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戦火
第254話 ユライアシティ攻防戦④
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門は攻撃側にとっての壁かもしれないが、それは防御側にとっても同じこと。
内側で開かれる時を静かに待っていた彼らは、指揮を執る騎士の槍が突き出されると同時に、まるで堰き止められていた川水が堤を破るがごとく、怒涛の勢いで北門を飛び出した。
火矢の援護を受けたキメラリアたちは、高い身体能力を振るって失敗作を引き裂き、騎兵槍を腰だめに構えて突撃する重装騎兵は、ばらばらに向かってくる歩兵を容易く蹂躙していく。
その後ろで10人ほどの重装歩兵に護衛された騎士、マーシャル・ホンフレイは静かにこちらへ視線を向けていた。
「絶好の潮、見事だったぞ。騎士トリシュナー」
帝国兵を蹴散らした鉄蟹に囲まれる私に対し、兵士たちは揃って僅かに距離を取ったが、噂嫌いの偏屈者と呼ばれる男は一切怯えることもなく、ふん、と鼻を鳴らしながらこちらに歩み寄ってくる。この短い期間で何度も化物と戦った彼は、既に感覚がマヒしていたのかもしれない。
とはいえ、それは私にとって都合がよかった。
「ただの偶然です。それより、ホンフレイ卿が北門の指揮をなさっているということは、グラスヒルからの住民避難は成功したのですね」
「成功だと? 大吊り橋を落とし、難民も兵も3分の1を犠牲にしてなおこの有様がか」
「大吊り橋を……そうですか」
王都とグラスヒルの間に横たわる大地の裂け目。そこに長い年月と多くの犠牲を払ってかけられた吊り橋は、人と物資の往来において非常に重要な役割を果たしていた。
そんなものを落としておきながら人命にも犠牲を強いたとなれば、罪の大きさは最早計り知れない。
とはいえ、ホンフレイが最善を尽くしたことは間違いなく、私は静かに目を伏せて怒りに逃げるなと心を冷していた。しがみついているポラリスの感触が、少しだけそれを手伝っていてくれたような気もする。
当事者ではない自分でさえ苦しくなるのだから、若輩の自分が皮肉っぽく笑う男の心を推し量ることなどできはしない。
「今は私の悔恨などどうでもよい。それより、お前がここに戻ったと言うことは、英雄も来ているのか? どうなのだ?」
「いえ、心苦しいながら、アマミよりは明朝までかかると言伝を」
自分の口から出た言葉は真実である。それなのに何故、こうも胸を抉られるような激痛とも鈍痛ともつかない感覚に襲われるのだろう。
戦争の状況は刻一刻と変わる。それこそ他の門が今にも突破されたり、ミクスチャが壁を打ち破って町を蹂躙しはじめたなら、キョウイチが着くまでに王国は残っていないだろう。
そんな景色を思い浮かべてしまう私の心は弱く、鉄蟹の力を借りていてもなお、あの優しい笑みに縋りたいと思ってしまうのだ。
だが、私の吐いた現状を変えられない報告も、ホンフレイには違って聞こえていたらしい。
「――英雄は、間違いなく来るのだな?」
「それは、必ず……それまでの猶予を稼ぐため、私とこの子は王都へ戻ったのです、から」
まるで確認するような彼の口調に、私は少し気圧されながらも小さく頷く。
すると小太りの騎士は、その短い髭を蓄えた口を一層楽し気に歪めて笑いだした。
「ふ、ふふふははは、そうか、そういうことか! ならばこの戦、我らの勝ちは最早揺るがぬ! トリシュナー、お前はガーラット殿が指揮する西門に合流するがいい。この情報も、各所へ急ぎ伝えさせよう!」
その細い目は希望に燃えているように見えた。
北の敵にはクラッカァと友軍部隊の攻撃で大打撃を与えられているとはいえ、帝国軍全体の優勢は未だ揺らがないだろう。おかげでせっかく優勢を取った北を放り出し、西の援護に向かうことは躊躇われた。
「ですが、未だ北の敵は健在です。それに、ミクスチャがいつ出てくるかもわからないのに――」
「ふん。私にお前のような才がないことは認めるが、あまり見くびってくれるなよ。ここまで壊乱した敵を潰せぬようで、王国騎士を名乗るなど片腹痛いわ」
それだけ言うと、話は終わりだ、言わんとばかりにホンフレイは視線を戦場へ向ける。
偏屈で頑固と称される貴族社会のはぐれ者。
そんな彼に、ここで若輩の自分が食い下がっても、きっと口すらきいてもらえないことだろう。たとえ不思議そうに覗き込むポラリスの目があっても、だ。
だから私は騎士の武運を強く祈ってから、感情を合理で踏み固めた。
「……承知しました。ですが、同時に急ぎでお伝えいただきたい情報があります。構いませんか?」
チラと再び自分に向けられる訝し気な視線。それは鬱陶しげにも見えたが、私は揺らぐことなく静かに告げた。
戦の盤面をもう一段ひっくり返せるかもしれない、あまりに単純で後先を考えないような策を。
■
初めて戦場に出た時、あたしが覚えたのは興奮だった。
城やら屋敷やらに隠れている奴らの常識なんて通じない。そこは人を縛り付けるあらゆるものを否定し、ただただ力と運だけが支配する世界。
刃を交えることに恐れる必要なんてない。強く運のよい者が生き、弱く運のない者が死ぬ。
なんて簡単なんだろう。なんて綺麗なんだろう。
一応は新人騎士と言うだけで、別に指揮官でもなんでもなかったあたしは、それが神国との戦争だという以外、どういう戦局で何のために戦っているのかなんて何も知らなかった。
ただひたすら、護衛の重装兵たちを飛び越え、正面から迫るジャキョウトと蔑まれる敵の群れを燃やして殺して燃やして殺して、通り道に消し炭の山と血の川を築いたに過ぎない。
そんなことを長いこと続けていたら、あたしには不思議な名前がついた。
業火の少女と。
考えた奴が敵か味方かすらわからないし、あたしは最初あだ名なんてどうでもよかったけれど、意外なことに呼ばれ始めて間もなく大いに気に入ることになった。
なんでかというと、それを名乗りながら敵に突っ込んだら、まぁ雑兵どもが逃げる逃げる。強い奴だけに集中できたし、味方も勢いづいて突っ込めるなんていいことづくめじゃないか。
今でも自分がそう呼ばれることは誇りに思うし、だからこそ、今日もまた同じようにお腹に力を入れて、精一杯大きな声を響かせるのだ。
「このレディ・ヘルファイアに挑む奴は居るかぁ!? 遠慮しなくても、あたしは誰とでも遊ぶぞー!」
ただ、あの時と違って、目の前で慌てているのは祖国の戦士である帝国軍。それもなんだかんだ自分が指揮していた部隊である。
でもこれはあたし自身が決めたこと。だからたとえ馴染みの部隊であっても、邪魔をするなら容赦はしない。
「しょ、将軍! 自分たちは味方です! 何故――ぐあっ!?」
騎兵槍の柄で怯える兵士の頭をぶん殴れば、ガァンと音がして帝国軍らしい兜が宙を舞う。
「のんきなもんだなぁ兵士君。ここは戦場で、あたしは君らに槍先を向けてるんだ! こんなに簡単なことはないだろー!?」
顎を軽く揺すってフフンと鼻を鳴らせば、彼らは一層ざわめいた。
お体の調子が優れないのでは、とか、将軍に限ってそんなこと、とか。そんなどうでもいいことを兵士たちは口走る。
――なぁんだ。結局帝国兵もジャキョウトたちと一緒じゃんか。
精強な帝国軍、惰弱な神国軍。誰もが口にしていたそんな言葉がよみがえる。
なのに、こうして刃を向けた時の反応は何も変わらない。誰しも皆腰が退けていて、あろうことか顔を見合わせている者まで居たりする始末。
「はー……ねぇ、あたしの愛する第三軍団諸君。君たちがこんなに弱っちいとは思わなかった。戦う気がないなら、フォート・ナントカ――思い出せないや。とりあえず要塞まで帰んなよ。邪魔邪魔」
せっかくの戦場だっていうのに、こんなところで小さくなって震えてるような奴らに用事はない。むしろそんな風に怯えるくらいなら、兵士とか騎士とかになんてならなければいいじゃないか。
おかげであたしはあきれ果ててしまい、ほらどいたどいた、と言いながら兵士の壁に歩み寄った。
するとようやく、本当にようやく、奥の方でおどおどしていた男が、声をひっくり返しながら叫ぶ。
「か、閣下! 何故です、何故帝国を裏切り、あろうことかユライアなどに! せめて理由をお聞かせください!」
顔を見ても誰だかわからない。どこにでも居そうな、とりあえず百卒長くらいの男。
でもまぁ、何も言わずに固まったままの連中よりは骨がありそうだったので、あたしはゆっくりと槍の穂先をそいつの方へ向けた。
「んー……あたしの覚え違いじゃなかったら、第三軍団ってキメラリア結構居たよね? 知らないのはしょうがないと思うけど、君ら、あの化物見て、なんも思わないのか?」
「あ、あれらは皇帝陛下より下賜された力です。それを化物などとは……」
「その力ってのがミクスチャでも? そのためにキメラリアが――君らと同じ部隊で戦ってた奴らが、無理矢理あんな姿にされてんのに何も思わないのか?」
小さなざわめきが兵士たちの間に広がっていく。
戦いの場で呑気だとは思う。けれど、あたしはとりあえずその答えを待つことにした。なんでもケジメは大事だと思ったから。
多分、時間にしたらほんの少し。声を上げたのはやっぱりさっきの百卒長っぽい男である。
「たかが下賤なキメラリアではありませんか。それを使って帝国が栄えるなら、むしろ望ましいことなので――は……?」
その言葉に、心の中で何かが弾けたような気がした。
あたしは種族がどうのこうのというのに興味がないだけで、特別キメラリアが好きとかじゃない。
なのに、何故か声は自然と低くなる。
「君らの言いたいことがわかんないわけじゃない。世間じゃキメラリアは奴隷とか貧民とかばっかだし。だけど、だけどさ――」
ジークルーンから受け取った騎兵槍を握りしめる。
あたしは考えることが苦手だし、こうだと決めたことも多分ゴーリテキではないだろう。
だから裏切った理由なんて単純で、どうしても認められないという想いが燃え上がっただけ。
それは今も変わらないまま、口から声に乗って噴き出した。
「あいつらだって同じ帝国の兵士だろ! 色んな敵と戦った仲間だ! それを無理矢理ミクスチャなんかにしたことが、あたしはどーしても気に食わないんだッ!!」
絶叫に硬直した兵士目掛け、あたしは地面を蹴って駆けた。
感情を抑えこむなんてあたしには無理で、今は戦場に立っている。なら、抑えこめない感情を乗せるべきは、声より武器。
呆然としたままの兵士に、力一杯踏み込んだ突きを躱すことなど不可能だっただろう。あるいは、貫かれてからようやく、自分の体に穴が開いたことに気付くくらいだったかもしれない。
だが、騎兵槍の穂先が捉えたのは鎧ではなく、見慣れたグラディウスの刃だった。
「おっそいぞ、きんにく!」
しゅう、と白い息を吐いて剣を構えなおすのは、背丈にして自分2人分はあろうかというキムンもびっくりの大男。あたし自身が任命した、第三軍団軍団長のロンゲンだった。
「突入手前で伝令が飛んでくるなど何事かと思えば……ご無沙汰しております、将軍」
「うむ! ロンゲンも怪我が治ったみたいでなによりだ」
「将軍のお考え、このロンゲンにもよくわかりました。顔も名も覚えられていないのに、雑兵に至るまでお心を払われるのは、相変わらずのご様子」
「ふっふん、当たり前だろ! これでも将軍だったかんね!」
あたしが堂々と胸を張ってみせれば、何故かロンゲンは少し妙な笑いを浮かべていた。どこかおかしかっただろうかと思うが、ここにはセクストンが居ないので、その理由は誰も教えてくれそうにない。
ただ、僅かばかり流れた和やかな雰囲気は、ロンゲンが静かに視線を鋭くしたことで急激に霧散した。
「ですが、今のお言葉は敵の戯言に過ぎません。たとえ我が身を見出していただいた大恩あるハレディ将軍とて、帝国に刃を向けられた以上、この剣をもって応ずるのみ」
「流石ロンゲン、わかってるね。どんなこと言っても、戦場で正しいのは立ってる方で、倒れた奴は間違ってるんだ」
ガチリ、と鳴ったグラディウス。
もうどれくらい前か覚えていないが、剣を握る巨漢の姿は組手の時となにも変わっていない。それがなんだかとても嬉しくて、あたしは自然と歯を見せて笑っていた。
「ゲーブル、もしも俺が負けたら兵たちを退避させろ」
「えぇえぇ、分かっております。軍団長が敵わぬのなら、ここで将軍に抗える者などおりませんからな――御武運を」
静かに頭を下げた小男、ゲーブルの指示で兵士たちが大きな円を作る。
一騎討ちという誉の会場は整った。それはマオリィネから指示された、英雄アマミ到着まで時間を稼ぐ、という目標と合致している。
とはいえ、戦場のピリピリした雰囲気に興奮していたあたしは、既にそんな作戦のことなど欠片も覚えていなかったけれど。
内側で開かれる時を静かに待っていた彼らは、指揮を執る騎士の槍が突き出されると同時に、まるで堰き止められていた川水が堤を破るがごとく、怒涛の勢いで北門を飛び出した。
火矢の援護を受けたキメラリアたちは、高い身体能力を振るって失敗作を引き裂き、騎兵槍を腰だめに構えて突撃する重装騎兵は、ばらばらに向かってくる歩兵を容易く蹂躙していく。
その後ろで10人ほどの重装歩兵に護衛された騎士、マーシャル・ホンフレイは静かにこちらへ視線を向けていた。
「絶好の潮、見事だったぞ。騎士トリシュナー」
帝国兵を蹴散らした鉄蟹に囲まれる私に対し、兵士たちは揃って僅かに距離を取ったが、噂嫌いの偏屈者と呼ばれる男は一切怯えることもなく、ふん、と鼻を鳴らしながらこちらに歩み寄ってくる。この短い期間で何度も化物と戦った彼は、既に感覚がマヒしていたのかもしれない。
とはいえ、それは私にとって都合がよかった。
「ただの偶然です。それより、ホンフレイ卿が北門の指揮をなさっているということは、グラスヒルからの住民避難は成功したのですね」
「成功だと? 大吊り橋を落とし、難民も兵も3分の1を犠牲にしてなおこの有様がか」
「大吊り橋を……そうですか」
王都とグラスヒルの間に横たわる大地の裂け目。そこに長い年月と多くの犠牲を払ってかけられた吊り橋は、人と物資の往来において非常に重要な役割を果たしていた。
そんなものを落としておきながら人命にも犠牲を強いたとなれば、罪の大きさは最早計り知れない。
とはいえ、ホンフレイが最善を尽くしたことは間違いなく、私は静かに目を伏せて怒りに逃げるなと心を冷していた。しがみついているポラリスの感触が、少しだけそれを手伝っていてくれたような気もする。
当事者ではない自分でさえ苦しくなるのだから、若輩の自分が皮肉っぽく笑う男の心を推し量ることなどできはしない。
「今は私の悔恨などどうでもよい。それより、お前がここに戻ったと言うことは、英雄も来ているのか? どうなのだ?」
「いえ、心苦しいながら、アマミよりは明朝までかかると言伝を」
自分の口から出た言葉は真実である。それなのに何故、こうも胸を抉られるような激痛とも鈍痛ともつかない感覚に襲われるのだろう。
戦争の状況は刻一刻と変わる。それこそ他の門が今にも突破されたり、ミクスチャが壁を打ち破って町を蹂躙しはじめたなら、キョウイチが着くまでに王国は残っていないだろう。
そんな景色を思い浮かべてしまう私の心は弱く、鉄蟹の力を借りていてもなお、あの優しい笑みに縋りたいと思ってしまうのだ。
だが、私の吐いた現状を変えられない報告も、ホンフレイには違って聞こえていたらしい。
「――英雄は、間違いなく来るのだな?」
「それは、必ず……それまでの猶予を稼ぐため、私とこの子は王都へ戻ったのです、から」
まるで確認するような彼の口調に、私は少し気圧されながらも小さく頷く。
すると小太りの騎士は、その短い髭を蓄えた口を一層楽し気に歪めて笑いだした。
「ふ、ふふふははは、そうか、そういうことか! ならばこの戦、我らの勝ちは最早揺るがぬ! トリシュナー、お前はガーラット殿が指揮する西門に合流するがいい。この情報も、各所へ急ぎ伝えさせよう!」
その細い目は希望に燃えているように見えた。
北の敵にはクラッカァと友軍部隊の攻撃で大打撃を与えられているとはいえ、帝国軍全体の優勢は未だ揺らがないだろう。おかげでせっかく優勢を取った北を放り出し、西の援護に向かうことは躊躇われた。
「ですが、未だ北の敵は健在です。それに、ミクスチャがいつ出てくるかもわからないのに――」
「ふん。私にお前のような才がないことは認めるが、あまり見くびってくれるなよ。ここまで壊乱した敵を潰せぬようで、王国騎士を名乗るなど片腹痛いわ」
それだけ言うと、話は終わりだ、言わんとばかりにホンフレイは視線を戦場へ向ける。
偏屈で頑固と称される貴族社会のはぐれ者。
そんな彼に、ここで若輩の自分が食い下がっても、きっと口すらきいてもらえないことだろう。たとえ不思議そうに覗き込むポラリスの目があっても、だ。
だから私は騎士の武運を強く祈ってから、感情を合理で踏み固めた。
「……承知しました。ですが、同時に急ぎでお伝えいただきたい情報があります。構いませんか?」
チラと再び自分に向けられる訝し気な視線。それは鬱陶しげにも見えたが、私は揺らぐことなく静かに告げた。
戦の盤面をもう一段ひっくり返せるかもしれない、あまりに単純で後先を考えないような策を。
■
初めて戦場に出た時、あたしが覚えたのは興奮だった。
城やら屋敷やらに隠れている奴らの常識なんて通じない。そこは人を縛り付けるあらゆるものを否定し、ただただ力と運だけが支配する世界。
刃を交えることに恐れる必要なんてない。強く運のよい者が生き、弱く運のない者が死ぬ。
なんて簡単なんだろう。なんて綺麗なんだろう。
一応は新人騎士と言うだけで、別に指揮官でもなんでもなかったあたしは、それが神国との戦争だという以外、どういう戦局で何のために戦っているのかなんて何も知らなかった。
ただひたすら、護衛の重装兵たちを飛び越え、正面から迫るジャキョウトと蔑まれる敵の群れを燃やして殺して燃やして殺して、通り道に消し炭の山と血の川を築いたに過ぎない。
そんなことを長いこと続けていたら、あたしには不思議な名前がついた。
業火の少女と。
考えた奴が敵か味方かすらわからないし、あたしは最初あだ名なんてどうでもよかったけれど、意外なことに呼ばれ始めて間もなく大いに気に入ることになった。
なんでかというと、それを名乗りながら敵に突っ込んだら、まぁ雑兵どもが逃げる逃げる。強い奴だけに集中できたし、味方も勢いづいて突っ込めるなんていいことづくめじゃないか。
今でも自分がそう呼ばれることは誇りに思うし、だからこそ、今日もまた同じようにお腹に力を入れて、精一杯大きな声を響かせるのだ。
「このレディ・ヘルファイアに挑む奴は居るかぁ!? 遠慮しなくても、あたしは誰とでも遊ぶぞー!」
ただ、あの時と違って、目の前で慌てているのは祖国の戦士である帝国軍。それもなんだかんだ自分が指揮していた部隊である。
でもこれはあたし自身が決めたこと。だからたとえ馴染みの部隊であっても、邪魔をするなら容赦はしない。
「しょ、将軍! 自分たちは味方です! 何故――ぐあっ!?」
騎兵槍の柄で怯える兵士の頭をぶん殴れば、ガァンと音がして帝国軍らしい兜が宙を舞う。
「のんきなもんだなぁ兵士君。ここは戦場で、あたしは君らに槍先を向けてるんだ! こんなに簡単なことはないだろー!?」
顎を軽く揺すってフフンと鼻を鳴らせば、彼らは一層ざわめいた。
お体の調子が優れないのでは、とか、将軍に限ってそんなこと、とか。そんなどうでもいいことを兵士たちは口走る。
――なぁんだ。結局帝国兵もジャキョウトたちと一緒じゃんか。
精強な帝国軍、惰弱な神国軍。誰もが口にしていたそんな言葉がよみがえる。
なのに、こうして刃を向けた時の反応は何も変わらない。誰しも皆腰が退けていて、あろうことか顔を見合わせている者まで居たりする始末。
「はー……ねぇ、あたしの愛する第三軍団諸君。君たちがこんなに弱っちいとは思わなかった。戦う気がないなら、フォート・ナントカ――思い出せないや。とりあえず要塞まで帰んなよ。邪魔邪魔」
せっかくの戦場だっていうのに、こんなところで小さくなって震えてるような奴らに用事はない。むしろそんな風に怯えるくらいなら、兵士とか騎士とかになんてならなければいいじゃないか。
おかげであたしはあきれ果ててしまい、ほらどいたどいた、と言いながら兵士の壁に歩み寄った。
するとようやく、本当にようやく、奥の方でおどおどしていた男が、声をひっくり返しながら叫ぶ。
「か、閣下! 何故です、何故帝国を裏切り、あろうことかユライアなどに! せめて理由をお聞かせください!」
顔を見ても誰だかわからない。どこにでも居そうな、とりあえず百卒長くらいの男。
でもまぁ、何も言わずに固まったままの連中よりは骨がありそうだったので、あたしはゆっくりと槍の穂先をそいつの方へ向けた。
「んー……あたしの覚え違いじゃなかったら、第三軍団ってキメラリア結構居たよね? 知らないのはしょうがないと思うけど、君ら、あの化物見て、なんも思わないのか?」
「あ、あれらは皇帝陛下より下賜された力です。それを化物などとは……」
「その力ってのがミクスチャでも? そのためにキメラリアが――君らと同じ部隊で戦ってた奴らが、無理矢理あんな姿にされてんのに何も思わないのか?」
小さなざわめきが兵士たちの間に広がっていく。
戦いの場で呑気だとは思う。けれど、あたしはとりあえずその答えを待つことにした。なんでもケジメは大事だと思ったから。
多分、時間にしたらほんの少し。声を上げたのはやっぱりさっきの百卒長っぽい男である。
「たかが下賤なキメラリアではありませんか。それを使って帝国が栄えるなら、むしろ望ましいことなので――は……?」
その言葉に、心の中で何かが弾けたような気がした。
あたしは種族がどうのこうのというのに興味がないだけで、特別キメラリアが好きとかじゃない。
なのに、何故か声は自然と低くなる。
「君らの言いたいことがわかんないわけじゃない。世間じゃキメラリアは奴隷とか貧民とかばっかだし。だけど、だけどさ――」
ジークルーンから受け取った騎兵槍を握りしめる。
あたしは考えることが苦手だし、こうだと決めたことも多分ゴーリテキではないだろう。
だから裏切った理由なんて単純で、どうしても認められないという想いが燃え上がっただけ。
それは今も変わらないまま、口から声に乗って噴き出した。
「あいつらだって同じ帝国の兵士だろ! 色んな敵と戦った仲間だ! それを無理矢理ミクスチャなんかにしたことが、あたしはどーしても気に食わないんだッ!!」
絶叫に硬直した兵士目掛け、あたしは地面を蹴って駆けた。
感情を抑えこむなんてあたしには無理で、今は戦場に立っている。なら、抑えこめない感情を乗せるべきは、声より武器。
呆然としたままの兵士に、力一杯踏み込んだ突きを躱すことなど不可能だっただろう。あるいは、貫かれてからようやく、自分の体に穴が開いたことに気付くくらいだったかもしれない。
だが、騎兵槍の穂先が捉えたのは鎧ではなく、見慣れたグラディウスの刃だった。
「おっそいぞ、きんにく!」
しゅう、と白い息を吐いて剣を構えなおすのは、背丈にして自分2人分はあろうかというキムンもびっくりの大男。あたし自身が任命した、第三軍団軍団長のロンゲンだった。
「突入手前で伝令が飛んでくるなど何事かと思えば……ご無沙汰しております、将軍」
「うむ! ロンゲンも怪我が治ったみたいでなによりだ」
「将軍のお考え、このロンゲンにもよくわかりました。顔も名も覚えられていないのに、雑兵に至るまでお心を払われるのは、相変わらずのご様子」
「ふっふん、当たり前だろ! これでも将軍だったかんね!」
あたしが堂々と胸を張ってみせれば、何故かロンゲンは少し妙な笑いを浮かべていた。どこかおかしかっただろうかと思うが、ここにはセクストンが居ないので、その理由は誰も教えてくれそうにない。
ただ、僅かばかり流れた和やかな雰囲気は、ロンゲンが静かに視線を鋭くしたことで急激に霧散した。
「ですが、今のお言葉は敵の戯言に過ぎません。たとえ我が身を見出していただいた大恩あるハレディ将軍とて、帝国に刃を向けられた以上、この剣をもって応ずるのみ」
「流石ロンゲン、わかってるね。どんなこと言っても、戦場で正しいのは立ってる方で、倒れた奴は間違ってるんだ」
ガチリ、と鳴ったグラディウス。
もうどれくらい前か覚えていないが、剣を握る巨漢の姿は組手の時となにも変わっていない。それがなんだかとても嬉しくて、あたしは自然と歯を見せて笑っていた。
「ゲーブル、もしも俺が負けたら兵たちを退避させろ」
「えぇえぇ、分かっております。軍団長が敵わぬのなら、ここで将軍に抗える者などおりませんからな――御武運を」
静かに頭を下げた小男、ゲーブルの指示で兵士たちが大きな円を作る。
一騎討ちという誉の会場は整った。それはマオリィネから指示された、英雄アマミ到着まで時間を稼ぐ、という目標と合致している。
とはいえ、戦場のピリピリした雰囲気に興奮していたあたしは、既にそんな作戦のことなど欠片も覚えていなかったけれど。
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最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
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