悠久の機甲歩兵

竹氏

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テクニカとの邂逅

第150話 雪石製薬地下研究所

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 非常灯だけが灯るエントランスに、小気味よいタイプ音が響く。
 モニターの青白い光に浮かびあがるのは、世にも恐ろしい髑髏の顔。オフィスを再現したお化け屋敷かと言いたくなるような光景である。
 しかし、その骸骨はやがてキーを叩く手を止めると、ため息ついでにおどけたような声を出した。

「ッカー……随分ご立派な施設みたいだな。見ろよこのマップ」

『まるでアウトレットモールの地図だねぇ。地下によくここまで作ったもんだよ』

 ダマルの後ろから端末を覗き込めば、モニターにはかなりざっくりした地図が表示されていた。
 いくつか色分けがされているあたり、エリアごとに施設の役割が違ったのだろうが、データの欠損によるものか名称や表の凡例は全てが文字化けを起こしており、詳細情報はほとんど読み取れない。

「警備部隊が無駄に充実してる訳だぜ。この地図じゃ広いってこと以外はほぼわからねぇが、どうする?」

『虱潰し以外ないだろうね。ただでさえ、依頼内容も謎だらけなんだし』

「だよなぁ。しゃーねぇ、とりあえず右の通路から潰して行くか」

 骸骨と頷きあえば、背後で少女たちは表情を引き締め、僕に続く形で1列に並んだ。
 ファティマは斧剣を構えてシューニャを庇いつつ、クルクルと耳を回して周囲を警戒し、その後ろでシューニャも不慣れながら回転式拳銃《オートリボルバー》を抜いている。それに対戦車ロケット発射器を複数本背負った補助兵スタイルのマオリィネが続き、最後尾は銃火器を扱えるアポロニアとダマルが固める形だ。
 今の自分達にできる最大の警戒だったとは思う。しかし、いざ通路に顔を出してみれば、そこに敵の姿は見当たらなかった。

『付近に動体反応無し――だが』

 マキナでも余裕で行き交える程広く作られた通路は、エントランスと違って照明が生きており、壁に埋め込まれたデジタルサイネージの掲示板には、社員食堂のメニューと部署間の連絡情報らしきものが表示されている。
 ただ、残されていたのは日常的な様子だけに留まらず、僕はその様子に顔を顰めた。

『酷いな……内部でも戦闘があったのか』

 壁床に残された黒い染み。その周囲には白衣や軍装を身に纏った白い骸が転がり、装甲に風穴を開けられて座り込む黒鋼の姿もあった。
 兵器が無人のまま暴走していることと、この施設を襲った悲劇的な事態の関連性は分からない。ただ、見ていて気持ちのいい光景でないことだけは確かであり、誰もが一様に言葉を失っていた。
 唯一、ファティマだけは普段通りの表情で倒れた髑髏を覗き込み、不思議そうに首を傾げていたが。

「ダマルさんみたいに喋りだしたりはしないんですか?」

「ただの白骨死体と一緒にすんじゃねぇよ。なんたって、俺ぁ特別なんだからな」

「古代の人が、みーんなダマルさんみたいになれるわけじゃないんですね」

 面白くなさそうにファティマは緩く尻尾を振る。
 白骨化した人間全てがダマルのようにカタカタ笑いだしたら、それはそれで恐怖だろう。それなりに数が居るので、キメラリアのように1種族として認められるようになりそうではあるが。
 非現実的な会話もほどほどに、僕らは見つけた部屋を手あたり次第調査して回る。自分が安全を確認すれば、全員揃って部屋の中で使えそうな資材や情報を探して廊下に積み上げていく。
 研究所と言っても、事務室やら会議室やら詰所やらが多く、800年分の埃が積み上がるばかりで使えそうな物は少ない。その一方で、実験用の設備もいくつか見つかり、中には広い温室も見つかった。
 どうやら環境維持が未だに自動で行われ続けているらしく、陽の届かない地下にあっても、植物はこれでもかと生い茂っていたが。

「これ……もしかしてアカボ?」

 その中を調査していた時、ふと聞こえたシューニャの声に振り返ってみれば、彼女は緑色の果実を前にしゃがみ込でいた。
 現代野菜の名前が未だに曖昧な自分は、アカボとやらが何に入っていたか思い出せずに首を傾げていたのだが、料理番のアポロニアは興味を惹かれたのだろう。僕の背中からひょっこりと顔を覗かせると、たちまち表情を驚愕に染めた。

「おわ、なんスかその怪物アカボ!?」

『何か変なのかい?』

「普通のアカボに比べて倍くらいの大きさがある。最初は違う植物かと思った」

「それもこんなに沢山実らせるなんて……地下に植えていることが影響しているのかしら?」

『地下に、じゃなくて、この温室に、だろうね。僕らの時代に作られた特殊な環境なんだよ』

 マオリィネが興味深げに覗き込むのは、領民を抱える貴族だからだろうか。外で再現することが難しいと知るや、とても残念そうに、そう、と言って目を伏せた。
 しかし、僕としては何故古代の施設内に、現代にしか存在しないであろう植物が植えられているのかの方が疑問である。
 その答えは、管理室らしき部屋を漁っていた骸骨によってもたらされた。

「……重度のエーテル汚染によって変異した植物の経過観察、なんだとさ」

『なるほど、そういうことか』

「俺たちの時代と食い物が違うわけだぜ。文明の終わりはどんなもんだったんだろうな?」

 この温室を見る限り、現代の植物が800年前と大きく異なる理由は最早疑いようもない。また、それを数ヶ月食べ続けても身体に異常が出ないのだから、変異しても食品として問題はないのだろう。
 ただ、現代食品が汚染による産物であると聞かされて、シューニャが黙っていられるはずもなく、勢いよくこちらを振り返った。

「えーてる汚染、とは?」

「あぁ、俺も詳しくはねぇんだが……確か空気中のエーテル濃度が高くなった状態、だったか」

『高濃度のエーテルは人間を含めた様々な動植物の遺伝子に大きな影響を与える、って言われてたね』

 実際、エーテル汚染の影響を受けたとされる植物や細菌は、何かしらの情報媒体でよく取り上げられていた。しかし深刻な見方ではなく、どちらかといえば驚愕映像スペシャルのような大衆娯楽的で面白がられていただけだが。
 改めて現代を思えば、ザトウムシやアリが巨大化したり、カバが機関銃弾を弾くような外皮を手に入れたり、はたまた豆腐に足が生えたような繊維産業用生物が、ここ800年で自然発生した、と考えるのは少々無理がありすぎる。となれば、この珍妙な生物が闊歩《かっぽ》する原因は、間違いなく時代が生み出した負債によるものだろう。

「自然ではありえない……つまり、人間が引き起こしているということ?」

「相変わらずいい目の付け所してやがる。汚染の主原因はエーテル機関そのものだって話でな。こいつが戦う時、マキナの首やら頭やらばっかり狙うのもそれが理由だ」

『エーテル機関には機械に何か異常が起こった時、数秒で自動停止する安全装置があるんだけど、戦闘とか事故とかで機関部自体が損傷すると、どうしても汚染は起こるって言われてたね』

 なんでもこの安全装置、機関が破壊されることなく停止すれば、数秒で蓄積されているエーテルを沈着するものなのだとか。要するに、急激な膨張拡散さえ防げば問題にならないのだろう。
 とはいえ、難解過ぎる機械構造の説明となってしまった事は否めず、シューニャはこめかみに人差し指を立てて唸り、他の面々は完全にキャパシティオーバーを引き起こして、途中から話を聞いていなかった。

「よ、よくわからないのだけど、それは毒のようなもの、と捉えていいのかしら?」

 それでも最後の抵抗を試みたのはマオリィネである。
 結論だけならば内容を理解できずとも、何かの役に立つかもしれないと思ったらしい。
 ただ、800年前の文明においてもブラックボックスだらけなエネルギー源であったことが、彼女の希望を打ち砕く結果となった。

『マキナが1機2機破壊されたくらいじゃ人体に影響は出ない、っていうのがお国の発表だったけど、結局エーテルっていう物質に関しては謎だらけでね。半永久機関だって持て囃されたから、毒かもわからないまま使ってたんだ』

「文明が滅んだんじゃ研究されるのは何百年も先だろうなァ。どうせエーテル機関自体がほぼ残ってねぇんだし、怖がる必要はねぇと思うぜ」

 使わないものは気にするな。これが自分たちの出せた最終結論である。
 だが、マオリィネはその答えすらよくわからなかったらしく、ガックリと肩を落とすばかりだった。

「聞かない方がよかったかも。余計に混乱したわ……」

 ですよねー、とキメラリア2人に同情されるのもむべなるかな。
 結局、誰も理解できないまま会話は流れ、僕らは揃って温室を出る。
 だが、廊下を歩きだして間もなく見えた次の扉からは、不思議なことに白い靄が出ているのが目に入った。

『冷気……?』

 これが自然現象でないとなれば、それは何らかの機械が動作している証拠であり、一瞬で空気が張り詰める。
 だが、そっと自動扉を開けて中を覗いてみれば、そこにあったのは暴走する無人兵器ではなく、何かの研究設備らしき冷気の漏れ出る大きな装置だった。

「なんだこりゃ? サーバールームって訳でもなさそうだが……」

『研究室みたいだが、設備が稼働してるのは初めてだね。調べてみよう』

 白い靄が出るほど冷やさねばならない設備など想像もつかないが、稼働しているからには何か情報が得られる可能性も高い。
 敵が居ないことが分かれば、早速ダマルはマオリィネを連れて紙資料を棚から漁りはじめたため、僕はデスクに置かれた端末を調べてみることにした。

「読めない」

「全部古代文字ですもんね。模様にしか見えないです」

「な、何か目がチカチカするッスよこれ……」

 後ろから覗き込んでいた3人は、揃って目を細めて首を傾げる。
 自分が現代文字に触れた時そうであったように、彼女らにとって古代の共通語は謎の壁画くらいにしか見えないのだろう。
 続く理解不能な内容に疲れてきたのか、ファティマとアポロニアは早々に離れ、唯一の出入り口である自動ドアの左右を固めることにしたらしい。シューニャだけは未知に対する興味からか、僕の傍を離れようとはしなかったが。

 ――破損データ、破損データ、破損データ。駄目だ、ほとんど開かないな。

 長い年月の中で破損したのか、あるいは意図的に壊されているのか。上から順に当たっていっても大半のファイルはエラーメッセージしか吐き出さない。
 だが、これは探すだけ時間の無駄かと思い始めた矢先、1つのログファイルが画面上に展開された。

『おっ……ダマル、これを』

「あぁ? なんだこれ、職員のログ――というか、手記か?」

 骸骨とシューニャを挟んで覗き込んだ画面に映ったのは、端的に記されたメモのような文書ファイルだった。
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