悠久の機甲歩兵

竹氏

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テクニカとの邂逅

第118話 暴露

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 翌朝、コレクタユニオンで報酬を受け取るついでに、銀貨1枚相当というとんでもない値段のアチカ・ブランデーを勉強代として渡した帰り道。
 突然響いたのは、どうにも聞き覚えのある声だった。

「みっつけたぁ! そこの黒髪!」

 往来のど真ん中で上がった声に、周囲の人々は騎士だ貴族だと口々に言って、露骨に距離を取る。
 するとそこに現れたのは、見間違うはずもない琥珀色の瞳に長い黒髪の女性だった。

「マオリィネさん? なんでここ――に?」

 知り合いである以上、そこまで警戒する必要もないと思ったのだが、やけにギラギラした目で彼女はズンズンこちらに歩み寄ってくると、噛みつくように僕の襟首を掴んでくる。これには流石にたじろいだ。

「なんで黙ってたのよ!」

「お、落ち着いてください。一体何の話です?」

 フーフーと鼻息も荒く、吊り上がった琥珀色の瞳に睨まれれば、何かのっぴきならない事情があることは間違いない。だが、彼女は何故か少し躊躇った様子を見せ、その間にジークルーンが追いついてきたことで、襟首から手を離した。

「だ、駄目だよマオ! いきなり掴みかかったりしたら」

「……ごめんなさい、ちょっと気が立っていたわ」

「ジークルーンさんまで、何かあったんですか?」

 王都で何か問題でも起きたのかと首を捻る。貴族である彼女らと共通の問題に成り得るとすれば、夜鳴鳥亭一家のことか、あるいはキメラリアの問題か。どちらにせよここまで切迫した状態で、しかも自分が掴みかかられる事態は想像できなかった。
 ただ、僕が不思議そうな顔をしてしまったのがよくなかったのか、マオリィネは瞳に再び炎を宿すと、よく通る声で叫んだ。

「貴方のことよ! 色々聞かせてもらうからね!」

 頭を貫通しそうなキィンと響く声に、僕はどうどうと彼女を落ち着かせようと試みる。なんせファティマに至っては唐突な高周波によって、頭をグラグラ揺すっているのだ。周囲からも痴話喧嘩かとひそひそ噂され始めている。

「仰りたいことがよくわかりませんが、とりあえずどこか落ち着ける場所で話しましょう。流石に往来ですし」

 周りを見ろ、と視線で諭せば、貴族としての自分を思い出したらしく、マオリィネは小さく咳払いを1つ。そして腰まで伸びる長い黒髪をふわりと翻すと、きつい視線をそのままに踵を返した。

「そうね、ついてらっしゃい」

 彼女は有無を言わさずこちらを先導する形で、大通りを港に向かって歩き出す。
 それも明らかに庶民とは装いの異なる人間が歩けば、人々がしっかり道を譲ってくれることで、港にある小さな館に辿り着くまではあっという間だった。

 ――迎賓館、とでもいうべきかな。

 石レンガで作られた外壁に重厚な扉、それに透明度の高い硝子がはめこまれた窓を見るだけでもここが特別な建物なのがわかる。内装も華美ではないものの随分と装飾が施されており、明らかに高貴な人間が滞在するために作られていた。
 その中の1室でマオリィネは、誰に許可を取ったわけでもないのに、我が家かのようにソファへ腰を下ろす。それに続いてジークルーンも脇へ腰かけ、僕に対面する位置に座るようにと促してきた。
 とはいえ、真正面の彼女から発される雰囲気は、今までのような和気藹々したものではないため、僕は理由もわからないのに少々胃が痛かったが。

「それで、ご用件は? 茶飲み話という雰囲気でもないですが……」

「そうね。私としても本当はそれくらい軽くいきたいのだけれど、女王陛下からの勅命だからそうもいかないわ」

「女王陛下――時の為政者から僕のような一介のコレクタに何を?」

 国から咎められるような真似はしていないはずだが、と自分の行いを振り返って首を傾げる。強いて言えば、仕立て屋の青年を気持ちよく殴り飛ばしたことくらいだろうが、その程度で勅命が下るとは考えにくい。
 しかし、マオリィネは呆れたようにため息をつくと、アンバーのように輝く目をスッと細めた。

「リビングメイルを操る男を、一介のコレクタとは呼べないと思うけれど」

 一気に体温が冷える。
 今まで痛みを訴えていたはずの胃はなりを顰め、その代わりに状況を把握した頭が冷や汗を流させた。

「そ、れはまた、随分突拍子もない話すぎませんか?」

 顔が引き攣るのを無理矢理押さえ込みながら、自然に笑みを作り上げる。
 しかし、マオリィネは確信しているらしく、とぼけなくていいと首を振った。

「正直、普段なら根も葉もない噂と聞き流したでしょうね。でも、数日前にコレクタユニオンを訪れた、貴方を追っているという冒険者の口から、グランマの名前を聞かされたらそうも言えないわ」

「冒険者が僕を?」

 グランマはともかくとして、この新情報に僕はシューニャと顔を見合わせる。
 彼女も心当たりはないと首を振ったので、少なくとも知り合いである可能性は非常に低いだろう。
 しかし、その連中が何故自分を追っているかはともかくとして、追跡する意識だけは本気だと察するに足る内容をマオリィネは語った。

「彼らは帝国で情報を集めていたそうよ。彼らからの情報で、喋る青いリビングメイルの出現と貴方たちの軌跡はほとんど一致する上に……その男は2人の女を助けてくれ、とリビングメイルに言ったのだとか?」

 言葉に詰まる。そんなことを言われた記憶は1つしかないのだから。
 そして彼女らもまた、生きている、という部分に動揺を隠せていなかった。

「その男、名前は?」

「ヘンメと言うそうよ。2人はよく知ってるはずよね」

「おぉ……ポインティ・エイトに食べられてなかったんですね」

 シューニャは僅かに安堵した表情を見せ、ファティマも相変わらずしぶといと笑うものの、僕は全くそれどころではなかった。
 マキナ姿の自分に対して、シューニャ達を救ってくれと懇願した無頼漢が、ヘンメという男だった確証はない。しかし仮にそうだとすれば、彼女の握る情報とこちらの現状の整合性はあまりに高すぎる。
 おかげでフフフと笑うマオリィネが、恐ろしい悪魔に見えてきた。

「不思議よね。どうして貴方は、リビングメイルに助けられたはずの2人を連れてここに居るのかしら?」

 彼女の確信は最早揺るがないだろう。何せ、マオリィネ自身が、翡翠の姿を見た上で言葉を交わしているのだから。
 だが、簡単に認めるわけにはいかなかった。それこそ彼女に知られるだけならばともかく、後ろについているのは時の為政者である。権力闘争の渦中に放り込まれたいはずもなく、だからと言って友好関係を築いた人々が住む国を壊したいとも思わない。
 となれば、自分に取れる逃げ道は1つだけだった。

「なるほど、実に論理的なお話だと思います――が、無い物をあると言われましてもね。リビングメイルなど、早々隠せるものでもないでしょう?」

 周りを見てみろと両手を広げて見せれば、マオリィネはムッと表情を曇らせる。
 何せ彼女が如何に証拠を揃えたとて、実物がなければどうすることもできない。それはあまりにも苦しい言い訳だったが、これにシューニャが援護射撃をくれた。

「常識的に考えれば、テイマーがリビングメイルの傍から離れるのはおかしい。それに、ヘンメがテイマーを見ていないのだとすれば、それは喋ることのできる野良と考える方が適切」

「そういうことですよ。期待させちゃって申し訳ないとは思いますけど」

 マオリィネに課せられた勅命の内容は知らないが、まさかただのコレクタリーダーを王宮に連れて来いというわけでもないだろう。そこを突いて、僕は所詮与太話だと必死で笑い飛ばす。
 ただ、マオリィネは証拠が揃っていてなお抵抗する自分を、きつく睨みつけた。

「意地でも認めないつもりなら、それなりの対応を取らせてもらうわよ。王国で陛下の意志は絶対なんだから」

 冷や汗をかくくらいならばやめておけばいい物を、不敵に笑う彼女にも僕は穏やかな口調で過激な言葉を返す。

「それは困りました。自分は自由を信条としているものですから、強制力には可能な限り抗わせてもらいますが、それでもよろしいですか?」

「減らず口……いくら貴方が強くても、ウォーワゴン1つで国とやりあうつもり?」

「数千の死体をこさえる勇気がおありなら、僕ぁ遠慮しませんよ。たとえ相手が国家だろうが、コレクタユニオンだろうがね」

 実際にフリードリヒの一件でやりかけたことを突きつければ、マオリィネは下唇を噛んだ。
 さっきまでの言い分で、一方的な勝利に始終できると踏んでいたのだろう。予期せぬ反撃に劣勢となった今、彼女に打てる手は大して残されていなかった。
 逆に僕としては、無事に切り抜けられそうに思えて安堵し始めている。たとえ今までの友好関係に戻れないとしても、マオリィネやジークルーンと敵対するような真似は避けたいのだ。
 ただ、この油断は命取りだった。勝敗が決するその瞬間まで、いつでも奇策は戦場を一変させてしまう。それも予期せぬ場所から飛び込んで来ればなおのこと。

「アマミさん――あの、確認させて欲しいんですけど、いいですか?」

「確認、とは?」

 おずおずと手を上げたジークルーンに全員の視線が集中する。
 相変わらず彼女は貴族らしからぬ腰の引けた様子であったものの、口にした内容はとんでもないものだった。

「その……アマミさんはウォーワゴンで旅をされてるんですし……中を見せてもらえばわかるかなって」

 この瞬間、僕の中でジークルーン・ヴィンターツールという茶髪に青い瞳の女性は、一気にマオリィネよりも危険な存在と認識を改めさせられた。
 翡翠は特殊部隊専用機であるために、搭乗者として登録された人間でしか扱えない、高度なセキュリティを持っている。そのため、クレーンなどの設備がない玉匣での整備時は、先にそのロックを解除してダマルに預けているのだが、整備が不要な現在は、ロック状態のまま玉匣に置かれており、とてもダマルとアポロニアで隠すことは不可能だ。
 対策を思案する僕は、動揺が表情に出てしまったのだろう。今度はマオリィネが余裕を取り戻し、フフンと自信満々に笑った。その横で小さく、ジークルーンの膝を叩いているあたり、彼女としても意外な援軍だったのだろう。

「そう、そうよね! そこまで無いと言い張るなら、別にあれの中を見られたって困らないでしょ? それとも、本当は持ってたりするのかしら?」

 一種の詰みだった。
 できるとすれば、直ちに玉匣を逃がすことぐらいだが、それは半ばあると言う行為に等しい。加えて、ここで彼女らから逃れられたとて、自分たちは王国から厄介な条件で追われる身になってしまう。
 最後の頼みとして、僕はシューニャに視線を流したが、彼女も小さく首を左右に振り、諦めろと促してきたので僕は腹を括った。

「大したもんだ、負けましたよ。確かに僕はマキナのではありますが――そうですね、もうこの際だ。お2人には情報を共有してもらい、危ない橋を渡っておいてもらいましょう」

 僕が表情を引き締めて顔を向ければ、彼女らもこちらの様子に身体を緊張させたが、ここまできて退くわけにもいかないのだろう。
 マオリィネが深く頷いたのを確認し、僕は自分の置かれている状況を語った。800年前に生きていたこと、機甲歩兵という存在だったこと、マキナが人間の生み出した兵器であること、それを操れる技術を持っていること、そして人間が操るマキナが無人のそれと比べて如何に強力かを。
 シューニャが時折言葉を噛み砕きつつ、呆気にとられる貴族2人へと自分たちの秘密を流し込んでいく。唯一口にしなかったのは、ダマルの中身くらいだった。
 一切話し終えたのは昼を回った頃だろうか。随分時間を食ってしまったが、おかげで彼女らも何とか理解が及んだらしい。

「僕はどこかの国家に属するつもりはありません。マオリィネさんがグラデーションゾーンで見たように、僕が戦えばそれは戦争ではなく虐殺だ。それは現代のパワーバランスを大きく崩してしまう」

「はぁー……想像以上、いいえ、神様でも思いつかないような話よね」

 先ほどまでの威厳はどこへやら。ぐったりと机に突っ伏したマオリィネは隣からジークルーンに扇がれていた。
 それでも彼女は一切を疑わずに飲み込んで見せ、挙句に女王陛下にどう報告するべきかと悩み始める。とはいえ、これはほぼ嫌がらせの類だっただろう。何せ知ってしまった以上、彼女らは王国と化物の板挟みとなり、下手に情報を漏らそうものなら国が滅びかねないのだから。
 だから全てを言い終わった後で、僕は少々申し訳なくも感じていた。

「えーと……言っておいてなんですが、信じられるんですか?」

「全部を呑み込めた訳じゃないわよ。でも、貴方が鎧として操っていたなら、戦場で私と会話したって別に不思議じゃないし、それにタマクシゲと言うんだっけ? 飛び道具を備えて獣の力も借りずに走るなんて、帝国軍が敵わないわけよね。そんなのがあるならテクニカが喜んで調べそうな代物――テクニカ?」

 マオリィネは机からふと頭を上げると、顎に手を当てて何事か考え始める。
 何かあったのか、とジークルーンに視線を投げれば、彼女もわからないと目を伏せたが、マオリィネはすぐにパッと顔を上げると、いいことを思いついたとばかりに手を打った。

「ねぇ、私もテクニカまで同行してはいけない?」
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