悠久の機甲歩兵

竹氏

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激動の今を生きる

第286話 搦手

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 反帝国連合軍本隊がフォート・サザーランドへ入城したのは、ホウヅクによる連絡が行われた翌々日のことである。
 ヴィンディケイタ偵察隊により受け入れ準備が整えられていたこともあり、かなりの大規模部隊でありながら特に混乱を生じる事もなく、強行軍で疲労していた兵士たちはようやく短い休息を得られていた。
 しかし、軍全体の指揮を執る諸将たちには一息をつく時間すら与えられない。
 というのも、ここまでの数日間で新たに得られた情報が、元々の作戦計画に少なからぬ影響を与えるものだったからだろう。
 現に作戦図を囲むその面々は、興味深げにシューニャの報告に耳を傾けていた。

「――というのが、この場所に残されていた書類と、奴隷商ラルマンジャ・シロフスキから得られた情報から導いた結論。報告は以上」

 彼女が1歩下がれば、部屋の中には一時的な静寂が訪れると共に、何か互いを探り合うような雰囲気が立ち込める。
 目標を同じくする連合軍という特殊環境であり、上下関係のない権力者の集会だからこそ生まれたであろうそれは、しかし長続きすることもなくエデュアルトの呟きによって破られることとなった。

「今度は帝国領西部地域、それも帝国による統治に反抗する勢力が存在すると来たか。この話、真なのだろうな?」

 豪奢な恰好の武将がギロリと眼を光らせれば、集まっていた全員の視線は一斉に、
 枷をつけられた上に屈強な兵士に囲まれた男へ向けられる。
 だが、シューニャに情報をもたらした奴隷商ラルマンジャ・シロフスキは、強権を誇る者達を前に虜囚として引き出されているにも関わらず、まるで商人として客に対応するかのような様子で柔らかく笑った。

「そりゃあもう、私が連れていたキメラリア奴隷たちは皆、西ので仕入れてきたものですから! 情報こそ我ら商人の命綱でありますれば、シューニャ様の仰ったことに間違いなどございませんとも!」

 権力者たちが訝し気な視線を送るのもむべなるかな。雰囲気だけなら、幸せになれる壺でも売っていそうに思えてくる。
 しかしそんな様子を差し置いてなお、自分にとってはラルマンジャの口にした敬称の方が余程気がかりであり、なんなら骸骨も同じ思いだったのだろう。銀色の兜がそっとこちらの耳に近づいてきた。

「シューニャ様って……あのオッサン、一体どんな尋問受けたんだ?」

「僕に聞かないでくれ。ファティたちは護衛だと言っていたが、シューニャはああ見えて意外とえげつないところもあるし、正直言ってあまり知りたくな――んでもありません」

 背中越しに感じるあからさまな怒気に、僕はヒュッと咽を鳴らして視線を正面に固定する。ひそひそ話と言うのは何故かよく聞こえる物だということを、ゆめゆめ忘れてはならないのだ。
 後で精々小言を浴びるのはほぼ間違いないだろう。それを思うと早くも気が重かったが、少なくとも会議の進行には何の影響も及ぼさない。
 それも重鎮の1人が、部屋を漂う疑わし気な空気を鼻で笑えば、自分たちのことなど居ないも同然だった。

「ふん、肝の小さい奴らばかりが、よくもまぁこんな大それた恰好で集まったもんだ。その男の言葉を疑う必要はないよ。あたしが保証してやってもいい」

「リロイストン殿には何か確証がおありのようだが、ご説明願えますかな?」

 コレクタユニオン側の実質的な長でありながら、わざわざ前線まで出張ってきているグランマに対し、各組織の名代であるエデュアルトとヘルムホルツは興味深げに視線を注ぐ。
 それを妖怪老婆がどう感じたかはわからないが、長煙管でコツンと机を叩くと、大して面白くもなさそうな様子でその理由を語った。

「別に不思議なことでもないさ。ご先祖様の話になっちまうが、レンドと言や元々はキメラリアの大集落がいくつもあったと言われる場所でね。そいつらがカサドール帝国の侵攻に対して、無謀にも激しく抵抗したもんだから、未だに他の地域より厳しい圧制が敷かれてるってだけだよ。特にキメラリアに対しては、ねぇ?」

「そりゃ確かに反乱勢力が勃興する土壌だが、俺たちが気にするほど組織だったもんがあんのかは別問題だろ? おいオッサン、そこんとこはどうなんだ?」

 あまりにも単純で、だからこそ疑いようがないと紫煙を吐いたグランマに対し、ダマルはその戦力について疑問を呈する。
 反帝国連合軍は苦しんでいるキメラリアを救うための慈善組織ではない。だからこそ、組織的な抵抗が可能かどうかという情報は非常に重要だった。

「申し訳ありませんが、私も反乱勢力の全容までは把握しておりません。ただ、帝国が鎮圧に手を焼いていたのは事実ですな。何せ、我々奴隷商に対して、レンドにおけるキメラリア奴隷狩りを奨励していたくらいですから」

 そう言って緩く首を横に振るラルマンジャに対し、エデュアルトは悩まし気に眉間を揉み、ヘルムホルツは猪面からシュウと大きく息を吐く。

「このまま全軍で突き進むべきか、それとも西へ部隊を向かわせることで同時にレンドを解放するべきか……諸将、どう考える?」

「あたしゃレンドの解放を同時に行うべきだと思うね。戦力増強はもちろん、帝国の注意を西に引かせられれば、決戦を有利に運べる可能性も上がるはずさ」

「小生はこのまま全軍を用い、速やかに帝都まで侵攻すべきと愚考する。帝国にミクスチャを生み出す時間を与えぬことこそ肝要であろう」

 反帝国連合軍を形成する強大な2つの組織、コレクタユニオンとスノウライトテクニカの意見は見事なまでに割れた。
 そしてここまでハッキリと考えが述べられると、当然のことながら周囲の面々はどちらにつくかの選択を迫られる。その先陣を切ったのは、エデュアルトの側近であり、直属部隊で副官を務める女騎士プランシェだった。

「僭越ながら、某もホルツ殿と同意見です。傷ついたユライアを速やかに立て直すためにも、この戦に時間をかけるべきではありません」

「プランシェの気持ちもわかるけれど、戦後の話は勝ってからにしたほうがいいんじゃないかしら。今の私たちにそこまでの余裕はないし、勝利を確実にするためなら味方は1人でも多い方がいいわ」

 拳を握りこんだ真っ直ぐな女騎士に対して思うことがあったのだろう。マオリィネは楽観が過ぎるとでも言いたげに、長い黒髪をふわりと払って見せる。
 どちらも貴族令嬢、そしてどちらも優秀な王国騎士。
 似通った出自を持つ2人の関係性が、果たしてどのようなものなのかなど僕にはわからない。
 ただ、交差する琥珀色と藍色の視線の間には、明らかに火花が散っていたため、それなりに付き合いは長いのだろう。これまた見事な対極で、マオリィネが凛々しく微笑めば、プランシェは顎に力を込めて彼女を睨みつけていた。
 しかし、選択を迫られる者にとってこのやりとりが疲労を重ねてくることは言うまでもなく、深い深いため息をついたエデュアルトは、貴族らしからぬ様子で後ろ頭をボリボリ掻きながら、ゆっくりとこちらへ向き直った。

「……アマミ、貴様はどう見る?」

 その声は普段と違い、王国に連なる大貴族として、また全権を預かる指揮官としての重みがあったように思う。
 単純な物量で劣る反帝国連合軍にとって、同盟組織による戦力の補強はどのような規模であろうと重要であり、キメラリアが集中している地域を占領できれば、帝国軍の継戦能力を低下させられるというメリットもある。
 一方ここまでの反帝国連合軍は、帝国軍の意表を突く素早い反攻作戦を行っていることから、ここで部隊を分割させるようなことはせず、帝国軍の迎撃準備が整わない内に総力を持って帝都を攻撃した方が有効という意見も頷ける。
 どちらにも利があり、どちらも絶対とは言い切れない。だからこそ決断が必要であり、それが容易でないから意見が割れるのだろう。
 だが、こちらの意見は先にシューニャから話を聞いた段階で決まっていた。

「自分は――いえ、自分は、レンドの反乱勢力と協調することを支持致します。しかし、こちらから送る戦力は解放奴隷の中から募った志願者と、コレクタユニオンのリベレイタ1部隊のみとし、あくまでレンドの解放は反乱勢力の戦力を主体に行ってもらうことを条件とさせていただきたい」

「おいおい正気かい? ここからレンドまでの間にはいくつも関があるんだ。たったそれだけの戦力じゃ、1つ目の関で躓いちまうよ」

「正面から強行突破を行う必要はないでしょう。なんでも、商人ギルドの有名人ともなれば、と言うではありませんか」

 まさか皆さまご存じありませんか? と言外に告げれば、身内以外の誰もが一瞬呆気に取られて間抜け面を晒した。
 国法に例外を設けられるほどの権力を持つ商人ギルドという組織が、どれほどの規模を誇っているのかは想像に難くない。その中でも有名人だと言うのならば、敵と疑われずに突破することも容易だろう。
 帝国に気付かれることなくレンドに到達できれば、今回解放した奴隷たちを無傷で反乱組織に届けることができ、同盟関係を築く足掛かりとできる可能性も高い。しかも、こちらの割く戦力は最低限で済む。
 居並ぶ面子を考えれば、作戦の合理性など改めて説明する必要もなく、間もなくグランマは肩を揺すって笑い始めた。

「くっ、くくく、ハーッハッハッハ! リベレイタ1部隊っていうのが引っ掛かっていたが、まさか奴隷商を使って紛れ込ませるつもりとはね? 商人ギルドの標語を知ってるかい? だぞ」

「え、英雄殿は中々下劣な策を練られるのですね……」

 目的のためなら手段を問わない妖怪老婆はともかく、清く正しい騎士様であられるプランシェからは、下劣という強い言葉を選んだことも含めて、物言いたげな様子が伺える。
 その善良さは美徳であり、素晴らしい女性であることは疑いようもないが、自分たちは存亡をかけた戦争をしているのだ。暴力をもって敵を滅ぼさねば、自らが滅ぼされるという極限状態に、綺麗も汚いも存在しないと切り捨てた。

「助かるためならなんでもする、と言ったのはご本人ですので。家族が色々と世話になった分も含めて、精々役に立ってもらいたいところです」

「いや、そうは言うがな……この男、本当に信用できるのか?」

「残念ながら確証はありません。ですので事故を防ぐためにも、優秀な人物を監視役として同行させてはいかがでしょう?」

 捕虜が作戦の要となる以上、エデュアルトの不安は至極当然であり、だからこそこちらもその対応策を事前に考えておくことができた。

「たとえばですが――マルコさん、とか」

 チラリと目を向ければ、それに釣られて全員の視線が長身の犬男に集中する。
 無論、まさかいきなり名指しされるなど彼も思っていなかったのだろう。一瞬呆けたかと思えば、あからさまに狼狽した。グランマの後ろに立っていながら、である。

「おおお俺ですかぁ!? い、いや、しかしそれは――」

「ほぉ? より優秀なヴィンディケイタを選ばず、あたしの飼い犬を指名した理由、聞かせてもらってもいいかい?」

 マルコの言葉を遮って、グランマは面白そうに煙管を揺する。
 妖怪老婆のことだ。最早こちらの腹積もりなど読み切っていそうなものだが、敢えて自分の口から言わせておきたいのだろう。相変わらず面倒くさい皺くちゃである。

「この作戦において重要なのは、ただの隊商を装うことです。ヴィンディケイタの方々は顔と名前が売れていますから、帝国兵に怪しまれる可能性が高く、今回は不向きと言わざるを得ません。その点、マルコさんなら武勇にも優れていますし、帝国領の事情にもお詳しいとも聞きますので、反乱勢力との橋渡しも可能でしょう」

「そ、そいつは流石に過大評価な気がするんですが……」

「いいや実に合理的な判断だ。こっちに異存はない――が、それでいいかいエデュアルト卿?」

「最低限の戦力で実現できるのならば、やらぬ手はありますまい。レンドの解放、コレクタユニオンにお願い申す。諸将、よろしいか」

「小生らスノウライト・テクニカ側にも異存はない」

 いくらマルコがおろおろしながら尻尾を丸めようと、彼は飼い主であるクソババァが1つ手を叩けばそれが全てなのだろう。
 挙句、重鎮たちが作戦を了承していけば、最早本人の意志などどこにもなく、作戦詳細の検討が始まった執務室の中に残されたのは、小さく鼻を鳴らすヒューンという音だけだった。
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