193 / 330
定住生活の始まり
第193話 退屈なお留守番
しおりを挟む
二日酔いの頭痛で唸り声を上げ続けていたアポロニアが、ようやくリビングに降りてこられたのはその日の夜である。
彼女は先日の寒波によって、リビングに集まって眠ることを決めていた4人から、半日以上遅れて恭一とダマルの不在を聞かされた。
その理由を問うてみればシューニャは、留守番を任された、と語り、ファティマは、家を守るのも立派な仕事だ、とどこか不機嫌に呟く。マオリィネはポラリスを撫でながら、家族にはそれぞれ役割がある、と悟ったように言うが、一方のポラリスは彼女の膝の中でぶぅと頬を膨らませていた。
そんな彼女らの意見と、コレクタユニオンからの依頼内容を集約し、アポロニアは結論に辿り着く。
「要するに、2、3日で帰ってくるからって、ダマルさん以外全員まとめて置いて行かれたってことッスね」
あまりに的確過ぎる指摘に、色々と理由をつけて自らを誤魔化していたポラリス以外の一同は石像のように固まった。
言ってしまえばその通りであり、それも全員が彼の判断に対して一定以上ごねた後である。不満が大なり小なり再燃するのは仕方のないことだろう。
「キョウイチは意地が悪い。私は見たことの無い遺跡を調べたかっただけなのに」
「ねー! キョーイチは意地悪だー!」
シューニャが腕を組んでごく僅かばかり頬を膨らませれば、ポラリスがそうだそうだと賛同を送る。
それが駄々を捏ねているだけなのは一目瞭然であり、アポロニアは珍しいこともあるものだと思いながら苦笑を浮かべた。
とはいえシューニャの駄々は可愛い物であろう。何せ彼女の隣でうつ伏せに寝そべったファティマは、長い尻尾を左右に大きく振りながら完全にへそを曲げていた。
「ボクだってお仕事ですもん。別におにーさんと一緒に居たいってわけじゃないですしー」
ふんだ、と彼女は小さく鼻を鳴らす。
そのあまりにも子供っぽい拗ね方に、マオリィネが呆れて大きなため息をついた。
「ファティマ、その言い方じゃ欲望ダダ洩れよ――まぁこれもちょうどいい機会と捉えましょう? アポロニア、珍しく酔いつぶれていたようだけれど、昨日はどうだったのかしら?」
「あ、あー……それが、その……」
マオリィネから突如振られた質問に、アポロニアは僅かに後ずさる。
何せ全員が興味を持っている話題であり、今まで完全にいじけていたファティマまでもが半身を起こしはじめてしまい、彼女は諦めて寝床の輪の中へと入りこんだ。
そうなれば先日の出来事を根掘り葉掘り聞かれるのは当然であろう。
無論それを茶化すような真似は誰もしなかったのだが、彼女の身体に起こった変調の理由を聞いた途端、全員が唖然としたのは言うまでもない。
「い、いやぁ、自分も発情の制御がまだまだだなぁ、なんて、思ったり……ッス」
アポロニアは発情の制御にはそれなりに自信を持っていた。それは力の弱いアステリオンであることに起因する。
しかし気を許した相手という条件を前に、普段通りの防衛策はいとも容易く突破されてしまった。それが好意からくる本能的なものだとは、彼女にわかるはずもなかったが。
「いーぬー……あれだけ自慢気に言ってたくせに、全然ダメダメじゃないですかー!」
「そんなこと言われても、無理だったんスよぉ! 猫だってあの状況なら絶対なってたッスよ!」
「ボクは毛布の中でぬくぬくしててもなりませんでしたもーん。やったことも、首をちょっと噛んでから舐めただけですし」
実際、飲酒の有無以外ではそれなりに近い状況であったため、これは自分の勝ちだろうとファティマは自慢げに胸を逸らす。
しかし彼女の言葉に、シューニャは大きく目を見開いた。
「えっ……そ、それってまさか、猫の誘惑?」
僅かに上ずった声に、周囲は何のことだと疑問符を浮かべる。
質問をした張本人はしまったという具合にすぐ口を押さえたが、一度伝わってしまった言葉を戻す方法はなく、その博識にファティマが感嘆の息を吐いた。
「はー……シューニャはホントに色んな事知ってますよね。どこから仕入れてくるんですか」
「流石ブレインワーカー、と言ったところかしら。それで、どういう意味があるの?」
マオリィネの言葉は純粋な感心であっただろう。だからこそ、シューニャは反応に困って俯いた。
とはいえ、ここでファティマがその内容を説明してくれれば、まだいくらかマシだったに違いない。
しかし、現実とは斯くも非情なものであった。
「ボクも詳しい意味は知らないです。奴隷の頃に一緒だったケットから、大好きな相手ができたらやるものだー、って教えられただけなんで」
発情についてすら理解していなかったファティマである。そんな彼女が詳細など知るはずもなく、むしろ名前や方法を知っていただけで奇跡なのだ。
となれば、全員の視線が自然とシューニャに集まるのは当然の結果だった。
「え、あ……その……」
彼女は珍しくうろたえた。
それは言いにくい内容だったからなのだが、真面目なシューニャは情報を歪曲して伝えることを良しとせず、羞恥に頬を染めながら詳細を口にした。
「け、ケット特有の、男女の営みを誘う行為だと、文献で……」
言葉が徐々に尻すぼみになり、最後は蚊の鳴くような声だった。
この回答を聞いた当事者たるファティマは、シューニャ以上に真っ赤になって全身の毛を逆立てる。また質問をしたマオリィネは申し訳なさそうに額を押さえ、アポロニアは微妙な笑いを浮かべてシューニャの肩を叩いた。
「ま、まぁ興味津々なお年頃ッスもんね。健康な証拠ッスよ、うん」
「そ、それは誤解! 別に知識欲以外の理由は――!」
「必死にならなくてもいいわ。わかっているから」
「むぐ……」
必死で取り繕おうとしたシューニャを、マオリィネは酷く穏やかな顔で宥める。
しかしその温かい目線は、誰でも興味があって当たり前だというものであり、純粋な知識収集の賜物であると主張するシューニャとしては、到底納得のいくものではなかった。
それでもこの場で反論したところで受け入れて貰えないことが明らかだったため、シューニャは熱くなった頬を手で扇ぎながら、必死で思考を切り替える。
一方、疑問が解決に至ったマオリィネは、僅かに肩を竦めつつ話題を元の路線へと戻した。
「ホント、キメラリアはすることが大胆ね……けれど、キョウイチの心境変化は悪いものじゃなさそうで、少し安心したわ」
「ん、重婚を考え始めているというのは、今までにない大きな進歩だと思う」
マオリィネは恭一の態度を軽く分析して小さく微笑み、思考を入れ替えたシューニャもまたそれに同調する。
ただ、アポロニアはそれに対して甘いと目を細めて笑った。
「でも、こっからは個人戦ッスよ。まだ全員が受け入れてもらえるって決まった訳じゃないッスからね」
一瞬で部屋の中に緊張感が走る。
確かに恭一は重婚を仄めかす発言をしてはいるが、そもそも全員に対して抱く感情は悪いものではない、という以外は未知数なのだ。それこそ、誰か1人と婚姻を結ぶ可能性や、はたまた別の女になびく可能性も、安易に捨てきることはできない。
それは互いに足を引っ張りあえばいいという話ではないにせよ、しかし今までの安穏とした協力関係の維持も難しい状況であった。
しかも彼女らは皆、程度の差こそあれ欲望に忠実なタイプである。
「いーですねぇ。ボク、絶対負けませんから」
「ここまで来て退けるわけないでしょ? これでも一応、勅命も受けているのだしね」
「言うじゃないッスか。自分も今更遠慮する気なんて、これっぽっちもないッスよ」
「……負けない」
互いに顔を見合わせれば、誰からともなくフフフと不気味な笑い声が零れる。
彼女らの仲は決して悪くない。それどころか、恭一の言葉どおり家族としての信頼関係すら築けているほどだ。
だが、この問題に関しては、その枠から外れているとカウントされることが明確になった。
周囲が不敵な表情を浮かべる一方、それを不思議そうな顔で見回している者も居たが。
「ねぇジューコンってなーに?」
ポラリスは宣戦布告紛いの発言が飛び交う中で、ひたすら重婚という言葉の意味を考え続けていたのだった。
■
目の前を青白いスパークが迸る。
甲鉄はまるで死を拒む人間のように僅かに藻掻き、しかし僅かな後に全身を弛緩させて停止した。
ヒィンというエーテル機関が非常停止する甲高い音を聞きながら、僕は自身の戦いのスイッチを緩める。
それがいけなかったのか、緊張感の抜けた体は途端に鼻の違和感を訴えた。
『ふ、ふぇっくしょい!』
『おいおい、相手の首に剣ぶっさしたままでくしゃみする奴があるかよ』
『いやすまない……なんだろう、急に寒気が?』
マキナの中は生命維持装置が働いているため、外気温をそれなりにシャットアウトしてくれる。それもパイロットスーツという高性能な衣服を身に着けた上からであれば、酷寒地でもなければ寒さはほとんど感じなくなって然るべきなのだが。
不思議なこともある物だと首を傾げながら、僕はハーモニックブレードを甲鉄から引き抜こうと力を込める。
が、ここでくしゃみの弊害が現れた。
『えっ』
パァンと鳴り響いた派手な音。目の前を飛んでいく幾ばくかの破片。
今まで抵抗があったはずの左腕は急激に軽くなり、僕は慌ててたたらを踏んだ。否、翡翠のオートバランサーが支えてくれなければ転倒していただろう。
甲鉄の首からは今まで前腕に接続されていたはずの刀身が生え、それを眺めて一瞬の静寂が流れた。
頭の中で武装に関連する注意事項が流れていく。ハーモニックブレードは振動することで切断力を発揮するため、相手に突き刺さって抜けなくなった場合は振動させながら抜け、と。
しばらく自分の左前腕部と甲鉄とを見比べ、僕はハハハと乾いた笑い声を出した。
それを遮ったのは予想外にも無線機越しではなく、背後から響いた低い声だったが。
「オイコラ、何笑ってやがる」
ビクリと肩が震える。
おそるおそる振り返ってみれば、外だというのに珍しく兜を外したダマルが、恐ろしい髑髏の暗い眼孔をこちらに向けていた。
『あー……アクシデント、かな』
「馬ッ鹿野郎ォ、ヒューマンエラーだ! お前はあれか!? 毎度毎度俺の仕事増やすのが趣味なのか!?」
『い、いや、そういうつもりはないんだが――すまん』
「ったく、すまんじゃねぇよ。いっつもいっつもどっかしらぶっ壊しやがって。予備がここにありゃいいが、なかったらテクニカに寄り道決定だぜ畜生め」
はぁと骸骨はへし折れたハーモニックブレードの根元を見て、ガックリと肩を落とした。
黒鋼以降に装備された物は共通品なので予備には困らないが、それでも余分な手間であることに変わりはなく、ダマルはもっと機体を大事にしろと呟いて瓦礫を蹴っ飛ばす。
「とりあえず使えそうなもん探すぞ。このままオケラで帰ったんじゃ、銀貨200枚でも割に合わねぇ」
『そんなにかい?』
「そんなにだっつーの。そんな予備武装でも、現代じゃ再現できねぇハイテク装備なんだからな」
予備武装とは言いつつも、昔から僕は何かとこれを愛用している。非常に取り回しがしやすく、装甲にでも当てられれば多少なりとも損傷を与えられる優良な装備なのだ。
とはいえ、そのおかげで扱いが荒かったことは否めないが。
おかげでひらひらとガントレットを振りながら、玉匣へ戻っていく骸骨の背を見て、悪い癖だと僕は1人頭を掻いていた。
彼女は先日の寒波によって、リビングに集まって眠ることを決めていた4人から、半日以上遅れて恭一とダマルの不在を聞かされた。
その理由を問うてみればシューニャは、留守番を任された、と語り、ファティマは、家を守るのも立派な仕事だ、とどこか不機嫌に呟く。マオリィネはポラリスを撫でながら、家族にはそれぞれ役割がある、と悟ったように言うが、一方のポラリスは彼女の膝の中でぶぅと頬を膨らませていた。
そんな彼女らの意見と、コレクタユニオンからの依頼内容を集約し、アポロニアは結論に辿り着く。
「要するに、2、3日で帰ってくるからって、ダマルさん以外全員まとめて置いて行かれたってことッスね」
あまりに的確過ぎる指摘に、色々と理由をつけて自らを誤魔化していたポラリス以外の一同は石像のように固まった。
言ってしまえばその通りであり、それも全員が彼の判断に対して一定以上ごねた後である。不満が大なり小なり再燃するのは仕方のないことだろう。
「キョウイチは意地が悪い。私は見たことの無い遺跡を調べたかっただけなのに」
「ねー! キョーイチは意地悪だー!」
シューニャが腕を組んでごく僅かばかり頬を膨らませれば、ポラリスがそうだそうだと賛同を送る。
それが駄々を捏ねているだけなのは一目瞭然であり、アポロニアは珍しいこともあるものだと思いながら苦笑を浮かべた。
とはいえシューニャの駄々は可愛い物であろう。何せ彼女の隣でうつ伏せに寝そべったファティマは、長い尻尾を左右に大きく振りながら完全にへそを曲げていた。
「ボクだってお仕事ですもん。別におにーさんと一緒に居たいってわけじゃないですしー」
ふんだ、と彼女は小さく鼻を鳴らす。
そのあまりにも子供っぽい拗ね方に、マオリィネが呆れて大きなため息をついた。
「ファティマ、その言い方じゃ欲望ダダ洩れよ――まぁこれもちょうどいい機会と捉えましょう? アポロニア、珍しく酔いつぶれていたようだけれど、昨日はどうだったのかしら?」
「あ、あー……それが、その……」
マオリィネから突如振られた質問に、アポロニアは僅かに後ずさる。
何せ全員が興味を持っている話題であり、今まで完全にいじけていたファティマまでもが半身を起こしはじめてしまい、彼女は諦めて寝床の輪の中へと入りこんだ。
そうなれば先日の出来事を根掘り葉掘り聞かれるのは当然であろう。
無論それを茶化すような真似は誰もしなかったのだが、彼女の身体に起こった変調の理由を聞いた途端、全員が唖然としたのは言うまでもない。
「い、いやぁ、自分も発情の制御がまだまだだなぁ、なんて、思ったり……ッス」
アポロニアは発情の制御にはそれなりに自信を持っていた。それは力の弱いアステリオンであることに起因する。
しかし気を許した相手という条件を前に、普段通りの防衛策はいとも容易く突破されてしまった。それが好意からくる本能的なものだとは、彼女にわかるはずもなかったが。
「いーぬー……あれだけ自慢気に言ってたくせに、全然ダメダメじゃないですかー!」
「そんなこと言われても、無理だったんスよぉ! 猫だってあの状況なら絶対なってたッスよ!」
「ボクは毛布の中でぬくぬくしててもなりませんでしたもーん。やったことも、首をちょっと噛んでから舐めただけですし」
実際、飲酒の有無以外ではそれなりに近い状況であったため、これは自分の勝ちだろうとファティマは自慢げに胸を逸らす。
しかし彼女の言葉に、シューニャは大きく目を見開いた。
「えっ……そ、それってまさか、猫の誘惑?」
僅かに上ずった声に、周囲は何のことだと疑問符を浮かべる。
質問をした張本人はしまったという具合にすぐ口を押さえたが、一度伝わってしまった言葉を戻す方法はなく、その博識にファティマが感嘆の息を吐いた。
「はー……シューニャはホントに色んな事知ってますよね。どこから仕入れてくるんですか」
「流石ブレインワーカー、と言ったところかしら。それで、どういう意味があるの?」
マオリィネの言葉は純粋な感心であっただろう。だからこそ、シューニャは反応に困って俯いた。
とはいえ、ここでファティマがその内容を説明してくれれば、まだいくらかマシだったに違いない。
しかし、現実とは斯くも非情なものであった。
「ボクも詳しい意味は知らないです。奴隷の頃に一緒だったケットから、大好きな相手ができたらやるものだー、って教えられただけなんで」
発情についてすら理解していなかったファティマである。そんな彼女が詳細など知るはずもなく、むしろ名前や方法を知っていただけで奇跡なのだ。
となれば、全員の視線が自然とシューニャに集まるのは当然の結果だった。
「え、あ……その……」
彼女は珍しくうろたえた。
それは言いにくい内容だったからなのだが、真面目なシューニャは情報を歪曲して伝えることを良しとせず、羞恥に頬を染めながら詳細を口にした。
「け、ケット特有の、男女の営みを誘う行為だと、文献で……」
言葉が徐々に尻すぼみになり、最後は蚊の鳴くような声だった。
この回答を聞いた当事者たるファティマは、シューニャ以上に真っ赤になって全身の毛を逆立てる。また質問をしたマオリィネは申し訳なさそうに額を押さえ、アポロニアは微妙な笑いを浮かべてシューニャの肩を叩いた。
「ま、まぁ興味津々なお年頃ッスもんね。健康な証拠ッスよ、うん」
「そ、それは誤解! 別に知識欲以外の理由は――!」
「必死にならなくてもいいわ。わかっているから」
「むぐ……」
必死で取り繕おうとしたシューニャを、マオリィネは酷く穏やかな顔で宥める。
しかしその温かい目線は、誰でも興味があって当たり前だというものであり、純粋な知識収集の賜物であると主張するシューニャとしては、到底納得のいくものではなかった。
それでもこの場で反論したところで受け入れて貰えないことが明らかだったため、シューニャは熱くなった頬を手で扇ぎながら、必死で思考を切り替える。
一方、疑問が解決に至ったマオリィネは、僅かに肩を竦めつつ話題を元の路線へと戻した。
「ホント、キメラリアはすることが大胆ね……けれど、キョウイチの心境変化は悪いものじゃなさそうで、少し安心したわ」
「ん、重婚を考え始めているというのは、今までにない大きな進歩だと思う」
マオリィネは恭一の態度を軽く分析して小さく微笑み、思考を入れ替えたシューニャもまたそれに同調する。
ただ、アポロニアはそれに対して甘いと目を細めて笑った。
「でも、こっからは個人戦ッスよ。まだ全員が受け入れてもらえるって決まった訳じゃないッスからね」
一瞬で部屋の中に緊張感が走る。
確かに恭一は重婚を仄めかす発言をしてはいるが、そもそも全員に対して抱く感情は悪いものではない、という以外は未知数なのだ。それこそ、誰か1人と婚姻を結ぶ可能性や、はたまた別の女になびく可能性も、安易に捨てきることはできない。
それは互いに足を引っ張りあえばいいという話ではないにせよ、しかし今までの安穏とした協力関係の維持も難しい状況であった。
しかも彼女らは皆、程度の差こそあれ欲望に忠実なタイプである。
「いーですねぇ。ボク、絶対負けませんから」
「ここまで来て退けるわけないでしょ? これでも一応、勅命も受けているのだしね」
「言うじゃないッスか。自分も今更遠慮する気なんて、これっぽっちもないッスよ」
「……負けない」
互いに顔を見合わせれば、誰からともなくフフフと不気味な笑い声が零れる。
彼女らの仲は決して悪くない。それどころか、恭一の言葉どおり家族としての信頼関係すら築けているほどだ。
だが、この問題に関しては、その枠から外れているとカウントされることが明確になった。
周囲が不敵な表情を浮かべる一方、それを不思議そうな顔で見回している者も居たが。
「ねぇジューコンってなーに?」
ポラリスは宣戦布告紛いの発言が飛び交う中で、ひたすら重婚という言葉の意味を考え続けていたのだった。
■
目の前を青白いスパークが迸る。
甲鉄はまるで死を拒む人間のように僅かに藻掻き、しかし僅かな後に全身を弛緩させて停止した。
ヒィンというエーテル機関が非常停止する甲高い音を聞きながら、僕は自身の戦いのスイッチを緩める。
それがいけなかったのか、緊張感の抜けた体は途端に鼻の違和感を訴えた。
『ふ、ふぇっくしょい!』
『おいおい、相手の首に剣ぶっさしたままでくしゃみする奴があるかよ』
『いやすまない……なんだろう、急に寒気が?』
マキナの中は生命維持装置が働いているため、外気温をそれなりにシャットアウトしてくれる。それもパイロットスーツという高性能な衣服を身に着けた上からであれば、酷寒地でもなければ寒さはほとんど感じなくなって然るべきなのだが。
不思議なこともある物だと首を傾げながら、僕はハーモニックブレードを甲鉄から引き抜こうと力を込める。
が、ここでくしゃみの弊害が現れた。
『えっ』
パァンと鳴り響いた派手な音。目の前を飛んでいく幾ばくかの破片。
今まで抵抗があったはずの左腕は急激に軽くなり、僕は慌ててたたらを踏んだ。否、翡翠のオートバランサーが支えてくれなければ転倒していただろう。
甲鉄の首からは今まで前腕に接続されていたはずの刀身が生え、それを眺めて一瞬の静寂が流れた。
頭の中で武装に関連する注意事項が流れていく。ハーモニックブレードは振動することで切断力を発揮するため、相手に突き刺さって抜けなくなった場合は振動させながら抜け、と。
しばらく自分の左前腕部と甲鉄とを見比べ、僕はハハハと乾いた笑い声を出した。
それを遮ったのは予想外にも無線機越しではなく、背後から響いた低い声だったが。
「オイコラ、何笑ってやがる」
ビクリと肩が震える。
おそるおそる振り返ってみれば、外だというのに珍しく兜を外したダマルが、恐ろしい髑髏の暗い眼孔をこちらに向けていた。
『あー……アクシデント、かな』
「馬ッ鹿野郎ォ、ヒューマンエラーだ! お前はあれか!? 毎度毎度俺の仕事増やすのが趣味なのか!?」
『い、いや、そういうつもりはないんだが――すまん』
「ったく、すまんじゃねぇよ。いっつもいっつもどっかしらぶっ壊しやがって。予備がここにありゃいいが、なかったらテクニカに寄り道決定だぜ畜生め」
はぁと骸骨はへし折れたハーモニックブレードの根元を見て、ガックリと肩を落とした。
黒鋼以降に装備された物は共通品なので予備には困らないが、それでも余分な手間であることに変わりはなく、ダマルはもっと機体を大事にしろと呟いて瓦礫を蹴っ飛ばす。
「とりあえず使えそうなもん探すぞ。このままオケラで帰ったんじゃ、銀貨200枚でも割に合わねぇ」
『そんなにかい?』
「そんなにだっつーの。そんな予備武装でも、現代じゃ再現できねぇハイテク装備なんだからな」
予備武装とは言いつつも、昔から僕は何かとこれを愛用している。非常に取り回しがしやすく、装甲にでも当てられれば多少なりとも損傷を与えられる優良な装備なのだ。
とはいえ、そのおかげで扱いが荒かったことは否めないが。
おかげでひらひらとガントレットを振りながら、玉匣へ戻っていく骸骨の背を見て、悪い癖だと僕は1人頭を掻いていた。
10
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――
EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。
そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。
そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。
そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。
そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。
果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。
未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する――
注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。
注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。
注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。
注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。
―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~
アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」
中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。
ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。
『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。
宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。
大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。
『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。
修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる