悠久の機甲歩兵

竹氏

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ユライア王国と記憶の欠片

第90話 組手に人を見る

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 風を切る凄まじい音と共に斧剣が振るわれる。
 それは岩を砕き地面を抉る一撃だ。重装鎧を着こんだところで人間が耐えられるものではない。
 だというのにマオリィネは涼しい顔のまま、細いサーベルで斧剣の腹を叩くだけで、重い一撃は彼女から逸れていく。
 これには固唾を飲んで見守っていた僕もついつい、おぉ、と声が出た。ファティマと最も付き合いの長いシューニャも、大きく目を見開いて驚愕を露わにしている。
 威力が乗った斧剣に土が弾けたが、それも予想してかマオリィネは見事に距離を取って、僅かに汚れることもない。対するファティマは狙った位置に刃を振り下ろせなかったことが不思議なのか、斧剣のグリップから離した手を握ったり開いたりしていた。

「流石にケットね。威力だけなら私の及ぶところじゃないわ」

 自信満々と微笑むマオリィネにファティマはむーと頬を膨らませる。
 改めて目にすれば熟練した剣術というのも中々侮れない。あの重い斬撃をいなせるのなら、サーベルの振りの速さも相まってキメラリアが1対1で絶対的な勝者になりえないというのも理解できた。

「ほら、どんどん打ってきなさい!」

「怪我しても知りませんからね!」

 最初、マオリィネがファティマと組手をすると言ったときには正気を疑ったが、実際彼女の言葉は実力に裏打ちされており全く不安を感じなくなっていた。
 あの老将と戦ったときに苦戦していたとは思えない程洗練された剣捌きで、ファティマの暴風のような連撃を一撃ずつ確実に逸らしていく。
 縦に振り下ろせば、彼女の滑る刃が火花を散らして右へ左へと刀身がずらす。当たらない攻撃に焦れて横薙ぎに剣を走らせようとすれば体を捻って躱され、振り抜いた斧剣を戻すまでの隙でサーベルがファティマの首元に突き付けられた。

「お、おー……」

 珍しくファティマの頬に冷や汗が伝った。
 爆発的な攻撃力こそないもののサーベルの鋭い一撃は的確に弱点だけを狙い、相手の隙を誘ってここぞという場面で確実に踏み込んで確実に捉えている。これが戦場ならば、ファティマの頭と体は泣き別れていたことだろう。

「大振りばかりだと隙だらけよ?」

 肌にピリピリと感じるような殺気はすぐに消え、マオリィネがにっこり笑ってサーベルを下ろせば、ファティマは自分の首を左手で入念に撫でていた。

「ボク生きてますか?」

「斬ってないわよ。そんなヘマするものですか」

「……もう一回お願いします」

「気骨があるのはいいことね」

 首が繋がっているとわかればファティマは再び斧剣を構えなおす。それにマオリィネは楽しそうに軽くステップを踏んで、切先を彼女へ向けた。
 すぐにまた荒ぶる連撃が開始され、激しい金属音と共に地面が耕されていく。
 僕の隣ではシューニャがマオリィネの動きを分析し、その反対ではジークルーンが見惚れるように彼女に視線を送っていた。
 現代において学校という物が存在しない以上、勉学も武術も師を持つこと自体が難しい。それなくして成長は難しい以上、その点で貴族は圧倒的に恵まれている。それも大の男が受け止められないファティマの攻撃を前に、ああも容易く流していくとなれば貴族が将となるのも頷けた。

「凄いものだな。ジークルーンさんもあんなことが?」

「む、無理だよぉ。私はその、剣も槍も苦手だから……」

「しかし騎士なんでしょう? あそこまでとは言わずとも、かなり使われるのでは?」

 実際マオリィネとて傍目に見て武勇に優れるとは思えない。だが実際に戦う姿を見ればその評価は180度切り替わってしまう。となればこの気弱なジークルーンも見かけによらず剣の腕があるのではと思うのは当然だ。
 橋頭堡の戦いでは怯えているだけだったが、マキナを見ての反応なので普段は違うかもしれないと視線を向ければ、ジークルーンはみるみる小さくなった。

「今まで誰と試合しても勝ったことないし、兵にも弱虫って陰口言われるくらいなのに……マオとなんて比べられたらホントに泣いちゃうよ」

「あぁいや、不躾にすみません」

 既に半泣きになっている彼女に慌てて謝罪する。この様子では騎士には向いていないらしい。
 とはいえではなぜ騎士に? などと聞けるわけもなく、僕はひたすら頭を下げて涙を収めてもらった。ここで彼女を泣かせようものなら、後でシューニャからこっぴどく叱られることだろう。

「でもアマミさんはキムンを倒すくらい強いんだよね。そんな人から見ても、マオは凄いのかな?」

「お恥ずかしながら、自分は剣についてからっきしですから。それにキムンを倒したと言っても、あれは単なるまぐれかも知れませんし」

 もう一度やって勝てるかと聞かれれば、正直なところ自信はない上にできるだけ遠慮しておきたい。なので余計な噂が広がらないように謙遜したのだが、それをシューニャが事実と異なると言って否定した。

「キョウイチは人種の殺し方を知っている。キムンを倒せたのはまぐれじゃない」

「こ、殺し方って……」

 シューニャの一切包み隠さない言い方に、ジークルーンは怯えた表情で肩を震わせる。まるで今から僕に殺されるかのような雰囲気まで出されたので、僕は軽くシューニャを小突いておく。
 翠玉の瞳が嘘は言っていないという抗議してきたが、彼女がそれを口にするより早く、派手な金属音が響きわたる。慌てて前に視線を戻せば、ファティマの斧剣が派手に手から弾かれて地面に転がっていた。

「おぉ……手が痺れました」

「あれだけ地面とかに思いっきり剣をぶつけてると、いくらキメラリアでも手に負荷がかかるものよ。そうじゃなきゃ、サーベルなんかで弾かれたりするものですか」

「なるほど」

 ファティマは転がっていった斧剣を拾いなおし土を払う。そのままマオリィネとの鍛錬を再開すると思いきや、何故かこちらへ戻ってきてシューニャの横にすとんと腰を落とした。

「もういいのかい?」

「疲れちゃったので、ちょっと休憩です」

 マイペースはいつものことだが手を握っては開く様子から、何かを得たのは間違いないらしい。それが実戦で使えるようになるまではかなり長い時間を要するだろうが、それでも知っているのと知らないのとでは雲泥の差がある。
 何より僕ではここまでのアドバイスはできなかっただろう。そう思えばマオリィネと知り合えたのは僥倖である。
 しかし黒髪の貴族様からかけられた声が、僕の深い感謝を素早く後悔に転じさせてくれるものだった。

「アマミ、ちょっと相手してよ」

 あれだけやって派手な組手にもかかわらず、彼女は満足しなかったらしい。ニコニコ笑顔と手招きだけなら喜んで行きたいところだが、それも抜き身のサーベルが握られていなければという条件を付けておきたい。

「キムンを倒したっていうのが嘘じゃないなら、証明してくれるわよね?」

「わかった」

「シューニャ!?」

 こればかりは素直に御免被ると言おうとしたのだが、何故かシューニャが代わって返事をすればマオリィネから戦意が溢れ出す。
 何を安請け合いしてるんだと苦情顔をシューニャに向ければ、反対に何がいけないのかと首を傾げられた。もしかするとさっき小突いたことに対する意趣返しかもしれない。
 自分の意思によるものでもなく、なんなら己が口から出た答えですらないことであるため、律義に守る必要はないはずである。しかし期待の視線を向けるマオリィネを落胆させるのは流石に忍びなく、アポロニアの英雄譚を疑われるのも厄介だと無理矢理に自分を納得させた。
 仕方ないと腰を上げて前に出ると、セーフティをかけたままの自動小銃を構えて彼女と相対する。

「へぇ、随分変わった構え方をするのね」

 自分が発する諦めたような雰囲気は察されなかったらしく、マオリィネは興味深げに笑う。まだサーベルも銃剣も間合いの外であり、そうなれば自分は自動小銃の銃口を向けているだけになる。
 それこそ実戦ならばこの段階で彼女の頭に風穴を開けているが、現代の組手に飛び道具を持ち出すわけにもいかず、結果現代人にとって妙なポーズになるのは致し方ないことだった。

「いくわよ!」

 こちらが姿勢を崩さず動かないとわかるや、マオリィネは地面を蹴った。
 素早く繰り出される振りは明らかに籠手狙いだったが、それを銃床で弾きこの時点で何故自分がわざわざ銃剣で対応しようとしているのかと疑問が浮いた。
 刃渡りの長い刀剣と戦うのに射撃のアドバンテージが生かせないのなら、わざわざ銃を構える必要はない。そう思ってしまえば僕はすぐに小銃をストラップに任せて首からぶら下げ、突きを繰り出してきたマオリィネの一撃を躱すと同時に踏み込み、手首を取って腰投げに投げ飛ばす。

「えっ、ちょっ!? きゃあっ!?」

 まさかいきなり武器を放棄して徒手でくるとは思わなかったらしく、まともに地面に叩きつけられた彼女の手からサーベルが飛んでいく。動くなと僕が首元にバヨネットを突きつければ、何が起こったのかわからなかったらしく目を点にしていた。
 武器を用いた戦いという前提は戦場で通じない。訓練とはいえ本組手でルール無しなのだから自分の判断は間違っていなかったはずである。
 しかし、硬直した状態が続けば、婦女子を容赦なく投げ飛ばしたのはやりすぎだった気がしてきて、言い訳がましく僕はマオリィネに手を差し出した。

「大丈夫ですか?」

「え、ええ……ありがと」

 僕の手を取り立ち上がった彼女は体に着いた土を払うと、サーベルを拾いなおしてから再びこちらに向き直る。

「いきなり武器を捨てるなんて思わなかったわ。こんなにあっけなく負けたのは久しぶりよ」

「僕の師匠は徒手格闘第一の人だったんで……」

 笹倉大佐の豪快な笑顔が脳裏に浮かぶ。
 実際何度も銃剣術で挑んだが、あの人には勝てたことがない。マキナを使った格闘戦では負けないのに、同じことをしているはずが生身では全く歯が立たないのだ。それは無手でもナイフでも銃を突きつけても同じだった。
 考えてみれば大佐もかなりの化物であろう。企業連合軍における格闘最強は伊達ではない。
 だが、マオリィネは軽く息を整えてからこちらに歩み寄ると、腰を曲げて下から見上げるように笑った。

「ね、もう一回やりましょ? 今度は不意打ちじゃないから負けないわよ」

「……はい」

 どうやら何かに火が付いたらしい彼女の笑みは、あの時と同じように有無を言わせない物だった。
 それも2回目の組手は先の戦術を学習したらしく、刺突を一切行わず斬撃に始終してくる。それに対応するため剣を振る腕に腕を噛ませて動きを止め、顎を掴んで地面に引き倒した。
 それでも納得できないらしく3回目となれば、僕がバヨネットを切り離してナイフとして用いたため鍔迫り合いが起こり、それが理由で動きが止まったところの腕を掴んで彼女に取り付き、首に足を回して体重をかけて地面に投げ飛ばした。徐々に自分の中で使う技が派手になっているのは、とにかく早く諦めてもらおうと本気になった所為である。

「く、首と腰ぃ」

 貴族にあるまじき四つん這いの恰好で腰を押さえる姿は、ここが町中でなくてよかったと心底思わせてくれた。運悪くこんな姿を見てしまった市民が、貴族様の名誉を傷つけた、などという理由で罰せられたりしてはあまりに不憫である。
 無論、その下手人である自分もただでは済まないので、慌てて駆けより膝をついて頭を下げるのだが。

「すみません! つい本気で――!」

「い、いいのよ……組手をお願いしたのは、私だからね……」

 僕が必死で謝りながら手を貸してマオリィネを立たせている間、観戦組がざわめいていた。

「あれが人種を殺す技」

「ボクも1回投げ飛ばされましたもんね」

 シューニャは至って冷静に、経験があるファティマは痛かったと背中を擦れば、ジークルーンは小刻みに体を震わせて顔を青ざめさせた。

「こ、これがキムンを倒した人……」

 自分はこの瞬間、ジークルーンの恐怖対象に入ったらしい。
 微かに聞こえた彼女の声は最早化物に対するそれであり、僕はがっくりと項垂れるしかできなかった。
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