は防塁に身を隠しながら、必死にクロスボウを握りしめて反撃する。
 対する反帝国連合軍の攻撃は、まるで雑草を刈り取るかの如く冷静だった。

「報告! 門の奥から失敗作《イソ・マン》が出現しました!」

「ここにもミクスチャは居らず、か。よし、化物を門の外へ誘い出せ。その後の動きは、事前に伝えた通りだ」

「ハッ!」

 エデュアルトが硬い表情を崩さないまま指示を出すと、伝令兵はまた慌ただしく駆けて行く。
 それに続いて、破壊された門をバキバキと踏み砕きながら、最早誰もが見慣れつつある異形が彼の視界に姿を見せた。
 ホンフレイの部隊に大打撃を与え、あまつさえ王国のテイムドメイルを再起不能とした怪物。それも中々の大型である。
 しかし、弱点が分かればただただ気味の悪い肉でしかない。
 長槍を携えた歩兵隊の動きはあからさまだったが、それでも失敗作は単純な誘いに乗って、一切恐れることなく防壁の外へ歩み出てくる。まるで広い場所の方が、敵を触腕の一振りで薙ぎ払えると言わんばかりに。
 ただ、振り上げられた丸太のような腕は、一筋の光が揺らめいた次の瞬間、あまりにあっけなく地面に転がった。

「ふん――脆いな」

 銀の毛並みを軽くかきあげたペンドリナが、鈍く輝くダガーナイフから体液を振るい落とすと、一瞬のうちに巨大な片腕を失った異形は、大きくバランスを崩して倒れ込む。
 そんな大きすぎる隙を、戦士たちが見逃すはずもない。

「おっしゃぁ! 収穫待ちの手柄が転がってやがるぜぇ!」

「あ、てめぇズルいぞ! トドメは俺のもんだァ!」

 まるで巨大な餌に蟻が群がるかのように、歩兵隊の後方から一斉に飛び出したキメラリア達は、それぞれの得物を異形の身体に叩きこんでいく。
 ミクスチャの出来損ないとして、圧倒的とも言える生命力を誇る失敗作。しかし、力自慢のキメラリアから、重量級の鉄塊をいくつも同時に叩き込まれて耐えられるはずもない。
 瞬く間に大量のひき肉が生み出され、それでもなお体を起こそうとしたところで、頭らしき部分にウォーハンマーをぶつけられて沈黙した。
 それも1匹ではない。後に続いて現れた他の異形たちも、同じように歩兵の誘いに乗っては、キメラリアの手で各個撃破されていった。
 そのあまりにも一方的な戦闘に、太い腕を組んだエデュアルトは呆れ返った様子でため息を吐く。

「ただの関でもとなれば、流石に準備を整えとるかと思ったんだがなぁ」

「ほとんど無警戒でしたね。帝国軍は未だに我々の動きを把握していないのでしょうか?」

「戦馬鹿の帝国に限ってそれはあるまい。上の将軍共の掴んだ情報が末端に回るより早く、俺たちが押し寄せているというだけでな」

 頭全体を覆う重々しい兜を傾けるプランシェの問いを、何度も帝国と相対してきた将であるエデュアルトは鼻で笑って見せる。
 ただ、戦馬鹿という表現が引っ掛かったらしく、彼女は僅かに顔を背けると小声で本音を零した。

「えぇ……? それ、閣下が仰いますぅ?」

「何か言ったか?」

「いーえ、このプランシェは何も申しておりません、申しておりませんとも」

 プランシェはガチャガチャと音を鳴らして大きく兜の振ると、スリットを真っ直ぐ敵方へ向けて黙り込む。
 その才能と努力によって将器にも武勇にも恵まれたエデュアルトではあるが、決して政《まつりごと》が不得手という訳でもない。だが、文書に向き合っていたり、他の貴族と議論を交わしているよりも、自ら荒事に飛び込んでいき武器を振るうことを好む性分であることは、今更言うまでもないだろう。
 そんな男にとって、現状の一方的な戦いは退屈でしかなかったが、敵が脆弱であることに対して警戒感も募らせていた。

 ――俺たちがここに迫ってなお、帝国は未だ爪を隠しておる。となれば、決戦はクロウドンかアルキエルモか、それ以外の何処かなのか。

 遠く関所の上で帝国旗が引きずりおろされ、鬨の声が空気を震わせる。
 一方的な連戦連勝。おかげで兵たちの士気は一層高く、特に故郷を脅かされた王国軍はそれが顕著だった。それは将も同じであり、プランシェも小さくガントレットを握っている。
 しかし、酔うというにはあまりにも小さく、勝って当たり前と言うべき現状に対し、エデュアルトは最後まで硬い表情を崩さなかった。


 ■


 ズームされた関所に王国旗が掲げられる。
 それを確認した僕は、構えていた携帯式電磁加速砲《パーソナルレールガン》を持ち上げ、翡翠の戦闘モードを解除した。

『敵拠点の占領確認、友軍部隊の損害は軽微である模様。総員、戦闘配置解除してくれ』

 僅かに凝った肩をぐるりと回し、小さく息を吐く。
 関所なのだから当然なのだが、ただ街道に設置されているからという理由だけで襲撃を受け、1時間持たずに壊滅させられる。それはまるで、路傍の石ころを蹴飛ばすような戦いだった。
 そんな状況で自分たちが介入する場面などあるはずもなく、自分が構えていた携帯式電磁加速砲も、関所の門周辺を指向していた玉匣の砲身も冷えたままである。
 無論、武器など使わないに越したことはないのだが、無線から聞こえてきた声からは微妙な様子だった。

『また何にもしないままおわりー?』

 ここに至るまで、同じような関を襲撃すること3回。その度に玉匣は戦闘配置につき、ポラリスも狭い砲手席に潜り込んで、緊張の面持ちで初陣を待ちわびていた。
 だが、戦闘配置から先は毎度待機だけ。それも3度目となれば流石に釈然としなくなったのだろう。
 その様子に、機銃座につくアポロニアが苦笑を漏らしていた。

『まぁまぁ、戦わなくて済むならその方がいいッスよ。自分達の武器には限りがあるんスから』

『アポロの言う通りだぜ。ミクスチャも連れてない100人そこらの守備隊なんざ、原始人共に任せときゃいいのさ。おーしマオリィネ、甲鉄隊を荷台に撤収させるぞ』

『はいはい……いつも通りの載せ直し、ね』

 カタカタ笑う骸骨に対し、マオリィネはため息を零す
 彼女についても、この反応はある意味当然だろう。
 毎度毎度、戦闘配置と言われるたびにせかせかと防雨シートを外して甲鉄の固定を解き、砲弾のリロードに備えて弾薬コンテナの操作盤に貼りついたかと思えば、やはり何もしないまま戦闘終了で、トレーラーへ戻ってくる甲鉄に対し、またせかせかと荷台に固定し直して防雨シートをかけなおさねばならないのだ。
 出番もないのに毎回降ろしてまた積んで。全く無駄なことを繰り返していると思ってしまうと、どうしたってやる気は削がれるものである。挙句、外から見えないようにかけている防雨シートが大きく重いとなれば、体力の消耗と合わせてなおさらだった。

『陣地変換訓練だと思えよ。柔軟に動き回れねぇ砲兵なんて、敵からすりゃあいい的だぜ?』

『……見えない場所から撃ってくるコウテツに反撃、ねぇ。そんな敵が居るなら見てみたいわ』

 骸骨が口にした800年前の正論に対し、マオリィネはもう嫌だと言いたげな様子で毒づいた。
 現代において大砲に相当する物といえば、攻城兵器である平衡錘投石機《トレビュシェット》であろう。だが、王都に設置されている大型のものでも、射程はよくて400メートル程度。当然のことながら照準精度など望むべくもなく、間接照準射撃を前提に設計された重榴弾砲とは、比較すること自体が間違っていると言っていい。
 あくまで、敵が純然たる帝国軍だけならば、だが。

『いいや反撃してこられる奴は居る。それも、腕のいい砲兵がだ』

 気がかりなのは前哨基地の戦いにおいて、超長距離からレーザースキャッタを撃ち込んできたヴァミリオン・ガンマである。
 あの時、周囲に観測用ドローンなどは認められなかったため、敵は直接照準とレーダー情報だけを頼りに砲撃を行っていたはず。
 にもかかわらず、損傷した味方を巻き込まないよう、翡翠をピンポイントで狙い撃ってくるなど、砲兵としてのセンスは一流と言わざるを得ない。それこそ、にわか砲兵でしかない自分やダマルとは比べ物にならない程に。

『っ! 前に襲って来たあのマキナ、あれもコウテツと同じような攻撃ができるというの?』

『残念ながらな。俺たちには間接照準っつう強みがあるとはいえ、それでも向こうの射程に捉えられちまったら堪らねぇってこった』

 誰かが小さく息を呑んだのがわかる。あるいは、誰もがかもしれない。
 決戦における最大の脅威ともなり得るのだから、それも当然だろう。
 静かに張り詰める緊張感。だが、僕はそれをフッと軽く笑い飛ばした。

『何、無闇に恐れる必要はないさ。僕らには僕らの強みがあるし、現代の機甲歩兵に負けてやるつもりもない。それに、マオの頑張りにはきちんと報いるから、拗ねずにやってくれると助かるんだが――』

 訓練の成果を示す機会など、来ない方がいいに決まっている。
 それでも、ここでやる気を失ってしまったことで、いざと言う時に取り返しのつかない被害を出してしまっては元も子もないのだ。
 ただ、無線から再び聞こえてきた声は先ほどまでと違って溌溂《はつらつ》としており、自分の心配は杞憂だったらしい。

『べ、別に拗ねてなんてないわよ。その、大事な役目だってことはわかったし、私だって子どもじゃないんだから』

『ありがとう。聞き分けのいい子は好きだよ』

『ぁ――か、からかわないで頂戴! ほらダマル、撤収やるわよ!』

 初々しい反応に笑いが零れる。
 ただ、直後に骸骨の一言が全てを攫って行った。

『チョロ貴族』

『……今度はどこの骨を折られたいのかしら?』

 それきり途切れる無線。ただ、何かトレーラーの方が騒がしくなっていたので、どこかしらの部位がもぎ取られた可能性は高い。というか、ほぼ確実だろう。
 相変わらずダマルも懲りないものである。人ならざる存在でもメンタリティが同じなら、性分は簡単に変わらないらしい。
 そんな様子を横目に、僕が玉匣の中へ戻って翡翠を脱装すれば、他の面々は既に片づけを終えていたらしい。ベッドの上段から伸びてきた手に、頭をクシャクシャと撫でられた。

「ねーえー、他の皆はともかく、何でボクも戦っちゃ駄目なんですかぁ? もう我慢のし過ぎで、身体がムズムズし続けてるんですけど」

「あぁ、こっちの手の内はできるだけ隠しておきたいからだよ。僕らは全員が全員、秘密兵器みたいなものだしね」

 毎度毎度戦況を見守るだけというのは、戦いを好むファティマにとって、相当なフラストレーションになっているのだろう。
 気持ちとしては発散させてあげたいのだが、如何せん戦争中であるからには堪えてもらうしかなく、その手を軽く握りながら苦笑することくらいしかできない。
 ただ、苦笑に込めた思いは伝わらなかったらしく、尻尾でぺしぺしと叩かれてしまった。ふわふわしていて気持ちいいので、抗議と呼んでいいのかは甚だ疑問だが。
 そんなじゃれあいをしていると、機銃座から話を聞いていたらしいアポロニアが、にゅっと砲手席の入口から顔を覗かせた。

「そうは言っても、王都とかであれだけ派手に戦ったんスよ? 今更秘密がどうとかって意味あるんスか?」

「そりゃあ、帝国だって僕らの情報を集めてはいるだろう。だが、全てを知られている可能性は低い」

「どの武器を敵に知られているかは判断できないから、できる限り全てを隠している、ということ?」

 別に集合をかけたつもりはないが、会話に混ざりたかったのだろうか。シューニャも運転席から出て来くると、焦げ茶色のキャスケットを被りなおして首を傾げた。
 アポロニアの言う通り、自分たちは王国領内での勝利を得るため、あまりに目立ち過ぎる戦いを強いられた。しかし、言葉の通りに壊滅状態となり敗走した僅かな帝国兵の報告だけで、こちらの詳細情報が全て伝えられたと考えるのは早計であろう。
 また、自分達が反帝国連合軍の隠された切札であることは変わりないため、僕はそうだと小さく頷いた。

「特にミクスチャを撃破できる武器の威力に関しては、できるだけ隠しておきたい。当然、ミカヅキもね」

「むぅ……わかりました。おにーさんがそう言うなら、我慢します」

「でもさ、それだとになっちゃうし、わたしちゃんとできるかなぁ……」

 寝台の上を転がるファティマに変わって、今度はアポロニアの足元からポラリスの不安そうな顔が生えてくる。

「ポラリスなら大丈夫だよ。訓練通りにやればいい――って、あんまり言いたくないんだけどね」

 彼女のガンナーとしてのセンスが優れていることは、訓練の成績が如実に物語っており、超速成教育であろうとも現代戦ならば問題はないと判断していた。
 ただ、人殺しの技術を教えて褒めることに対する抵抗は消えない。それがたとえ魔術の使用を抑えながら、戦力の低下を抑制するためだとしてもだ。
 兵士としては無能の証明と呼ぶべき選択だろう。そんな後ろ暗い想いを隠すようにしゃがみ込めば、ポラリスはパッと笑顔を咲かせて思い切り床を蹴り、勢いよく胸の中へ飛び込んでくる。まるでさっきの不安が嘘だったかのようだ。

「えへへ、もっとほめてくれてもいーよ」

「……複雑なんだけどなァ」

 無邪気な言葉に僕は乾いた笑いを零しつつ、しがみ付いてくる彼女を抱っこしながら青銀の頭を撫でつける。
 しかし、それ以上何事かを悩む暇が、自分に与えられることはなかった。

「ご主人、次行くッスよ?」

「次、って――うごぁっ!?」

 ドスン、と後頭部に伝わる衝撃。突然塞がる視界と頭の上にのしかかる柔らかい感触。
 ポラリスを胸に抱いたままという不安定な姿勢ながら、気合を持ってよろめくだけで耐えられたのは、跳びついてきたのがアポロニアだったからだろう。
 非力とはいえ、身軽さを生かしたアステリオンの運動能力は侮ってはならない。そしていくら子どものような体重や背格好であろうと、床から人の頭に跳びつけるほどの勢いが乗っていれば、その衝撃は相当なものであり、パイロットスーツを着ていてよかったと心の底から思わされた。

「えっへへへ、ポーちゃんだけに独り占めはさせないッスからねぇ」

「いや、あの……独り占めとかではなくですね……危うく首がもげるかと……」

 視界を塞ぐアポロニアの腕をずらしながら、どはぁと大きく息を吐く。
 だが、暗闇から脱した途端に見えた金色の瞳に、僕は滝のような冷や汗が噴き出した。

「おー……これ、ボクも行っていい感じですか?」

 その姿はまるで獲物に狙いを定める猫が如く。お尻を左右に揺するファティマが飛び込んできた日には、次こそ間違いなく自分は体のどこかに被害が出る。否、彼女のパワーで体当たりされると怪我では済まない可能性も高い。

「ごめんなさい許してください。というか、もう僕の身体に面積が残っていないだろう――に?」

 ふと、背中に何かが触れたような気がして、アポロニアを肩車したままの恰好で無理矢理頭を横に向ければ、茶色いキャスケットのてっぺんが見えた。

「……何?」

「――いや、なんでも」

 恐る恐るといった様子で身体をもたれさせるシューニャは、顔こそ見えずとも僅かに覗く赤く染まった耳が、冷静でないことを如実に表している。
 最近、誰かが動けば全員が束になってくることが増えた。勿論、僕としては嬉しいのだが、言ったように体の面積や自分の筋力量には限界がある。

「アポロニア引っぺがしたら、ボクが行ってもいーですよね……?」

「ほぉん? 自分は執念深いッスからね、そう簡単に離れると思わない方がいいッスよ?」

「勘弁してくれ、多分僕の首が千切れる方が早い」

 誰とも平等に接するためにこそ、今後は何らかの手段で順番を決めて貰うようにしよう。
 強く強く、そう決意した瞬間だった。
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