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現代との接触
第26話 追跡者
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暗闇に閉ざされた荒野を、玉匣はライトもつけずに疾走する。
前後左右に揺れる車内では、ファティマお手製の具沢山スープを零さないように、かつ速やかに食べると言う鬼気迫る食事風景が広がっていた。
ハンドルを握るダマルも、片手で木椀を掴んでそれを口の中へと流し込みながらの運転であり、白い頭骨に輪切りにした根菜がへばりついているような有様だ。
「もー、せっかくボクがちゃんとしたご飯作ったんですから、もうちょっと落ち着いて食べましょーよぉ」
「そうも言ってらんねぇんだよ」
張り切って料理に取り組んだファティマから、このあまりにも慌ただしい夕食は納得がいかないと苦情が出るが、ダマルは一切取り合わず玉匣の速度を上げていく。
高速を維持し続けていることもあって、玉匣から隠していた洞は既に林立する岩壁の向こうに見えなくなっている。しかし、後方がボンヤリ明るくなっていることが見て取れ、追手がかかっていることは今更疑いようもない。
僕やダマルの切迫した雰囲気からか、シューニャは硬い表情を崩さないままで、小さく予想を口にする。
「追手は多分、帝国軍」
「厄介な連中に目ぇつけられたもんだぜ。吹っ飛ばすのは簡単だが、そうなりゃ完全にお尋ね者になっちまう」
熱々のスープをすすりながらダマルは、低い声でカカカッと笑う。
とはいえ、唐突な尾行や追跡部隊の出現を考えれば、既にお尋ね者として扱われているような気もする。その理由は判然としないが、帝国がどこかから掴んだ情報で興味を示したのか、あるいは何かの罪を疑われているのは確かだ。
全装軌車である玉匣の進路は、無限軌道が地面につけた跡で一目瞭然であるため、追跡は驚くほど容易だろう。
ここまで特徴的な痕跡を、訓練された正規軍が見逃してくれるとも思えない。
唯一証拠を消す手段は自然の雨くらいのもので、現状は月明かりを雲が覆い隠してくれているものの、今後直ぐに降雨があるかまではわからない。
「結局逃げて逃げて、逃げきったら勝ちってことかな」
「まぁちんたら歩いて追いかけてくるなら、俺たちの方が断然速いんだ。それも依頼達成を考えれば簡単じゃねぇけどな」
今回の依頼内容と脅威度を聞いたダマルは、マキナを撃破しうる生命体の存在に対して威力偵察が必要という僕の意見に同意してくれた。
カサドール帝国にこのまま居留するつもりのない僕たちとしては、帝国軍から狙われているというのは大問題ではない。
だが、このまま追いかけっこを続けながら依頼を遂行するのは面倒で、加えてバックサイドサークルに戻ってきたところを待ち伏せなどされる可能性も考えれば、何らかの対策を練る必要があった。
しかし考える時間もない内に、警戒音が車内に鳴り響く。
「っとぉ、お客さん反応がいいぜ! レーダーに感、後方に生体反応多数だ」
ダマルの声に火傷しそうになりながらスープを飲み干した僕は、骨の背後から運転席上のモニターを覗き込む。ファティマがせっかく作ってくれた食事をゆっくり味わう暇もないかと、腹の奥では沸々と怒りが沸き上がった。
拡大されたレーダーの映像には、輝く光点の束が後方から高速でこちらへ接近してきているのが見て取れる。僕が怒りをぶつけるべき相手の存在が、確かにそこにあったのだ。
「残念だけど、ちんたら歩きって訳じゃないみたいだね。騎兵かな?」
玉匣の足はいくら速いとは言っても舗装路で時速70kmが限界であり、悪路となれば更に大きく低下する。地の利がある上に瞬間速度に優れる動物騎乗兵相手では、一時的に追いつかれる可能性は非常に高かった。
「持久戦に持ち込めば、こっちの勝ちは揺るがないんだが……」
「そりゃ動物が可哀想だぜ。大体の兵器はエーテル機関で動いてるんだからよ」
ダマルの言うエーテル機関とは、800年前の世界では一般的になっていた半無補給機関のことである。詳しい機構は知らないが、空気中からエーテルというエネルギーを吸収しながら動作しているらしい。
僕の経験上では、少なくとも1週間以上は連続運転が可能だったはずだ。加えて、枯渇しても丸1日補給状態にしておけば運転を再開できたため、動物が玉匣を長期間に渡って追跡するのは至難の業と言える。
とはいえ、今は持久戦ではない。その上、情報の秘匿が必要なこちらとしては、接近されること自体避けなければならないという不利な状況だ。
「相手さんの指揮官、悪くねぇ勘働きしてやがるよなァ。追手をかけるまでの判断が素早いぜ」
面倒なことだと思いながら車両後方へと戻り、僕はシューニャに敵の情報を求めた。
「シューニャ、軍が使っている動物はどういうものかわかるかい?」
あまりに揺れる車内で、熱いスープを飲むのに悪戦苦闘していたシューニャは、はふはふ言いながらもコクコクと頷く。
同時に障害物を踏んだらしい玉匣が揺れたため、スプーンから跳ね上がった汁が彼女の頬を汚した。
「一般的な軍隊、が、使う獣は、熱っ……ほとんどアンヴという草食獣で、っと……強力な個体なら重装兵が騎乗しても、速度を、落とさず走れる」
「あれが全力であってほしいな」
これ以上近づいてこられると情報の隠蔽が難しくなる。そうなれば、戦闘が避けられない。ただでさえ食事を邪魔された僕は、少し腹が立っていると言うのに、まだ追い打ちをかけてくるつもりかと内心毒づいていた。
そしてそれは自分だけではないらしい。
「むー……ボクのスープ」
猫舌らしいファティマは、シューニャのように零しそうになることはなくとも、恨めしそうに湯気の上がる椀を睨んでいた。
往々にして戦場での食事は慌ただしいものだったが、目の前に手料理をしてくれた少女が居ることを思えば、申し訳ない気持ちが溢れてくる。
「悪いなぁ。今度は落ち着いて食べるから、また作ってくれるかい」
「あ……は、はい! ボクのご飯でよければ!」
消沈気味だったファティマの顔がぱっと明るくなったのを見て、僕は彼女の獣耳が生えた頭を軽く撫でた。自身に余裕がないせいで忘れそうになるが、この少女たちはまだ20歳にも満たないのだ。誰かに甘えるくらい、させてやるべきだろう。
それが800年前の常識であり、現代の環境ではおかしいと言われても、それを曲げる気にはならない。また、食事を邪魔してきた連中に対する怒りの念も必然的に膨れ上がっていく。
「砲手につくよ。ちょっと無礼が過ぎる」
車体から1段上がった場所の砲手席に潜り込む僕を、ダマルはチラと一瞥してどういう原理か口笛を吹いた。もしかすると歯の隙間からうまく空気を出せたのかもしれない。
「飯の怒りってのは恐ろしいねぇ、連中が哀れに思えてきたぜ」
「焼夷榴弾の弾薬制限は?」
「できるだけ抑えろよ」
「行進間射撃なのに無茶言うね」
狭い砲手席に腰を下ろした僕は、3面に貼られたモニターから入ってくる情報を確認していく。
砲弾の種類を徹甲榴弾から非装甲目標用の焼夷榴弾に変更。発射方式はセミオート。射撃統制システムは暗視モードの緑色と白で彩られる映像の中から、レーダーと連動して敵性勢力にレティクルを合わせていく。
まだ敵は遠いため、僕は砲手席へシューニャを呼んだ。
「いいかい?」
「んぅ?」
なんとかスープを飲み干したらしい彼女は、車両の揺れが原因で汚れた顔を布切れで拭うと、窮屈な砲手席を後ろから覗き込んだ。
「これも僕らの秘密の1つだよ」
僕の肩越しに見えているであろうモニターは、いつもと違って臨戦態勢に入っているため様々なデータが浮かんでいてゴチャゴチャしている。
シューニャはその中で、自動で入れ替わっていく文字や、車両の状態などを示すアイコンに目を見張っていた。
「これは――もしかして神代文字? こっちの絵は、タマクシゲのように見える」
神代文字とは、また随分御大層な名前が付けられている物だと僕は笑ってしまった。
「説明はちょっと後回しかな。それで、あれがアンヴっていう奴で間違いない?」
「そう、暗いのによく見える」
装填完了の文字が浮かび上がるモニターの向こう、立派な一本角を持つ鹿に似た大型の獣と重装騎兵の姿が徐々に大きくなっている。敵味方識別装置反応がない全ての目標を敵と判定する指示を出せば、レティクルはその全てが赤色に切り替わった。
大鹿は金属の塊のような重装騎兵を背中に乗せたまま、高速で荒野を疾走する。暗闇の悪路さえ、その足を阻むことはできないらしく軽快なステップで凹凸を躱していた。
「ん……キョウイチ? あの鎧がちょっと気になる、飾りがついているような」
背後から伸びてくる手が、中央奥を走る騎兵を指さした。
僕が可能な限りその方向へカメラをズームと、指揮官なのか要人なのか、周囲を他の兵が固めている様子が見て取れる。何より、わかりやすい派手な頭飾りは、自分の記憶にも新しい。
「パレードヘルムの騎士」
「孔雀頭って囮のためだけじゃなかったのかい」
存在を誇示するかのように派手な飾り羽のついた兜の騎士は、昨日の午前中に犯罪者を探す囮になっていた男であろう。
どこであんなチンドン屋に目をつけられたかと思ったが、プロポーズ紛い事件で大量の野次馬が集まったうえ、数時間も経たない内に決闘の告知がバックサイドサークルの中に拡散したとあっては、急に現れた放浪者の情報収集くらいは行うだろう。
『これは俺の予想だけどよ』
無線機越しにダマルが神妙な声を出す。
「多分お前、昨日つけられたんだろ。今朝、近くの川に水汲みに行ったら、妙な足跡があったもんだから警戒はしてたんだがな」
「あんな洞の中じゃレーダーも役に立たないから、僕らが気づくこともなかったって?」
「いいや、原因はむしろお前がブチギレてたからだろ。冷静さってのは重要だぜ?」
そうかもしれない、と自分の行動を省みる。
確かに昨晩はファティマの事もあり、コレクタユニオンに対して不審と憤りを覚えていたのは間違いない。洞に戻った時には冷静だと思っていたが、それはただメッキを施して自分を隠したに過ぎなかったのだろう。内側で煮えたぎっていた感情は感覚を鈍らせたらしい。
「お前を尾行した密偵《覗き魔野郎》は、昨日の時点で上官に報告を上げたんだろうよ。んで、今日もまた同じように気楽に情報収集してたら、俺に見つかって骸骨のオトモダチにされちまったわけだ」
「じゃああのパレードヘルムは、密偵が予定通りに戻ってこないから、わざわざ部隊を率いて出てきたと?」
「単純に考えりゃあな」
仕事が出来る奴なのか肝が小さいだけなのか、判断が難しいところだ。
しかし、騎兵なんて御大層なものを連れて出てきたものだから、こうして追いかけっこを繰り広げることになっている以上、孔雀頭に対する僕の評価は既にただの攻撃目標に過ぎなかったが。
「思い出した。イルバノという騎士」
シューニャは自分の頭をコツコツと叩き、うんと小さく頷く。
インパクトだけならば人一倍の男だが、どうやら先日の騒動で目にした際にも思い出せていなかったらしい。
「知り合い、ってわけじゃないか。何者なんだい?」
「一言で言うなら、ろくでもない小物」
「何をやったらそんな評価に……詳細は?」
「カサドール帝国軍の騎士で百卒長。バックサイドサークルで帝国に対する反乱分子の洗い出しを任務としていたらしい。ただし、いい噂は聞かなかった。ただの市民に罪を着せて、自分の功績にしていたという話もある」
真偽は確かめようもないが仮に噂通りの人物であったなら、シューニャの評価であるろくでもない小物というのは、正鵠を射ているだろう。
別に正義の味方を気取るつもりなどないが、少なくとも襲撃者が善人でなくてよかったとは思う。民衆の多くを敵に回してしまうような事態は大概悪手であり、一時的な雇い主であるコレクタユニオンやバックサイドサークルに迷惑をかけるのも憚られるのだから。
「ありがとうシューニャ。そろそろ始まりそうだし、後ろに戻ってくれるかい?」
発射桿に手をかけ、モニター上で第1目標を指向する。砲塔が旋回し、チェーンガンの砲身が闇の中に迫る敵へと向けられた。
「ここではいけない?」
「狭い上に色々と危ないからね。車体の後ろのモニターと連動させておくから、そっちで見ておいてくれ」
「……わかった」
やや不満そうだったが、短く了解を告げるとシューニャは砲塔から出て行った。
無線を通してダマルが叫ぶ。
『あー畜生、運がねぇなオイ! 雲が切れやがった!』
夜空から突如差し込んだ暗視装置を焼く白い光が、カーキ色に塗られた装甲を闇夜に照らし出す。
モニターはそれを自動で調整し、十字に切られたレティクルは、先頭を走る重装騎兵をしっかりと捕捉し続けている。だが、逆に玉匣の姿も、敵からもハッキリ見えたことだろう。
「ダマル、退き撃ち作戦は中止だ。敵の正面を崩したら、後はマキナで潰す」
『はぁ……こりゃそうなるわな。面倒くせぇ』
「まったくだよ」
僕は小さく肩を竦めてため息をつき、その場で感情のスイッチを切り替えた。
「殲滅戦だ。誰も生かして返さない」
前後左右に揺れる車内では、ファティマお手製の具沢山スープを零さないように、かつ速やかに食べると言う鬼気迫る食事風景が広がっていた。
ハンドルを握るダマルも、片手で木椀を掴んでそれを口の中へと流し込みながらの運転であり、白い頭骨に輪切りにした根菜がへばりついているような有様だ。
「もー、せっかくボクがちゃんとしたご飯作ったんですから、もうちょっと落ち着いて食べましょーよぉ」
「そうも言ってらんねぇんだよ」
張り切って料理に取り組んだファティマから、このあまりにも慌ただしい夕食は納得がいかないと苦情が出るが、ダマルは一切取り合わず玉匣の速度を上げていく。
高速を維持し続けていることもあって、玉匣から隠していた洞は既に林立する岩壁の向こうに見えなくなっている。しかし、後方がボンヤリ明るくなっていることが見て取れ、追手がかかっていることは今更疑いようもない。
僕やダマルの切迫した雰囲気からか、シューニャは硬い表情を崩さないままで、小さく予想を口にする。
「追手は多分、帝国軍」
「厄介な連中に目ぇつけられたもんだぜ。吹っ飛ばすのは簡単だが、そうなりゃ完全にお尋ね者になっちまう」
熱々のスープをすすりながらダマルは、低い声でカカカッと笑う。
とはいえ、唐突な尾行や追跡部隊の出現を考えれば、既にお尋ね者として扱われているような気もする。その理由は判然としないが、帝国がどこかから掴んだ情報で興味を示したのか、あるいは何かの罪を疑われているのは確かだ。
全装軌車である玉匣の進路は、無限軌道が地面につけた跡で一目瞭然であるため、追跡は驚くほど容易だろう。
ここまで特徴的な痕跡を、訓練された正規軍が見逃してくれるとも思えない。
唯一証拠を消す手段は自然の雨くらいのもので、現状は月明かりを雲が覆い隠してくれているものの、今後直ぐに降雨があるかまではわからない。
「結局逃げて逃げて、逃げきったら勝ちってことかな」
「まぁちんたら歩いて追いかけてくるなら、俺たちの方が断然速いんだ。それも依頼達成を考えれば簡単じゃねぇけどな」
今回の依頼内容と脅威度を聞いたダマルは、マキナを撃破しうる生命体の存在に対して威力偵察が必要という僕の意見に同意してくれた。
カサドール帝国にこのまま居留するつもりのない僕たちとしては、帝国軍から狙われているというのは大問題ではない。
だが、このまま追いかけっこを続けながら依頼を遂行するのは面倒で、加えてバックサイドサークルに戻ってきたところを待ち伏せなどされる可能性も考えれば、何らかの対策を練る必要があった。
しかし考える時間もない内に、警戒音が車内に鳴り響く。
「っとぉ、お客さん反応がいいぜ! レーダーに感、後方に生体反応多数だ」
ダマルの声に火傷しそうになりながらスープを飲み干した僕は、骨の背後から運転席上のモニターを覗き込む。ファティマがせっかく作ってくれた食事をゆっくり味わう暇もないかと、腹の奥では沸々と怒りが沸き上がった。
拡大されたレーダーの映像には、輝く光点の束が後方から高速でこちらへ接近してきているのが見て取れる。僕が怒りをぶつけるべき相手の存在が、確かにそこにあったのだ。
「残念だけど、ちんたら歩きって訳じゃないみたいだね。騎兵かな?」
玉匣の足はいくら速いとは言っても舗装路で時速70kmが限界であり、悪路となれば更に大きく低下する。地の利がある上に瞬間速度に優れる動物騎乗兵相手では、一時的に追いつかれる可能性は非常に高かった。
「持久戦に持ち込めば、こっちの勝ちは揺るがないんだが……」
「そりゃ動物が可哀想だぜ。大体の兵器はエーテル機関で動いてるんだからよ」
ダマルの言うエーテル機関とは、800年前の世界では一般的になっていた半無補給機関のことである。詳しい機構は知らないが、空気中からエーテルというエネルギーを吸収しながら動作しているらしい。
僕の経験上では、少なくとも1週間以上は連続運転が可能だったはずだ。加えて、枯渇しても丸1日補給状態にしておけば運転を再開できたため、動物が玉匣を長期間に渡って追跡するのは至難の業と言える。
とはいえ、今は持久戦ではない。その上、情報の秘匿が必要なこちらとしては、接近されること自体避けなければならないという不利な状況だ。
「相手さんの指揮官、悪くねぇ勘働きしてやがるよなァ。追手をかけるまでの判断が素早いぜ」
面倒なことだと思いながら車両後方へと戻り、僕はシューニャに敵の情報を求めた。
「シューニャ、軍が使っている動物はどういうものかわかるかい?」
あまりに揺れる車内で、熱いスープを飲むのに悪戦苦闘していたシューニャは、はふはふ言いながらもコクコクと頷く。
同時に障害物を踏んだらしい玉匣が揺れたため、スプーンから跳ね上がった汁が彼女の頬を汚した。
「一般的な軍隊、が、使う獣は、熱っ……ほとんどアンヴという草食獣で、っと……強力な個体なら重装兵が騎乗しても、速度を、落とさず走れる」
「あれが全力であってほしいな」
これ以上近づいてこられると情報の隠蔽が難しくなる。そうなれば、戦闘が避けられない。ただでさえ食事を邪魔された僕は、少し腹が立っていると言うのに、まだ追い打ちをかけてくるつもりかと内心毒づいていた。
そしてそれは自分だけではないらしい。
「むー……ボクのスープ」
猫舌らしいファティマは、シューニャのように零しそうになることはなくとも、恨めしそうに湯気の上がる椀を睨んでいた。
往々にして戦場での食事は慌ただしいものだったが、目の前に手料理をしてくれた少女が居ることを思えば、申し訳ない気持ちが溢れてくる。
「悪いなぁ。今度は落ち着いて食べるから、また作ってくれるかい」
「あ……は、はい! ボクのご飯でよければ!」
消沈気味だったファティマの顔がぱっと明るくなったのを見て、僕は彼女の獣耳が生えた頭を軽く撫でた。自身に余裕がないせいで忘れそうになるが、この少女たちはまだ20歳にも満たないのだ。誰かに甘えるくらい、させてやるべきだろう。
それが800年前の常識であり、現代の環境ではおかしいと言われても、それを曲げる気にはならない。また、食事を邪魔してきた連中に対する怒りの念も必然的に膨れ上がっていく。
「砲手につくよ。ちょっと無礼が過ぎる」
車体から1段上がった場所の砲手席に潜り込む僕を、ダマルはチラと一瞥してどういう原理か口笛を吹いた。もしかすると歯の隙間からうまく空気を出せたのかもしれない。
「飯の怒りってのは恐ろしいねぇ、連中が哀れに思えてきたぜ」
「焼夷榴弾の弾薬制限は?」
「できるだけ抑えろよ」
「行進間射撃なのに無茶言うね」
狭い砲手席に腰を下ろした僕は、3面に貼られたモニターから入ってくる情報を確認していく。
砲弾の種類を徹甲榴弾から非装甲目標用の焼夷榴弾に変更。発射方式はセミオート。射撃統制システムは暗視モードの緑色と白で彩られる映像の中から、レーダーと連動して敵性勢力にレティクルを合わせていく。
まだ敵は遠いため、僕は砲手席へシューニャを呼んだ。
「いいかい?」
「んぅ?」
なんとかスープを飲み干したらしい彼女は、車両の揺れが原因で汚れた顔を布切れで拭うと、窮屈な砲手席を後ろから覗き込んだ。
「これも僕らの秘密の1つだよ」
僕の肩越しに見えているであろうモニターは、いつもと違って臨戦態勢に入っているため様々なデータが浮かんでいてゴチャゴチャしている。
シューニャはその中で、自動で入れ替わっていく文字や、車両の状態などを示すアイコンに目を見張っていた。
「これは――もしかして神代文字? こっちの絵は、タマクシゲのように見える」
神代文字とは、また随分御大層な名前が付けられている物だと僕は笑ってしまった。
「説明はちょっと後回しかな。それで、あれがアンヴっていう奴で間違いない?」
「そう、暗いのによく見える」
装填完了の文字が浮かび上がるモニターの向こう、立派な一本角を持つ鹿に似た大型の獣と重装騎兵の姿が徐々に大きくなっている。敵味方識別装置反応がない全ての目標を敵と判定する指示を出せば、レティクルはその全てが赤色に切り替わった。
大鹿は金属の塊のような重装騎兵を背中に乗せたまま、高速で荒野を疾走する。暗闇の悪路さえ、その足を阻むことはできないらしく軽快なステップで凹凸を躱していた。
「ん……キョウイチ? あの鎧がちょっと気になる、飾りがついているような」
背後から伸びてくる手が、中央奥を走る騎兵を指さした。
僕が可能な限りその方向へカメラをズームと、指揮官なのか要人なのか、周囲を他の兵が固めている様子が見て取れる。何より、わかりやすい派手な頭飾りは、自分の記憶にも新しい。
「パレードヘルムの騎士」
「孔雀頭って囮のためだけじゃなかったのかい」
存在を誇示するかのように派手な飾り羽のついた兜の騎士は、昨日の午前中に犯罪者を探す囮になっていた男であろう。
どこであんなチンドン屋に目をつけられたかと思ったが、プロポーズ紛い事件で大量の野次馬が集まったうえ、数時間も経たない内に決闘の告知がバックサイドサークルの中に拡散したとあっては、急に現れた放浪者の情報収集くらいは行うだろう。
『これは俺の予想だけどよ』
無線機越しにダマルが神妙な声を出す。
「多分お前、昨日つけられたんだろ。今朝、近くの川に水汲みに行ったら、妙な足跡があったもんだから警戒はしてたんだがな」
「あんな洞の中じゃレーダーも役に立たないから、僕らが気づくこともなかったって?」
「いいや、原因はむしろお前がブチギレてたからだろ。冷静さってのは重要だぜ?」
そうかもしれない、と自分の行動を省みる。
確かに昨晩はファティマの事もあり、コレクタユニオンに対して不審と憤りを覚えていたのは間違いない。洞に戻った時には冷静だと思っていたが、それはただメッキを施して自分を隠したに過ぎなかったのだろう。内側で煮えたぎっていた感情は感覚を鈍らせたらしい。
「お前を尾行した密偵《覗き魔野郎》は、昨日の時点で上官に報告を上げたんだろうよ。んで、今日もまた同じように気楽に情報収集してたら、俺に見つかって骸骨のオトモダチにされちまったわけだ」
「じゃああのパレードヘルムは、密偵が予定通りに戻ってこないから、わざわざ部隊を率いて出てきたと?」
「単純に考えりゃあな」
仕事が出来る奴なのか肝が小さいだけなのか、判断が難しいところだ。
しかし、騎兵なんて御大層なものを連れて出てきたものだから、こうして追いかけっこを繰り広げることになっている以上、孔雀頭に対する僕の評価は既にただの攻撃目標に過ぎなかったが。
「思い出した。イルバノという騎士」
シューニャは自分の頭をコツコツと叩き、うんと小さく頷く。
インパクトだけならば人一倍の男だが、どうやら先日の騒動で目にした際にも思い出せていなかったらしい。
「知り合い、ってわけじゃないか。何者なんだい?」
「一言で言うなら、ろくでもない小物」
「何をやったらそんな評価に……詳細は?」
「カサドール帝国軍の騎士で百卒長。バックサイドサークルで帝国に対する反乱分子の洗い出しを任務としていたらしい。ただし、いい噂は聞かなかった。ただの市民に罪を着せて、自分の功績にしていたという話もある」
真偽は確かめようもないが仮に噂通りの人物であったなら、シューニャの評価であるろくでもない小物というのは、正鵠を射ているだろう。
別に正義の味方を気取るつもりなどないが、少なくとも襲撃者が善人でなくてよかったとは思う。民衆の多くを敵に回してしまうような事態は大概悪手であり、一時的な雇い主であるコレクタユニオンやバックサイドサークルに迷惑をかけるのも憚られるのだから。
「ありがとうシューニャ。そろそろ始まりそうだし、後ろに戻ってくれるかい?」
発射桿に手をかけ、モニター上で第1目標を指向する。砲塔が旋回し、チェーンガンの砲身が闇の中に迫る敵へと向けられた。
「ここではいけない?」
「狭い上に色々と危ないからね。車体の後ろのモニターと連動させておくから、そっちで見ておいてくれ」
「……わかった」
やや不満そうだったが、短く了解を告げるとシューニャは砲塔から出て行った。
無線を通してダマルが叫ぶ。
『あー畜生、運がねぇなオイ! 雲が切れやがった!』
夜空から突如差し込んだ暗視装置を焼く白い光が、カーキ色に塗られた装甲を闇夜に照らし出す。
モニターはそれを自動で調整し、十字に切られたレティクルは、先頭を走る重装騎兵をしっかりと捕捉し続けている。だが、逆に玉匣の姿も、敵からもハッキリ見えたことだろう。
「ダマル、退き撃ち作戦は中止だ。敵の正面を崩したら、後はマキナで潰す」
『はぁ……こりゃそうなるわな。面倒くせぇ』
「まったくだよ」
僕は小さく肩を竦めてため息をつき、その場で感情のスイッチを切り替えた。
「殲滅戦だ。誰も生かして返さない」
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アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
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