悠久の機甲歩兵

竹氏

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定住生活の始まり

第187話 攻撃型雪ん子

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 暖炉の中で薪が折れたように思う。

「帝国軍の動き?」

 机の上に置かれた手紙をそれぞれの宛名に分類しながら、僕は少年の言葉に手を止めた。
 郵便配達員となりつつあるサフェージュは、僕の横に立ってこくんと頷く。

「噂ですけど、最近国境線に兵力を集結させている、とか。それも王国と神国、両方に対してらしいです」

「多面作戦なんて、随分気前のいいことだなぁ。その噂、確度は?」

「コレクタユニオン支部の中で、集団が話してるのを聞いただけですから……」

 何でも見聞きしたことを伝えるように、とダマルから言いつけられている彼は、眉唾だと首を振った。
 実際に先の会戦で帝国軍は補給路を断たれたことで奇襲に失敗。軍団が壊滅している。
 それがたった数か月で再び攻勢に出てくるというのであれば、再編成の速度に驚くべきか、あるいはただただ無謀だと呆れるべきか。
 加えてヘンメの言を信じるならば、神国方面の戦線は補給線が伸び切って膠着が続いているはず。状況を打開するために大戦力を差し向けたのだとすれば、王国への同時攻撃準備というのは愚策に過ぎる。

「所詮は噂、かい?」

「少なくともぼくは信じられませんね」

 馬鹿馬鹿しいと肩を竦める少年の反応こそ、一般的には正常なのだろう。
 けれど僕は表面上は苦笑しつつも、内心ではまさかという思いもあった。
 帝国軍が温存していた予備兵力が、自分の想像を遥かに超えたものだったというのならば別にいい。純粋な兵力最大は伊達じゃないんだな、と思うだけだ。
 だがもしも自分の脳裏にチラつく、ミクスチャという言葉が帝国の攻勢を後押ししたとすれば状況は一変する。

 ――戦力拡充が急務、か。

 杞憂ならばそれでいいが、帝国首脳陣が余程の無能でない限り、攻勢には何らかの勝算があると見るべきだ。
 少なくとも自分たちが対策を怠ったことで、家族総出で地雷原にピクニックと洒落込むのは避けねばならない。

「わかった、情報感謝する。他にはあるかい?」

「そうですね、あとは――」

 何かあったかと、ふくらみのある尻尾をフサフサと左右に揺すり、先端が黒い耳をピコピコ揺らしながらサフェージュは考える。
 しかし彼に思考の猶予は与えられず、衝角突撃も斯くやという激しい音と共にリビングの扉が開かれた。

「おーそーいー!!」

 そこに立っていたのは、防寒着を纏ってモコモコした見た目のポラリスだ。
 ダッフルコートのファーに埋もれた彼女は、バタバタとサフェージュと僕の間に割り込むと、両の手を固く握って空色の目を釣り上げる。

「今日は朝から晩までキョーイチはわたしのものなんだからね! サフ兄ちゃんになんて、絶対あげないんだから!」

「あ、あはは……キョウイチさん貰っても困るなぁ」

 りんごほっぺを風船のように膨らせながら睨みつけてくる少女に、曰く狐の少年は耳をぺったりと垂らして頬を掻いた。
 それでも信用がならないとばかりに、ポラリスはシャーと両手を挙げてサフェージュを威嚇する。それもまったく迫力がないのだから、僕は後ろで笑っていたが。

「ははは、まったくすぐにポラリスは僕を備品にしようとするなぁ。色々頼んでおいて悪いんだが、他に急報がなければこの辺りでおひらきにしよう」

「い、いえ、他には特にありませんので――睨まないでってば。別にキョウイチさんを取ったりしないからさ」

 ちいさな少女に詰め寄られてあたふたする少年は、申し訳ないとは思うが見ていて面白い。反撃ができない心優しいサフェージュに、無邪気さからかまったく容赦のないポラリスという構図は、ここ数日で完成したものだ。
 そんな子供たちのやりとりを微笑ましく思いながら、僕は湯気の立つ疑似珈琲を口にしながら高みの見物だった。
 だったのだが。

「ライバルは少ない方がいいって、ファティ姉ちゃん言ってたもん……!」

「ぶふぉっ!?」

 少女の放った突拍子もない一言に、僕は口から疑似珈琲を盛大に噴き出した。
 幸いにも正面には誰も居らず、しかし突然の出来事にサフェージュが派手に身を引く。

「ちょっ、キョウイチさん汚いですよぉ!」

「ごほっごほっ!? す、すまない――じゃなくて、君は気にする方向を間違ってるぞ!」

 確かに彼は女性と見紛う程美しい見た目をしている。浅黒い肌にアメジストにも見える瞳が映え、加えて声も高い上に線が細い体格は、スレンダーな女性と言われれば疑うこともなかっただろう。

「へ? あっ、違うよポラリスちゃん!? ぼくは男だし、その、好きな人もちゃんと居るから!」

 しかし僕の抗議に対し子狐は、産まれてくる性別を間違えただけで飽き足らず、天然ボケまで披露してくれるポンコツっぷりだ。両頬に刻まれた三筋のウォーペイントと黒い鼻先が飾りらしい。
 それも暫くキョトンとしてから、突然わたわたと手を振るのだから、ポラリスの疑惑は無駄に深まっていた。

「う~……怪しい」

「これっぽっちも怪しくないってば! キョウイチさぁん、なんとか言ってくださいよぉ!」

 唸りを上げるポラリス相手に、サフェージュは鼻を鳴らして泣きついてくる。
 悪化の原因は彼の対応ミスなので放置しておいても良かったのだが、それで自分への風評被害が広がるのは頂けない。
 おかげで僕は深いため息をつきながら、ポラリスをこちらへ振り向かせる。

「サフェージュ君がライバルなわけないだろう。それとも、ポラリスはライバルになって欲しいのかい?」

「それはヤダ……」

「なら問題ないね。それに、こんな話で時間を消費しないほうがいいだろう?」

 微笑みながら意見を押し通しにかかれば、彼女はブンブンと大きく首を縦に振って肯定を示す。
 そんな聞き分けの良いポラリスの頭を、僕はくしゃくしゃと撫でた。

「いい子だ」

「えへへ……」

 もしも彼女に尻尾があればブンブンと振られていただろう。
 その脇でサフェージュがはぁと安堵の息を吐いている姿を見て、僕はファティマにきっちりと言い含めておかねばならないことを再確認した。


 ■


 ポラリスが日ごろやっていることと言えば、主に勉強と遊びである。
 800年前の教育を受けている彼女は、不完全ではあるものの、貴重な古代語読解者に他ならず、幼くして簡単な算術を使える稀有な存在であり、同世代の現代人と比べれば博識であろう。
 それでも、現代発祥の知識については自分やダマルと同じく無知であり、この文明世界で生きていくための学習は必須だった。
 しかも運のいいことに、彼女の周囲には多くの分野で教師たり得る人物が揃っている。
 知識面においては主にシューニャが学習指導に当たり、社会常識やマナーについてはマオリィネが担当。家事炊事、その他生活の知恵はアポロニアが教え、ファティマは彼女の運動に関してサポートする体制がとられていた。
 彼女らはよき師であり、またよき姉であり、程度に差はあれどポラリスはよく懐いている。
 そんな中、自分はここに至るまで何か指導できることもなく、その上なかなか遊び相手にもなってやれないままだった。

「ゆきーッ!」

 低く垂れこめた雲から舞い落ちてくる結晶に、ポラリスはテンションを最大まで高めて舞い踊る。

「はじめて見た! こんなふうにおちてくるんだねー」

「僕も現代で見る雪は初めてかな。昔はよく見たけどね」

「そうなの? おぉ、かんたんにきえる!」

 彼女が両手で宙を舞う雪を掴めば、それはすぐに水になって消えていく。
 それが不思議なのか、ミトンに包まれた手をじっと眺めて何かを考えているようだった。

「そんなに不思議かい?」

「うん。だって私が作ったらぜんぜんきえないもん」

 自分が作る、という表現は彼女特有のものだ。
 シンクマキナに機能不全を引き起こすほどの魔法を使うホムンクルス。どういった作用により、そんなことが可能なのかはわからないが、確かにポラリスが生み出した氷や温度変化は、長時間に渡って残存する。
 そこでふと思い出したのは、随分前にシューニャから聞いた触媒の話だった。

「……例えばだけど、この空に浮かぶ雪を集めて玉にしたりとか、できるのかな」

「えっと、こう、かな」

「あっ、ちょっと待ち――!」

 僕が零した疑問に、止める間もなく空色の瞳がきらりと輝きはじめる。
 初めて直接目にする、彼女の魔法。それは小さなミトンの間に歪な形の雪玉を生み出したものの、大きさを増しはじめた途端、脆くも砕け散ってしまった。
 それを見たポラリスは、不服そうな顔を作って腕を組む。

「んー……ゆきをおっきくするのはむつかしいなぁ」

「だ、大丈夫かい!? 体調が悪くなったりとか、してない?」

「どして? わたしはへーきだよ?」

 ダマルはポラリスの力を、1発物の大砲のよう、と評した。以前ポラリスはそれを行使したため、長く意識を取り戻さなかったのだ。それがどういった条件で起こるのか、魔法に対してあまりにも浅学な自分にはわからず、ひたすら不安を募らせるしかなかった。
 しかし、ポラリスは特に何も感じていないのか、キョトンとした顔をこちらに向ける。

「魔法は負担が大きい、って訳じゃないのかい?」

「へんなキョーイチ! これくらいならぜんぜんダイジョブだよ。まえみたいにおっきいの出したら、からだがスカスカになっちゃうかんじがするけど」

 彼女はそう言ってケタケタ笑う。
 基準は非常に曖昧だが、おっきいのとやらは間違いなくシンクマキナを冷凍させた力だろう。 
 仮にあれを全力だとすれば、確かに雪玉程度ならば疲労しないというのも、なんとなくだが頷ける。
 ただ、そんな心配をする僕を横目に、ポラリスは知らぬ間に雪玉を量産しはじめていたが。

「まぁるく、きれいに……うーん……うまくいかない」

「……本当に大丈夫、なんだよね?」

「シンパイショーだなぁ。へーきへーき!」

 心配するなという方が無理だ、とは思うものの、ポラリスがそう言う以上、自分が気を揉んでいても仕方がない。
 そうこうしているうちにも、足元には歪な雪玉が大量に廃棄されていく。その中には明らかに丸くするより難しいような形状のものまであった。

「なんだいこの刺々しいの――って硬いな!」

 毬栗のような1つを手に取れば、石のような手触りが返ってくる。雪合戦などした日には、流血を避けられないだろう。

「えっ!? 雪玉って、固いんじゃないの!?」

「そりゃ多少は固くできるもんだけど、これは氷なみだなぁ。武器だよ武器」

「じゃあそっちにする!」

「そっちって――?」

 言うや否や、彼女は手の中に作り出した雪玉の形を変えてゆく。球体にするより簡単なのか、それはあっという間につららのように鋭くなった。
 無手からいきなり生み出される暗器。そう思えば十分驚異的な気がして、僕はすごいすごいと拍手を送る。
 それに彼女は気をよくしたのか、自信満々に膨らみすらない胸を張った。

「これだけじゃないよー! 見ててね!」

 焚きつけたのは自分だが、何故かその自信にまたチクチクとした不安が心を刺激してきて、僕は表情を引き攣らせる。
 しかし、楽しそうな彼女を止める事を一瞬でも躊躇ってしまえば、最早それは行動を容認したことに他ならない。
 たちまちポラリスから冷気は巻き上がり、空中に同じようなつららがいくつも生み出されていく。それも不思議な事に、日輪のように彼女の背中で円を描いて静止した。

「そーれぇ、わんつー!」

 どこか間の抜けた掛け声と共に、ポラリスはバレリーナのように身体を旋回させ、腕を振りかざす。
 その瞬間、つらら状になった雪玉は弾丸のように、しかも機関掃射の如く高速で撃ち出された。
 あくまでその材質は雪であり、着弾地点となった樹木の周囲は白い雪煙が舞い上がって視界を塞ぐ。
 しかし、それが晴れた先に見えた光景は、僕の想像を遥かに超えていた。

「な……嘘だろう?」

 直撃を受けた樹木は側面をえぐり取られて、直立しているのが不思議なくらいの見た目となり、更にその背後にあった別の木には、鋭い雪の刃がしっかりと突き立っている。
 まさしく、人ならざる力であった。

「どう?」

 褒めてもいいんだぞ、とでも言いたげに彼女は手を後ろに組んで、ふんすと鼻息を吐く。
 思い出されるのは地下研究所が目指した、兵器としてのホムンクルスという存在。その片鱗が目の前に広がっていた。

「……キョーイチ?」

「ん!? あ、す、凄いね! 誰にでもできることじゃないよ、うん」

 僕が黙りこくっていたことに不安を覚えたのか、ポラリスがこちらを見上げてきたので、慌てて適当な褒め言葉を口にする。
 表面上は無理矢理笑顔を作ったものの、内心は危機感に震えていた。厳重な管理を要すると、自分の兵士である部分が警鐘が鳴らしている。
 1発物の大砲という奴は、威力を絞った場合、彼女は機関銃にも化けられるらしい。それは鎧を着込んだ人間に容易く風穴を穿てるほど火力を誇り、かつ補給も休息という形で可能となれば継戦能力にも優れている。
 使い方1つで万の人命を救うことも、また奪うことも出来るだろう。
 ただ、現実離れしたその力は、扱い方を間違えば彼女自身を危険に晒しかねないものだった。

「どしたの? むつかしい顔して」

「……いや、ポラリスは強いんだなって、思ってただけだよ」

 ストリにそっくりな顔で、彼女は不思議そうに首を傾ける。
 1つ目標が自身の中で定まっていくのを感じながら、その頭を僕はグリグリと撫でた。
 それは無邪気な彼女が不幸にならないように、また誰かを不幸にしないように、自分が守っていかねばならないという意志であり、そして自らの中に残る少女への贖罪だ。

「そろそろ、家に入ろう。身体を冷やして風邪でも引いたら大変だからね」

「おー! じゃあいっぱいお話しよーねー!」

 パタパタと隣に並んでくる彼女は、ニコニコと楽しそうに笑いながら腕に絡みつく。
 その屈託の無さに、僕の表情筋は簡単に弛んでいたが。
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