悠久の機甲歩兵

竹氏

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激動の今を生きる

第271話 特殊編成

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 木漏れ日が注ぐ中、焦げた地面に横たわるマキナの残骸。
 先程までの騒音が嘘のように、一切の音と光を失った機体は、やがて自然に飲み込まれ、岩と変わらなくなるだろう。
 僕はそれを見下ろして、ヴァミリオンの手から零れ落ちた自動散弾銃を拾い上げた。

 ――機体にも装備にも統一性が無い素人集団に、随分と肝の据わった奴が居たものだ。

 モニター上に新規デバイス認識の文字が浮かび上がり、残弾数と銃そのものの情報に切り替わる。
 その片隅に小さく表示されている、新美桜しんみさくら技研工業のロゴ。
 企業連合に属した銃火器メーカーの武器を、尖晶ではなくわざわざヴァミリオンに装備させる。
 その無知とも思える不自然さが、自分たちとは異なる存在である証左のように思えてならなかった。

『古代人が後ろに居るわけじゃないのかもしれないな……』

『なんでそう思うんだ?』

 ノイズ混じりの無線に振り返れば、2機の甲鉄を伴った玉匣がダミーバルーンに横付けする形で停車しており、骸骨が煙草を吹かしながら歩み寄ってきていた。

『連中の技術だよ。マキナを操れるだけでも現代では脅威だし、捨て身の戦法を咄嗟に取れることには驚かされたが、それにしたってあの様子じゃ三流どころか教習生だ』

「そりゃお前と比べられりゃ、大半の連中が生まれたての小鹿みたいなもんだぜ。まぁ、たかが簡易デコイにアッサリ引っ掛かるとは、俺も思わなかったがな」

 隣に並んだダマルは、足元に転がっている円筒形の装置にちらと視線を流す。
 簡易デコイ。機関反応と駆動音を発生させ、レーダーやセンサーに誤反応を引き起こす装置の一種だが、携帯性が重視されたことで性能は低く、発するノイズの大きさから、無人機以外に対しては機種識別を阻害する程度の効果しか期待できなかった。
 おかげで、昔は玩具だのダンベルだの散々な呼ばれ方をされており、大概は指揮車や輸送車の中で埃を被っていた装備だったのだが。

『自分たちが使ってる装備を、相手が使うとは思わなかったんだろうね』

 翡翠を覆うマント状のステルス幕。敵の自爆を躱した際に煤けたそれを、僕が軽く持ち上げれば、ダマルは呆れたように肩を竦める。
 先の戦いに大敗を喫した帝国軍が、増援として機甲歩兵を投入してくる可能性は高いと考えられたため、自分は要塞への攻撃を無人の甲鉄2機に任せ、敵マキナによる奇襲攻撃を警戒していた。
 だがまさか、索敵能力に優れたククラムッタまで引き連れておきながら、簡易デコイとマキナの違いを判断できなかった挙句、ステルス幕程度の隠密性能で見つけられなかった辺り、レーダーだけに頼っていたのだろう。
 その上、前衛は警戒感の薄い三流と、弾丸をばら撒くだけのド素人。後衛の狙撃手は射撃精度が悪いだけでなく堪え性も無く、容易く自らの位置を露呈するポンコツである。
 それは甲鉄を操っていたダマルから見ても同感だったらしく、髑髏は穴という穴から上がっていた紫煙を口から大きく吐き出すと、面白そうに下顎骨を鳴らしていた。

「それぐらい間抜けな連中ばっかりなら気楽だぜ。まさか自爆するとは思わなかったし、情報が得られなかったのは残念だがな」

『何、どうせ情報を得る事なんてだよ。大した問題じゃない』

 骸骨と顔を見合わせ、戦争なんて楽であればあるほどいい、と肩を揺すって笑い合う。
 ただ、こちらの会話内容がどうであれ、自分たちの様子が気に入らない者も居たらしく、翡翠の背面装甲がコンコンと叩かれた。

「お話ばっかりしてないで、はやく次行きましょーよ。ボク退屈です」

 巨大な逆反りの剣、三日月ミカヅキを握ったファティマは、うずうずした様子で尻尾を揺すり、何か期待の籠った目でこちらを見上げてくる。
 それに対して骸骨は、律義に携帯灰皿で煙草を揉み消しながら、呆れたようにため息を漏らした。

「血の気の多い猫だな。早死にしても知らねぇぞ」

「こんなの見せられたのに我慢してたら、その方がおかしくなっちゃいそうですもん」

 ミカヅキを手にしてから数日。彼女は余程気に入ってくれたらしく、包帯を巻いた身体でありながら、暇を見つけては1人で剣を振り回している。曰く、手に馴染ませておきたいのだとか。
 そんなファティマが、戦闘を見ていて身体を疼かせるのは当然だった。

『あんまり危ないことをしてほしくはないんだが、おかしくなられるのも困るなァ……』

「そう言うならお前が遊んでやれよ」

『三日月と打ち合うのは、翡翠でも勘弁してほしいんだが』

「ねこじゃらし代わりに板剣持たせときゃいいだろ」

 怪我されるのとどっちがいいんだ、と言いたげな骸骨の一言に僕は唸る。
 彼女の望みを叶えるためなら、数打ちの板剣をいくらか買っておくくらいどうと言うことはない。ただ、それで満足してくれるかと言われると微妙であり、恐る恐る肩越しにヘッドユニットを向けてみれば、ファティマは何故か本物の猫がするようにクルクルと顔を擦っていた。

「遊びとお仕事は別ですよ。それに、ボクの背中をおにーさんが守ってくれるなら、危なくなんてありません、よね?」

 こちらの表情を伺うように、腕の隙間からチラと向けられる金色の瞳。
 僕は暫く理解に苦しんだものの、どうにも彼女なりの照れ隠しだったらしい。プイとそっぽを向かれてしまってから気づかされ、翡翠の中で大きく息を吐いた。

『まったく……どこでそんな殺し文句を覚えてくるんだか』

「カッカッカ! 言うじゃねぇか、こいつぁお前の負けだな」

 面白そうに笑うダマルに反論できるはずもない。
 それほどまでに彼女の言葉は自分に突き刺さっており、全く合理的ではないというのに、厚い信頼に応えたいという思いが心の中で強く沸き立ってくる。
 複雑なようで単純な感情だと思う。何せ、ファティマが自分を頼っている、背中を預けているのだ、と言葉にしてくれたことが、どうしようもなく嬉しかったのだから。

「ね、早く行きましょ? 敵が逃げちゃうかもしれませんし」

『――了解した。のマオたちと合流次第、フォート・ペナダレンの敵残存勢力を掃討する』

 戦いを前に、どこか浮かれそうになる心を、自動散弾銃を握って抑えこみ、僕は玉匣へ向かって歩き出す。
 その時、横目に映った柔らかそうなファティマの頬は、どこか赤らんでいるように見えた。


 ■


 その日の夜。
 仕事を終えた僕らは、森の切れ目近くで休息をとることに決めた。
 家族だけの野営というのも随分久しぶりなように思うが、焚火の明かりに浮き上がる影は、今までと全く同じではない。

「なんていうか、それに乗せられてると余計に石像みたいに見えるわね、これ」

 スープを片手にしたまま、マオリィネは後ろを振り返る。
 そこには今日の砲戦で活躍した2機の甲鉄が、重榴弾砲を格納した状態で膝をついて沈黙していた。
 それも長い荷台の上に、である。

「見た目からはわからなくもないけどね」

「しょうがねぇだろ。シャルトルズは第一世代機を積めるように作られてねぇし、こいつの足に合わせて移動してたら、ここから王都まででも何日かかるかわかったもんじゃねぇんだからよ」

 白い骨の手が車体の側面を叩く。
 マキナ運搬車。第一世代型マキナの登場に合わせて開発されたトレーラーである。
 第二世代型の黒鋼と装甲マキナ支援車シャルトルズの登場により、前線で目にすることはほとんどなかったが、砲兵隊と輸送部隊では戦争末期までマイナーチェンジを繰り返しながら運用されていた。
 また、甲鉄共々ガーデンで埃を被っていたこの車両は、元々砲兵隊用に改良が施されており、甲鉄2機の搭載に加えて重榴弾砲や多連装ロケット砲の予備砲弾を搭載できる専用荷台まで装備されている。
 ただ、その見た目から改造によって車重が増大しているのは疑いようもなく、ただでさえ走破性の低い装輪式であるため、悪路である森の中を走行するのには随分と難儀した。

「あの大きなミクスチャには感謝しないとねぇ」

「だな。大軍が通ったもんだから綺麗に踏み固められてたし、前よりは随分走りやすくなってて助かったぜ」

「それ、帝国軍より先にホンフレイ卿に感謝するべきじゃないかしら? 橋を落として、敵を森へ迂回させたのはあの人なんだから」

 王都をボロボロにした敵に感謝する、というのは、マオリィネにとって腹に据えかねる言葉だったらしい。
 不服そうな琥珀色の半眼が輝いたことで、僕は勢いよくスープを煽り、ダマルはそっと髑髏しゃれこうべを逸らして発言を誤魔化した。

「まぁまぁ、心強いマキナが増えたんだからいいじゃないッスか。ご主人のヒスイと合わせたら、自分たちの出番なんてないくらいッスよ」

「むー……ボクはフカンゼンネンショーとかいう奴です」

「わかっていたこと」

 苦笑しながらマオリィネを宥めるアポロニアに対し、ファティマは拗ねた様子でダマルから教えられた言葉を口走り、それをシューニャは表情を変えないまま想像通りと切り捨てる。

 ――まぁ、あれだけ榴弾とロケット弾をぶちこまれればなぁ。

 瓦礫と化したフォート・ペナダレンの様子は、惨憺たるものだった。
 砲撃を行った重榴弾砲はたった4門。しかし、大軍が故に要塞は過密状態となっていたらしく、高性能炸薬榴弾とロケット弾は最大とも言える効果を発揮していた。
 積み重なる数多兵士の屍。そこに立っている人影はなく、動いているのは傷ついたミクスチャのみ。それも飼い主である獣使いが死亡したからか、生き残っている帝国兵や野生動物を襲うなど、半ば暴走状態に陥っていた。
 無論、自分達のようにわかりやすい存在が近づけば、化物共は揃ってこちらへ向かってきたものの、ミクスチャと言っても所詮は手負いに過ぎない。
 小型のものはダマルが玉匣のチェーンガンで蹴散したため、僕とファティマは残った比較的大型のものを担当することとなったのだが、元々生き残っていた数が1、2匹だったことで、彼女が息を乱すこともないまま殲滅を終えてしまったのだ。

「ファティ姉ちゃん、ふきげん?」

「駄々こねてるだけッスよ」

「こねてませんー」

 首を傾げたポラリスに対し、アポロニアが真似しないようにと釘を刺せば、流石のファティマも大人としての体面を保つためか、膨らせていた頬を収めて干し肉を牙で引きちぎっていた。

「しっかし、これでようやく女王さんに渡せる手札が揃ったわけだ。明日の会合で、反対派の貴族共がどんな面ぁすんのか楽しみだぜ」

 コーヒーを飲み干した骸骨は、またカタカタ言って笑う。
 王都ユライアシティが被った被害は想像以上に大きく、貴族の中からは帝国との戦力、国力差を理由に終戦を望む声が少なからず起こっている。
 その責任に関しても、同盟関係の協定において防衛の一翼を担うことを明示されている自分たちが、事後連絡でリンデン交易国に渡っていたことが強く主張されており、エルフィリナ女王の頭を悩ませていた。
 無論、その結果として帝国軍の大部隊を一気に壊滅できたのだが、古代技術に対して無知な貴族に遠出の理由を語ったところで理解を得ることは難しく、ユライア王国が多大な流血を強いられたという事実もまた変えようがない。
 だが、先の防衛戦で撃破したのはカサドール帝国の1軍に過ぎず、むしろオン・ダ・ノーラ神国の征服を終えて戦力的に余裕が生まれているはず。傷ついたユライア王国からの和平協定が受け入れられる可能性は低く、それどころか無条件降伏を迫られることが予想された。
 無論、エルフィリナ女王はそれを理解していたが、王国軍に残された現状の戦力だけで反攻作戦を行うことが難しいこともまた事実であり、そこで強力ながら戦力的には未知数な部分が多い自分たちに白羽の矢が立った。
 王国軍に被害を出さず、帝国軍の戦力を漸減できるのか。
 和平派となった貴族たちの手前、王都防衛の際に出遅れた自分たちには、実力を持って反攻作戦が現実的に可能であること示すように求められたのである。
 これは和平派は大軍相手の無理難題と捉えられ、ガーラットをはじめとする侵攻派からは期待を向けられる形で承認され、今回のフォート・ペナダレン砲撃作戦が実行されることとなり、自分たちは完璧にその作戦目標を達成することができた。
 ただ、気がかりなことが無くなった訳ではない。あくまで個人的に、だが。

「合流地点って、どこでしたっけ?」

「ん、このあたり」

 ファティマからの問いに、シューニャは絵地図のスクロールを鞄から取り出し、それを地面に広げてグラスヒルと書かれた地点の上にある凸凹を、白く細い指で指し示した。

「グラスヒルの北。大地の裂け目に続く山の麓だと聞いている」

 元々は大吊り橋を有した主要な街道である、と以前シューニャからは聞いたことがある。
 ただ、王国中央と西部を結ぶ交通の要衝である割に、山がちな地形を理由に人里が無く、マオリィネが言った通り、マーシャル・ホンフレイ子爵の手によって落とされていることから交通の便も悪くなっており、会合をするには不適としか言いようがない場所だった。
 にもかかわらず、そんな場所が指定されたのには、無論理由がある。

「……あまり行きたくないんだがなぁ」

 それが自分にとっては、非常に嬉しくない話だったのだが。
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