悠久の機甲歩兵

竹氏

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現代との接触

第44話 寝台デブリーフィング

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「キョウ……イチ? わかる?」

「あぁ、わかるよ。心配、かけたみたいだね」

 くしゃりと歪む彼女の表情に、掻き抱かれていた手を握り返す。
 すると感極まった様子で、シューニャは僕の胸に顔を埋めた。しゃくりあげる嗚咽が自分が酷くやられた上で、まだ生きていることを教えてくれる。体に予期せぬ痛みも走ったが、せめて泣く彼女の前で痛みを現さないようにと耐えた。

「ごめんよ」

 顎を引けば見える金色の旋毛にそっと掌を滑らせれば、彼女はぐりぐりと頭を振り、違う、と言って謝罪を拒んだが、その理由は咽ぶ声に阻まれて続かない。
 困惑する僕の額に、また別の水滴が落ちた。

「おにーさん」

 鼻をすする音に視線を上げれば、涙を溢れさせるファティマが、横向きに頭を突き出していた。その様子から、自分はどうやら玉匣の寝台に寝かされているらしい。
 少し見上げるように視線を合わせれば、彼女は頭を僕の顔に軽く当て、頬や額をぐりぐりとこすりつけながら震える声を出した。

「おにーさん、よかったです……よかった」

 結構な力でそれをやられるものだから、僕は申し訳ないと思いながらも苦笑してしまう。
 頭の上ではおにーさんと繰り返すファティマに、胸の上には未だすすり泣くシューニャだ。これでは体を動かすこともままならない。何なら視界もほとんどが、オレンジ色の髪の毛と時折見えるファティマの肌だけに遮られている。
 だが、これは甘んじて受け止めるべきものだ。こうして悲しんで、あるいは怒ってくれる仲間が無事で居てくれたことこそ、何にも代えがたいことなのだから。

「起きたか自殺志願者。これで色々文句も言えるなぁオイ」

 視界の外から響くカラカラという骨の音。いつも通りに棘を持たせた小言に、僕はまた苦笑いを返す。
 できればお手柔らかに、と言いたいが、今回ばかりはそうもいかないだろう。
 ようやく戻ってきた記憶では、翡翠の損害は小さくない。最低でもアクチュエータの破損と装甲に損傷があったはず。
 その上、誘導弾は撃ち尽くし突撃銃も残弾僅か。携帯式電磁加速砲は銃身加熱を引き起こした上で弾切れし、狙撃銃に至っては飴細工だ。
 予想通り、全力出撃1回分で弾薬はほぼ底をついたと言っていいだろう。戦力分析の代償にはやや大きすぎる出費となってしまった。
 ダマルが来てくれたことで、シューニャとファティマはぐすぐす鼻を鳴らしながらも、身体をそっと持ち上げてくれる。
 視界がひらけると、骨とその隣に立つアポロニアの姿が目に入った。
 カルシウムの塊であろう髑髏からは相変わらず表情が読みとれないが、自分を見下ろす暗い眼孔は、呆れているようにも、安堵しているようにも見える。

「気分は良さそうだな。調子はどうだ?」

「さて……どうかな」

 ファティマに支えられながら身体を起こしてみると、あちこちの筋肉に鈍痛が走ったものの、動けないほどの物ではない。
 続いてシーツを払って身体を見れば、衝撃による痣はあったが外傷らしきものは見られなかった。なんなら800年前に負った古傷もそのままだ。

「――よし、戦況と現状の説明を頼めるかい」

「大丈夫なんだな?」

 念を押すダマルに頷くと、ハァやれやれとダマルは対面の寝台へ腰を下ろした。

「お前がで下準備を整えてから串料理にした奴を最後に、ミクスチャは無事殲滅完了だ。今はあのコマンダーとやらの死体を引き摺りながら、バックサイドサークルに帰還中。他に聞きたいことはあるか?」

「僕はどれくらい意識を失っていた? それとこっちの損害は?」

「丸1日ってとこだな。んで損害だが、玉匣は左13番の装甲がひしゃげたくらいだ。こいつは予備もあって交換できるから問題ねぇ。お前が捨てた武器も回収しておいたが、まぁこりゃほとんどスクラップだわな」

「それは?」

「狙撃銃は完全に鉄屑で、電磁加速砲は銃身の交換が必須、ミサイルランチャーは弾切れってだけだ」

 ダマルは電子タバコを咥え、蒸気を吐く。
 直撃を避けたアポロニアが、臭いッス、とそれを横から奪ったが、ダマルは格好をつけたままで居たいらしく、彼女を一切無視して続けた。

「最後に翡翠だが、装甲は自己修復範囲だが胸部だけは要交換だ。これもモジュールの予備があるからいいが、右腕のアクチュエータだけはダメだ。応急処置しかできねえ」

「すまない」

「カッ、何言ってやがる。あそこまで派手な戦闘してこれで済んだならマシな方だぜ。第一、最大の被害はお前自身と、娘どものメンタルだろうが」

 そう言われてはぐうの音もでなかった。
 未だに鼻を啜りながら赤い目を擦っているシューニャ達の姿に、凄まじい罪悪感が込み上げてくる。

「そうかも、しれないな」

「いいか、よく覚えとけ。俺ぁ武器や道具なら、継ぎ接ぎだらけにでも無理やり修理してやれる。だが、生物はどうあがいても修理できねぇぞ」

 ダマルはそう言い捨てて、運転席へと戻っていく。
 一昼夜意識を失っていただけならば、リミッター解除状態の戦闘機動後としては今までの経験上短い方である。
 しかしそれは、パイロットスーツによる身体能力の補正と、野戦病院とはいえ医療が整った状態があってのことだ。
 時間にしてみれば、5分前後のリミッター解除。それだけで僕の身体は、全身を軋ませるほどにボロボロだった。
 手を握って開くだけで前腕がジリジリと痛む。経験上、これくらいのダメージなら、体を休めていればそう時間もかからず動けるようになるだろうが、痛みとは暫く付き合う必要がありそうだった。
 身体の各部を軽く動かして、その度に痛みを感じながら一通り繋がっていることを確認。全身の感覚もきちんとあったので、僕はやれやれとため息をつく。

「はて……そういえば誰が手当を?」

 下着姿で包帯を巻かれているため、誰かがやってくれたのは間違いない。
 だが、ぐるり視線を回すとシューニャはツンと目を閉じ、ファティマは赤らんだ頬に手を当てて顔を背ける。唯一アポロニアだけは照れ臭そうに頭を掻きながらも、あぁ、と声を出した。

「ご主人ってそのぉ、結構着痩せする、タイプッスよ、ね?」

 驚くほどズレた発言に、思わず寝台から転げ落ちかけた。
 挙句、それで何を吹っ切ったのか、速射砲のように言葉の雨が襲い掛かってくる。

「今までひょろっとしてて細長いだけだとばっかり思ってたッスよ。それが脱がしてみれば、こうなんていうッスか? 結構筋肉もあるしシャープな体格ってだけで、細身な男性ってのも魅力的っていうッスか、自分を律して鍛錬してる姿とか想像できちゃってそれはそれでグッと来るって感じッスよ。それに背中にある傷とかも見てたらこう悪くないなぁなんて――ねぇ猫?」

「なんでボクに振るんですか」

 息を切らせる勢いで喋った挙句、ファティマへその続きをどうぞとばかりに話題を投げつけるアポロニア。これには流石のファティマもシャーと声を上げた。
 アポロニアが治療作業に関わってくれたことはわかったが、別に僕は見た目の感想を求めたわけではない。だというのに、あろうことか犬娘は煽ってかかる。

「ありゃあ? 何か恥ずかしがってんスかぁ? 初心子猫ちゃーん?」

「む、むむぅぅぅ……べ、別に恥ずかしくなんてありませんから!」

 大きく首を横に振ってから、ついでに両手に拳を作って気合を入れるファティマ。

「その……温かかった、です」

「そ、そうかい。いや、そうじゃなくて」

 時折思うが、キメラリア獣ズの耳は人間より聞こえているのに、大切な部分を自動スルーする機構でも備わっているのか。
 ファティマはそれだけ言うと、そっぽを向いて口を噤んだので、それ以上掘り返そうとは思えなかったが。
 そんな彼女を半目で見ながらニヤニヤとしているアポロニアは、止める間もなくシューニャに矛先を向ける。

「ほら、最後ッスよ?」

 全員分やらねば気が済まないとでも言いたげな彼女に、物理的に痛む胸にため息を吐きながら、これは少し教育的指導が必要かと思った。

「アポロ、いい加減に」

「外傷なし、打ち身と痣、外見からも触れた感じからも骨に異常はなかった。それ以外の見えない部分は、私では判断できない」

 シューニャは僕の言葉を遮って、容態をわかる範囲で端的に告げる。これには自分もアポロニアもポカンとしてしまったが、ファティマがまごついてる間に思考が纏まったのだろう。いつも通りの澄まし顔で、それだけ、と告げた。
 さっきまでの涙のせいで目元は腫れているが、いつもの彼女らしいのが素直に嬉しい。

「内臓もきっと大丈夫だと思うよ。飯でも食ってみれば証明できるだろう」

「ん、食事ができるならそんなに心配いらない」

 こういう報告を求めていたのだと、実に的確な彼女の言葉に安心した。
 ならば看病もしてくれていたのだろう。最初の疑問に立ち返って、いつも通りに聞いてみる。

「触診までしてくれたということは、シューニャが僕を看病してくれたのかい?」

「ッ! み、皆でしていた。私だけじゃ……ない」

 彼女の白い頬に赤みが差し、宝石のような瞳が揺れる。どうやらこの質問は失敗だったらしく、さっきまで諦め顔をしていたアポロニアが盛り返した。

「代わる代わる美女に看病された気分はどうッスかぁ、ご、しゅ、じぃん?」

 自分で言うか、と思ったが否定するだけの経験もない。
 その上、彼女らの献身的な看病があったことは疑いようもないので、僕は素直に感謝の言葉を口にした。

「素直に嬉しいと思う、ありがとうアポロ」

「ふぇっ!? あ、あぁ、あの……ハイ、どういたしまして……ッス」

 対するアポロニアは、予期せぬ言葉だったらしく飛び上がってわたわたと手を振った。
 否定してほしかったのか、それともふざけてほしかったのか。そのどちらにせよ、堅物気味な自分では対応できない内容だ。もう少しお茶らけた生き方くらいできれば、ここで笑いの一つも取れたかもしれないとは思うが。

「そ、そこまで真っ直ぐ言われると、流石に照れるッスよ」

 満更でもないのか、たははと笑うアポロニアに対して、今まで一方的にやられていた2人から冷たい視線が飛んでいたが、これも見なかったことにしよう。

「皆からの信頼も得られたようで、何よりだよ」

「それは――どうなんッスかね」

 ここへ来てアポロニアは自信なさげに尻尾を丸めたが、最早疑いようはないだろう。
 意識が途絶える寸前だっただろうか、翡翠のモニターに映っていた彼女は玉匣を守るために必死で戦っていた。それは己が命のためでもあろうが、僕らの力となったことも事実だ。

「自動小銃を使ってるのを見た。あれはダマルが?」

「そうッス。なんでもいいから飛び道具って言ったら、適当に使えって」

「そうかい」

 それは緊急対応だったかもしれない。しかし、自分たちの隠し種と言ってもいい銃火器を扱わせるには、相当の信頼が必要だ。背中を預けることなど、並大抵でない。

「経過観察は合格だよ。君はこれから自由の身だ」

「自由……えっと、そりゃどういう意味ッスか?」

「バックサイドサークルで君を解放する、後は好きにしていい。もちろん、僕らの秘密は守ってもらうけど」

 これが最善だろうと口にした僕の言葉に、アポロニアは一瞬呆気にとられ、そして直後に大きな大きなため息をついた。

「あの、ご主人? まさかとは思いますけど、自分のお願いの内容、忘れた訳じゃないッスよね?」

「え? あぁ、そりゃあもちろん覚えてるが」

 恨めしそうな言葉に、何か気に障るようなことでも言ったかと考えた。
 アポロニアの願いというのは、彼女を僕の下働きとして雇ってほしいという、いわば緊急対処的な方便だったはず。
 そう認識していたのだが、アポロニアはすっとぼけたような僕に対し、大きな目を潤ませながら叫んだ。

「じゃあなんで、一緒に来てほしいーとか、雇ってやろうーとか、そういう風に言えないッスか!? 今更バックサイドサークルにポイ捨てッスか!? 自分はもう飽きられちゃったッスか!? 遊びだったッスか!?」

「いや、別にそういうわけじゃ――というか、人聞きが悪いね君は」

 女を弄ぶ屑野郎かのような言われように、僕は顔をひきつらせた。
 挙句には何故かシューニャから冷たい目を向けられ、普段はよく何事か言い争っているファティマでさえもちょっと引いている。

「この際ハッキリ言ってほしいッス。自分の処遇は、ご主人の一存で決まるんスから」

 困り果てたような僕の表情に、アポロニアは寝台に手をついて身体を寄せた。
 揺れる豊満な胸に目を奪われかけたので、努めて彼女の唇辺りに視線を固定する。
 
「この先も安全とは限らないが、それでもかい?」

「全部、委ねるッスよ。自分のカードはもう全部切ったんスから」

 どう転んでも後悔しないと、彼女は強い視線でこちらを見つめていた。
 そこまで腹を括られて、誰がそれでもと言えようか。

「わかった。そこまで言うなら、君を受け入れよう。一緒に来てくれるかい?」

「~~~ッ! 了解ッスよ! 炊事洗濯掃除に護衛偵察、なんでも言いつけてほしいッス!」

 パッと咲いた向日葵のような満点の笑顔と千切れんばかりに振られる尻尾に、僕は小さくため息をついた。
 まぁ、誰かが自分のために泣くよりは、自分の判断で誰かが笑ってくれる方がよほどいい。
 それもこの可愛らしい女性が笑うのならば、守るべきものが増えるくらい、なんということもないだろう。
 だが、その本人は、突如何か思い出したように表情をいやらしいものに変え、頬を赤らめながらにんまりと笑って言った。

「あ……ちなみにご主人? 夜のお相手とかも、優しくしてくれるなら考えなくもな――」

「ファティ、ゴー」

「はぶっ!」

 犬耳の付け根あたり。大雑把に言えばアポロニアの側頭部あたりに、シューニャがけしかけた猫の牙が突き刺さる。

「キャーンッ!? 猫、やめッ!! イタタタタ! 刺さってるッス! 刺さってるッス!!」

ほにょめふひぬはこの雌犬はひゅらんはりまへんね油断なりませんね

「か、齧ったまま喋らないでほしいッス! 冗談! 冗談ッスから――アダダダ!?」

 シューニャには猛獣使いとしての資質でもあるのか、アポロニアはあっという間に床へ転がされる。
 カエルが潰されたような声が最後に聞こえたが、見れば体格にもパワーにも勝るファティマがアポロニアの背中に座って自由を奪っていた。
 じゃれあえるくらいなら、仲の悪さを心配することもないと、僕は微笑ましい光景に口角を緩める。

「わ、笑ってないで助けて欲しいッスよ。重いッス……」

「ボクは重くないでしょ」

「へ、へぇ? なんだかんだ言いながら、猫も乙女なんじゃ――うひぃっ!?」

 響き渡る重々しい金属がぶつかる音。
 彼女の横に板剣が落ちたのは、見なかったことにするべきなのだろう。
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