悠久の機甲歩兵

竹氏

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現代との接触

第1話 生きた鎧

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 遮る物のない空で星が瞬く夜。乾いた土の地面が凸凹に突き出している荒れ地にぼんやりと光る場所があった。
 町から町へ延びる長い街道のおよそ中間付近にポツネンと置かれた酒場。特に珍しいものでもない。
 砂岩で作られた小さな建物は年季を帯びていて、屋上は天幕が張られた休憩所となっており、ランプが照らし出す店内では背負子しょいこを持った商人と旅人が酒飲み話をしていた。

「なぁ、ここに来る途中で廃墟みたいなのを見たんだがよ。お前、あそこに何があったのか、知ってるか?」

 旅人は使い古された地図を広げると、薄汚れた手で一点を指し示す。
 その地図は大雑把なもので、この小さな酒場は描かれていない。しかし、商人の男はそれにも慣れているらしく、なんだあそこか、と少々勿体ぶりながら呟いた。

「大層な噂を信じるなら、大昔からある建物で、神代に作られたもんだとかなんとか。まぁ、なんにもない場所だけどな」

 商人の言葉を、旅人は興味深げに聞いていた。ロクな娯楽もない場所だからか、どうでもいい話は気楽に弾むものだ。
 そんな中、パラりと天井から砂が落ちたのは、誰かが入口を開けたからだろう。
 彼らと店主、そして2人の用心棒が入口に注目した。
 入ってきたのは男と女。
 丸い顔に不精髭を蓄える男は中肉中背。威嚇的な棘付きの兜を被り、ボロ布に鉄板を縫い付けたような独特の服を纏っていた。
 この世間において、別に珍しい恰好ではない。ただ、悪人面をしたチンピラのような奴が、鈍く光る斬馬刀を抜き身で握っていれば話は別だ
 女の方は細身で、長細い顔に切れ長の目。茨の鞭でも持っていそうな革のボンテージ鎧を身に着け、煙草をくゆらせている。
 そんな2人は悠然と、ただし威圧的に店内を見渡した。

「こぉんな遅くに悪いねぇ、店主」

 悪いなんて欠片も思っていなかっただろう。女は顔に笑みを浮かべながらそう口走る。
 店主は視線を離さぬまま、カウンターの裏に隠してある片手剣へと手を伸ばす。それと同時に用心棒も腰の剣を引き抜いた。

「飯食いに来たって面じゃねぇよな」

「理解が早いじゃないか。賢い男は嫌いじゃないよ?」

「頭の悪い奴に褒められて嬉しいわけないだろ。このまま出ていけば何もしない、帰れ」

「頭が悪いぃ? 誰がさ」

 女は実に楽しそうに挑発的な笑みを深める。

「たった2人で強盗に入ろうなんて奴のどこに、頭の良さを期待できるんだ?」

「あぁ~、そうだねぇ悪い悪い……店に入るにはちょっとデカいから待たせてるツレが居るんだけど、そいつも呼んでいいかい?」

 用心棒の1人が狂った野郎だと斬りかかる素振りを見せるが、店主が軽く手を挙げてそれを制する。長年店をやってきた彼の勘が、ここで攻撃すれば取り返しのつかないことが起きる気がしていた。

「店に入れない? なにを言ってるんだお前は」

 店主の疑問に答えるように、女と男の間から顔を覗かせたのは金属の塊。
 見た目は巨大な鎧のようで、それが意思を持ったかのように扉の枠を握りつぶす。
 人間の倍近い背丈の化物の出現に、先ほどの旅人がテーブルをひっくり返して尻餅をつき、酒飲み話に興じていた商人も椅子から転げ落ちて、頭から安酒の残りを浴びた。

「り、リビングメイルだと!?」

「へぇ? 物知りな奴が居たもんだ」

 今まで黙っていた不精髭男が、その名を呼んだ客の首に斬馬刀を突き付ける。

「なぁアンタ、教えてやってくれよ。こいつが何なのかを、ここにいる頭の悪い連中によぉ」

「ひっ……お、俺は、こいつがリビングメイルだって……ひ、ひとりでに動く鎧だって」

 一応腰に剣を下げてはいるが、旅人は荒事が苦手らしく、両手を上げながら知っている知識を叫んだ。
 しかし、リビングメイルという名前を知っていた程度とわかった不精髭男は、やれやれと肩を竦める。

「それじゃ足りねぇな。勉強しなおすこった放浪者ドリフター

 勢いよく振り下ろされた斬馬刀は旅人の脳天へと突き刺さる。旅人はなんと言おうとしたのかわからない叫びと共に、血を吹き出しながら痙攣して床に倒れ込んだ。

「貴様……!」

 用心棒の身体に力が入る。だが、後ろのリビングメイルに見据えられ、悔しそうに歯を鳴らした。

「気が早いのが旦那の悪いとこでねぇ、ごめんよぉ?」

 女はクスクス笑いながら不精髭の背を叩いたが、不精髭は嬉しそうな表情を浮かべるだけで、反省など微塵も感じられない。
 ぐぅ、と店主は唸る。
 何故こんなコソ泥風情がリビングメイル、否、手なずけられたテイムドメイルなど連れているのかと。
 1体2体だけでも、国家の軍隊に相当すると噂される力の怪物。そこらで拾ったり買ったりできる代物ではない。
 アレを暴れさせれば、この場の全員を皆殺しにすることなど容易なはず。ただ、そうしない賊共を見て、店主は諦め気味に肩の力を抜いた。

「……全員剣を下ろせ。あんたらの要求を聞こう」

「んふふ、賢い男ってやっぱり嫌いじゃないよぉ。今後この辺りはあたしたちの縄張りになるのさ……そこで商売していくって言うなら、わかるよねぇ?」

 店主は苦虫を噛みつぶしたような表情を作る。
 この店は自分が立ち上げた店だ。それがいきなり気まぐれに現れた盗賊風情に奪われるのか。
 こいつらが欲しているのは金と食い物だろうことはわかる。しかし、それを突っぱねる力が、彼自身にないこともまた事実だった。

「いくらだ……!」

「そうねぇ、それじゃあ――」

 と、女が言いかけた時である。
 凄まじい破砕音が、狭い店内へと響き渡った。
 金属同士がぶつかり合ったようなそれは、直ちに地響きへと変わる。

「何だ!?」

 不精髭が慌てて店を飛び出した時、そこに居たはずのリビングメイルは街道を外れたあたりで倒れていた。
 破壊されたわけではないらしく、ギリギリと音を立てながら立ち上がろうとする鈍色の鎧が目に入る。

「お、おいお前! 鎧が!」

「一体なんだってんだい!?」

 炎に焼けず、真銀の刃にも傷つかず、投石器すら容易に跳ね返すとされるリビングメイルが、小石のように吹き飛んだ。
 この光景に、女は背筋が凍らせる。店主は女を頭が悪いと評したが、彼女の知識と勘は盗賊として一級品だった。
 それは幸か不幸か、ボンヤリと、しかし確かにそこに居るに気付いた。気付いてしまった。

「何者だい!? 姿を見せな!」

 焦りを含んだ叫び声に、それはゆっくりと動く。
 重装歩兵よりもなお重い足音を響かせ、暗闇にはボンヤリと橙色の光を浮かべながら、光に溶け出すように現れたのは、鮮烈な水色を輝かせる新たな鎧。

「なぁっ!? なんでこんなとこにが……鎧、潰しちまいな!」

 女の声に反応してか、いつの間にか立ち上がった鈍色が拳を振り上げる。

「ぺしゃんこにしてやるよ!」

 水色の後ろから迫った鈍色の拳は、凄まじい音と共に土煙を巻き上げる。
 生身の人間なら木っ端微塵。どんな防具で身を固めても、この一撃に耐えられるはずがない。
 だが、土煙の中に橙色の光跡は走った。
 そして目の前に金属の塊が転がり出る。よく見慣れた、多くの獲物を薙ぎ払ってきた鉄の拳が。
 女の喉からヒュッと嫌な音が出る。
 それを知ってか知らずか。水色は土煙の中から腹立たしいほど悠々と、そしてはっきりとした敵意を持って現れる。膝をついた鈍色に背を向けて。

「なっ、何をやってる! 早くこいつを、こいつを潰せ!」

『あれは――はもう動かない』

 闇の底から響くような声が聞こえた。

「リビングメイルが、声を……!?」

 女は喋るリビングメイルの噂など、聞いたことがなかった。


 ■


「ありゃ甲鉄こうてつだな」

 斜面の上から軽薄そうな男の声は呟く。
 それは双眼鏡を覗きながら、だがあの様子じゃダメだ、とすぐに付け加えた。

「ただでさえ旧式の砲戦用はドンくせぇのに、自動制御とか何がしてぇんだか。あー、勿体ない勿体ない」

 その声が響く度にカチカチカラカラ、まるで骨がぶつかるような音が混ざり込む。
 水色の鎧を纏った男、僕には少なくともそう聞こえていた。

『骨と骨が擦れてるようだが、痛くないのかい?』

「特に痛みとかはねぇな。理由は俺にもよくわかんねぇけど」

 そう返してきたのはまごうことなき骸骨。名前をダマルと言う。
 に僕が目覚めた時、最初に会ったのがこの喋る骨だった。
 もしかするとこういう生物種なのだろうかとさえ思ったが、曰くは元は人間らしい。

『まぁそうだね。店の中にはどっちが行く?』

「そりゃお前だろ。恭一きょういち

『なんで?』

「俺が店に入ってみろよ、大騒ぎになるぞ。モンスターが出たって」

『マキナだって十分威圧的だと思うが』

「お前はマキナ着装しても中身は人間で、俺は見た目的にモンスターだ。どっちの方が信用できると思う?」

 ダマルは僕と自分を交互に指さし、わかるだろ? と髑髏を傾ける。

『モンスターじゃなくて骨だろう』

「いや骨だけどよ。喋る骨なんて他に見たことあんのかお前」

 暗い眼孔がこちらを覗く。動く骨格標本がいきなり現れれば、確かにホラー極まる展開ではあろう。最近のコスプレという奴が、生身の肉や臓器まで削るリアリティを基準にしていなければ、だが。

『まさか』

 僕はそう言って、頭部ユニットに橙色の光を宿す。

「さぁてお手並み拝見だぜ大尉殿。腕が噂通りなら、武器無しの殴り合いで圧勝だろ?」

『最初からそういうのは、好きじゃないんだけどね』

 手を開く、閉じる、開く、閉じる。よし。
 近くに置かれた荷物はそのままに、僕は水色のを翻した。
 緩やかな斜面を踏みしめながら少しずつ加速する。現在の走行速度を示すゲージが視界の隅で伸びる。
 僕の綻びだらけの記憶では、過去自分は軍人だった。このマキナを動かす技術も訓練と実戦の中で培った物だ。
 だが、それはこの世界において古の話。原因は定かでないが、およそ800年前に文明が滅んだために過去と現在は大きく分かれてしまった。
 僕はその太古を生きていたはずで、しかしどうしてか今も生きている。
 生きている以上、自分はここで生を全うしようと考えた。
 だからダマルの手を借りて、こうして現代を歩いている。拠り所のない根無し草ではあったが。
 視界の中央で次第に大きくなる甲鉄。
 ダマルの言う通り、よく見知った旧式のマキナだ。鈍色の機体は見たことがないが、塗装がすべて剥げ落ちているのだろう。
 それだけの長い間自動操縦で命令を待ち続け、そして誰かがその声紋認証をクリアした結果に違いない。
 こちらの疾走する音に反応してか甲鉄は振り向く。
 だが、遅い。
 速度と体重を乗せた蹴りの一撃が甲鉄の腹部装甲に突き刺さる。
 旧式機特有の分厚い装甲はこの一撃を防ぐが、衝撃は受けきれず派手に吹き飛んだ。
 響き渡った衝撃音に僕は、着地しながら当初の目標地点だった店舗の入り口へゆるりと視線を向ける。

「何者だい!? 姿を見せな!」

 甲高い声が耳に響いたのはその時だ。
 これがただの客なら申し訳ないが、盗聴していた限り、その正邪は明らかだった。
 ゆっくりと、ただゆっくりと歩み寄る。生体センサーが敵を捉え、武装などの情報を提供してくるが正直どうでもいい。

「なぁっ!? なんでこんなとこに野良が……でもねぇ!」

 女から発されたのは驚愕と自信の言葉。それに合わせて彼女を守ろうと甲鉄は動き出す。
 機械に、ひいては道具たる物に、主を選ぶ手段はない。それは昔も、今も同じなのだろう。
 地響きと共に砂塵が舞い上がり、跳躍した甲鉄がこちらへ迫る。先ほどの攻撃から装甲などの情報を計算したらしい。重力と自重を乗せた拳で貫くつもりなのだろう。
 軽く体を捻って甲鉄の拳を躱すと、地面に刺さる拳の衝撃が周囲にヒビを走せた。
 その鈍い動きに対して僕は地面を蹴って宙へ踊ると、甲鉄の右腕を蹴り飛ばす。
 関節部に突き刺さったキックに負けて、派手なスパークを散らしながら甲鉄の右腕が地面に落ちた。その衝撃でよろめいた首元を目掛けて、僕は手刀で追い打ちをかける。

――サヨナラ。

 人型を模したが故にマキナの首は装甲が薄く、機甲歩兵同士の格闘戦においては明確な弱点だった。
 突っ込んだ手刀を捻ってフレームの外側を走る配線系をちぎれば、まるで人間が首を折られたかのように甲鉄は膝から崩れ落ちていく。レーダーに示されていた反応が消え、甲鉄が屍となったことを伝えた。
 その光景が見えたらしい女は、乾いた声で叫びをあげる。

「なっ、何をやってる! こいつを潰せ!」

『あれは……甲鉄はもう動かない』

 僕はぐるりと振り向きながら、怯え竦む女を眺めた。

「リビングメイルが声を……!?」

 随分不思議なことを言うものだと思う。マキナとは本来人間が搭乗して使用されるもので、声を発するくらい当然なのだ。
 僕は未だにこの世界の常識という奴は欠片程も知らない。むしろ現代の他人と接触した事自体がはじめてだ。過去の常識と、骨が接触したからの情報程度では普通などわかりようもない。
 とはいえ、今はどちらでもよいことだ。

『僕は今腹が減っている。だから、これ以上の問答はいらない。退け』

「ひぃっ!?」

 拳を構えると不精髭の男が斬馬刀を取り落とす。
 甲鉄の存在が彼らの圧倒的優位を作り出していたらしい。女は顔を歪めて舌打ちし、細剣に手をかけながらゆっくりと後ずさった。

「覚えておいで……あたしたちをコケにし――ぎッ?」

 捨て台詞を吐きながら帰る。そんな悪党らしい最後を迎える直前、いま彼女の胸から生える鉄の刃がそれを許さなかった。
 骨をよけながらの心臓を一突き。女は口から血の泡が溢れ痙攣し、地面へと倒れ込んだ。

「あ、ま、待て! 許し――ぎゃあ!」

 その隣では不精髭の首から花が咲くようにパッと血が弾ける。
 布を顔に巻いた用心棒たちは一切の躊躇いなく、声を聴く事すらせずに刃を振るい、僕は瞬く間に消えていった命を、腹が減ったと思いながらボンヤリと眺めていた。
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