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テクニカとの邂逅
第141話 騎士の華
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機外温度の低下を確認しつつ、僕は眼前で足を震わせている少女を静かに見下ろす。
魔法とやらがどれほど体力を消耗するかはわからない。だが、マキナのラジエータを全力稼働させるほどの熱量を放ったのだ。疲労の色は目に見えて明らかであり、それでいてなお膝もつかないのは、まさしく将軍と呼ばれるに相応しい姿だと思った。
「真銀の槍も通らない、魔法の火も効かないって……ほとんどミクスチャじゃんか」
『そう、なんだろうね』
ミクスチャもマキナも、現代人にとっては国という巨大な群れをもって立ち向かうべき存在であることに、違いは無いだろう。
エリネラが集団戦において、圧倒的な強者であることは揺るがぬ事実である。何せ、翡翠のモニター上でロックオンカーソルに包まれる彼女は、焼夷兵器を所持した敵対者であると表示されているのだから。
おかげでシステムは、歩兵を保護しつつ優先的に無力化しろ、と煩くメッセージを垂れ流す。
だが、燃え盛るナパームをも乗り越えて戦闘を継続できる耐火性、耐熱性を必要としたマキナに対して、この程度の炎では驚異となりえなかった。
『……終わりでいいかい?』
左腕に展開されたハーモニック・ブレードが輝く。たとえ右腕が使い物にならなくとも、少女1人を殺すことなど造作もない。
エリネラ・タラカ・ハレディは自分達にとって脅威となり得る。ならば、自分の選択が一方的な虐殺だったとしても、既に僕は何も感じなかった。
「へへ、スヴェンソンのお爺が勝てないわけだよ。こりゃ気持ちよく逝けただろうね……でも、あたしにそのつもりは、ないッ!」
彼女が三角錐の槍を構えなおしたのをきっかけに、僕はゆっくりと歩み出す。
戦力評価終了。敵、未だ戦意有り。降伏宣言、無し。
巨大な槍は頭上で振り回され、その両端の穴から再び燃える液体を吹き出し、渦を巻くように火炎が少女を覆っていく。それはさながら大道芸のようで、生身の人間ならば近づくことを躊躇させるに十分な迫力を持っていた。
それでも僕は躊躇うことなく歩みより、ハーモニック・ブレードを回転する槍にぶつければ、高速で振動する技術の刃が火花を散らして槍の側面を削り取っていく。
「っつぅ……こんのぉ!!」
弾かれて態勢が崩れたからか、エリネラは完全に回転の勢が失われる前に、向かって左方向から槍を大きく横に薙いだ。
それを僕は防ごうとも躱そうともしない。
マキナによる打撃すら吸収できるオートバランサーとアクチュエータの性能が相手では、いくら力が強いと言っても生身の人間が損傷を与えることなど不可能で、腰部装甲に軽い衝撃を走らせるだけに留まった。
逆に硬い物へ重量物を叩きつけたことから、エリネラは歯を食いしばって表情を歪める。革のグローブ越しでも、手は相当に痺れただろう。それでも槍を取り落とさなかった事は称賛に値する。
だがこれまでだった。
左腕で槍の三角錐部分を抱え込んだことで、最早少女の力では引き抜く事すらできなくなる。
「あっ、こら、返せぇ!」
『ああ、直ぐに返すよ』
前哨基地の時と同じように、槍ごとエリネラを持ち上げる。その柄にしがみつくようにして彼女は耐えていたが、それは武装を握っていると言うよりも高木から降りられなくなっている子猫のようだった。
「ちょちょちょちょちょ!? う、嘘でしょ!? わあああああああ!!」
摩訶不思議な炎さえ効かないのだから、宙に足を浮かせた少女に抵抗する術はない。
僕は軽くジャンプブースターを吹かして重量級のボディを宙に浮かせ、着地に合わせて腰だめに抱えていた槍を地面に叩きつけた。
世界を揺らすかのような地響きと共に、土を勢いよく巻き上げながら槍は地面へと沈む。それに驚いたのか、近くの木に止まっていた鳥が驚いて一斉に飛び上がった。
『反応は、流石というところか』
エリネラは振り下ろされる直前に槍を手放したのだろう。草の生える地面をコロコロと転げていく。
おかげで肉体的なダメージは最小限に留まっただろう。それでも至近距離に金属の塊が凄まじい勢いで叩きつけられた威力は大きく、土を被った頭をフラフラと揺すっている。もしかすると軽い脳震盪《のうしんとう》状態だったのかもしれない。
何せあの硬質な槍が衝撃に負け、ハーモニック・ブレードとの衝突で傷ついた部分から飴細工のように拉げているのだ。もしも手を離さなければ、彼女は肉と血だまりに変貌していたことだろう。
白銀に輝いていた美しさは見る影もなく、スクラップ同然となり果てた槍を投げ捨て、僕は改めて脱力した姿勢のままゆっくりとエリネラに歩み寄る。
傍から見ればそれは介錯に等しい行為だったに違いない。身動きが碌に取れない状態の少女に対し、刃を振り上げたのだから。
だが、最強たる彼女が敗れた現状において、まさかそれを庇う者が居ようとは思いもよらなかった。
「騎士補セクストン、我が主命は御身の補助と護衛なればッ!」
突き付けられたグラディウスの切先は僅かに震えていた。
キメラリアですらないただの現代人。それが世に武勇を轟かせる少女ですら敵わぬ相手に、何ができると言うのだろう。
必死の形相で睨みつけてくる彼に、僕の感情はほとんど動かなかったが、庇われていた少女は驚愕に赤い瞳を大きく見開いていた。
「何、してる……一騎討ちだぞセクストン! そこをどけ!」
「ここで御身を失うわけにはいかんでしょうが! 一応にも、将軍なんですから!」
騎士とは斯くあるべし、そんな姿だったように思う。
僕はこのセクストンというこの男をどうにも憎めなかった。前に立つ以上は敵として排除せざるを得ないが、それでも最大の敬意を持って殺そうと決め、軽く息を吸って上段からハーモニック・ブレードを振り下ろす。
複合装甲をバターのように切断する高周波振動刃に、鉄鋼で作られたグラディウスなど耐えられるはずもない。迫るハーモニックブレードは剣も諸共に、セクストンを真っ二つにする、はずだった。
「そこまでだ」
背後から響いたダマルの声に、僕は僅かな隙間を残して刃を止める。
グラディウスの刀身中央に綺麗な断面が生まれ、泣き別れた刃が地面にポトリと落ちていく。セクストンはきっと、ハーモニック・ブレードの羽音を耳元で聞いていただろう。
『ダマル、何故止める?』
「加減しろっつったろうが、自制もできねぇのかお前は」
金属が擦れる音を立てながらスケルトンナイトはやれやれと肩を竦めて見せる。
確かに骨は加減しろと最初に言っていたが、それに対し僕は善処すると伝えたに過ぎない。残念ながら、先ほどの戦闘で感じたエリネラの危険性は、善処の枠を大きく超えている。
それを伝えようとしたものの、ダマルは翡翠の肩装甲を軽く叩いて、僕の緊張を諫めた。
「ここで帝国の喧嘩買っても、俺たちにゃなんの利益もねぇぜ。うちのお貴族様がどうするつもりかは知らねぇが、少なくともお前に戦争する気はねぇんだろ?」
『元々向こうが吹っかけてきた選択肢の――っていうのは言い訳だろうね。すまない、少し熱くなっていた』
戦闘の熱狂が徐々に冷めていく中で、エリネラという少女の将軍職を改めて考えさせられる。
本人曰く18歳だと言うがとてもそうは見えない小柄な体躯で、しかし実際戦ってみてその実力は本物と理解できる。問題はそれ以外における部分が、軍司令官という立場に対してあまりに子どもじみているように思えてならなかった。
しかし、こちらが信じられようが信じられまいが、帝国に置いて将軍という肩書を持って居ることに変わりはない。それを殺してしまえば、確かに宣戦布告と呼ばれても文句は言えない事態となるだろう。
例えそれが相手から吹っ掛けられた喧嘩であっても、口実としては十分なのだから。
戦術的な危険性だけを見ていた僕と違い、より大局的な面から観察していたダマルは、僕が謝罪した事で大きくため息をついた。
「その火炎放射器娘が危険なのは俺も理解できる。だが、そんなチンチクリンでも将軍で、元々向こうさんは敵対か従属かなんて無茶苦茶言ってきてんだ。殺しちまえば向こうさんに大義名分が整っちまう。そんなしょうもない喧嘩で、全員揃って帝国を焦土にするまで続く地獄の行軍、なんて割に合わねぇだろ」
彼女らのことを言われれば返す言葉もない。
黙りこくった時分に残されるのは、己の想像力が陳腐であるという事実だけで、それが心にのしかかる。
またやらかしたと思って凹む僕を尻目に、ダマルは硬直しているセクストンの後ろで、赤い髪を地面に垂らしたまま、頬を風船のように膨らませたエリネラに兜のスリットを向けた。
「おいドチビ、まさかたぁ思うがまだやるとか言わねぇだろうな」
「小さい言うな。一騎討ちは騎士の華なんだぞ」
座り込んだまま赤い瞳で兜を睨みつけるが、それは完全に駄々をこねる子どもそのものであり、骸骨は呆れたようにセクストンへ会話を振る。
「本ッ当にこいつ将軍なんだよな?」
「――疑いようもなく、ハレディ様は将軍だ」
「ねぇセクストン、なんで今ちょっと間があったの? ねぇ?」
視線を逸らす騎士補に追従して、虫のように動き回る赤い娘。
途切れた緊張感に、あのなぁ、とダマルは少女を静止してその正面にしゃがみこんだ。
「そこのモブ面が体張った意味わかってるか? 一応にも将軍様なら、自分が負ってる責任を考えやがれってんだ。司令塔が真っ先に正面突撃かましてやられたら、統率を失った軍全体が瓦解しちまうんだぞ」
モブ面という言葉の意味が理解できないセクストンは、訝し気な表情を骸骨に向けていたが、諭すように語られる言葉が正論だったため口を挟もうとはせず、うんうんと頷くばかりか、もっと言ってやってくれとでも言いたげな雰囲気さえ醸し出す。
逆に敵から説教を食らう形になったエリネラは、奥歯をギリギリと鳴らし、両手足をばたつかせて叫んだ。
「作戦とか責任とか言われても難しいんだよー!! あたしは頭使うのが苦手なの! 強い奴と戦うことが将の仕事でしょ!?」
個の強さであれば確かにエリネラは他の追随を許さない。それこそ、個に優れたるキメラリアさえ容易に蹴散らせるであろう武勇を誇る。
とはいえ、将器となれば話が違う。直接敵を蹴散らすことだけを考える彼女は明らかな不適材不適所であり、ダマルも流石に処置無しと髑髏を垂れていた。
僕は彼女の頑なさはどこから来るのかが気になった。帝国が戦争大国なのは理解しているが、まさか腕っぷしが強いことが貴賤を定める最大要因であるわけでもないだろうに。
「一騎討ちは誰も邪魔しちゃダメなんだぞ! ね、だからもう1回!」
『そう言われてもなぁ……ゲームじゃないんだから』
「いーじゃんか! あたしに負けたって言わせたいなら、首でもなんでも持ってって見せなよ!」
「お前は首だけで喋れんのかよ」
僕はこの段階で思考を放棄した。
多分、エリネラはただ戦うことが好きなのだ。一騎打ちが現代の戦いでどれほど価値を持つものかは想像しがたいが、彼女が自らの命を勘定に入れない程の誉らしい。
おかげで納得してもらえる方法が思いつかず、僕とダマル、なんならセクストンでさえも唸りながら首を捻ったが、解決案は予期せぬ方向からもたらされた。
「どうしても納得がいかないというなら提案がある」
「何さ?」
小さく手を挙げたシューニャに、エリネラは座り込んだまま首だけを回して視線を合わせる。
「武器魔法無しの素手。どちらかが気絶するまでという条件で一騎討ちすればいい」
『えっ』
脳内で理解不能なゴングが鳴り響いた気がした。
総合格闘技という奴だろうか。現代にそういった競技があるかどうかは知らないが、シューニャが思いついたにしては異常に過激な内容であり、僕はついつい耳を疑ってしまう。
「おにーさん強いですからね。ボクも1回ぶん投げられましたし」
「自分も体中バッキバキにされたッスからねぇ」
「あぁ、あれね。もう私は何も言わないわ……」
仲間だ家族だと言っても現実は非情であり、自分がもう少し穏健な方法はないのかと問いただす前に、1度でも組手を経験した面々が背中を押してきた。
ファティマすら凌駕するエリネラの馬鹿力は武器無しでも驚異であり、身体能力は確実にこちらが負けている。だというのに、玉匣所属の女性陣は揃って僕の勝ちを揺るぎないものと確信しているらしい。挙句、その期待の眼差しが、僕にゴメンナサイするタイミングを完全に喪失させた。
「気絶かぁ、ちょっと締まらない気もするけど……不完全燃焼よりはいいね! うん、楽しそうだし、やろう!」
先の戦闘で疲労していたはずの少女は軽やかに立ち上がると、握った拳を前に突き出して、さぁこい! と自信満々な笑みをこちらへ向き直る。
『あの、僕の意思については……?』
最後の望みを託し、僕はダマルに助けを求めた。
だが、緩く振られる兜から零れたのは、あまりにもご無体なお言葉。
「ガキが満足いくまで、サンドバックでもなんでもやってやれ」
マキナのヘッドユニットから涙が流せたなら、僕は確実に泣いていたと思う。
魔法とやらがどれほど体力を消耗するかはわからない。だが、マキナのラジエータを全力稼働させるほどの熱量を放ったのだ。疲労の色は目に見えて明らかであり、それでいてなお膝もつかないのは、まさしく将軍と呼ばれるに相応しい姿だと思った。
「真銀の槍も通らない、魔法の火も効かないって……ほとんどミクスチャじゃんか」
『そう、なんだろうね』
ミクスチャもマキナも、現代人にとっては国という巨大な群れをもって立ち向かうべき存在であることに、違いは無いだろう。
エリネラが集団戦において、圧倒的な強者であることは揺るがぬ事実である。何せ、翡翠のモニター上でロックオンカーソルに包まれる彼女は、焼夷兵器を所持した敵対者であると表示されているのだから。
おかげでシステムは、歩兵を保護しつつ優先的に無力化しろ、と煩くメッセージを垂れ流す。
だが、燃え盛るナパームをも乗り越えて戦闘を継続できる耐火性、耐熱性を必要としたマキナに対して、この程度の炎では驚異となりえなかった。
『……終わりでいいかい?』
左腕に展開されたハーモニック・ブレードが輝く。たとえ右腕が使い物にならなくとも、少女1人を殺すことなど造作もない。
エリネラ・タラカ・ハレディは自分達にとって脅威となり得る。ならば、自分の選択が一方的な虐殺だったとしても、既に僕は何も感じなかった。
「へへ、スヴェンソンのお爺が勝てないわけだよ。こりゃ気持ちよく逝けただろうね……でも、あたしにそのつもりは、ないッ!」
彼女が三角錐の槍を構えなおしたのをきっかけに、僕はゆっくりと歩み出す。
戦力評価終了。敵、未だ戦意有り。降伏宣言、無し。
巨大な槍は頭上で振り回され、その両端の穴から再び燃える液体を吹き出し、渦を巻くように火炎が少女を覆っていく。それはさながら大道芸のようで、生身の人間ならば近づくことを躊躇させるに十分な迫力を持っていた。
それでも僕は躊躇うことなく歩みより、ハーモニック・ブレードを回転する槍にぶつければ、高速で振動する技術の刃が火花を散らして槍の側面を削り取っていく。
「っつぅ……こんのぉ!!」
弾かれて態勢が崩れたからか、エリネラは完全に回転の勢が失われる前に、向かって左方向から槍を大きく横に薙いだ。
それを僕は防ごうとも躱そうともしない。
マキナによる打撃すら吸収できるオートバランサーとアクチュエータの性能が相手では、いくら力が強いと言っても生身の人間が損傷を与えることなど不可能で、腰部装甲に軽い衝撃を走らせるだけに留まった。
逆に硬い物へ重量物を叩きつけたことから、エリネラは歯を食いしばって表情を歪める。革のグローブ越しでも、手は相当に痺れただろう。それでも槍を取り落とさなかった事は称賛に値する。
だがこれまでだった。
左腕で槍の三角錐部分を抱え込んだことで、最早少女の力では引き抜く事すらできなくなる。
「あっ、こら、返せぇ!」
『ああ、直ぐに返すよ』
前哨基地の時と同じように、槍ごとエリネラを持ち上げる。その柄にしがみつくようにして彼女は耐えていたが、それは武装を握っていると言うよりも高木から降りられなくなっている子猫のようだった。
「ちょちょちょちょちょ!? う、嘘でしょ!? わあああああああ!!」
摩訶不思議な炎さえ効かないのだから、宙に足を浮かせた少女に抵抗する術はない。
僕は軽くジャンプブースターを吹かして重量級のボディを宙に浮かせ、着地に合わせて腰だめに抱えていた槍を地面に叩きつけた。
世界を揺らすかのような地響きと共に、土を勢いよく巻き上げながら槍は地面へと沈む。それに驚いたのか、近くの木に止まっていた鳥が驚いて一斉に飛び上がった。
『反応は、流石というところか』
エリネラは振り下ろされる直前に槍を手放したのだろう。草の生える地面をコロコロと転げていく。
おかげで肉体的なダメージは最小限に留まっただろう。それでも至近距離に金属の塊が凄まじい勢いで叩きつけられた威力は大きく、土を被った頭をフラフラと揺すっている。もしかすると軽い脳震盪《のうしんとう》状態だったのかもしれない。
何せあの硬質な槍が衝撃に負け、ハーモニック・ブレードとの衝突で傷ついた部分から飴細工のように拉げているのだ。もしも手を離さなければ、彼女は肉と血だまりに変貌していたことだろう。
白銀に輝いていた美しさは見る影もなく、スクラップ同然となり果てた槍を投げ捨て、僕は改めて脱力した姿勢のままゆっくりとエリネラに歩み寄る。
傍から見ればそれは介錯に等しい行為だったに違いない。身動きが碌に取れない状態の少女に対し、刃を振り上げたのだから。
だが、最強たる彼女が敗れた現状において、まさかそれを庇う者が居ようとは思いもよらなかった。
「騎士補セクストン、我が主命は御身の補助と護衛なればッ!」
突き付けられたグラディウスの切先は僅かに震えていた。
キメラリアですらないただの現代人。それが世に武勇を轟かせる少女ですら敵わぬ相手に、何ができると言うのだろう。
必死の形相で睨みつけてくる彼に、僕の感情はほとんど動かなかったが、庇われていた少女は驚愕に赤い瞳を大きく見開いていた。
「何、してる……一騎討ちだぞセクストン! そこをどけ!」
「ここで御身を失うわけにはいかんでしょうが! 一応にも、将軍なんですから!」
騎士とは斯くあるべし、そんな姿だったように思う。
僕はこのセクストンというこの男をどうにも憎めなかった。前に立つ以上は敵として排除せざるを得ないが、それでも最大の敬意を持って殺そうと決め、軽く息を吸って上段からハーモニック・ブレードを振り下ろす。
複合装甲をバターのように切断する高周波振動刃に、鉄鋼で作られたグラディウスなど耐えられるはずもない。迫るハーモニックブレードは剣も諸共に、セクストンを真っ二つにする、はずだった。
「そこまでだ」
背後から響いたダマルの声に、僕は僅かな隙間を残して刃を止める。
グラディウスの刀身中央に綺麗な断面が生まれ、泣き別れた刃が地面にポトリと落ちていく。セクストンはきっと、ハーモニック・ブレードの羽音を耳元で聞いていただろう。
『ダマル、何故止める?』
「加減しろっつったろうが、自制もできねぇのかお前は」
金属が擦れる音を立てながらスケルトンナイトはやれやれと肩を竦めて見せる。
確かに骨は加減しろと最初に言っていたが、それに対し僕は善処すると伝えたに過ぎない。残念ながら、先ほどの戦闘で感じたエリネラの危険性は、善処の枠を大きく超えている。
それを伝えようとしたものの、ダマルは翡翠の肩装甲を軽く叩いて、僕の緊張を諫めた。
「ここで帝国の喧嘩買っても、俺たちにゃなんの利益もねぇぜ。うちのお貴族様がどうするつもりかは知らねぇが、少なくともお前に戦争する気はねぇんだろ?」
『元々向こうが吹っかけてきた選択肢の――っていうのは言い訳だろうね。すまない、少し熱くなっていた』
戦闘の熱狂が徐々に冷めていく中で、エリネラという少女の将軍職を改めて考えさせられる。
本人曰く18歳だと言うがとてもそうは見えない小柄な体躯で、しかし実際戦ってみてその実力は本物と理解できる。問題はそれ以外における部分が、軍司令官という立場に対してあまりに子どもじみているように思えてならなかった。
しかし、こちらが信じられようが信じられまいが、帝国に置いて将軍という肩書を持って居ることに変わりはない。それを殺してしまえば、確かに宣戦布告と呼ばれても文句は言えない事態となるだろう。
例えそれが相手から吹っ掛けられた喧嘩であっても、口実としては十分なのだから。
戦術的な危険性だけを見ていた僕と違い、より大局的な面から観察していたダマルは、僕が謝罪した事で大きくため息をついた。
「その火炎放射器娘が危険なのは俺も理解できる。だが、そんなチンチクリンでも将軍で、元々向こうさんは敵対か従属かなんて無茶苦茶言ってきてんだ。殺しちまえば向こうさんに大義名分が整っちまう。そんなしょうもない喧嘩で、全員揃って帝国を焦土にするまで続く地獄の行軍、なんて割に合わねぇだろ」
彼女らのことを言われれば返す言葉もない。
黙りこくった時分に残されるのは、己の想像力が陳腐であるという事実だけで、それが心にのしかかる。
またやらかしたと思って凹む僕を尻目に、ダマルは硬直しているセクストンの後ろで、赤い髪を地面に垂らしたまま、頬を風船のように膨らませたエリネラに兜のスリットを向けた。
「おいドチビ、まさかたぁ思うがまだやるとか言わねぇだろうな」
「小さい言うな。一騎討ちは騎士の華なんだぞ」
座り込んだまま赤い瞳で兜を睨みつけるが、それは完全に駄々をこねる子どもそのものであり、骸骨は呆れたようにセクストンへ会話を振る。
「本ッ当にこいつ将軍なんだよな?」
「――疑いようもなく、ハレディ様は将軍だ」
「ねぇセクストン、なんで今ちょっと間があったの? ねぇ?」
視線を逸らす騎士補に追従して、虫のように動き回る赤い娘。
途切れた緊張感に、あのなぁ、とダマルは少女を静止してその正面にしゃがみこんだ。
「そこのモブ面が体張った意味わかってるか? 一応にも将軍様なら、自分が負ってる責任を考えやがれってんだ。司令塔が真っ先に正面突撃かましてやられたら、統率を失った軍全体が瓦解しちまうんだぞ」
モブ面という言葉の意味が理解できないセクストンは、訝し気な表情を骸骨に向けていたが、諭すように語られる言葉が正論だったため口を挟もうとはせず、うんうんと頷くばかりか、もっと言ってやってくれとでも言いたげな雰囲気さえ醸し出す。
逆に敵から説教を食らう形になったエリネラは、奥歯をギリギリと鳴らし、両手足をばたつかせて叫んだ。
「作戦とか責任とか言われても難しいんだよー!! あたしは頭使うのが苦手なの! 強い奴と戦うことが将の仕事でしょ!?」
個の強さであれば確かにエリネラは他の追随を許さない。それこそ、個に優れたるキメラリアさえ容易に蹴散らせるであろう武勇を誇る。
とはいえ、将器となれば話が違う。直接敵を蹴散らすことだけを考える彼女は明らかな不適材不適所であり、ダマルも流石に処置無しと髑髏を垂れていた。
僕は彼女の頑なさはどこから来るのかが気になった。帝国が戦争大国なのは理解しているが、まさか腕っぷしが強いことが貴賤を定める最大要因であるわけでもないだろうに。
「一騎討ちは誰も邪魔しちゃダメなんだぞ! ね、だからもう1回!」
『そう言われてもなぁ……ゲームじゃないんだから』
「いーじゃんか! あたしに負けたって言わせたいなら、首でもなんでも持ってって見せなよ!」
「お前は首だけで喋れんのかよ」
僕はこの段階で思考を放棄した。
多分、エリネラはただ戦うことが好きなのだ。一騎打ちが現代の戦いでどれほど価値を持つものかは想像しがたいが、彼女が自らの命を勘定に入れない程の誉らしい。
おかげで納得してもらえる方法が思いつかず、僕とダマル、なんならセクストンでさえも唸りながら首を捻ったが、解決案は予期せぬ方向からもたらされた。
「どうしても納得がいかないというなら提案がある」
「何さ?」
小さく手を挙げたシューニャに、エリネラは座り込んだまま首だけを回して視線を合わせる。
「武器魔法無しの素手。どちらかが気絶するまでという条件で一騎討ちすればいい」
『えっ』
脳内で理解不能なゴングが鳴り響いた気がした。
総合格闘技という奴だろうか。現代にそういった競技があるかどうかは知らないが、シューニャが思いついたにしては異常に過激な内容であり、僕はついつい耳を疑ってしまう。
「おにーさん強いですからね。ボクも1回ぶん投げられましたし」
「自分も体中バッキバキにされたッスからねぇ」
「あぁ、あれね。もう私は何も言わないわ……」
仲間だ家族だと言っても現実は非情であり、自分がもう少し穏健な方法はないのかと問いただす前に、1度でも組手を経験した面々が背中を押してきた。
ファティマすら凌駕するエリネラの馬鹿力は武器無しでも驚異であり、身体能力は確実にこちらが負けている。だというのに、玉匣所属の女性陣は揃って僕の勝ちを揺るぎないものと確信しているらしい。挙句、その期待の眼差しが、僕にゴメンナサイするタイミングを完全に喪失させた。
「気絶かぁ、ちょっと締まらない気もするけど……不完全燃焼よりはいいね! うん、楽しそうだし、やろう!」
先の戦闘で疲労していたはずの少女は軽やかに立ち上がると、握った拳を前に突き出して、さぁこい! と自信満々な笑みをこちらへ向き直る。
『あの、僕の意思については……?』
最後の望みを託し、僕はダマルに助けを求めた。
だが、緩く振られる兜から零れたのは、あまりにもご無体なお言葉。
「ガキが満足いくまで、サンドバックでもなんでもやってやれ」
マキナのヘッドユニットから涙が流せたなら、僕は確実に泣いていたと思う。
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余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
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ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
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