悠久の機甲歩兵

竹氏

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現代との接触

第47話 バッジの価値

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「このクソババア……」

 最初にグランマと相対した応接用の天幕で、僕はがっくりと項垂れていた。

「なぁんだい、感謝してくれてもいいんだよボウヤ?」

 どの口がと言いたかったが、不平不満をぶつけたところで自分に与えられた不釣り合いな称号は最早覆らない。
 話を進めてくれと僕がシューニャに促せば、彼女は小さくため息をつきながらも、グランマへ羊皮紙の依頼書を差し出した。

「依頼達成報告の受領をお願いする。銀貨200枚と撃破報酬で銀貨200枚相当の宝石を頂きたい」

「わかっているよ。おい、マルコ」

「ハッ」

 マルコは呼ばれると同時に、グランマの手に2つの袋を手渡した。所謂金貨袋という奴だろうが、膨れ上がったそれを見れば凄まじい価値があることは誰にでも理解できる。
 机に置かれたそれは金属音と共に口を僅かに開き、眩いばかりに銀色の反射光を照らし出した。
 ファティマがおぉ、と声を上げ、流石のシューニャもごくりと生唾を飲み下す。

「銀貨はこれで200枚、宝石は大体の額だが200枚以上の価値はあるよ。こんなモノだけどね」

 そう言ってグランマが取り出した宝石というのは、緑、黄、紫色の計3種のものだ。大きさはさほどでもないが美しいカットが施されており、それが高価なものであることくらい素人目にも理解できる。
 その価値をシューニャのは真剣な表情で睨み、やがてふぅと小さく息をついた。

「緑の物がエメラルド、黄色いのはロックピラーで産出されるヘリオドール。最後のは色が少し薄いけれどカイヤナイト。合っている?」

 どれも美しい宝石だが、エメラルド以外に聞き覚えがない僕はへぇと生返事しかできない。
 なんとなく宝飾品になんて興味がなさそうな2人だというのに、女性というのは奥が深いらしい。装飾など気にしないだろうと思っていたファティマも、ヘリオドールと呼ばれた宝石に見入っていたので、どうやら気に入ったらしい。
 シューニャの予想にグランマは大仰に頷いて見せた。

「流石はブレインワーカー、いや司書と呼ぶべきか。納得がいかないなら変えてもいいが、どうする?」

「これで構わない。銀貨200枚以上の価値だという言葉に、嘘がないことは理解できた」

 素直に宝石と銀貨を受け取って、シューニャは引き下がる。
 この報酬支払に関してが円満に進んだことで、僕はようやく肩の荷が下りた思いだった。コレクタユニオンとも、これで関わる必要がなくなったのだと息をつく。

「あとはリベレイタ・ファティマの装備と借金だが――その表情を見るに、流石に気付いたらしいな」

 このあたりの話は本来受付職員とすべき内容であろうが、グランマは敢えて自らその話題へ切り込んだ。

「ええ……本当に雇い主じゃなきゃ、頭に風穴開けてるとこです」

 いつも脇に控えていたマティの姿がないことに少し安堵する。でなければ、自分のこんな獰猛な一面を彼女に見せなければならなかったのだから。
 だが、僅かに声を低くして凄んだこちらにさえ、グランマは特に怯えた様子もなく長パイプに火を灯した。 

「こんなオババに物騒なことを言うもんじゃないよ。で、どうするんだい?」

「バッジを含めて全てお返ししますよ。ファティに必要な物を買い揃えてからですがね」

「コレクタとして働くつもりはない、と?」

 大きく煙を吐くグランマは、こちらへ感情のない目を向ける。
 権力をもつこの老婆に歯向かうことは、誰であってもそう簡単ではない。そんな妖怪であるからこそ、武力と立場を示した自分に首輪をつけられないことも悟ったはずだ。
 おかげで僕は、普段と変わらない調子ではっきりと拒絶を口にした。

「あくまで僕個人としてですが、貴方がたの姿勢には共感しかねる、ということですよ。では返済については後程改めて――」

「待ちな」

 善は急げとばかりに立ち上がろうとした僕を、グランマは鋭く呼び止める。

「聞いておきたいことと言っておきたいことが残ってる。マルコ、人払いを」

 個室天幕の入口に布が降ろされ、周囲から人の気配が消えていく。その慌ただしい様子に、僕も浮かせかけた腰を椅子へ戻した。
 グランマは長パイプで机を叩きながら、またも大きくため息をつく。

「急ぐ理由は帝国軍だろう。お前たちがバックサイドサークルの寄生虫どもをやったのは知っているからね。行く先はユライアか?」

 この言葉に僕は身体を緊張させた。
 だが、敢えて人払いをしてからこの話を切り出した以上、グランマが帝国軍と繋がっているわけではないのだろうと判断し、浅く首を縦に振る。
 すると老婆は想像通りだと言わんばかりに煙を吹くと、長パイプの先を僕の眉間に突き付けた。

「それならバッジを外すんじゃないよ。組織コレクタであるなら、後ろにコレクタユニオンがついてることになる。そうすりゃ連中も簡単に手出しできないはずさ」

「しかしそれでは――」

「まぁ聞きな。あんたたちと交戦した部隊の生き残り、セクストンがフォート・サザーランドへ向かってから3日は経つ。早ければ今晩にも第三軍団の部隊がここに押し寄せてくるだろう」

 グランマはどうする?と言いたげにパイプで机を叩く。
 目撃者は消していたはずだが、情報を完全に遮断するには至らなかったらしい。特に副官級の人物を討ち漏らしたのは大きく僕は舌打ちした。

「出発を急ぎます。軍と正面からことを構えたくない」

「鋼のウォーワゴンがあっても、いやリビングメイルを飼いならしていてもかい?」

 グランマの言葉に自分の手がホルスターに伸びた。顔には出さないように心掛けたが、背中を冷たい汗が伝う感覚に筋肉が強張る。
 ここでこの老婆を殺しても口封じにはならないだろう。だが、この老婆に情報を握られるのは危険な気がした。

「何のお話ですか?」

「隠す必要はないよ、必要な事は知っている。だからこそ、何故戦おうとしない?」

 自然とため息が出る。最早ここでの隠し事に意味はないらしい。
 そしてグランマを消すことによる不利益を考えれば、結局僕は肯定する以外の選択肢を持たなかった。

「逃げられる戦いからは逃げますよ。こちらの戦力は無尽蔵ではないし、仲間をわざわざ危険に晒したくはない」

「甘いな小僧。帝国はテイムドメイル獲得に躍起になっているんだ。それがバックサイドサークルに居て、これから東へ進むとなれば……お前ならどうする?」

 グランマは笑いながら、長パイプの灰を床に落とす。
 ユライア王国とカサドール帝国は絶賛戦争中。そんな中、ようやく見つけた大戦力が敵国へ流れ出ようとすればどうなるか。いかに自分の想像力が貧相でも、その答えを出すのは容易だった。
 帝国軍は意地でも、確保か破壊かを目指してくる。

「シューニャ、逃げ切れる公算はあるかい」

「重装騎兵主体なら行軍速度は遅い。けれど、第三軍団は軽騎兵百卒隊を複数抱えているから、少数部隊で追撃されれば小競り合いは避けられない」

「ならば将をピンポイントで潰して敵を壊乱――いや」 

 細められたグランマの目を見たとき、僕は老婆の思惑が透けて見えるようだった。
 バッジを外すなという言葉の意味。そしてこちらが戦う意志を持ちたがらないことまで計算に入れて、この妖怪は半日としない内に策を練って見せたのだ。

「まさか、ここで足止めするつもりか」

「やはりお前はただの放浪者というには頭が切れすぎるな」

 ヒヒヒと胡乱な魔女のように悪い笑顔を浮かべる老婆。その皺だらけの親指が僕の胸元を指し示す。

「お前は我々が認めたコレクタリーダーだ。それも困難を極めた依頼を完遂した英雄だよ。口実としては十分さ」

 頬を冷や汗が伝う。グランマの掌で踊らされる恐怖もさることながら、敵とならなかったことに僅かに安堵を覚えた自分が嫌になった。
 グランマはバックサイドサークルに帝国軍を誘い込んだ上で、将をこの場所に縛り付けるつもりだ。兵卒は将の指示なくして動けるものではない。
 だがそれはつまり、この場所が戦火に呑まれることを意味していた。

「まさか、帝国軍とやりあうつもりですか?」

「ハッ! 連中だって馬鹿じゃないさ。お前だけが敵なら無茶を通してくるだろうが、その背後にコレクタユニオンがついてるとなれば簡単に手出しはできないよ」

 無血で物事を進められるとグランマは言い切った。
 箱は開いてみないと中身を理解することはできないが、中身を予想することは誰にでもできる。それも箱に関わりのある人物であれば信憑性は高い。

「なら、その対価はなんです? 僕はそちらの手駒になることを拒否しているというのに」

 無償で物事は動かない。拳が汗ばむのを覚えながらも、僕はそれを問うた。
 だが、グランマはひらひらと手を振って見せる。そんなものは既に受け取っているとでも言いたげな様子に、僕は阿呆面を晒していただろう。

「お前は頭が切れるが、そのせいで他人を信用しないな。用心の深さは感心すべきところだが、何事も過ぎれば毒だ。今みたいな相互利益がある場合にはなおのことさ」

「相互利益?」

「これは部外秘だよ……あたしはこの頃の帝国は妙だと踏んでるのさ」

 老婆は渋い面を晒す。憂いていると言ってもいい。
 長パイプから立ち上る紫煙越しに、どこか遠くを見る目をしたグランマは声を潜めて語った。

「帝国は数年前からテイムドメイルを持たない。だというのに神国と王国の2国相手に戦争を続けている。帝国軍は野戦をしては一進一退。これじゃ戦力を磨り潰してるようにしか見えないんだよねぇ? 目指す先はどこなんだか」

 そう言われると成程と思ってしまうくらいには不自然な状況だった。
 戦争は無限に資源を喰らう魔物だ。長引けば長引くほどに何もかもを食いつぶしていく。庶民の生活はズタズタになり文化が色を失い、最終的に為政者自身の首さえも締め付ける。
 そんなリスクを冒してまで帝国が戦い続ける意味とはなにか。社会情勢に疎い僕は思い当たる節がないと首を振った。
 逆にグランマはそれでいいと小さく頷く。

「わからない、が今のところ正解だ。今回のミクスチャ騒ぎにしてもそうだが、国が滅ぼされかねないって状況で帝国軍は一切動かなかった」

 どう思う、と問うグランマに対し、シューニャが小さく手を挙げる。

「ミクスチャの出現を知らなかった可能性は?」

「それはない。なんたってその情報提供者は帝国枢密院なんだからね」

「はぁ?」

 これには僕も声が出た。
 帝国軍を動かさずにコレクタユニオンに駆除依頼を持ちかける。それは戦う力が自分たちに無いと公言するも同然の行為だろう。
 依頼を如何に極秘としたところで、国家に帰属しないコレクタユニオンという組織に弱みを見せるというのは、体面を気にする国家としてはあまりに不自然な行動である。
 それもコレクタユニオンが単独でミクスチャを撃破できる可能性となれば、より一層小さくなる。群体ミクスチャの通常体1匹を相手にするだけで、どれほどの被害がでるかわかったものではないのだ。
 であれば枢密院とやらがコレクタユニオンに情報を流した理由は、殲滅の他にあると考えるのが妥当だろう。それが手のつけようがないポンコツ集団でなければ、の話だが。

「枢密院が何を考えているかはわからない。ただ、お前たちがミクスチャを撃破したことで大きく揺さぶられたのは間違いないだろう。あたしは連中の目的を見極めたいのさ」

「それが相互利益ということですか」

「そこまでわかったならもういいね? そいつを失くさず、さっさとユライアに向かいな。アンタたちがここに残ってちゃ全部が水の泡になりかねないんだよ」

 話は終わったとばかりにグランマは手を振り、僕らはそれに応じる形で速やかに天幕を後にする。
 結局バッジを突き返すことができず、僕はその鈍色の金属を嫌々ながらポケットに押し戻した。
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