悠久の機甲歩兵

竹氏

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テクニカとの邂逅

第124話 現代考古学者たちの苦悩

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 ズームして見えた通りの灯台が佇んでいる。
 脇には小さな小屋が建っており、その前で腰の曲がった老人がパイプを吹かしていた。ただ、イーライを肩に担いだペンドリナは、特にその目を気にすることもなく灯台と繋がった倉庫のような小部屋へ入っていく。

「こっちだ」

 ペンドリナは異臭を放つ樽が並べられた部屋の片隅で、隠されるように設けられた木製のハッチを開くと、その中へ未だ伸びたままのイーライを叩き落とし、自らはきっちり梯子を使って降りていく。
 噂通りの地下室か、と彼女に続いて梯子を下れば、そこは暗いがらんどうだった。しかも、異常に高い天井の割に狭い部屋であり、何を意図して作られたのかがさっぱりわからない。

「――ここはなんです?」

「すぐにわかるよ」

 壁に歩み寄るペンドリナに踏まれ、イーライがぐえっと蛙のような声を出す。ただ、それをきっかけに意識を取り戻せたらしく、腫れあがった顔で呻きながらも、身体を起こして周囲を見回していた。

「あんだよ……帰ってきてんじゃねぇか。なんか全身が痛てえんだけど、ピーナ?」

「お前が悪い。だが、説教は客人を迎えてからだ」

「客ぅ? ってさっきのケットじゃねぇか!?」

 ガサガサと慌てて壁際に逃げていく、ファティマ曰くツンツン頭。
 そんな様子が面白いのか、勝者である彼女はイーライを見下ろして余裕の笑みを浮かべていた。

「お寝坊さんですねー? それで、ビビってた、とか言うのは誰の話だったんですか?」

「こ、こいつ……調子に乗るんじゃ――」

「イーライ、それ以上いらんことを言えば、次は私がボコボコにするぞ」

 ギラリとペンドリナが眼を光らせれば、今まで以上にイーライは竦み上がって口を閉じる。
 そんな様子に呆れを滲ませながらも、彼女は壁面に向かって立つ。そして周囲とは何の違いも見受けられない石を軽く押し込むと、目の前で壁がゴロゴロと音をさせながら下降し始めた。

「隠し扉ッスか」

「これじゃ気付けるはずもないわね」

 感心したようなアポロニアと、大掛かりな装置だと肩を竦めるマオリィネ。これが普通の反応なのだろうが、僕とダマルはその後ろから現れたの方に呆然としていた。

「これは――現代的じゃないよね」

「同感だぜ相棒。まだ完全に生きてやがるらしいな」

 石壁に隠された真っ白な扉。そしてそこに刻まれた雪石《せっせき》製薬特殊研究所という文字。
 それを前にして、ペンドリナは高らかに宣言する。

「ようこそ諸兄姉。スノウライト・テクニカは貴方がたを歓迎する」

「スノウライト……って」

「コマーシャルのまんまじゃねぇか」

 僕はやけに聞き覚えのある名前に違和感を覚え、ダマルの兜と顔を見合わせた。
 企業連合においてマキナを含めた兵器開発のトップだった玉泉重工と並び、民間軍需に関わらず様々な医薬品を世に送り出したマンモス企業。ただ、名前が堅苦しいことを嫌がったのか、むしろスノウライトという愛称の方が一般的だった。少なくとも、企業連合に属した人間で聞き覚えの無い者は居ないだろう。
 以前思い出した記憶の一部において、リッゲンバッハ教授がスノウライトの研究所に出張していたはず。それがどこかは知らないが、おかげでなんとなくどんな企業だったかを思い出せた。

「色々聞きたいことはあるだろうが、今は続いてくれ。質問は最奥で到着を待たれている御方に、全てぶつけるといい」

 自分は余程不思議そうな表情をしていたのだろう。ペンドリナは苦笑しながらそう告げると、踵を返して奥へと歩き出す。
 広がるのは見事なまでの白い廊下といくつもの小部屋。あまりにも現代的でないその光景に昔を思い出したのか、ダマルはカタカタと顎を鳴らしていた。

「雪石って言えば、色々噂の絶えねぇ会社だったな。裏で人体実験してるだの、玉泉に頼まれて違法な身体強化薬を作ってるだの」

「週刊誌ネタって奴だねそりゃ」

 身体強化薬などは、軍隊でもよく話題に上るホラ話の1つだった。まさか800年が過ぎた今になっても、そんな眉唾な噂を聞かされるとは思いもよらなかったが。
 ただ、こんな根も葉もない話が飛び出すのには理由がある。それは第二世代型以降マキナの性能向上に、人間の身体がついて行けなくなっていたからだ。
 より俊敏に、より強力に、とにかく性能を追求して作られるマキナはどんどん強力になる。しかし、人体はそう簡単に進化することができないため、リミッターを設けて性能を押さえ込む必要があった。無論、対策としてパイロットスーツなどで身体能力を強化したりしていたが、それでもリミッター解除時の性能は凄まじく、ミクスチャと対峙した自分のように、パイロットの生命を危険に晒す。これに対し、玉泉はスノウライトに、人体を強化する方法を求めているのではないか、というのが噂の端緒である。
 だが現実は、企業連合も共和国もパイロットスーツの性能を向上させることに注力しており、身体強化薬など一笑に付せてしまう内容でしかなかった。
 おかげでダマルは、そんなもんだな、と馬鹿にしたような反応である。
 そもそも今気にするべきは過去のどうでもいい噂ではなく、この白い廊下が未だ生きているという事実なのだ。
 小さな部屋の並ぶ廊下を歩く事しばらく。ペンドリナは第一倉庫と書かれた大きな扉の前で立ち止まる。
 
「ここから先がテクニカの中枢だ。まっすぐ進めば最奥の間に着く。そこであの御方と話すといい」

 彼女がセンサーに手をかざすと、大きな扉は音もなく開く。
 現代人である女性陣は大いに驚いていたが、自動ドアの方がなじみ深いくらいの僕とダマルは平然と扉を潜った。

「……うん。疑いようもなく倉庫だねこりゃ」

 目の前に広がったのはコンクリート打ち放しの広い空間である。
 しかも、800年もの長きにわたり、施設はあちこち痛みながらも稼働状態を維持しているらしい。ロボットが管理する隔離された倉庫の状態を示すモニターには、命令待機中とメンテナンス時期超過の文字が浮かび上がっている。実際に動けるロボットがいるかどうかはわからないが。
 その一方、人間が作業を行っていたであろうエリアには、雑然と太古の遺物が並べられ、現代的な恰好をした者たちがよくわからない調査を行っていた。
 そんな時間がちぐはぐな場所に、僕は首を傾げ、ダマルは兜を掻く。

「部屋の使い方がおかしい、って思ったのは俺だけか?」

「奇遇じゃないか相棒。僕も心底そう思ってる」

 ヘルムホルツの言う通り、テクニカが研究者であり探求者ならば、そして雪石製薬を根城にしているならば、過去の生産施設を利用して薬品の研究などを行っているのではないかと想像していた。ただ、残念なことに古代の機材が用いられている様子はなく、周囲に散らかっているものは薬品どころか電化製品が主だった。
 1人の研究者の下へ近づいてみると、彼は四角い箱と格闘している。僕の目が狂っていなければ横置きドラムの洗濯機なのだが、電源ケーブルをつぶさに観察して、はぁと大きくため息をついていた。

「これは何?」

「わからんから調べている……というか君は何だ? あぁ、先日言われていたコレクタからの新入りかね」

 シューニャの疑問に研究者は伸び放題となっている縮毛頭を掻きむしる。長い間沐浴すらしていないのか、ぱらぱらと頭垢が散り僅かに彼女は距離を取ったものの、好奇心からか洗濯機に触れて悩み始める。無論、僕からすれば、家電量販店に置かれていたなぁ、という程度のものなのだが。

「すぐに何かがわかるなら苦労はない。私はこの箱の役割を見出そうとして長いが、分かった事と言えば、謎の紐が壁の穴に繋がっていれば何か動作を起こすことぐらいだ。それもこのテクニカにある穴でしか反応せんし、遺物によって起こす反応は違うときているし、はぁー……」

 げんなりした様子で研究者はまた頭を掻く。
 彼らがどれくらいの期間をかけてこれを調べてきたのかは知らないが、その苦労の様は顔つきにありありと現れていた。
 ただ、いきなりわかって堪るか、と言われたシューニャは僅かに不機嫌さを滲ませる。

「発想とは閃きからもたらされる場合も多い。それに動くというなら、役割を想像することは難しくないはず」

「そんなことは何度もやったさ。その紐を繋ぎ、浮かんだ光に触れれば、中が回転しはじめるのだが、これも蓋を閉めた状態でしか動かないし、放っておくとピーピー鳴いて勝手に止まる。君はこれになんの意味があると思う?」

 でしょうね、と言いたい話だった。
 これが高級家電なら、運転を開始しますだの、水をいれてくださいだのと喋るのだろうが、運悪くこれは安価モデルらしい。
 それでも、これが何物かという内容に関しては、あちこちに古代語で答えが書かれているのだが、自分が現代の文字を記号にしか見えなかったように彼らも同じだったのだろう。
 そもそも文字が読めるならば、太古の技術に関してもう少し解析が進展しているに違いない。流石にマキナのことを生きた鎧などと世迷言は言わなくなるはずだ。

「む……鳴くというのは、確かにわけがわからない。これも鉄蟹のように生きているということ?」

「回る道具から考えた方が良さそうじゃない? たとえば、石臼とか糸車、あとは――」

「回転砥石もありますね」

 だからこそ、現代の知識を豊富に持つシューニャは、僅かにたじろいで悩み始め、逆にマオリィネとファティマは、現代の日常品な方向から想像を口にする。

「そうだ。少なくとも私たちならそう思う。だが風車に連結された石臼のようにこれを使おうとしても、物が効率よく粉砕することはないし、砥石だというには内部は凸凹で削るのに適さんのだ。それにさっきも言ったが、ヒンジ付きの蓋は意味が分からん」

 何度目になったかわからないため息が、研究者の口からモヤモヤと吐き出される。
 ただ、着眼点はこの研究者よりもシューニャの方が上だった。ミル製粉機と蓋という2個のキーワードから、彼女は今までで最も合理的な想像を導き出す。

「……臼だとすれば、粉末が飛び散らないようにするため、とか?」

「おっ、ちょっと近い」

 おかげで自分の口から、余計な言葉が漏れてしまった。
 これをシューニャが聞き逃すはずもなく、勢いよくこちらを振り向いてきたため、僕は慌てて視線を逸らす。

「キョウイチ、もしかして知ってる?」

 射抜くような視線、ゆっくり詰め寄ってくる小さな体。
 軍需品にせよ民生品にせよ、技術は自然に進歩するべきであり、極端な成長は問題を起こしやすい。だからこそ、身内以外に古代の技術を伝える事には慎重になっていたのだが、無表情ながら懇願するような彼女を前に、知らぬ存ぜぬを突き通すのは流石に無理だった。

「まぁそりゃ……どこの家にもあったようなものだし。ただ、僕が答えを言ってしまっていいのかい?」

「この際、詳しく」

 最後の抵抗で、カンニングを許容するのか、との問い対し、シューニャの答えは清々しい。
 一応、研究者の方にも視線を向けたが、海藻のような髪をした彼は、言ってみろ、という感じで肩を竦めたため、僕は諦めて正解を口にした。

「洗濯機だよ。謎の紐はコンセントっていう――そう、雷の力を穴から受けとるもので、あとは水を上の穴から引き込めば、勝手に洗濯をやってくれる機械、かな」

 全くの無知に説明することは非常に難しい。
 特に電気という概念が雷としてしか存在しないことと、機械文明が水車やカタパルト程度で蒸気機関すら現れない状況が、理解の壁となって立ちはだかる。
 結果、いきなり雷がどうだと言われたところで、研究者は訝し気な顔をするばかりだった。とはいえ、自分が彼の立場でも同じ顔をするのは間違いないため、責めることもできない。

「君はまるで見てきたように語るが……雷の力が通ってれば、我々は触れることさえできんだろう? 仮にそれが事実でも、洗濯に回す要素がどこにある?」

「うーん……それは実際にやってもらった方が早いですね。流石に水道はないだろうし、残り湯を使うポンプでいいか。ダマル、悪いがちょっと点検しておいてくれ」

 このままでは頭のおかしい奴、で終わってしまうため、実演で納得を得る方向に思考を切り替える。それも、古代品を分けてもらいたいと交渉する相手である以上、少しくらい手の内を見せておいても損はないだろう。
 そんな僕の様子に、ダマルは面倒くさそうにしながら手を貸してくれた。

「どっかしら壊れてねぇといいがな。家電修理した経験なんてねぇし――おいオッサン、悪ぃけどちょっとこれ借りるぜ」

「お、おい、雑に扱うな! 貴重な品なんだぞ」

「貴重、ねぇ? ここでしか使えねぇガラクタだと思うんだがなァ……」

 慌てた様子の海藻頭研究員に対し、骸骨が呆れてため息をついたのは言うまでもない。
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