悠久の機甲歩兵

竹氏

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現代との接触

第38話 混合物①

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 過去に何度か報告例があるとシューニャは語った。
 基本的にミクスチャとは単体で出現して猛威を振るうが、稀に多数の同一個体で構成された群れをなすことがあるという。
 単体の能力こそ単独のミクスチャに劣るものの、連携して行動する特性から、数の暴力で対抗する人間にとってはより脅威度が高い存在として認知されているらしい。
 地面を埋め尽くすようなブラッド・バイトの大群が、恐れをなして逃げ出していることを考えれば、納得のいく話だった。
 そしてその目指すべき敵は、確実に接近してきている。判断の猶予はない。
 僕は急ぎ車内へ戻ると、武装の装着を始めた。

「おい恭一、お前まさかこのままやる気か?」

『この状況なら、ブラッド・バイトを攻撃している敵を分断できるかもしれない。今のところ、ミクスチャはこちらに気づいた様子もないし、奇襲するとしたら絶好の機会だ』

 荷物室の中でも最も長い銃身を誇る携帯式電磁加速砲パーソナルレールガンを取り出し、使い捨て式の蓄電池を装填。蓄電池の状態を保存から解放へ切り替える。

「まぁ真正面からやりあうこと思えば、その方が無難か。玉匣も主砲が使えねぇんだし、ブラッド・バイトがこっちを襲ってこねえってんなら安全だぜ」

 ダマルは自動攻撃機能を持たない主砲にため息をつく。
 玉匣の武装は機関銃以外使用できず、ブラッドバイトに弾かれる程度の火力では相手に致命傷を与えることは難しい。加えて非戦闘員のシューニャを乗せている以上、不要な戦闘は避けたいところだった。
 であればやるべきことは、目標を翡翠で排除しつつ玉匣の安全を確保する、という至って単純な物に行きつく。
 
『狙撃で各個撃破して、可能な限り乱戦を避けるよ。どうせ電磁加速砲が効かないようなら手持ちの火力じゃ対応できないし、そうと分かれば逃げるだけだ』

「ま、だろうな。無理だけはするんじゃねぇぞ」

『得もないのに無理をするようなマゾヒズムは、持ち合わせてないよ』

 電磁加速砲に耐熱質量弾を装填すると、発射準備中の文字が眼前に浮かび上がる。
 僕はその長筒を抱え、ハリネズミのように全身に武装を担いだ姿で、車体後部に集まった3人を見た。
 緊張した面持ちのアポロニア、いつも通り力を抜いたままのファティマ、そして不安げな視線を送ってくるシューニャ。
 隊長としての訓示を、と昔上官に言われた時と同じだ。僕は演説じみたことが相当に苦手だった。
 だが彼女たちの顔を見ていると、そんなものと笑いが零れる。
 肩の力を抜いて自然体で、僕はまずファティマに視線を投げた。

『玉匣に何かあれば、君が頼みの綱になる』

「はい、できるだけやってみます」

『いい返事だ。できるだけ手を煩わせないようにはするけど、いざとなったらみんなを頼むよ、

 最後の呼び掛けに、彼女は目を見開いて、ピン、と尻尾を立ち上げた。
 誰かを愛称で呼ぶなんて、部隊の中と学生時代の友人くらいだったが、シューニャを真似してそう呼ぶことにしたのだ。
 それが嬉しかったのか、ふにゃりと表情を緩めてファティマは笑う。

「ボクも全力で頑張りますから、おにーさんも気を付けてくださいね」

『ああ』

 僕がファティマの前に金属の手を差し出せば、彼女は目を細めてそれに頭を擦りつけた。
 続いてアポロニアに向き直る。
 すると最初は緊張していたように見えた犬娘も、先のやり取りで馬鹿馬鹿しくなったのか、苦笑いを浮かべていた。

『アポロニアはダマルの指示に従って警戒をしていてくれ。一応武装は渡しておくから、いざという時にはファティを援護してほしい』

「いいんスか? 武器なんて」

 化物相手の自衛武器としてはあまりにも貧弱で、ただの気休めに過ぎないバヨネットを渡されて、彼女は困ったように眉を寄せる。

『お守りだよ。信用の前借だと思ってくれ』

「うぁー……そう言われると逆に困るッスね。じゃあ借用ついでに、1つだけ我儘いいッスか?」


 左手で頬を掻いて1歩前に出たアポロニアは、くるりとした愛らしい上目遣いをこちらに向けた。

『叶えられることならだが……言ってごらん』

「じ、自分もアポロって呼んでほしいッス」

 一瞬の沈黙。
 こんなことをしている暇はないことくらいわかっていたはずなのに、僕は硬直してしまっていた。まるで初陣で前線に放り込まれた新兵のようだと思う。

「――ダメッスか?」

 彼女は経過観察といいつつ何かと関りを持ちすぎている。そんな状況で、どこの世界にこんな頼み方をされてダメだと言える男が居ようか。
 僕は大きく肺の中から空気を吐き出し、気恥ずかしさを隠すためにヘッドユニットを明後日の方向へ向けた。

『よろしく頼む、アポロ』

「は、はい! 了解ッスよ、ごっしゅじん!」

 その場で小さく跳ねてガッツポーズを見せるアポロニアに、何故こんな気恥ずかしいことをさせられているのかと思う。しかし、よく考えればファティマに愛称を与えたのが自分であり、それに感化されたと言われれば紛れもなく元凶は自分だろう。
 開戦前の興奮というのは怖いもので、こういう訳の分からないテンションは、終わった後に問題になったりもする。気を引き締めろと僕は奥歯を噛み締めながら、シューニャを見た。
 彼女は相変わらず不安が拭えない表情で僕に視線を投げる。

『君の知恵を貸してほしい』

「ん」

 実質の司令塔はダマルになるが、彼だけでは現代の敵に対する知識が不足だ。であればこそ、彼女の頭脳は大きな戦力となる。

『通信は繋がっているから僕の状況は伝えるし、気づいたことはなんでも言ってほしい』

 無言でシューニャは頷く。
 これで出撃に問題はない。あとは行くのみ、といつも通り、戦場に立つ方に意識をスイッチしようとして、

「帰って、くる?」

 シューニャの言葉に、僕は固まった。
 不安に揺れる彼女の瞳が、じっとこちらを捉えていたのだ。
 明日があるかもわからない兵士の約束事に何の意味があるのかと、ずっとそう思ってきた。
 だが、それが少しでも不安を拭い去り、少女の顔に小さな笑みを浮かべてくれるのならば、無価値などと誰が言えるのだろう。

『約束するよ。皆でバックサイドサークルに帰ろう』

「待ってる」

 少しだけ和らいだ彼女の表情に背を向け、僕は足に力を込める。

『行ってくるよ』

「おう、戦果を頼むぜ!」

 ダマルの声を背に、僕は玉匣の後部ハッチを飛び出した。
 送られてくるレーダーの情報を頼りに、明らかにさっきよりも分散しているミクスチャらしき大群へと近づいていく。
 群れの後方が食い破られたブラッド・バイトは統率を失ってバラバラに動き出しており、それに合わせてミクスチャも分散しながら追跡を続けている様子だ。
 僕は東へ分断された群れを追う一団へと接近した。時折破れかぶれで反撃するブラッド・バイトを相手取っているのか、やや速度が遅い。
 岩陰に身を隠しつつ、長距離スコープ越しに状況を覗き見る。
 それは奇妙な生物、いや、生物と呼称していいのかがわからない化物の群れだった。
 4本の脚で地面を歩き、その上に不自然に乗っかったような胴体からは8本の腕が生え、頭らしきものはみえないのに足と胴体のつなぎ目には、尖った牙を持つ大きな口が開いている。
 赤紫色の体色で、大きさはサラブレッドほど。それが自身より圧倒的に巨大なブラッド・バイトを軽々しく持ち上げ、8本の腕で軽々しく引き裂いて見せた。

『目も、鼻も、耳もない異形……ね』

 逃げ切れないことを悟ったらしいブラッド・バイトの1匹が反撃に打って出る。
 巨体を誇るブラッドバイトが大顎を開けば、ミクスチャには大きな牙に貫かれ串刺しの上で押しつぶされる未来しか待っていないはずだった。
 だが、その大顎から真っ赤な血が吹き上がって予想はすぐに覆される。
 ミクスチャはカバの頭蓋骨を容易く突き破ると、飛び散る脳漿《のうしょう》を浴びながら、早くも次のターゲットへと移動を開始していくではないか。
 目的は捕食以上に虐殺。淡々と目標を駆逐していく姿は生物というよりも、殺戮マシンとでも呼ぶべきだろう。

『何でできてれば、骨を貫けるんだろうねぇ』

『カバの一撃に耐えるってことは、外的な圧力には極端に耐性があると見て間違いねぇだろうな。ガチのバケモンだぜ』

 外殻があるようには見えない割に堅牢であり、かつブラッド・バイトに追いつく瞬足。それが集団で襲い掛かってくることを考えれば、国家が滅ぶのも納得だ。
 パセタを滅ぼしたが熱にも圧力にも耐えたというのも、間違いではないのだろう。
 僕は岩陰から、携帯式電磁加速砲の長銃身を突き出した。
 電磁の力で物体を超音速にまで加速するリニアモーターのカタパルト。その摩擦高温に耐えるための耐熱質量弾を腹に抱えて、線路のように突き出した銃身を囲むコイルがアーク放電を飛ばし始める。
 スコープ越しに狙うのは、後方でやや遅れている1体だ。生物としての個体差か、あるいは意図的な殿なのか、群れから外れているソレの胴体をレティクルの中央に合わせた。
 深く息を吸う、ゆっくりと吐く。肩の力を抜いて、人差し指に力を込めた。

『攻撃、開始ッ』

 トリガを引くと同時に、解放された電力がレールの上を迸る。
 形成された磁場に導かれて、耐熱金属の塊が凄まじい速度で撃ち出され、その発射反動で大きく銃身が跳ね上がった。
 衝撃波が地面から砂埃を巻き上げ、その上に使い捨ての蓄電池が音を立てて転がる。
 吸い込まれるように弾丸はミクスチャに着弾し、その強靭と思われた体が弾け飛ぶ。その上貫通した弾丸はそのまま後方の岩を吹き飛ばし、辺り一帯にばらばらと岩の雨を降らせた。

『フッフゥー! 初弾命中! 流石に電磁加速砲の直撃にゃ耐えれねえらしいな!』

『すご、い……』

 手を叩いて喜ぶダマルと、その脇から小さく漏れるシューニャの言葉に、僕は一応安堵の息を吐いた。
 逆にミクスチャは仲間がやられたことに動揺したのか一斉に動きを止めると、僅かな間を置いてから全ての個体が突如として進路を変えて走り出す。

『岩陰に隠れていたのを気づかれたか。凄い探知能力だ』

 その数、およそ15体。群れの全体数から考えれば4分の1以下だが、示し合わせたかのように動き出す姿はあまりに気味が悪い。

『第二射、装填開始』

 新しい蓄電池を叩き込めば直ぐに電磁加速砲の再チャージが始まる。
 威力が高い上に比較的保守性もよいとされていた電磁加速砲だが、唯一にして最大の弱点が電力のチャージに15秒という連射性のなさだ。
 モニターで充電状況を確認しつつ、僕はその場から後退を開始する。
 助走をつけて跳躍。空中でジャンプブースターを吹かして振り返り、そのまま射撃姿勢を取りながら地面を抉って止まり、第二射。
 だが、それは照準を合わせていた1体の後方へ着弾し、衝撃波が周囲の岩や地面を掘り返しただけだった。
 衝撃波に地面を揺さぶられて、至近弾となったミクスチャ数体がバランスを崩して転げたが、直ぐに身体を起こすとまた愚直に追撃を続けてくる。
 まるで機械だと思った。途中にどんな障害があっても、それこそ自己が破壊されるような内容でも、命令が実行されている限り動き続ける。
 そこまで考えて、ふと嫌な予感が脳裏をよぎった。それと同時にレシーバーからダマルの叫び声がこだまする。

『いきなりなんだこりゃ……おい、他のところで遊んでた連中までお前の方に向かってるぞ!』

「分断は失敗かい。面倒だな」

 第三射で先ほど狙っていた1体を撃破するも、距離は確実に詰めてこられている。近接戦にもつれ込むのも時間の問題だろう。
 また距離をとって射撃。群れの後方を進んでいた1体に着弾し、左脚2本が胴体からえぐり取られて絶命する。

『残弾3発。地雷とかあればもう少し楽なんだが……!』

 平地を駆け抜けてはまた振り返り発射。新たに1つ死体が積み上がる。
 レーダー上で増え続ける敵に舌打ちしながら、僕は次弾を装填しつつまた蓄電池を叩き込めば、そこで予期せぬ警告文がモニターに現れた。

『銃身加熱!? 早すぎる!』

『800年前のビンテージもんだぜ、諦めろ! 冷えたってまともに動くかわからねぇ』

 メカニックのやや無責任な言葉に舌打ちしながら、武装を狙撃銃に切り替える。
 今までと同じように後退引き金を引けば、ブラッド・バイトを1撃で吹き飛ばす威力の高速徹甲弾が銃口から撃ち出され、硬質なミクスチャの外皮に風穴を開けていく。
 だがミクスチャは簡単に止まらない。1発受けて腕が吹き飛び、2発目が胴体に風穴を開け、3発目で上半身が消え去ってようやく、砂埃を上げながら地面に転がった。

『5匹目!』

 距離の余裕がなくなり、右手に狙撃銃を持ったまま、左手で突撃銃を連射する。
 今にも飛び掛かろうと接近していた1体は、突然の弾丸の雨に晒されて出鼻を挫かれ、続く徹甲弾の直撃に大量の体液を撒き散らしながら倒れていく。
 突撃銃で牽制しつつ、狙撃銃で撃破すること4体。徐々に狭まる包囲の輪と、確実に合流して増えてくる敵の数。
 ミクスチャは足元に転がる薬莢を踏みつぶしながら、こちらを間合いへと捉えたのである。
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