悠久の機甲歩兵

竹氏

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激動の今を生きる

第274話 前進その前に

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 戦争に必要な物とは何か。
 最も簡単に想像できるのは、多種多様な武器だろう。
 現代で言えば剣に槍にクロスボウにカタパルト、その他その他。
 しかし、大軍が行動するに当たって最重要と言うべきは、武装よりも兵士たちの腹を満たす、喉を潤す食料と水だ。
 これは人間、ないし人種が食事を必要とする限り逃れられない制約であり、古代兵器を用いる自分たちにとっても死活問題だった。
 それもいざ国家軍が動こうと言う時になれば、なおの事であろう。

「……何ッスかその暴利」

 天幕連なるバックサイドサークルの朝。トゥドの詰まった麻袋をつつくアポロニアは、モフモフした毛有アステリオンの商人に対して、あからさまに顔を顰める。

「そう言われたってこっちも商売だし、戦争で食い物の価値が軒並み上がってるからねぇ?」

「それにしたって、もうちょいまからないッスか!? この袋1つで銀貨ってのは、流石に足元見過ぎッスよ!」

「こんなご時世だから、仕入れも上がっててさ。悪いけど、払えないってんなら他所当たってくれ。まぁ、どこも同じだろうけど」

 しゃがみ込んだ彼女が睨みつけようと、アステリオンの商人は筆のような尻尾を揺らすばかりで相手にしていなかった。
 それも当然であろう。需要と供給のバランスが戦争によって大きく傾いている現状では、金を持つ者より物を持つ者の方が強くなるのは道理なのだ。

「構わない、その値段で買わせてもらおう」

「ははぁ、さぁっすが英雄様ですな。話が早い!」

 どうせ必需品なのだから、と僕が銀貨の入った革袋を鳴らせば、アステリオンの商人は嬉しそうに目を細めて手を打った。
 一方、アポロニアはまだ粘る方法を考えていたらしく、ギョッとして縋りついてきたが。

「ご、ご主人!? そんなあっさりとぉ!?」

「これくらいなら必要経費だよ。ただでさえ、僕らは基本同盟軍とは別行動だし、暴利であれ何であれ買える値段なら、前線で腹を空かせるよりはマシだしね」

「そ、そりゃわかってるんスけど……どうしても、銀貨っていうのは納得できなくて、うぐぐぅ……!」

「あ、それじゃササモコを袋2つと、干し肉を袋1つ。あとはリーヴィーンとアカボも1袋ずつください」

 頭を抱える彼女の様子を黙って見ていたファティマは、何か面倒くさくなったらしい。欠伸を1つすると、適当に食材を指さし、手渡された麻袋を背負子に結いつけ始めてしまう。
 流れるような手際と言うのはまさにこのことだろう。横でアポロニアがわたわたと手を振ったところで、既に後の祭りだった。

「ちょ、猫ぉ!? 高いんだからもうちょっと加減して――!」

「いつまでもゴニョゴニョ言ってばっかりの犬が悪いんでしょ。おにーさんが買うって言ってるんですから、気にしなくていいじゃないですか。ほら、行きますよ」

 食材を眺めているのが、よほど退屈だったのだろう。ファティマは優れた身体能力に任せ、荷物一切を軽々担ぎ上げると、長い尻尾をゆすりながら歩き出してしまう。
 それに僕が苦笑しながらお金を払えば、流石のアポロニアも諦めたように大きくため息をつく。それでも何か言いたげな、湿り気を帯びた目をしていたが。

「やっぱ嫌ッスね、戦争って。自分達みたいなのばっかり割食ってる気がするッス」

「そりゃそうだ。今回だってミクスチャの話が無かったら、わざわざ首を突っ込んだりしてないよ」

「そーでしょうか?」

 天幕の合間を歩きながら思ったままを口にすれば、何故かファティマが胡乱気な視線を投げかけてくる。
 しかし、その疑問の理由は見当もつかない。
 確かに自分は元職業軍人であり、戦いに身を置くことで食い扶持を稼いでいたのは事実だが、別に戦争が必須だったわけではないのだ。
 それに現代に目覚めて半年以上。何かとトリガに指をかける機会は多かったが、不要な戦いに進んで身を投じたような覚えはない。
 では一体何が疑問なのか。その答えをファティマはアッサリ口にした。

「マオリィネのことがありますから、結局おにーさんは帝国と戦ってた気がします」

 対戦車砲のように真っ直ぐ突っ込んでくる言葉に、僕は一切の言い訳を失った。
 逆にアポロニアは合点がいったらしく、苦笑しながら同調する。

「あぁ、あり得そうッスねぇ。ご主人は御貴族様からの押しに弱いッスから」

「……ノーコメントにしておこう。うん」

 ミクスチャなどの有無に関わらず、王国に戦火が降りかかった時、マオリィネから頼られれば、あるいは何らかの脅威から、司書の谷を守ってほしいとシューニャに言われたとしたら。
 自分はそれでも国家間の戦争に関わることなどまっぴらだ、と跳ね除けられるだろうか。
 絶対に無理だ。
 別に彼女らに限った話ではない。ファティマであれアポロニアであれポラリスであれ、またダマルであったとしても、放っておくことなど自分にはできないだろう。
 自分には皆を守れる力があるのだから。
 ただ、それをハッキリ言うのはどうにも気恥ずかしくて、僕は並ぶ露天商の方へと視線を逃がした。

「んで、その御貴族様のことは、何て言って口説いたんスか?」

 だが、そんなこちらの反応が面白かったのだろう。
 アポロニアの大いに含みのある声とその内容に、僕は思わず噴き出した。

「ぶっ!? い、いや、口説いたとかそういうのは――!」

「マオリィネ、中身はポンコツですけど見た目は綺麗ですもんね」

「ああいう手のかかりそうな美人って、意外と男心をくすぐるのかもしれないッスよ」

 いきなり立たされる針の筵に表情が引き攣る。無論、一切反論できる余地がない。強いて言えば、マオリィネにはしっかりした部分もあるぞ、ということくらいだろうか。
 実際彼女は、自分の目から見ても美人であり、こちらを頼ってくれている事が嬉しいと思う心がないと言えば嘘になる。
 おかげでこちらが言い淀むと、犬猫は揃って湿り気のある視線を向けてきた。

「おにーさんはああいうのが好みなんですね」

「ま、キメラリアにお上品さなんて求められても困るッスけど」

「何の話だい何の。大体、僕ぁ別に皆のことを比べようなんて――」

「はぁいはい、分かってるッスよ。ご主人が皆に優しいことくらい」

 僕は立ち止まって反論しようとしたものの、2人はこちらを見ようともせず隣をすり抜けていく。
 それもアポロニアにひらひらと手を振られ、ファティマにもそっぽを向かれてしまえば、何を言ったところで無駄であろうということくらい、自分にもハッキリ理解できた。
 チクリ、と胸が痛む。
 優しさとはなんだろうか。確かに自分は決して誰かをないがしろにしたいわけではないし、キメラリアだから、なんていう言葉など聞きたくもない。だが、それを言わせてしまっているのは、未だ気持ちを伝えきれていない己の不手際によるものだ。
 ただ、まさかたった一言で、こんなに気分が落ち込み、よくわからない小さな苛立ちが芽生えるとは思わなかったが。

 ――歳ばかり重ねている割に、自分も大概だな。

 それは自らの不甲斐なさが悔しいからなのか、彼女らの好意に甘えているからなのか、あるいはその両方か。どれであったにせよ、情けないと思うことに変わりはない。
 だが、この感情を無視してはならないことも、それを解決できるのもまた自分しか居ないことも重々理解できており、僕は深呼吸1つで一切を胸の中にしまいこんで彼女らの後を追うことにした。
 幸せな関係を築きたいのなら、その機会は自らつかみ取らねばならないと、改めて心に刻みながら。


 ■


「しゅっぱぁつ!」

 号令一声。隊列を整えた歩兵たちが、武装を揺らしながら街道を歩き始める。
 エデュアルトを先頭に、一定の間隔を維持しつつ整然と進む王国の部隊は、装備にこそ多少のばらつきがあるものの、まさしくとして訓練されたものだろう。
 逆に、その後方から続くコレクタユニオンのリベレイタ部隊や、雇われの組織及び集団コレクタは歩幅も配置も恰好もバラバラであり、職業の違いは明らかだった。

『壮観って奴だな。映画見てる気分だぜ』

『えいが?』

 玉匣のハンドルを握るシューニャは、マキナ輸送用トレーラーの運転席に座っているダマルの言葉に疑問を抱いたようだが、骸骨は説明が面倒くさかったらしく、なんでもねぇよ、と言ったきり無線機は沈黙する。
 しかし、砲手席のモニター越しに外を見れば、なるほど映画の様に思えなくもない。
 それを膝の上から同じように眺めていたポラリスは、空色の瞳を輝かせていた。

「すっごいねぇ! ぜんぶへいたいさん?」

「全部じゃないけど、まぁ似たような物かな」

「王国軍以外はコレクタの寄せ集めッスね。コレクタユニオンがどんだけ金出したのかわかったもんじゃないッス」

 機銃座につくアポロニアは、元々斥候兵として帝国軍に居たからか、雑多な装備の連中を眺めてため息をつく。
 それに対して、装甲上に腰を下ろしていたファティマは、何か思うことがあったらしく、天井ハッチから逆さまになって砲塔に顔を覗かせた。

「ねぇおにーさん。お金が沢山貰えるんなら、ボクも向こうに参加した方がよかったんでしょーか?」

「そんなこと気にしなくても、報酬額なら間違いなく僕らのほうが上だろう。まぁ、今はお金に困ってないんだけどね」

「むー……あんまりお仕事しないと、身体がなまっちゃいそうです」

「熱心なのはいいことだが、また怪我するんじゃないよ。ほら、戻った戻った」

 肩越しに振り返り、ファティマの柔らかい鼻先を人差し指で軽くつつけば、ぷぅと頬を膨らせたものの、彼女は再び天井ハッチの向こうへ引っ込んでいく。
 その様子は可愛らしいものだったが、しかし膝の上に腰を下ろす少女としては、どうにも不思議な光景だったらしく、ウルフカットの髪がユラユラと左右に揺れた。

「ねぇキョーイチ? ファティ姉ちゃんって、なんのおしごとしてるの?」

「何の……あ、あぁそう、護衛だよ護衛。皆のね」

 最早完全に建前と化しているが、一応自分はファティマの雇い主である。しかし、彼女にどんな仕事を与えているのか、というポラリスの純粋な問いかけに、一瞬口ごもらざるを得なかった。
 そしてこの小さな少女は、猫耳を生やす姉に関して、普段からゴロゴロしている姿をよく見ているからか、護衛と言われてもピンとこなかったのだろう。ふぅん、と微妙な返事を残して、また大きく首を傾げていた。
 自分は決して、ファティマのことを怠け者だなんて思っていない。しかし、ここで何か擁護しようとしても、うまく伝えられずボロばかりでそうなので、とりあえずポラリスの頭をぐりぐりと撫でて誤魔化しておく。

「あうあうあうあう」

「さぁて、そろそろ僕らも出発しよう。シューニャ、玉匣前へ! 同盟軍に追従する」

『ん』

 エーテル機関がガォンと低い音を立て、履帯で薄い草地を抉りながら鋼の車体は動き出す。
 カメラで後方を確認してみれば、ダマルとマオリィネと甲鉄2機を乗せたマキナ輸送用トレーラーも、玉匣が作った轍を辿るようにしながら後に続いていた。
 王都の戦いに合わせ、コレクタたちがかき集めてくれた武器弾薬を満載し、ありったけの武装を積み込んだ2つの車両は重い。それでも街道を徒歩行軍で進む同盟軍部隊よりははるかに高速であり、歩兵騎獣兵と追い抜いてエデュアルトの跨る軍獣アンヴにまで迫っていく。
 ただ、ちょうどその時である。街道を逆走してくる、大きな兜狼ヘルフを見つけたのは。

「報告ーッ!」

 特徴的な軽鎧と美しい銀色の毛並みは見紛うはずもない。
 斥候としてフォート・サザーランド方面へ先行したヴィンディケイタの1人、キメラリア・カラ・ウルヴルのペンドリナである。
 対するエデュアルトは落ち着いた様子で軽く手を上げ、護衛数人とプランシェを従えて隊列から離れると、兜狼から降りた彼女に向き合った。

「伝令か?」

「はい。ヴィンディケイタ斥候隊長、タルゴよりです」

「うむ、申せ」

 同盟軍とはいえ、組織が異なるからだろう。膝をつかないまま腰を折ったペンドリナに対し、プランシェは少し表情を硬くしていたが、エデュアルトは気にした様子もなく、それどころか軍獣から降りてキメラリアの女性に対応する。
 それは周囲の兵士たちから見ても、どこか異様な光景だっただろう。玉匣の集音装置で会話を聞いていた僕の耳には、開け放たれた天井ハッチの向こうから、おー、とか、うわ、とかいうキメラリア達の声も届いていた。
 それをペンドリナがどう受け取ったかはともかくとして、しかし彼女の持ってきた情報は驚くべきものだった。

「フォート・サザーランドの様子ですが、帝国旗が一切掲げられておりませんでした」
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