悠久の機甲歩兵

竹氏

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戦火

第247話 ポロムルの戦い(後編)

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 玉匣を見つめる大きな目。
 それは今の今まで大型クロスボウアーバレストの攻撃に苛立ち、また隙をついて叩きつけられるウォーハンマーを払いのけ、ひたすら周囲の建物を荒らしまわっていただけだった。
 しかし、銃声が激しく鳴り響いた直後、異形はヴィンディケイタ2人との戦闘を突然ピタリとやめ、真銀製のボルトが目にぶち当たろうが、建物を貫いて球体を固定している腕に打撃が与えられようが、一切反応しなくなっている。

「んな? なんか知らんけど、こりゃ好機かのん?」

 建物の隙間を利用して器用に屋根へと上ったラウルは、高所を飛び回りながら戦闘を続けていたタルゴと合流する。

「……いや、どうにも様子がおかしい。俺たちだっていつまでも戦えるわけじゃないんだ、一旦離れて様子を見た方がいいだろう」

「あの目ん玉にカプペニヨ辛味香辛料でもぶつけりゃ効きそうじゃに?」

「ガガッ――確かに泣いて喜んでくれるかもしれんが、嬉しさのあまり今まで以上に激しいダンスでもされたらたまらん。一旦呼吸を整えるぞ」

 相手の大きな目はボルトを弾くほどに強靭だが、見た目通りの器官ならば刺激物に弱いのでは、と想像する大鼠に、極彩色の鳥男は濁った声で笑う。
 ただ、タルゴがすぐにムッと口を閉じたため、ラウルもやれやれと小さく肩を竦めた。

「それもそーね。んじゃ、距離を――およ?」

 彼女は踵を返して走り出そうとしたものの、黒く丸い目に映りこんだ振り上げられるミクスチャの腕にふと立ち止まる。
 これがヴィンディケイタのどちらかを狙っていたならば、2人はもっと機敏な反応を示しただろう。だが、奇妙な球体は今まで狙いを定めていたはずのタルゴとラウルには目もくれず、完全に明後日の方向を向いたまま、長く強靭な腕を振り下ろしたのだった。

「野郎何を狙って……?」

「ほっほぉー、どーやらウチらの出番はここまでみたいね。上陸船の方、潰しにまわるのん」

 建物が崩れて土煙が舞い上がる中、優れた目に頼るタルゴには理解が及ばなかったようだが、視力がよくない一方で聴力に優れるラウルは、煙幕の向こう側に独特のガラガラという音を聞いていた。

「――来たのか」

「ウチがいくら物覚え悪くても、あんな音はそう簡単に忘れんもんよ」

 砕けた建物から長い腕を引き上げるミクスチャを、大鼠は馬鹿にしたかのようにクククと身体を揺する。
 古代兵器たるウォーワゴンがどれほどの力を持っているのか。詳しいことをラウルは知らない。ただわかっていることは、先制して振り下ろした腕の一撃は躱された。
 それが何を意味するのか。彼女は煙の向こうで響き渡った聞きなれない音に、表情の分かりにくい獣の顔で長い歯を見せて笑って見せたのである。


 ■


 炎を尾に携えたそれは、ともすれば寸胴にも見える管を宙に躍らせ、意志を持つ獣の様に敵へ食らいつく。
 空中に浮かんだ球体状の異形は、その図体のためか動きが鈍く、真っ直ぐ突っ込んできたソレを躱すことなどできなかった。あるいは、自身の頑丈さに相当の自信があったのかもしれない。
 だが、激しく響き渡った爆音の後、間もなく地面には大きな触腕が横たわり、球体状のソイツは堪らず体の直下にある口を開いて、汚い叫び声を上げた。

「腕がブッチンいきましたけど、生きてますね。ちゃんと目を狙って下さいよ」

「簡単に言わないでほしいッス! シューニャ、移動ッス!」

『ん』

 自分は開け放ったままの後部ハッチへ飛び乗り、寝台に並べられた次の弾を猫に手伝ってもらいつつ重たい筒へ突っ込む。その手際に関しては、ご主人が隣に居れば苦笑される程に不器用でモタついたものだっただろう。
 だが、カソウクンレンで放り込まれた戦場と違い、自分の行動が多少鈍くても敵から猛烈な攻撃は飛んでこない。それどころか重たい筒を抱えた自分が天井の入口へ駆けあがり、ショウジュンキを覗き込むその瞬間まで、ミクスチャは体液をボタボタ流しながら身体を揺することしかしないまま、タマクシゲの方へ向き直ってすらいなかった。

「自分も大概ッスけど、そっちも体に慣れてないんじゃないッスかねぇッ!」

 ピィーと耳に甲高い音が聞こえ、視界の中央に映り込むミクスチャを四角い枠が囲む。ご主人曰く、ろっくおん。
 正直な話、自分にはそれが何を意味しているのかよくわかっていない。ただ、この音と枠とがなければユウドウダンは当てられないという彼の言葉を信じ、僅かな間を置いてからしっかりとトリガを握りこむだけ。
 軽い衝撃と共にユウドウダンは再び空中を飛翔する。まるでホウヅクが獲物を狩る時のように、ミクスチャの身体目掛けて真っすぐに。
 とはいえ、自分を害せる攻撃が全く同じ音を立てて飛んでくるのだから、これには流石の大目玉も数多ある触腕をウニョウニョと動かしながら球体状の身体を大きく逃がす。
 これがカタパルトのような兵器なら、いくら動きが鈍くとも躱すことは容易だっただろう。だが、目を瞑っていても当てられるとご主人が語ったユウドウダンは、身体を逃がした分だけ向きを変え、今度は確実に本体へと突き刺さった。

「っしゃぁ! これでどうッスか!」

 吹き荒れる衝撃と熱波、ギュリギュリと気持ち悪い叫びを上げながら崩れ落ちていく大目玉の姿に、自分はグッと拳を握る。
 体液を撒き散らしながら力なく垂れさがる球体に、建物の間を動き回っていたタマクシゲはその足を止めた。

『――やった、の?』

「飛び道具様様ッスよ。これで自分たちも英雄様ッスねぇ」

 声だけでシューニャが困惑しているのが分かる。
 何せ、以前戦った群体ミクスチャと比べ、この異形は攻撃にせよ回避にせよ動きが鈍かった。勿論ユウドウダンという奴が強力だったことは否定しないが、少々拍子抜けする相手だったと言っても過言ではない。

 ――でも、ちゃんと倒せたッスからね。これでご主人から褒めてもらえるッスよ。

 全員の共同撃破であることに間違いはないのだが、射手として戦った自分は皆に先んじてご主人から褒めてもらえるのではないか、という欲塗れの期待は多少なりとも含まれる。
 そんな妄想をパンのように膨らませながら、鼻歌混じりに重たいユウドウダンハッシャキを背負って梯子を下れば、そこでは猫がモニタァを眺めながら尻尾を揺らしていた。

「ふっふーん、どうッスか? 言われた通り胴体にぶつけてやったッスよ」

 戦闘中に横からとやかくうるさかった彼女を、いつも通り煽るように鼻を鳴らしてやる。
 しかし、猫はこちらをチラと一瞥すると、小さくため息をつきながら耳をぺったりと伏せた。

「……なんだかヤな感じです。アイツ、こっちをジッと見てませんか?」

「相手は死体ッスよ? まぁ、あんだけ目玉がデカけりゃそう思えなくもないッスけど」

 長い触腕は力なくだらりと垂れ、その張りによって空中に保持されていた本体は地面に墜落しており、ユウドウダンの直撃によって穿たれた穴からは、今もとめどなく体液が流れ続けている。
 確かに特徴的な眼球はこちらに向けられているが、そこに生気は感じられない。
 だが、ちょうど自分がモニタァ越しに異形へと視線を送った時、体液を涙のように流す大きな目玉がぎょろりと動いたのである。
 一瞬で身体が冷たくなり、頭の中に警鐘が鳴り響く。それは全員が同じだっただろうが、最も反応が早かったのは意外にもシューニャだった。

『コイツ、まだ動く!!』

「んなぁ!?」

 タマクシゲはムセンキから聞こえた彼女の声さえかき消さんばかりに唸りを上げ、中身の道具をガチャガチャと大きく揺らしながら走り出す。その中には重たいユウドウダンハッシャキを担いだまま無警戒に突っ立っていた自分も含まれた。

「いっててて……身体に大穴空けられてるのに、なんで生きてられるんスか!」

「だからヤな予感って言ったんですー! 化物相手に油断しすぎですよぉ!」

 自分が掴む場所を得られず床に転がされたのに対し、持ち前の身体能力で踏ん張った猫は馬鹿にしたような声を出す。
 だが、ミクスチャが生きている以上、彼女の毒舌に腹を立てる余裕などあるはずもない。おかげで自分は尻もちをついたままユウドウダンハッシャキに新たな弾を押し込んだ。
 しかし、再度の攻撃態勢を取ろうと立ち上がった途端、叫ぶような猫の声と共に車体は再び大きく揺れる。

「左側の建物、崩れます!」

『くっ!』

 タマクシゲは大きく旋回しながら急停止したのだろう。
 今度は慌てて梯子にしがみついたことで、床を転がされるような事態こそ防げたが、モニタァを見ずとも状況が悪化していることは理解できる。

『まさか、周りの建物を壊して逃げ道を塞ごうとしている……?』

「ミクスチャの考えなんて、アイツを吹っ飛ばしてから悩めばいいんスよ!」

 化物の思考を議論している余裕など、今の自分達にはない。必要なのは、ただ目の前の大目玉をぶちのめして帝国軍の侵攻を退けることのみ。
 腹に次の弾を突っ込んだおかげで重たくなったユウドウダンハッシャキを担ぎ、猫に押し上げられながら自分はホウトウを上った。

「今度こそちゃんと仕留めてくださいね! 弾だってそんなにないんですから」

「文句ならしぶとい目玉野郎に言ってほしいッスよ! 自分だってさっきから上り下りで足パンパンなん――あぐっ!?」

 それは天井の入口から顔を出した直後だった。頭に何かがぶつかったような鈍い衝撃に、自分は一瞬意識をとばされたのだろう。ズキズキと疼くような痛みに唸りながら目を開ければ、タマケシゲの天井はまたも遠くなり、逆に驚いたような猫の顔がすぐそばにあった。

「……う、うまいこと受け止めてくれた、みたいッスね……っとと」

「ちょっとアポロニア! あ、頭から血が!」

 案ずる彼女の手を緩く払いながら、自分は床に足を下ろす。
 耳に届いたガラガラという大きな音から察するに、どうやら奴が崩した建物の瓦礫でもぶつかったのだろう。側頭部にはどろりとした血の感触があったが、おかげで今まで興奮していた意識がハッキリと殺意に切り替わった。
 だからこそ、いつもなら戦いを誰より楽しんでいる猫が不安げな表情を浮かべているのを、自分は鼻で笑い飛ばしたのである。

つぶてがぶつかったくらいで大袈裟ッスよ。それに、アポロニア、ねぇ?」

「そんなこと言ってる場合じゃ――!」

『ファティ! 状況を伝えて! アポロニアがどうかしたの!?』

 全く後から後から騒がしいものだ。それも彼のおかげで家族と呼ばれる仲間たちから向けられるのだから、温かいものだとも思うのだが、いつもズタボロになるまで戦うご主人の気持ちが少しだけ分かったような気もする。
 今、タマクシゲを害する敵を仕留められるのは自分しか居ない。そう考えれば、臆病なはずの自分の内側から鈍い牙が顔を覗かせた。

「ただのかすり傷ッスから、そんな悲鳴みたいな声出さなくても大丈夫ッス。ただ、あのくされ大目玉、人の頭に瓦礫ぶつけてくれた以上はきっちり息の根止めてやるッスよ……!」

 戦うことなんてこれっぽっちも好きじゃない。だが、あの人が大切だというこの場所を、そして自らがもうすぐ掴めるかもしれない幸福を、たかが化物風情に邪魔されたということが無性に腹立たしく思え、自分はギッと奥歯を鳴らしてから、自分の力だけで勢いよくホウトウを駆けあがった。
 覗き込むショウジュンキの中には、これっぽっちも読めない古代文字と奇妙な記号の羅列。頭の悪いミクスチャが腕を振り回して一帯を更地にしたことによる必然か、崩れ残った建物の影からタマクシゲが走り出ると同時に、瓦礫の中で触腕を支えに立ち上がるソイツを四角い模様がしっかりと捉える。

「いい加減、大人しく土に還りやがれッス!」

 はたしてこれが何度目か。トリガを引くと同時に軽い衝撃が肩を揺らし、ユウドウダンは翼を広げて瓦礫の上を舞った。足元から猫の声が何か聞こえた気もしたが、これは多分勘違いだ。彼女は加熱した自分の雰囲気に呆然としていただろうから。
 元々動きの遅いミクスチャは、傷を負ったことにより一層反応を鈍らせている。それでも流石にユウドウダンが迫っていることに気づいて、腕を犠牲に本体を守ろうとしたようだが、矢よりも速く跳ぶ古代兵器には追い付けない。

 ――そう、これは自分の力じゃない。けど、それの何が問題ッスか?

 空気を震わせる爆発が響いた時、自分は小さく尖った歯を外気に晒して笑った。
 大きすぎる目玉が何を見ていたのかはわからない。しかし、その中央にユウドウダンは迷いなく飛び込み、火炎と凄まじい音と共に白い肉を引き裂いたことだけは、黒い煙の中にもハッキリとわかった。

『今度こそ、終わっ、た?』

 煙と体液を吹きながら崩れていく化物の姿に、ムセンキがガリと耳障りな音と透き通るような声を奏でる。

「目玉が弾けて身体もぐちゃぐちゃッスからね。ざまぁねぇッス」

 ぬめる額を拭ってみれば、掌は赤黒く染まる。
 大した怪我ではないが、やらかしたなぁ、なんてご主人の言いそうなことを真似しながらタマクシゲの中へ戻ったのだが、まさかいきなり白くて柔らかいものが顔目掛けて飛んでくるなどとは誰も思わないだろう。

「おぷぅ!? な、い、いきなり何するッスか!」

「あっちこっち血だらけになるんで、終わったならさっさと処置してください」

「処置って――あ」

 咄嗟に顔から手で払ったそれは、応急処置用の清潔なガーゼだった。
 戦場で傷を治療するとき、薬の類はもちろん、綺麗な布も貴重品だが、タマクシゲには何故かその類の物が充実している。これはご主人たちが生きていた大昔の名残なのだろう。
 ただ、わざわざガーゼをこちらの顔にぶつけ、しかも薬箱を座席の上に用意した上で、後ろを向いたまま尻尾を振っている猫を見れば、噛みついてやろうとは流石に思えなくなった。

「――ファティマも素直じゃないッスね。ただその……心配かけて悪かったッス」

「犬がフニャフニャしてるとかミクスチャ以上に気持ち悪いですよ。あと名前で呼ばないでください」

「もうちょっと可愛げのある言葉を選べないもんッスかね」

 お前が先に名前を呼んだんだろうに、とは言わないことにした。
 何かと反りの合わない生意気な年下ではあるが、嫌いな相手というわけでもないのだ。むしろシューニャ程ではないが、自分は彼女の事だって面倒くさい妹くらいには大事な存在だと思っているし、向こうもそれなりに信頼してくれていたのだろう。
 おかげでやれやれと肩を竦めながら、自力で適当に包帯を巻きつけていると、ウンテンセキからシューニャが顔を出した。

「アポロニア、大丈夫?」

「ちょっと血が出ただけでなぁんてことないッスよ。そんで、これからどうするッスか?」

「ん……他にミクスチャが見当たらないようなら、港で帝国軍の上陸部隊を迎え撃つ。そうすればミクスチャの上陸にすぐ対応できるし、港は広いから市街地の被害も最小限に抑えられるはず」

 ミクスチャさえ居なければ、帝国軍の船が如何に近づいて来ようと、またどれほどの兵数が居ようとも、タマクシゲの敵ではないとシューニャは声に力を籠める。

「ふふん、それならボクにも出番ありそうですね」

 それを聞いた猫は、ゆらりと立ち上がって肩越しに金の双眸を揺らめかせていた。
 自分は早くも戦いにウンザリしてきているのだが、やはりこの猫はまだまだ暴れ足りないらしい。
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