悠久の機甲歩兵

竹氏

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激動の今を生きる

第285話 本隊を待つ間

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 今回の戦争は速度が命の電撃戦である。
 時間がミクスチャを生産できる帝国にとって味方である以上、こちらは戦力回復の暇を与えず一気に本丸を陥落させねば、戦力に余裕のないこちらがじり貧となるのは目に見えていた。
 そのため、寄せ集めの反帝国連合軍は将兵の疲労を半ば無視するような、無謀ともいえる速度での進軍を強行しており、先に届いたホウヅク伝によれば、主力は間もなく帝国国境に差し掛かるとのこと。
 そんな無茶が実現できたのは、身分階級の上下に関わらず、全体が高い士気を維持していたからだろう。王国軍の将兵は、故郷に大きな爪痕を残した帝国に対する逆襲に燃え、各組織に属するキメラリアたちは、同族を化物に変える脅威に立ち向かうためという明確な大義を持ち、傭兵と化しているコレクタたちも、規格外に高い報酬を求めて武器を取っていた。
 彼らの進軍速度はまさしく驚異的と言っていい。
 ただ、それは現代における基準に過ぎず、全ての部隊が機械化されていて当然だった自分にとって、徒歩行軍の王国軍本隊を待つ日々は長かった。
 無論、到着を待つ間、何もせず過ごすようなことはしなかったが。

「しょうじゅーん……そこ!」

 カチン、と響くトリガの音に、本来なら迸る火炎と衝撃は続かない。
 その代わり、モニター上にはHITの文字が浮かびあがり、赤くなった観測ドローンの残像が焼き付いている。

「お見事。いい飲み込みだ」

「ふふーん、でしょでしょー! こういうゲーム、よくしてたからねっ!」

 そう言って肩越しに振り返ったポラリスは、小さな拳を力強く握って見せる。
 彼女を玉匣の砲手としてはどうか。そう言い出したのは他ならぬダマルだった。
 周囲一帯を凍土してしまえるほど魔術は強力な武器だが、身体的負荷はあまりにも大きく、水を触媒にしたところで継戦能力にはどうしても限界がある。
 魔術を極力使わないように温存しつつ、まだまだ幼い彼女の戦力を補強する方法。その結論として導き出されたのが、砲手としての速成教育だった。

 ――今更のことだと、必要なことだとわかっていても、やはり情けない話だな。この子を戦場に立たせるなんて。

 無邪気にVサインを作ってハイスコアを喜ぶポラリスを撫でながら、幼い手に武器を握らせねばならない状況に奥歯を噛み締める。
 確かに彼女は、年齢のために不完全とはいえ、現代では貴重な古代共通語の識字者であり、古代的な知識も子どもなりに持ち合わせている存在だ。そして地下研究所という特殊な閉鎖環境で育てられたポラリスにとって、ゲームは重要な娯楽だったのだろう。ただでさえ、その幼い身体に刻まれた遺伝子は、天才的な頭脳だけでなく、優れたゲームセンスを持っていたストリのものなのだから。
 彼女はこの訓練をゲームの延長線上と捉えたらしく、チェーンガンの基礎的な運用方法を今日までの数日で理解し、あまつさえダマルが存在しない舌を巻く程の命中率を叩き出していた。

『……一応聞いときてぇんだがよ。お前、ドローンの操作手ぇ抜いてねぇよな?』

「いや、いつも通りランダムな動きで飛ばしていたつもりだが、そんな風に見えたかい?」

『見えねぇから聞いてんだっつーの。まだ訓練はじめてから1週間も経ってねぇんだぞ? 重力やら風やらの演算も噛ました設定で、こうもポンポン当てれるか普通?』

 所詮玉匣に搭載されている簡易的なシュミレーションに過ぎず、実際の弾道とは異なる部分も多く、命中判定だって曖昧なものではある。
 しかし、同じ設定でダマルがやった時には、中々HIT判定が出なかったのも事実であり、その上ポラリスのスコアには浮き沈みが無いことから、誤作動やまぐれ、ビギナーズラックによるものとは考えづらい。
 挙句、当本人の自信も相当なものらしく、ダマルの懐疑的な言葉に対しては大きく頬を膨らませて見せた。

「なーにーさー! ちゃんとねらってあててるもん! こんなのチェーンガンのクセと、モニターにでてる風とかの数字にあわせてうつだけじゃんか」

『そ、そりゃそうかもしれねぇが、言う程簡単なことじゃねぇんだぞ。ただでさえ、砲手の仕事ってのはチェーンガンをぶっ放すだけじゃねぇし、相手によって弾の種類を変えたり、発煙弾で敵から身を隠したり、砲塔の旋回を機銃手と連携したりだな――』

「わかってるよそんなこと。スモークはロックオンけいほーがなったらうつ。かたい敵にはAPDS装弾筒付徹甲弾、人とかならHEI焼夷榴弾、たてものとかにはAPHE徹甲榴弾、でしょ? アポロ姉ちゃんとのれんけいだけは、やったことないからわかんないけど」

 細い指を折りながら、流れるように口から出てくる砲弾の名前。
 彼女に施しているのは、適当でも撃てればよし、という程度の超速成訓練であるため、実際に動かして操作方法を覚えさせる以外の知識的な部分に関しては、ほとんど触れてすらいない範囲である。
 にもかかわらず、ポラリスは説明の端々に出てくる単語を、まるで乾いたスポンジのように吸い込んでいき、こちらの想定をはるかに超えた成長を見せていた。
 その一端を垣間見たからだろう。今まで騒がしく鳴り響いていた無線は沈黙し、僕は苦笑を浮かべながらレシーバーを手に取った。

「だ、そうだが、何か言いたいことはあるかい?」

『……俺、職業軍人としての自信無くなって来たわ。いくら撃ち合いが本職じゃねぇっつってもよぉ』

 たった数日あまりの進歩が、ダマルには相当衝撃だったらしい。その気持ちは、直接指導している身としてよくわかる。
 ただ、そんな自分たちの反応に対し、マオリィネはダマルのレシーバー越しに、どことなく呆れたような声を出した。

『ストリさんは天才だったんでしょう? その血を継いでいるのなら、ポラリスに魔術以外の才覚があっても不思議はないんじゃないかしら?』

「そりゃまぁ、彼女が色々と優れた才能を持っていたことは否定しないが。それでも、ガンナーとしてのセンスが優れていた、なんてのは流石に聞いたことがないからなぁ」

 ストリは基本的に面倒くさがり屋で、生活面においては自堕落な部分も目立ってはいたが、一度興味を持ったことは何でも器用にこなしてしまえるあたり、非凡な存在だったことは疑いようもない。
 とはいえ、細身で非力な彼女が戦場に立つ姿はどうにも想像できず、後ろ頭を掻きながら砲手席に収まるポラリスをチラと覗き込めば、彼女はこちらの視線に気づいたらしい。
 くるりと肩越しに振り返ると、どこか自慢げに小さく首を傾げてみせた。

「ねぇキョーイチ。わたし、ストリに?」

 静かに零れた言葉に、僕は一瞬面食らってしまった。
 ポラリスの言う勝敗とは一体何か。何の優劣を気にしているのか。
 これが身体能力や知能指数といった、一定の基準を元に可視化できる成績ならば、たとえ同じ遺伝子を共有していても、違いは数字で表すことができるだろう。
 しかし、彼女が知りたいのはきっとそんなことではないのだろうと思った僕は、ふわりと広がる青銀の頭にポンと手を置いて笑いかけた。

「勝ち負けとなるとどう決めていいか分からないんだが、それでも、君がとっても凄い子だってことに関しては僕が保証するよ」

「にへへ……」

 白い歯を覗かせた自慢げな笑み。
 それが研究所で暮らしていた時に見たストリと重なって、微かに心臓が跳ねる。
 けれど、今までのように胸を貫くような痛みに襲われることはなく、感じられるのは二度と戻らない時に対する穏やかな寂しさと、800年もの時を経てなお遺伝子の繋がりを持ったまま、自分の前へと現れてくれた幼い少女に対する愛おしさだった。
 小さく芽生え、ゆっくりと身体に染みわたっていく温かい感情は、うまく言葉にできそうもない。だからその代わりに、ぴょんぴょんと跳ねる髪の毛から手を滑らせ、柔らかい頬を撫でてやれば、ふへぇ、とくすぐったそうな声を出しながら、掌に頭をもたげてくる。

『――よかったわねポラリス、褒めて貰えて』

 そんなポラリスの幸せそうな様子は、レシーバー越しにも伝わっていたらしい。
 ただ、小さなノイズの後に続いたマオリィネの言葉は、強張った様な雰囲気を纏っていたが。

『おいおーい、顔引き攣ってんぞ。おチビ相手でも、羨ましいなら羨ましいって正直に言えばいいじゃねぇか』

『べべべ別に羨ましくなんてないわよ! これは……そう、余裕! 大人の余裕っていうの!』

『はぁ? どこに大人の女が居るってんだよ。お前なんざまだ生娘アドバンスがいいとこじゃ――ア゜ッ』

 なんとなく久しぶりに聞いた気がする、ゴキョポンという軽やかな音。それだけで何が起こったかは想像に難くない。
 その上、続いて聞こえてきたのは、研ぎ澄まされた刃のような声だったのだから、想像は一瞬で確信へと変わった。

『……さ、コウテツへの給弾訓練、続けるわよ魔物モドキ。私だってポラリスに負けてられないんだから、髑髏だけでもしっかり指導なさい』

 自分に向けられた言葉ではないのに、ゾクリと背筋に冷たい物が走る。
 普段はどことなく抜けたところのあるマオリィネだが、こうした時に発する迫力はまさに貴族であり武将のそれなのだろう。
 ポラリスもその圧を感じてか、黙ったままでそっと僕の腕に絡みついていた。


 ■


 石造りの階段をゆっくりと下る。
 足音は自分のものを含めて3つ。手燭てしょくの上で揺らめく灯火が、壁にぼんやりと影を浮かび上がらせる。

「やー……相変わらず、陰気な場所ッスねぇ。長いこと居たら、毛並みが悪くなりそうッス」

「ボクも嫌いです。なんでもっと風通しとかよくしないんでしょうね?」

 2人がブツブツと文句を言うのも不思議ではない。私だって可能な限り、こんな場所には近づきたくないのだから。
 地下牢。
 捕虜や罪人を繋いでおく陽の光が届かない場所が、要塞や城塞には必ずと言っていいほど存在する。
 不快に籠った暑さと独特のすえた臭い。不快に軋む扉を潜れば、通路の左右に設けられた牢屋が蝋燭の光に浮かび上がった。
 太い木材で作られた檻は、元はどれだけの人数を閉じ込めていたのかわからない。
 しかし、今はたった1人、太った男だけがポツネンと座っているだけだったが。

「……ほぉ、若い娘っ子ばかりが牢に降りてくるとは、反帝国連合軍とやらはそんなに人が足りておらんのか?」

 薄い笑みを浮かべた奴隷商ラルマンジャ・シロフスキは、初めて目にした時よりも少しばかりやつれたように思う。
 ただ、奴隷商として成り上がった人物であるからか、贅肉の隙間から覗く眼光は捕らわれの身とは思えない程ギラギラと輝いていた。
 運んでいた商材の全てを失い、薄暗い地下牢に繋がれてもなお、この男は生きることを諦めていない。それどころか、先を悲観してさえいないのではないか。
 そう感じられるほどの迫力に私は小さく息を呑む。しかし、元々商品として扱われていたファティマは一切怯むこともなく、全く感情の籠らない視線と声を肥満体へと突きつけた。

「キメラリアのことをなんてよく言えますよね。ついこの間は、通りがかりを装ってたボクのこと、商品がどうのこうのとか言ってた癖に」

「おぉ、ファティマ! 命の恩人が訪ねてきたと言うことは、ワシはようやくそれに報いられるという訳じゃな!?」

 抜き身の刃を突きつけるが如きファティマに対し、何をどうしたらそういう反応が生まれるのか、ラルマンジャはまるで肉親と再会したかのような表情を浮かべて檻にしがみ付く。そこに今までのように不敵な様子は一切見られない。
 それどころか、変わり身の早さと迫りくる肉の壁は凄まじい迫力であり、私はアポロニアと共に1歩後ずさってしまった。

「……こ、このオッサン、ホントに何日も牢屋で繋がれてるんスよね? なんでこんなに前向きなんッスか」

「どっかで頭でもぶつけたんでしょ。ボクが奴隷してた時も、何かと横柄で面倒くさかったですけど、こんな感じじゃなかったですし」

「おぉおぉ、昔にしたことも合わせて償わさせてくれ! お主は何を求める!? ワシにできることならなんでもするぞぉ!」

 檻を挟んであまりにも大きく開いた言葉の温度差。
 だが、その牢獄とは不釣り合いな満面の笑顔を眺めていると、1つの仮定に辿り着く。
 役に立つかもしれないから殺さない。ファティマはそう判断して、ラルマンジャを捕虜としたと聞いている。それは裏を返せば、役に立たなければ殺されるということに他ならない。
 だが、確実に機会は与えられる。この男にはその機会を物にできる自信があるのだろう。
 だからこそ、ファティマはその一言を聞いた瞬間、スッと金色の双眸を細めながら薄く笑った。

ですって。これでいいですか、シューニャ」

 彼女の視線を追って、静かにラルマンジャはこちらへ向き直る。
 その表情は僅かばかり強張っていたが、それもファティマの楽し気な声を聞けば当然だろう。
 だからこそ彼の前に立った私は、余計な雑音を入れないよういつも以上に淡々と、地下牢へ降りてきた目的を告げた。

「奴隷商ラルマンジャ・シロフスキ、いくつか聞かせてもらいたいことがある。本当に役に立つというのなら、全て正直に答えてほしい」
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