悠久の機甲歩兵

竹氏

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ユライア王国と記憶の欠片

第67話 ふういんされたいせき

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「凄いですね、建物が残ってるのは珍しいですよ」

「帝国内にも何か所かは聞いたことがあるッスけど、ここまで綺麗に残ってるのは凄いッス」

 玉匣から外に出てみれば、目の前に聳える建物の姿にキメラリア達は感嘆の声を漏らした。
 対する僕とダマルは小さく拳を握る。

「防護シェルターか、当たりだな」

「それも対戦略兵器用の奴だろう。ガチガチだねぇ」

「……わかるように話してほしい」

 シューニャからの説明要求はまた後でとはぐらかす。
 なんせこれは今の自分たちにとって宝物庫にも等しい存在なのだ。
 あの大天蓋ホシノアマガサさえ支柱を残して消滅した中で、強固なシェルターでも地上設備が残っているのは奇跡に等しい。それも軍の所有物なのだから、固く閉ざされた扉にも期待は否応なく高まった。
 そして僕もダマルも用語の説明をしてくれないと諦めたらしく、シューニャは小さくため息と共にその堅牢な扉へと視線を向ける。

「これが封印の門。何人もの研究者が挑んだけれど、その誰もが帰ってこなかった」

「突破できないのはあたりまえだけど、帰ってこないってのは気になるね」

 その理由も大体想像がつく。堅牢なシェルター施設に一切のセキュリティがないなどあり得ない。
 数メートルの距離まで接近しても何も起こらないのは、現在は制御者を失ったセキュリティが僕らを判断しかねているからだろう。

「他に何か知っていることは?」

「ん。攻城槌を使って突破しようとした記録によれば、壁は堅牢すぎて攻城槌が壊れ、門の傷は翌日には綺麗になくなってしまうとか」

「十中八九、自動修復装甲だな。この施設はまだ生きてやがるぜ」

 生命保管システムにはエーテル発電装置が破壊される時限式のプログラムが組まれていた。それは要人の名前や個人情報が大量に保管されていた上に、人体実験に等しい作戦内容に由来しているに違いない。
 対してこちらはただのシェルターにすぎず、内部の発電装置は運よく機能不全を起こさなかったのだろう。
 ただし、生きているということはそのセキュリティがどうなっているかが気がかりとなる。今までに消えた連中と同じ轍は踏みたくないのだ。

「ダマル、手はあるかい?」

 正直特殊部隊だったとはいえ、この手の金庫破りが戦闘特化の自分にできるはずもなく、優秀な相棒に全てを託す。
 もちろん前線で対処することがなかったわけではないが、そういう場合は随伴するクラッカーが担当しており、自分の役割はその護衛である。
 頼られたダマルはしばらく施設の入口をじろじろと眺めていたが、やがて自らの兜をコンコンと叩いて踵を返した。

「雰囲気から察するに有線の外部接続経路はねぇし、玉匣から遠隔アクセスしてみるわ」

「頼むよ。皆、集合してくれ」

 ダマルが車内へ戻ると、交代で3人娘が僕の前に並んだ。

「アポロとファティは道の警戒を頼む。ここに来るまでみたいに、民衆大混乱パレードをやるのはごめんだからね」

「あー……まぁそッスよね」

「ボクは面白かったですけど」

僕の言葉にキメラリア2人は苦笑し、シューニャは小さく首を振る。
朝方とはいえ首都に近づけば行き交う人は多く、その上街道の周囲には農耕地であったため隠れることもままならなかったのだ。
突然現れた鋼の化物に女子供は逃げ惑い、商人は腰を抜かしてへたり込み、農夫は畑へ華麗なダイブを決めて泥まみれになっていく。数少ない勇敢なガチムチマッチョは美女を背にして抜剣したものの、腰が退けて小鹿の如く震えていたのが印象的だった。
そんな阿鼻叫喚の地獄を生んだ玉匣であるが、逃げるように呪われた遺跡へ進路をとったことで人混みからは逃れられている。巡回の兵士やコレクタなどに出会わなかったのも幸運だっただろう。
しかし民衆からの通報があれば、そういった者たちが押し寄せてこないとも限らないため、警戒しておく必要は生じていた。

「何かあれば無線を飛ばしてくれ、使い方は教えた通りだ」

「わかりました」

「了解ッス」

 ファティマはユラユラと尻尾を揺すりながら、アポロニアは前哨基地で拝借したククリ刀を確かめながら、遺跡の入口へと歩いていった。
 最後にシューニャへ向き直れば、彼女はさっきまでの様子が嘘のように、高まる知識欲に瞳を輝かせている。その様子に僕はまたも苦笑した。

「シューニャは僕と周囲の捜索だ。離れないようにしてくれ」

「ん」

 彼女が力強く頷いたのを確認し、僕は一旦車内へ戻りマキナを着装する。
 人を消滅させるような高エネルギー兵器相手では翡翠とて耐えられないが、機体から敵味方識別信号を出しておけばお守り程度の役割は果たすという判断だ。
 明らかに大袈裟な装備を身に着けて、僕は施設の壁に沿って歩き始める。
 その後ろからシューニャはまるでヒヨコように付き従いつつ、しかし教えて欲しいと繰り返す。

「人々はここには魔法や呪いの類があると言うけれど、それは違う?」

『あるのは軍事技術だけだよ。魔法なんて現実的じゃない』

 地面に転がった何らかの木の板をひっくり返しながら、彼女のぶっ飛んだ問いに答える。
 そこには過去にここを調査した者が持ち込んだであろう、謎の器具が転がっていた。焼き物の容器は全て割れており、どうにかして採取したらしいコンクリート片が入った小さな革袋も朽ち果てている。
 それを検分していれば、シューニャは腕を組んで訝し気な声を上げた。

「それはおかしい。使える者は稀だけれど、今は魔法が存在している」

『何を――本気で言ってるのかい?』

 ボロボロと崩れていく人の跡を地面に置きながら、僕は立ち上がってシューニャに向き合った。
 ここまでの道程で魔法などという物を見たことはなく、話を聞いたこともない。おかげで疑いは深かったが、シューニャは確信を持ってあると言い張った。

「魔法は神秘であり才能。後天的に開花することはなく、子孫に継承されることも稀と言われている技術」

『まるで御伽噺だが、それはどんな力なんだい?』

 魔法と言われて自分の貧相な想像から真っ先に思い浮かんだのは、箒に跨って空を飛ぶ姿だった。それもどういう理屈で実現しているかわからないことを思えば、確かに神秘ではある。
しかし少し悩んでからシューニャが出した答えは、より突拍子のないものだった。

「炎を生み出す」

『……人間火炎放射器、って感じなのかな』

「か、かえ? ごめん、なんて言ったの?」

 単語がわからないとシューニャは首を捻る。彼女がこういう反応をする場合、正解している可能性はゼロに限りなく近い。
 それ以外となれば火吹きマジシャンが頭に浮かんだが、まさか大道芸の技術を神秘的な魔法というには無理があるような気がして、僕は新たなヒントを求めることにした。

『別の魔法だとどんなものが?』

「雷を飛ばす」

『雷を飛ばす』

 オウム返しするしかできなかった。
 確かに帯電しやすい体質の人も居るとは聞いたことがあるが、雷と言われてしまえばその規模は災害に匹敵する。
 落雷を武器として扱えるような連中が居るなら、ミクスチャとて敵にはなり得ないだろう。
 マキナさえ破壊できるであろう数百ギガワットの雷電。それも視認した瞬間には回避不可能であることを想像し、僕は軽く身震いした。

『化物じゃないか。国家が手に入れればリビングメイルがどうとか言わなくても敵国なんて滅ぼせる』

「ん……? そんな威力は出せない」

 キョトンとするシューニャに、今度は僕が首を傾げる。
 雷という以上は高電圧高電流の紫電、そんなイメージだと伝えればシューニャはブンブンと首を横に振った。

「空から落ちてくる雷とは違う。魔法では大人1人が痺れる程度で、飛距離も大したことがないと聞く」

『痺れる、か』

 雷とシューニャは言ったが、電気が発見されていない世界で説明する言葉がそれしかなかったようだ。能力を下方修正してみれば、ないよりは強いが大軍を補強するような力ではないらしいことがハッキリした。
 痺れさせるというのはスタンガンのように使えば敵を無力化するのには有効だろうし、金属製の武器や鎧に帯電させておけるならば防御にも攻撃にもそれなりに効果を発揮しそうにも思える。
 とはいえミクスチャやマキナと戦うにはやはり威力不足であり、シューニャは扱いが難しいと表情を曇らせた。

「魔法は不安定。熟練した使い手なら連続して発現できても、普通は体への負担が非常に大きく割に合わないと聞く。ただ努力で身につくものではないから神秘と呼ばれるし、様々な触媒を用いたりして能力を補助する実験をしている」

『それはこの間使われた液体みたいなものかい?』

「アクア・アーデンは炎の魔法を補強する触媒として開発された燃える水。曰く、お酒から作るらしい」

『アルコールだ。それが飛び散ったから木壁を燃やすほどの威力にならなかったのか』

 先の橋での戦いで何らかの焼夷剤の種類に僕は納得した。
 最初こそ火炎が見えたののすぐに小さくなり、戦闘終了時には完全に鎮火するなど焼夷兵器としての威力不足を感じたのだ。

「知ってるの?」

『ああ。ただ兵器化するなら、重油とかナフサを使った方が有効だろうけど』

 アルコールよりも使い勝手の良い焼夷剤は少なくない。問題は石油の精製技術や、そも油田が見つからないことだろう。
 そんなどうでもいいことを考えていると、物凄い勢いでシューニャが迫ってきた。

「キョウイチ、今とんでもないことを言ってる」

『い、いや、何でもないんだ。こんなこと知っても何にもならない――』

「私は知りたい。さっき言ったジュウユ? とかについて詳しく教えて」

 しまったと思っても後の祭りだ。
 触媒には特に関心が強かったのか、引き攣った笑いでやり過ごそうとするも、詳しくと何度も繰り返され、やがて根負けした。

『油だよ油。地下に埋まっている物で、エーテル機関が発明されるまでは人類を支えた重要な燃料だ』

「ということは、今もどこかにあるということ?」

『探しようもないけどね。あと湧き出てきた物を君の言う、アクア・アーデンのように精製しないといけないから、高度な技術が求められると思うよ』

 高度な技術という部分を僕はとても強調した。
 するとシューニャも文明レベルの差に思い至ったようで、瞳を閉じて眉をハの字に曲げる。

「課題が多い、ということ?」

『そうなるね。文明の持つ技術力を上げないことにはなんとも』

「……残念」

 彼女は何かを期待していたらしく、あからさまに凹んだ様子で退いた。
 その姿はやけに同情を誘うものであったため、僕はまたゆっくりと歩きながら炎の魔法を用いる方法へ思考を巡らせはじめる。

――火炎が如何に小さくとも威力を発揮できるとすれば、起爆か?

『魔法の命中精度ってどのくらいなんだろう』

「文献を読んだ限りは、目に見える範囲ならかなり正確に当てられるらしい。」

 ふむ、と僕は頷く。
 打ちっぱなし機能のない誘導弾のような性能だと仮定すれば、飛翔速度や射程距離次第では曵火射撃エアバーストに使えないかと考えた。
 例えば黒色火薬爆弾をカタパルトで発射し、密集した敵の頭上で爆発させられればどうか。
 その想像に、僕はゾッとした。

『いや、これは駄目だ』
 
 黒色火薬など太古も太古、化石級の産物である。
 しかし爆薬としての威力は必要十分であり、そこに釘やら鉄片を詰め込んでキャニスター弾のようにすれば、対人威力はすさまじい物となるだろう。
 無論現代の技術では命中精度には難がある。しかし複雑な起爆装置なしに実現できてしまうなら、現代の戦争を大きく変えてしまう可能性さえあった。
 慌てて口を噤んだ僕に、シューニャは視線を集中してくる。

「キョウイチ、途中まで言いかけて止めるのは卑怯。何か思いあたることがあるなら教えて」

『そう言われても――これは影響が大きすぎる』

 現代の戦争形態は不明だが、アポロニアが会戦と言っていたことから想像されるのは集団戦だ。その頭上で爆弾が炸裂すればどうなるかなど、語るまでもないことだろう。
 その危険性の高さから、僕はマキナのモニター越しだというのに顔を背けてしまい、シューニャはそれに合わせてこちらの周りをぐるぐる回る。

「それはアクア・アーデンよりも凄い? 炎の魔法があれば何ができるようになる?」

 敵集団を吹き飛ばせますよ、と口にできるはずもない。
 そもそも考えるべきは活用法であり、軍事技術だけに集中する理由もないのだ。
 しかし彼女を納得させられるだけの平和的利用方法など、すぐに思いつくわけもない。
 強くなるエメラルドのような視線の圧力に、このままでは現代に簡易榴弾砲が生み出されてしまう。そう思ったときだ。

『よっしゃ!セキュリティゲートのクラッキングに成功した!』

 鳴り響いた無線機からの声に、僕は救われたのである。

『おお! 厳重だっただろうに、情報戦もできるとは流石だよ』

 産廃な自分の脳と違って、入っているかどうかさえも曖昧なダマルの頭脳に驚かされる。
 規模にもよるが軍事施設の防護シェルターとなれば、セキュリティレベルは決して悪くないはず。それをいとも容易く解除して見せた骸骨に、僕は心からの称賛を送った。
 無論、その内容は自分の窮地を救ってくれたことに対してだったが。

『いやぁ、なんかパスワードがどうとか言いやがったから、企業連合総長のIDをぶち込んでやったぜ!』

 褒められて口の軽くなったダマルは、自信満々に盗賊行為を発表する。
 その肩透かしに、僕は危うく膝から崩れそうになった。

『とんでもない押し込み強盗が居たもんだなぁ』

『カッカッカ! 俺ってば有能だからよ!』

 骨を鳴らして骸骨は笑う。
 流石に国家最高責任者のパスコードであれば、軍施設の扉が開かないはずもない。
 むしろそれが簡単に盗み出せる状態だった生命保管システムの方が、よほど問題であろう。
 そして間もなくカマボコ状の建物から警報音が鳴り響き、耳慣れない警報音にシューニャがその場で翡翠に飛びついた。

「きょ、キョウイチ? 何が起きたの!?」

『大丈夫、ダマルが仕事をしただけだよ。玉匣に戻ろう』

「まさか、本当に開いたの?」

『嘘ついてどうするんだい。アポロ、ファティを連れて戻ってくれ』

『こっちまで聞こえてたッスから、今戻ってるッス』

 通信機からアポロニアの返事を確認し、こちらも急ぎ玉匣へと帰還する。
 その中で僕は1人、現代に榴弾砲が生み出されることが有耶無耶の内に回避できたと、胸を撫でおろしていた。
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