悠久の機甲歩兵

竹氏

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定住生活の始まり

第175話 遊びましょ

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 生活が落ち着いてから数日。
 朝から1人玉匣に乗って出かけていたダマルは、皆が寝静まった夜中にバイク自動二輪車を持って帰ってきた。

「こんな時間までどこ行ってたのかと思ったら……」

「テクニカの奥で埃被ってんのを見つけてな。お前が絶対安静で軟禁されてる間に、ちょこちょこ直してたんだ。抗劣化庫に置かれてた上、元が頑丈なのもあってすぐ動いたぜ」

 皆を起こさないよう、小声でダマルはカタカタと笑う。
 相変わらず骸骨らしからぬ整備能力は脱帽物であり、僕は夜更けに帰ってきたことを咎める気も失せてしまった。
 それら一切の感情をため息1つに乗せ、それで? と暗い眼孔に目を合わせる。

「いやなに、今後少人数で町村に出かけることもあるだろうしよ。キャリア付きで荷物もそれなりに積めるし、何より玉匣と違って隠し場所にも困らねぇとあっちゃ、放っとくのも勿体ねぇだろ?」

「まぁそりゃそうだね。特にポロムルへ行くなら、騒ぎになりにくくて良さそうだ」

 なんせあの町の周りには、玉匣を隠せる場所がほとんどない。
 以前使った廃屋でもいいのだが、セキュリティを考えれば誰かが残らねばならず、今までは送迎以外に方法が思いつかなかった。
 しかし、バイクくらいの大きさならば隠せる場所は多い。加えて運のいいことにダマルが拾って来たそれは軍用の物で、マットなオリーブドラブ塗装が施されており、草原や林に隠すにはもってこいだった。

「ま、鍵は預けとくから暇なときに試運転してみてくれや」

「君が乗るんじゃないのかい?」

 投げられた電子キーを片手で受け取りながら、僕は首を傾げた。
 基本的に単独行動が多いのはダマルの方である。甲冑姿に軍用のオフロードバイクというのは、何かのコスプレでパレードに出ているように見えるだろうが。
 そんな僕の疑問に対し、骸骨はカタカタうるさかった骨をピタリと止め、がっしりと僕の肩を掴んだ。

「いいか相棒、これから大事なことを言うぞ」

「顔が近いし、ついでに怖い」

「顔が怖ぇのは骸骨なら大体誰でもだろうが。お前だって肉と皮の裏は同じようなもんだぜ」

「そりゃそうだろうが……なんだい大事なことって」

 表情が読めないダマルではあるが、声色や雰囲気で感情を察することはできる。
 今この瞬間において、肉のない相棒からは感じられたのは、普段のおちゃらけた軽さではなく、何事か非常な重みを持った真剣さだった。
 力のこもる白く細い手に僕が小さく唾を飲み下すと、ダマルはこちらが聞く態勢になったと思ったのか、内容を小さな声で口にする。

「明日からお前に、全員と向き合う時間を作ってやる。サシでちゃんと話すんだ、いいな?」

 あまりに唐突な一言が鼓膜を揺すった。
 確かに自分はマオリィネとの約束を果たす必要を感じてはいたが、それをダマルがわざわざお膳立てする理由がわからない。

「何故君がそんなことを?」

「家族仲は良好であるべきだろ。いい加減連中を待たせすぎだぜ」

「う……む」

 僕はあっさりと言葉を詰まらせた。
 家族だなんだと言い続けてきたのは自分であり、家族仲を引き合いに出されて反論できるはずもない。
 何より約束を守ると誓った以上、これは思ってもない提案だ。先日の反応から口にすることを躊躇していたこともあって、気持ちの切り替えにも丁度いいだろう。

「すまない、手間をかける」

 一度そう思ってしまえば、髑髏に向かって自然と頭が下がる。
 自分だけではまともにきっかけさえ掴めないが、有能を自称するダマルが支援してくれるならば心強い。
 僕の旋毛を見て、骸骨はよしと骨を鳴らす。

「さっそく明日から始めるぜ。ちゃんと連中に付き合ってやれよ」

「ああ、善処――」

 と、口癖のように言いかけたものの、そうじゃないな、と首を横に振ってから、ダマルの暗い眼孔に視線を合わせた。




 ■


 翌日は久しく見ていない曇天だった。
 分厚い雲が空を覆っており、家の裏手に迫る森の中は随分と暗い。
 間もなく雪が降る季節だとシューニャが言っていた通り、森の木々は朝夕の冷え込みから葉を落としていたが、交差する枝だけでも随分光を遮っている。
 その中で細い枝がけたたましい音と共に弾け飛んだ。

「てぇぁッ!」

 舞い上がる枯葉の中でファティマは斧剣を振るう。
 大きな耳を風に揺らしながら、しなやかに身体を捻って彼女は命を狩るダンスを舞っている。
 そのパートナーは自己修復金属複合材に覆われた青い機甲歩兵。
 それなりに年輪を重ねた丸太を片手に、軽いステップで地面を揺さぶって駆ける。
 ファティマはここ数ヶ月で随分と腕を上げていた。
 初めて手合わせをしたロックピラーの夜でさえ、ギリギリの戦いを強いられたのだ。今の彼女と生身で組手などできるはずもない。

 ――だが、あれは反則だろう。

 ダマル達が出掛けてくると言って家を出た後、彼女は僕の手を両手で包むように掴まえて言った。

『おにーぃさんっ。ね、ボクと?』

 普段からあれだけ重い斧剣を振り回しているというのに、彼女の手は何故か剣ダコもなくとても柔らかい。
 それだけでも小さく心臓が跳ねた。しかし、ファティマの遊ぼうという言葉が意味する内容を想像できない程、僕も鈍感ではいられない。
 問題は、それがいかに貧弱な意志だったかということだ。

『……嫌ですか?』

 僅かに潤む金色の瞳が、上目遣いでこちらを見ていて誰が嫌だと言えるものか。
 その結果、僕がとった苦肉の策がマキナの利用である。
 斧剣を破壊してしまわないように武装は使わず、切り出した丸太を握りしめ、それが折れ飛ぶまでという条件を付けてこの組手を承諾した。
 ファティマはそれが心底嬉しかったらしい。いつにも増して楽しそうに笑いながら、疲れも忘れて木々の間を飛び回る。

「たぁああああッ!!」

『遅い!』

 鋭く振るわれる一撃を丸太で受け止めれば、翡翠のパワーとキメラリア・ケットの身体能力をぶつけられて木の側面が大きく抉れていく。
 出力に任せて斧剣を押し返せば、あの超重量の鉄塊を抱えながらファティマは勢いのままに大きく距離を取った。

「はっ……はっ……アハハ、とっても楽しーですね……!」

『疲れたかい? まだ丸太は折れてないぞ』

 ぶぅんと人の背丈ほどある樹の幹を振って挑発してみれば、肉食動物の獰猛さを隠そうともせずに彼女は鋭い八重歯を見せて笑う。

「そんなわけ、ない、でしょ? せっかくおにーさんが遊んでくれてるんですからっ!!」

 落ち葉が積み重なって柔らかい地面を蹴り、ファティマは弾丸のように跳んできた。
 僕はその人間離れした速度に対し、失われた技術ロストテクノロジーを駆使して立ち向かう。

「シャアアアアアアッ!!」

 出力を加減した状態でも丸太を振るえば、その風圧に地を覆う木の葉が派手に舞い上がる。目くらましにも等しいそれを体で突き破りながら、ファティマは全身をしならせて斧剣を縦一文字に振り下ろした。
 木と鋼が打ち合わされ、乾いた音と共に丸太の一部が弾ける。
 それも1度ではなく何度も何度も繰り返し、右から左へ左から右へ、攻守も次々入れ替わり、飛び散る木屑を浴びながら息つく暇もなく得物を振り回す。

「この瞬間が! ずーっと続けばいいのにって!」

 息を切らせ玉の汗を散らし長い三つ編みを振り乱しながら、しかしファティマは獰猛に笑っていた。
 そんな彼女の願いは決して届かない。
 果たしてそれが何合目だったのか。マキナの手で握りしめていた太い丸太は、派手な音を立てて中ほどから砕け散る。それに続いて、翡翠の青い装甲に火花が飛び散った。
 ファティマのパワーと斧剣の重量をもってしても、800年前の兵器として作られた翡翠はビクともしない。それどころか、材質の違いから斧剣は切れ味を鈍らせたことだろう。
 硬い物に得物をぶつけたせいか、はたまた疲労が蓄積していたからか、彼女の手から斧剣がすっぽ抜けて柔らかい地面に突き刺さる。それと同時にファティマも枯葉だらけの地面に大の字で転がった。

「はぁ……っ! はぁ……っくぁ……っ! おわっ、ちゃい、ました」

 胸甲が呼吸をする度派手に上下し、汗で濡れた髪はぴったりと顔に貼りついて、それでも絞り出されたような声は酷く名残惜しそうに聞こえる。
 その様子が本気で遊んだ後の子どものようで、僕は表情の見えないヘッドユニットの中で笑った。

『まったく、全力でとは言ったがやりすぎだ。もう少し体力を加減しなさい』

「だって、おにーさん、遊んでくれない、じゃ、ないですか」

『あぁ、そうだったね。じゃあ、加減するように』

 マキナを使うのならば自分が加減して戦うだけなので、彼女の相手をすることは可能だ。
 これまでは翡翠を隠す必要性からも難しかった方法だが、大々的に宣伝された今ならば最早気にする必要はない。
 だから僕はわざと次回を仄めかした。それに大きな耳がピクリと揺れる。

「えへ……えへへ……ボク、とっても嬉しいですよ。また遊んでくれるの、約束ですからね」

『また約束が増えたな。だが、了解だよ』

 戦っていた時の獰猛さはどこへやら。ファティマはまるでマシュマロのようにふにゃりと笑い、ゆっくりと深呼吸して息を整えていく。
 落ち着いてきた頃合いで革製の水筒を手渡せば、彼女は汗をかいた分を取り戻すようにぐびぐびと中身を飲み干した。
 まったく元気な物だと苦笑する。

『そろそろ帰ろう。風呂で汗を流したい』

「はぁい」

 髪に絡んだ落ち葉を頭を振って払い落し、地面に突き立った斧剣を背中に結いなおしてファティマはよたよたと歩き始める。
 弾け飛んだ丸太は薪として使うため、それを僕が抱えて森を後にした。
 雨が降り始めたのは、それから間もなくのことである。


 ■


 僕が風呂から上がってリビングに戻れば、いつしか雨は本降りとなっていた。
 先に汗を流したファティマはざぁざぁとさざめく雨音に耳を揺らしながら、ゆったりと自分の髪を編みなおしている。

「寒くなってきてるのに、随分しっかり降るね」

「濡れない内に帰ってこれてよかったです」

 風呂にはやや慣れたようだが、濡れることは相変わらず嫌いらしく、彼女は外の雨雲に嫌そうな目を向けた。
 この時期の冷たい雨に打たれて風邪でもひいては堪らない。ただでさえ森の中で腕白に暴れまわり、これでもかと体力を消耗したところなのだ。
 やれやれと僕は息を吐きながら、ソファに身体を沈めて目を閉じる。
 穏やかに燃える暖炉の火は暖かい。800年前の電気やガスを利用した暖房と比べて、何故かやけに落ち着く気がして僕はこれが気に入っていた。
 その熱が途中でふと陰る。今日の場合は犯人など1人しか居ないのだが。

「おにーさん、寝ちゃうんですか?」

「寝ないよ。今日はファティマと話すんだから」

 ゆっくり目を開ければ、こちらの顔をファティマがジッと覗き込んでいた。
 その橙色の髪を僕はポンポンと撫でる。いつしかこうすることは癖づいていて、それに彼女もまた気持ちよさそうに目を細めた。
 向き合うとはなにか。このあまりに純粋な少女は何を求めて、僕と話そうというのだろう。
 ひとしきり僕の手に頭を擦りつけたファティマは、ふぅと息を吐いて僕の右隣へ腰を下ろした。

「そろそろ、聞かせてくれるかい?」

「はい。ボクもずっと待ってましたから」

 待っていた、と言われて僕は何を待たせただろうと考える。
 それこそ家族仲の件で問題でもあったのかと勘ぐったりしたが、結局わからないので言葉の続きを待つほかなかったが。
 僅かな間を置いてファティマは語り始める。

「ボク、好きなものにはしつこいって話、しましたよね」

「ああ」

 いつだったかが曖昧だが、確かにそんなことを言っていたように思う。
 一応覚えていると頷けば、ファティマは僅かに頬を緩めながら言葉を続けた。

「逆に嫌いなものとか、興味のないものとか、そういうのすぐ忘れちゃうし、そもそも覚えられないんですよ」

「例えば?」

「お酒の名前とか、町の名前とか、あと戦った相手で面白くなかったのとかです」

 最後の言葉に僕は苦笑した。
 少なくとも名乗りを上げてから戦ったであろうに、面白くないからと忘れられるとなれば相手も報われまい。そしてファティマがここで生きている以上、多分その相手は既に土の下か雲の上だ。
 しかし、彼女はまさしくどうでもいいと流してしまう。

「でも、好きだって思ったらずーっと好きなんです。この髪型も気に入ったからしてますし、服装もこれが可愛いと思ったからずっとこんなです」

「そろそろお腹が出てるのは寒そうだけどねぇ」

「寒いですけど、でも好きなんで」

「そりゃ随分ファッションにこだわってるんだな」

 いいでしょう? とファティマは大きな耳を揺らす。
 軽装の鎧を好むのは知っていたが、まさか腹部を晒しているのがひたすらファッションの好みだったとは思わなかった。
 ただ軍服を正しく着込むことだけを考えていた兵士には、あまりに難解な話だったとも言えるが。
 だが、ここまで饒舌に喋ってきた彼女は、唐突に何か言い淀んだ。

「その……これでわかってくれますか?」

 ファティマの好み、という意味では理解できたような気もする。
 確かに趣味を理解することは仲間内で重要だろう。だが、わざわざ遠回しに言いました、と告げられて言葉のままを鵜呑みにするわけにもいかない。
 となれば、自分にできることは後ろ頭を掻く程度である。

「すまない。君の言いたいことの本質が、どうにも理解できてないようだ」

「うぅ……やっぱりおにーさんは鈍感さんですね。ほんっとにドドドド鈍感さんです」

「面目ない」

 何故かジト目で睨まれて、僕は膝に手をついて頭を下げた。最近やけに謝罪だらけな気はするが、悪いのは自分なので情状酌量の余地はない。
 だが僕が顔を上げると、ファティマは僅かに頬を赤らめながら、ゆっくりと口を開く。

「だから、ボクが言いたいのは、ですね」

「うん」

 その後に彼女はしっかり言葉を続けようとしたのだろう。
 けれどそれより早く、耳をつんざく雷鳴が轟いた。

「うおっ!? 随分近いな、冬季雷って奴かい?」

 閃光から間もなく音が聞こえたあたり、すぐ傍に雷雲があるのは間違いない。
 とはいえ、雷などそう珍しい物でもないため、僕は言葉の続きを聞こうとして視線を戻す。
 しかしそこにあったのは、何か声を発そうとして口を開けたまま硬直したファティマの姿だった。

「――ファティ?」

 呼びかけてみても、目の前で掌を振ってみても彼女はピクリとも動かない。それこそいつもせわしなく動いている耳まで凍ってしまったかのようだった。
 それも再び走った稲光で、突如叫び声に切り替わる。

「ひにゃぁあああああ!?」

 腹に響く雷鳴に合わせて、ファティマは悲鳴を上げつつ転がるように部屋から飛び出していく。
 あまりに突然の出来事で僕は呼び止めることもできず、リビングに1人取り残されたのだった。
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